#3389/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 8/31 21:24 (190)
処女懐胎 5 永山
★内容
カインは首筋から矢を引き抜いた。血が流れていたが、見る間に止まる。
「これか」
足下を見やったカイン。細いが丈夫そうな糸が、くるぶしの高さにぴんと張
ってある。
(自動的に射出される仕組みか。くだらぬ。が、面倒になった。どうやら罠だ
ったらしいな)
短い間、逡巡するカイン。
「−−ん?」
フランクが姿を現した。部屋の入口に立ちふさがっている。
先手必勝と、フランクは巨体を踊らせ、カインへ殴りかかってきた。
身を翻し、窓枠につかまるカイン。
すんでのところでかわしたつもりだったが、カインの左頬には傷ができてい
た。極薄く、血がにじんでいる。
「礼儀知らずだな、フランク。いきなりとはね」
「他人の部屋に断りもなく入ってくる奴が、ほざくんじゃない」
先制攻撃を避けられると、フランクも慎重にならざるを得ないようだ。間合
いを保ったまま、隙を窺い合う。
「私が来ることを予測していたようだが、どうして分かったのかね?」
「貴様の頭なら、見当が着いていると思うがね」
「では、やはり、あの新聞記事が餌だったか。ふはは、我ながら見事に引っか
かったものだ! ロビンソンの孫娘さえ口封じすれば、ベラを自由に操れると
思ったのだが」
「ベラ……。祈りで相手の女性を妊娠されるという妙な力を身に着けた女がい
るだろう。貴様が魔玉で作ったんだな。そいつがベラか?」
「ご名答。ベラはかわいそうな女でね。結婚して何年も経つのに子供ができな
いものだから、周りからせっつかれて、肩身の狭い思いをしていたらしいねえ。
そこで、心優しいこの私が、魔玉を埋め込み、力を与えたのだよ」
挑発的なやり取りの間にも、じりじりと立ち位置を変える。相手もそれに合
わせて移動する。
「結果、生まれたのが『サイレントウーム』だよ。今や彼女は手強くなった。
安心していてよいものかね、フランク君?」
「……まさか」
「ベラはどこで何をしているのか、考えてみたまえ。では、アベルによろしく」
確実な勝利が見込めない戦いは避ける主義だ。カインは来たときと同様に、
窓から逃走した。
警備の警官の一人が、またやられた。
警備のため、十名の警官をロビンソン邸の周囲に配していたのだが、その網
はあっさりと破られてしまった。
女はいきなり抱きついてくると、両手で警官の身体を前後から挟み、奇妙な
呪文を唱え始める。一人目の警官は、無抵抗にそれを聞き流してしまった故、
瞬く間に死を迎えた。腹を内側から破られて死んだのだ。
二人目以降は警戒して、簡単には近付かせなかったが、女の方は弾丸を食ら
っても身体に傷ができるだけで、そのまま向かってくる。恐れをなした警官達
が、徐々に餌食になり始めていた。
「ば、化け物だ」
物陰に隠れ、息を整えるコナン警部。
(カインの奴も化け物だと思ったが、この女の方は、何を考えているか分から
んだけ、不気味だ……。こいつにロビンソン博士達の居場所を知られたら、真
っ先に殺しに向かわれちまう。防ぎきれるかどうか)
アニタ=ロビンソンとその母、それに博士についてはアベルとフランクに任
せてあるだけに、最初は心配していなかった。が、先ほど、アニタの部屋で物
音がしたのを聞いている。あちらに現れたのがカインだとすれば、一気に暗雲
立ちこめたことになる。
(効かないと分かっていて、ぶっ放すのは税金の無駄遣いだな)
頭の中でくだらない冗談を飛ばしてから、柱から身を乗り出す警部。ふらふ
ら歩く女の姿を見つけると、一発だけ発射した。
(……だめだな)
正面、右肩の辺りに命中した。女の上半身ががくんと後ろに揺れたが、すぐ
に態勢を立て直すと、平気で前進し続ける。
「警部!」
振り返るコナン警部。
「フランク!」
彼の声には、安堵の色が混じっている。
「無事ですか!」
フランクはコナンのすぐ後ろについた。
「何とか、な。そっちは? アニタ達は無事だったか?」
「カインが現れましたが、どうやら引き上げたらしい。ただ、奴が気になるこ
とをほのめかしたから、急いでこちらへ」
「奴も案外、親切だな。ふん」
顎で女を示すコナン。
「あいつにもう少しで、やられるところだったよ」
「『サイレントウーム』のベラ」
「何だって?」
「カインが言った、彼女の名前です。……警官がやられている……。女性を妊
娠させる能力の他、何かあるんですか?」
「女性? 違う、あいつは男も女も関係なく、妊娠させやがる!」
「な……」
絶句するフランク。その間にも、ベラはどんどん近付いてくる。残り、十メ
ートル足らずか。
「なあに、おまえさんの敏捷さがあれば、あいつの呪文にやられることはない
だろうよ。もう一つ。あの女は銃弾を物ともしない。フランク、おまえの腕力
で足を叩き折れ。相手の動きをとにかく封じろ」
「……やってみます」
もはや距離はない。
飛び出すや否や、フランクはベラの膝に拳を叩き込んだ。
(手応えあり)
ベラから離れるフランク。
ベラは前進をやめ、身体をがくがく震えさせ始めていた。その震えは徐々に
