AWC 処女懐胎 3   永山


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#3387/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 8/31  21:20  (176)
処女懐胎 3   永山
★内容
「キヌアを助けたいんだね、アニタ?」
 フランクが話しかけると、アニタはこくりと静かにうなずいた。
「どうすればいいのか、頭が混乱して……そのまま生んでいいものかどうかも
分かりません」
「生むかどうかは、判断しにくい問題だ」
 右手の人差し指を振るアベル。本腰を入れ、考え始めたのだ。
「まず、原因を探りたいのです。原因が分かれば、対処のしようも見つかるか
もしれない。あなたが気付いた範囲でかまわない、何か心当たりはありません
か?」
「それが……あります」
 アベルの予想に反して、アニタはきっぱりと断言した。
「それは?」
「一笑に付されると思い、これまで誰にも話さないできましたが……。一つ、
気にかかることがあります。
 私達二人は、大学で初めて知り合ったのですが、話してみると故郷も近くだ
と分かったので、ますます親しくなりました。ですから、長期休暇が始まれば、
一緒に帰って来ます。今夏の休みもそうでした。S**駅に着いて、あとはバ
スに乗るだけでしたのに……時間があったし、買い物もしたかったので、私達
は駅周辺の店を覗いて回ろうとしました。それがいけなかったのかもしれませ
ん」
 後悔しているのか、アニタは言葉を切った。
 アベル達は続きを黙って待った。
「−−歩いていると、一人の女性が近付いてきました。そしてこう言うのです、
『あなたのためにお祈りさせてください』。女性の風貌はとてもやせていて、
病人じみて見えました。服装も決して上等とは言えません。私は気味悪くて、
無視しようとしました。けど、あの子−−キヌアは面白がって、相手の話に付
き合い始めました。二人の間で交わされた会話がどんな内容だったか、私は感
心がありませんでしたので、うろ覚えなのですが、『将来、よい母親になるた
めのお祈りをする』とか『子供に恵まれるようになる』とか、そんなことだっ
たかと思います」
「キヌアさんはお祈りを受けたんですね。どんなお祈りでした?」
「女性がキヌアの横に立ち、両手でキヌアの身体を挟むように−−触れはしま
せんでした−−して、そう、高さはお腹の位置です。お腹と腰の辺りに手のひ
らを平行にかざす感じでしたわ。それからその女性は、外国語らしい言葉で呪
文を唱えました。何を言ったのか、まるで聞き取れませんでした。それでお祈
りは終わって……そうだわ、キヌアに名前を聞いて、答えると、『キヌア=ロ
ーズさん、生まれる子供に名前を付けるなら何がいいか』とか何とか。キヌア
が困っていると、相手は勝手に名前を口にしました。確か……アーメッドとベ
ニー、二つの名前を。……これだけです」
 気のせいか、話し終えたアニタの顔色はよくない。思い出すだけで気分が悪
くなったのかもしれない。
「その女性はどこへ?」
 アベルが質問する。
「見ていません。最後にはキヌアも気味悪くなって、私達、逃げるようにその
場を立ち去りましたから」
「お金は取られなかったのかね?」
 ロビンソンが心配そうに言った。
「はい。ただただ、祈りを求めてきただけでしたわ」
「奇妙な話で、実に暗示的ですね……うむ」
 腕を組むアベル。
「何とかなるでしょうか、アベルさん、フランクさん?」
「正直なところ、任せてくださいとは言えません。だが、放置してもおけない。
手を打ってみましょう。何かが分かるまで、アニタ、君はキヌアさんの側につ
いてあげるといい。それが彼女の力になるはずだ」
 気休めだなと内心では思いつつ、アベルはアニタを励ました。
「博士、もしやと思いますが、魔玉との関係があるかもしれません。念のため
に注意していてください」
「あ、ああ。分かった。君達もな」
「ありがとうございます。急ぎの用もできたことなので、すぐに失礼を。行こ
う、フランク。まずはコナン警部に」
 アベルの声に、フランクは素早く立ち上がった。

