#3388/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 8/31 21:22 (187)
処女懐胎 4 永山
★内容
「まず、スポックさんが話していたお祈りの件です。いつ、お祈りを受けたか、
彼女は言ったでしょうか?」
「記憶が定かではありませんが……二ヶ月前ぐらいだと言っていたような気が
します」
「その話を聞いてから、スポックさんが亡くなるまでの期間は?」
「一ヶ月半ほど……でしょうか。亡くなったのは先月の十一日です」
「……もしも、その女性のお祈りが原因だとすれば、お祈りをされてから三〜
四ヶ月で死に至る危険性が高い、と」
「ああ、そうなるでしょう。アベルさんのおっしゃる女性は、いつ、お祈りを
……」
医師からの問いかけに、アベルとフランクは顔色を曇らせた。
「およそ一ヶ月足らずです。ただ、もう一つ気がかりなのは、赤ん坊−−先生
の言い方に習い、闇の赤子とでも呼びましょうか−−の成長速度なんですよ」
「成長速度とは……」
「先ほど、先生は言いましたね。闇の赤子の成長は通常よりも速いと。スポッ
クさんの場合、先生のところに来てから何ヶ月で、闇の赤子が飛び出してきた
のでしょう?」
「九週間目でした。内心、恐ろしかった。彼女が初診に訪れた際、妊娠四ヶ月
の診断を下しました。都合、七ヶ月に満たない期間で臨月を迎えた訳です。闇
の赤子は七ヶ月足らずで成長し、生まれ出て、消えたことに……異常すぎる」
「そうですか……。実は、キヌア−−私の知るお嬢さんです−−の妊娠状態の
進む速さは、先生が診たスポックさん以上のようです」
アベルは心中、最も危惧する点を吐露した。
バリアントは眼鏡を直し、固い口調で返してくる。
「つまり、七ヶ月よりも早いと?」
「いや、そこまでは私にも言えません。先ほど触れたように、謎の女に祈られ
てからまだひと月ほどなのですが、もう生まれる寸前のように見えるのです」
この辺りの事情は、アニタ=ロビンソンからの受け売りだ。しかし、間違い
ない情報だろう。
「それは心配だ。すでに担当医が就いていることでしょうが、私も診た方がい
いのでは。わずかながら、私は経験しているのだから」
「そうしてもらえると、ありがたいです。よろしいでしょうか?」
「もちろんですとも」
バリアントの快諾に、アベルとフランクは握手を返した。
「ありがとう、バリアント」
「いえ。それより、他にお手伝いできることは?」
「できれば……スポックさんのご遺体を調べたい。だが、無理でしょうね?」
「う、うむ。それはやはり。私なんかより、警察へ行くべきではないですか。
警察にお知り合いがいるようですし」
「承知していますよ。先生にお尋ねしたいのは、スポックさんの血を保管され
ていないかどうか」
「いや、残念だが、応えられません。亡くなったときに処分してしまった」
「そうでしたか。いや、分かりました。あなたの責任ではありません、そんな
申し訳なさそうにしないでください」
アベルは医師を元気づけると、分からぬようにため息をついた。
(よほどの理由がないと、遺体を掘り起こすのは難しいだろう。魔玉の者と関
係あるかどうか、調べる手がかりになると考えたのだが……)
翌々日、コナン警部が再び現れ、新たな情報をもたらしてくれた。
「いやあ、驚いた。表面化していなかっただけで、デスピナ=スポックに似た
例は他にもあった」
興奮した口ぶりの警部に、フランクはお茶を勧めた。アベルからの指示だ。
「まあ、お茶をどうぞ。落ち着いて話してください」
「あ、ああ」
熱い紅茶を平気な顔で煽ると、警部はすぐに続きを始める。