大きくなり、やがて、砂上が倒壊するようにその場にくずおれた。
「やったか!」
コナン警部が叫ぶ。
が、しかし。
「まだです! まだ、動いている!」
フランクの言う通り、ベラは両腕を突っ張ると、上半身を起こした。そして
膝をつき、立ち上がろうとする。だが、すでに足がどうにかなっているのであ
ろう、前のめりに倒れた。
それでも、まだ動こうとするベラ。両手で匍匐前進を始めた。
「フランク、とどめを!」
「……殺したくない」
「何だって?」
フランクの言葉に、己の耳を疑うコナン警部。
「殺したくないだと?」
「カインの奴から聞かされたんです! この女性がこうなる前の話を。それが
事実だとしたら、あまりにも」
「だったら、どうだと言うんだ? 人間に戻せるのか? アベルがそんなこと
を言ったのか? 私の同僚が何人死んだと思っているんだ!」
「全てはカインのせいだ。と、とにかく、アベルを呼んできてください。お願
いします」
一瞬、ためらったコナン警部。だが、フランクの叫びに必死さを読み取り、
すぐにきびすを返した。
ロビンソン邸に駆け込むと、彼はアベルの姿を探した。
フランクは、できることならベラを助け起こしたかった。
「やめてくれ、ベラ」
先ほどから何度呼びかけても、彼女の耳には届かないらしい。相変わらず、
這ってでも邸内を目指している。
「カインはあんたを見捨てた。もう奴に忠誠を尽くすことはない。大人しくし
てくれ、頼む」
ベラは止まらない。
アベルがコナン警部と共に外に出て来た。
フランクはベラの側を離れ、二人のいるところへ向かった。
「アベル、助ける方法はないんですか?」
「分からない。だが、助けたいのは私も同意見だ」
「何ですと?」
今度はコナン警部が慌てる番のようだ。アベルの前に立ち、両腕を掴んで揺
すぶる。
「何故ですか?」
「彼女−−ベラを死なせると、キヌアが助からないかもしれない。我々の目的
の第一は、キヌアの命を救うことだ。それを忘れてはならない」
「……そうか」
警部はわざとらしく、せき払いをした。
「ベラが死ぬと、キヌアはどうなるのか? キヌアのお腹の中にいる闇の赤子
はどうなるのか? 分からないことばかりだ」
「いったい、どうする気だ? この女を助ける方法も分からないんだろう?」
まだ近付きつつあるベラを、じっと見やる警部。その目には、複雑な感情が
渦巻いているようだ。
「真っ先に思い付くのは、魔玉を外すことだが」
フランクへ視線を投げてくるアベル。
魔玉は心臓に密着する形ではめ込まれている。装着する際に、すでに生死の
境をさまようほどの困難を伴う。それを外すとどんなことになるのか、誰にも
想像できない。
「自分には……思い切れるかどうか」
「そうだろうな……。警部。とにかく、ベラを収容したい。両腕さえ封じれば、
危険はないでしょう。キヌアの容態にもよるが、ぎりぎりまで研究してみよう
じゃないか」
「そうですな……車の手配をしましょう」
コナン警部は再び邸内へと走った。
「アベル……」
フランクはアベルに話しかけずにはおられなかった。
「ベラを見るに忍びないんです。でも、離れてはまずいでしょうね……」
「そ、そうだな」
アベルが肩越しにベラを振り返ったときだった。
ベラが立ち上がっていた! 両手を大きく広げ、今にもアベルの身体を挟も
うとしている。
「危ないっ」
思い切り手を伸ばすフランク。
何も考えていなかった。考えていたとすれば、アベルを救うこと、ただ一つ。
右手の五指がベラの左胸を抉るように捕らえ、そこにあった魔玉に爪がかか
った。
「フ、フランク……」
とっさに自らの身体を倒していたアベルは、そこに展開されている光景に、
声をなくした。
ロビンソン博士とアニタを前に、アベルとフランクは改めて尋ねた。
「本当に、キヌアは助かったのかい?」
「ええ」
アニタがうれしそうにうなずく。
「まだ完全に復調した訳ではないようですけど、バリアント先生も太鼓判を押
してくださっています。一週間もすれば治るだろうって」
これまでになくはしゃいでいる。この辺は、まだまだ子供のようだ。
「そうか……よかった」
やっと安心できる。アベルとフランクは互いに顔を見合わせ、深くうなずい
た。二人の面に、自然に笑みが浮かぶ。
「どうやったのだね」
ロビンソン博士が興味深そうに聞いてくる。
「アベルが襲われるのを見て、とっさのことだったんです。ベラ=カスティオ
ンの魔玉を取り外した、ただそれだけでした」
「うまくいったのは結果論だ。幸運な偶然だったとしか言い様がない」
アベルは目を閉じ、首を幾度か小さく振った。
「ベラという女性は、どうなっておるのだね?」
「瀕死の状態で、警察病院へ担ぎ込まれました。現在は、何とか快方に向かい
つつあるそうです。魔玉の力が消えているのも、まず間違いないと思われます。
まあ、その点も含めて、調べてみなければなりません」
アベルはそれからポケットに手を入れ、中の物を取り出した。
「これを新たに入手できたのも大きい。今まで以上に、研究を進められる」
固い口調で語るアベルの手のひらには、丸い、赤い石−−魔玉が乗っていた。
−−終わり