「アベル。君の言っていた妙な女のことだが」
 アベルの家に入り、応接の間の椅子に腰掛けるなり、始めたコナン=ヒュー
クレイ警部。
 フランクに呼ばれたアベルは、個室から飛び出してきて、同じように着席し
た。
「何か分かったと?」
「S**駅周辺で聞き込んだだけでも、いくつかの証言を得られた。アニタ、
だっけ? その子の証言するような風貌の女性が一時期、駅の辺りを徘徊して
いたのは間違いなさそうだ」
「お祈りをされた人はいましたか?」
 フランク、そしてアベルの気がかりは、その点だった。
「いや、調べた範囲ではおらん。お祈りを持ちかけられた人は何人もいたんで
すがね。全て断って、逃げている。ああっと、お祈りさせてくれと言われたの
は、全員が女性だ。本人達に会えた訳じゃないからはっきりしないが、二十代
から三十代ぐらいを対象としていたようだ」
「現時点では、問題の女性は姿を見せなくなったんだね?」
「そのようだ。一応、駅の界隈に張り込みをさせてはいるが、期待薄だろう。
しかしなあ、その女性が本当に罪を犯したのかどうか、分からんのだろ?」
「怪しいとしか言えませんね、今のところ。それより警部。もう一つの件は?」
「妊娠に関わる異常、か? 漠然とし過ぎ。唯一具体例として君が示したのは、
処女なのに妊娠の兆候を見せている女性がいるかどうか、なんて馬鹿げたもの
だ」
「では、そういう例は報告されていないと」
「ああ。病院の方だってガードが堅いんだ。何も起こっていないのに、ずかず
か入り込んで、調べられるはずもなかろう」
「他の異常例には、どんなものがあったか、教えてください」
「ん? ああっと、そうですな」
 面倒くさそうに手帳を開く警部。
「どう統計を取るべきやら、分からん。とにかく、症例だけ挙げましょう。子
宮外妊娠は十を越えている。手足の欠損といった様々な奇形が四つ。シャム双
生児等はなかった。それから、これが分からんのだが……想像妊娠らしき症状
の後、当人が死亡。何のことだ、こりゃ?」
「想像妊娠? それはつまり、胎児はできていなかったってことですね」
「分からんと言ってるだろう」
 癇癪を起こしたように吐き捨てるコナン警部。
「こっちが聞きたいよ。死んだ女性の名は、デスピナ=スポックとあるだけだ。
若い俳優らしい」
「警部、そこの病院の医師の名前、教えてください。直接、話がしたい」
「いいとも。ポール=バリアント。病院は市立の」
 警部の言葉を書き留めると、アベルは礼を言った。
「さあ、すぐにでも行かないと、キヌアの命に関わるかもしれない。警部、こ
れは特殊な症例のはずだよ。もう一度、この症例に限って、各産婦人科医院を
当たってもらえないかな」
「そうそう人員を割けないんだ。あやふやな話では、動くに動けないのは、こ
れまでの経験から、君もよく分かってると思っていたがね」
 皮肉めいた口調だったが、コナン警部は腰を上げた。
「やってくれるんですか?」
「幸い、大事件は抱えていません。ははっ」
 片手を小さく振る警部に、アベルは会釈を返した。

 ポール=バリアントは、外見から、比較的若い医師のように感じられた。眼
鏡をかけ、金髪を短く刈り、こざっぱりとしている。背はさして高くないが、
人−−妊婦を安心させるであろう笑顔の持ち主だ。
「まともに取り合ってもらえるとは、意外です」
 話を聞きたい旨を伝えると、すぐに時間を取ってくれただけあって、バリア
ントは協力的に始めた。
「意外ですが、ほっとしてもいます。目の当たりにした私でさえ、とても信じ
られない出来事でしたからね。今ではあれは夢かと思い、一日も早く忘却しよ
うとするもう一人の自分がいるのです。第三者に伝えたかった」
「私達とて信用するかどうかまでは、まだ言えませんが、興味を持っているの
は事実です」
 アベルも気さくな調子で応じる。
「ただの興味本位ではありません。ある人の命が関わっているかもしれません
し、ある犯罪と関係しているかもしれないのです。そこのところを、よくご了
解ください」
「分かっていますよ。警部さんの紹介ですし、信用しています。では、始めま
しょう。あの方はデスピナ=スポックさんと言いました」
 こうしてバリアントが語った、デスピナ=スポックなる女性の死に様は、異
様を極めていた。
 妊娠した兆候が顕著にも関わらず、胎児の確認ができない。中絶しようにも
失敗してばかりで、恐らく不可能と思われる。さらに胎児(らしき存在)の成
長が通常と比べて早すぎる。
 とにかく、普通に言う産み月が訪れたので、出産の手筈に取りかかるも、う
まくいかなかった。母胎にも悪影響が出るため、やむを得ず、帝王切開してみ
たところ、赤ん坊が見当たらないという奇異。
 とにもかくにも、開いた腹を縫い合わせ、様子を見るが、デスピナの苦しみ
は収まらず、帝王切開から二日後に、死亡した……。
「そのときが、異様さのピークでした」
 身震いするポール=バリアント医師。眼鏡の向こうの眼球が、落ち着きをな
くしている。
「縫合した彼女の傷が、音を立てて内側から開かれたのです」
「内側、ですか?」
「はい。赤ん坊の手のような物が傷の内側から覗き、傷を開いてしまった。暗
い色の肌を持つその赤ん坊は、そのまま全身を現した。かと思ったら、次には
もう消えてなくなったのです」
「消えた……」
 医師の言葉を繰り返すしかないアベルとフランクは、呆然と顔を見合わせた。
「デスピナ=スポックさんの遺体は、すぐに解剖されました。死因は大量失血
によるショック死と判断されます。そして……彼女は妊娠していたのです。そ
の形跡が認められました」
「……志望者が出ると、警察に報告義務が生じるでしょう。何と報告を?」
「ですから……形式上は、想像妊娠によるショック死、でした。実際にあった
妊娠痕は、過去のものだということにして。でも、彼女はかつて一度も妊娠し
た経験はないそうでしたから、矛盾するのですがね。とにかく、警察にも彼女
の関係者にも、これで押し通しました。他に説明のしようがない」
「……仕方ないんでしょう。とやかく言いませんよ、その点については。それ
でですね、亡くなったデスピナ=スポックは、あなたに何か言っていませんで
したか?」
「何か、とは」
 首を傾げるバリアント。
「例えば、道端で女性から子宝に恵まれるよう、お祈りを受けた、という……」
「ああ、言っていましたよ」
 目を輝かせたのは、医師だけでない。アベル達二人も同様だ。
「本当ですか!」
「ええ。名前まで決められたって、あのときは冗談めかした世間話のようでし
たが。でも、何故、あなた方がこのことを?」
「我々の身近にいる女性が、同じ目に遭っているのです」
「−−なるほど」
「彼女を救うためにも、少しでも情報がほしい。お答えいただけますか」
「もちろん。スポックさんが目の前で死んでいくのを、私はどうすることもで
きなかった。あの無力感は、今後、二度と味わいたくありません」
 強い意志が感じられる口調だった。

−−続く




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