「この二日で判明したのが二件。一件目は、マイア=ソントンという娼婦が、
今年の五月末に死亡していますな。妊娠の兆しが出たので中絶に行ったが失敗、
仕方なく生むことになる。が、難産のため、病院で腹を開いたが、子供なんて
どこにもいなかった。その後、腹の傷が癒えるまで入院を余儀なくされた訳だ
が……三日目の朝、看護婦がベッドの上で血塗れになって死んでいるソントン
を発見した。腹の傷は開いていたそうだ」
「死の瞬間は、誰も目撃していなかったんですね?」
確認をするアベル。
「そうらしい。なお、病院に何者かが侵入した形跡はなく、また当時、病院内
に不審な人物が紛れ込んでいた事実も確認されていない」
「デスピナ=スポックの事件と全く同じだ……。警部、その娼婦の生前の話で、
何か分かっていませんか?」
「おいおい、無茶を言うなよ。この短期間だぞ。事実を聞き出しただけで精一
杯だ。そこまで調べられるはずなかろうが」
「おお、そうだった。すみません。続けてください」
頭を軽く下げ、右手を差し出すアベル。コナン警部はせき払いをした。
「二件目は、六月半ば。ホリー=コンブス、家事手伝い。死に様はさっき言っ
たソントンや前のスポックとほとんど同じですな。こちらは事情あって、いく
らか背景が分かっている。結婚を控えたコンブスだったが、妊娠しているらし
いことが知れると、まず婚約が破談になったらしい。あとは悲劇の底へ一直線。
身に覚えのない妊娠で苦しみ続けた挙げ句、中絶はできない、難産で帝王切開
したが子供は見当たらない、そして突然の死。やりきれないだろうな」
「彼女についても死の瞬間は、誰も見ていない?」
「そのようだ」
「うーん。やはり、妙な女にお祈りさせてくれと言われたのだろうか……」
「二人の周辺を聞き込んでみりゃ、少しははっきりするかもしれんな。これも
やらせる気ですかい? 段々、暇じゃなくなってきたんだがな」
「いや、女の行方を優先だよ。祈らせてくれと言ってきた謎の女。そいつを捕
らえない限り、キヌア=ローズの命が危ない。推測でしかないのは承知の上で、
大胆に行動する必要がある」
「そうでしたな。しかし、キヌア本人はとても似顔絵のための証言ができる状
態でないから、アニタに頼るしかないのが現状だ。果たして、それで見つけ出
せるかどうか」
「……囮捜査ができないだろうか?」
アベルは難しい顔をしたまま、提案した。
「女性を夜や曇りの日に出歩かせ、女が接近してくるのを待つ」
「やる値打ちはあるかもしれん。が、アベルよ。警察にいる女性なんて、ろく
なのがおらんぞ」
コナンの口調には、かなりの偏見が含まれるようだ。
アベルは思わず、苦笑した。
「謎の女は、別に容姿で相手を選んでいたのではないでしょう」
「いずれにしても、似顔絵が決め手になる」
「そうですね……。一番、確実なのはアニタさんか……」
アベルの眉間のしわは、ますます深くなっていった。
<古代の宝石?−−里帰り中の女学生が発見
七日の昼前、S**内を流れるT**川の河原において、紀元前五百年頃の
物と思われる丸い玉石が見つかった。詳細はまだ不明であるが、当時の人々の
生活様式を推定する上で、非常に貴重な発見とみなされている。
見つけたのはアニタ=ロビンソンさん(二十・学生)で、大学が休みに入っ
たため、高名な天文学者である祖父のスティーブン=ロビンソンの下へ帰省し
ていたところ、今回の発見につながった。彼女自身、大学で考古学を専門に学
んでおり、「河原に露出して光るこれを見つけたとき、一目でただの石ではな
いと分かりました」とコメントしている。
考古学者ギデオン=ゲーサ博士の話 ……>
カインは曇り空を好んだ。たとえ夜であろうと、曇っている方がいい。
(身軽に動けるからな。それに、闇が好都合なことも多い)
振り返ったカイン。ひたひたと斜め後ろを歩く女に、声をかける。
「おい」
「何でございましょう、カイン様」
女の声は、抑揚に乏しかった。
「直前の腕試しに、あいつをやってみせよ」
カインが顎で示した先には、酔漢らしき小太りの男が木にもたれかかってい
る。寝ているのか起きているのか、判然としない。
「できうる限り早く、だ」
「承知しました」
女はただただ赤い唇を、うれしそうに歪めた。
それからの彼女の動きは、決して素早いとは言えなかったが、気配を感じさ
せないという意味では一級品であった。音をことともさせずに酔っ払いの男性
に近付くと、その腹部に両手をかまえた。おもむろに唱え始められる呪文。
「……、ク、ビグビグビグ、エルティルエルティルエルティル、エチニフニ、
ルン、……、ワンラ」
十五秒足らずでまじないの言葉は終わり、女は手を引いた。
途端に、酔漢が叫声を発した。
「げ!」
女はその場を離れ、カインの方に戻ってきた。
酔漢の男は、酔いも覚めよとばかり、大地に横たわり、もがき苦しんでいる。
仰向けの態勢で、土をかきむしる。
その腹のところどころが、ぼこ、ぼこ、と盛り上がっていた。盛り上がって
は元に戻り、また別の場所が盛り上がる。これを繰り返す。
(呪文に時間がかかるのは問題だが、胎児の活動が格段に早くなっているな)
カインは満足した笑みを浮かべた。
(『サイレントウーム』−−何の役にも立たないと思っていたが、ここまで発
展するとはな。予想外の収穫ってやつか)
カインは女を見下ろした。
女−−ベラ=カスティオンは、何の感情もなく見える目つきで、酔漢の様を
観察し続けていた。
最後は表し難い奇声だった。
酔漢は仰向けのまま、事切れた。その腹を打ち破って、人間の赤ん坊のよう
な、黒い小さな影が現れる。そいつは少しの間、うごめいていたが、何の前触
れもなく消えてしまった。
「よい出来だ」
カインの言葉に、ベラは全身を揺らめかして反応した。
「おやすみなさい」
祖父らに就寝の挨拶をしてから、アニタ=ロビンソンは自分の部屋に入った。
淡い青色の肩掛けを外し、ベッドにもぐり込んでから、灯りを落とそうと手
を伸ばす。
窓が音を立てて開いた。
「!」
はっとして身を起こすアニタ。
「これは……つまらないミスをしてしまったな」
悪びれた様子もなく、その侵入者は堂々と言い放った。カーテンの向こうに
いるため、姿はまだ見えない。
「だ、誰……」
「おまえがアニタ=ロビンソンか?」
声と同時に姿を現したのは、銀色めいた髪に赤い目を持つ、細身だが立派な
体躯の男だった。
「答えよ」
声を出せないでいるアニタに、一歩近付く男。手には帽子を握っていた。
(答えたら……殺される?)
アニタは聞かされていた。かつて、刻み屋ニックと呼ばれた男の存在を。そ
して、そいつは今、一部でカインと呼ばれていることを。
「……カイン、なのね」
「ほう」
歩みを止める男−−カイン。
「それを知っているとは、やはり、スティーブン=ロビンソン博士の線から聞
いたのだな? アベルやフランクとも知らぬ仲ではあるまい」
アニタは両手で毛布を引き寄せた。
「おまえがアニタであるのは、もはや明確」
カインは鋭く言い立てると、一気に間合いを詰めてきた。
「死んでもらうぞっ」
カインが武器とする爪を長く伸ばしたとき−−。
「ぐっ?」
空気を切る音がしたかと思うと、カインは右の首筋を押さえていた。
「これは……矢」
矢の飛んで来た方に顔を向けるカイン。
その隙に、アニタは毛布を蹴り上げ、部屋を飛び出した。
「カインが!」
−−続く