AWC 処女懐胎 1   永山


    次の版 
#3385/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 8/31  21:16  (195)
処女懐胎 1   永山
★内容
 石造りの家屋の中、うなだれる女性が一人。
 彼女の横には同じ年頃の男性、正面には顔にしわの多い老いた男性が座って
いた。
「早く孫の顔が見たいもんだ」
 歳の行った男が口を開いた。案外、張りのある声。
「早くしてくれんと、俺も若くないからなあ。はっ、わはは!」
 彼は豪快に笑った。
 他の二人も、つられたように笑みを浮かべる。仕方なしに笑っているような
印象だ。
「跡取りは、こうしてギルがやってくれとるから心配ないんだが、やっぱりな
あ。頼むから、ベラさん。息子と協力して、頑張ってくれよ」
 多少、下品な色が混じったが、それでも彼は真剣だ。息子のギルの背を叩き
ながら、その嫁、ベラに浅く頭を下げた。
「……はい」
 ベラはやっと聞こえる程度の声で言って、小さくうなずいた。その動作もか
すかだったため、うつむいたままなのと一緒だ。
「そうかしこまらなくたって、かまわんよ。まあ、俺がおっても邪魔なだけだ
な。さっさと退散するとしよう」
「酔いは抜けたかい?」
 すぐに立ち上がったのはギル。まだ膝も立てていなかった父−−モルダー=
カスティオン−−の手を取り、引っ張る。
「あ、ああ。あの程度、何ともない。じゃあ、なっ」
「送ろうか」
「平気だと言っとるだろうが。年寄り扱いしくさって」
 やや乱暴に息子の手を払うと、どすどすと足音をさせ、モルダーは息子の家
を出た。
 二人のため息が、彼らが残された空間の大部分を占めた。

 つい一時間ほど前まで晴れていた空は、いつ降り出してもおかしくない、ど
んよりとした模様を急速に濃くしつつあった。
 アニタは気味悪かったが、隣のキヌアはそうでもないようだった。むしろ、
状況を面白がっているような表情を見せている。
「よしなさいよ」
 目の前の女に聞こえぬよう、キヌアに囁いてみても、従う気配はない。いい
からいいからと言わんばかり、片手をひらひらさせている。
「お祈りを始めてよろしいかしら」
 女が言った。大学帰りのアニタとキヌアに声をかけてきた彼女は、何の脈絡
もなしに、「お祈りさせてください」と申し出てきた。
 見れば、やせぎすの身体に、くたびれた黒い服をまとっている。やせている
せいか、背が高い印象がある。髪は長く、手入れをすれば美しくなりそうだが、
今はその逆である。小さな目、魔法使いの老女を想起させかねない鷲鼻と、目
鼻立ちもぱっとしない。唇だけは薄く、血色がよいのだが、かえってそれが異
様だ。
 天気の悪さもあって、アニタは関わり合いになるのを避けようと、歩みを速
めようとした。が、キヌアの方が立ち止まってしまったのである。
「将来、いい奥さんになれるよう、祈ってくれるんだって。アニタもやればい
いのに」
「遠慮する」
「どうしてよ。ただなのに」
 キヌアはどうやら、お金がかからないことに最も引かれたよう。
「いいわ。私だけ、お願いします」
 女の方へ向き直ると、キヌアは軽く頭を下げた。金色のお下げが二つ、上下
に揺れる。
「分かりました」
 女の話し声は抑揚に乏しい。アニタはますます気味悪く感じながら、相手を
見守った。
 女は両手を胸の高さに組んでから、キヌアの左横に立つと、その場にゆっく
りとしゃがんだ。かざした手が、ちょうど腰の辺りに来る。
「力を抜いてください」
「は、はい」
 少しは緊張しているのか、慌てて返事するキヌア。そのため、逆に力が入っ
てしまった様子だ。
「深呼吸をしてみましょう」
 促され、素直に従うキヌア。
「落ち着きましたでしょうか」
「と、思いますけど」
「では」
 女は組んでいた手を解くと、その間にキヌアの身体が来るように、前へと伸
ばした。左手がキヌアの腹部、右手が腰部のすぐ上で止まる。
 それから女は何やら呪文らしき言葉を唱え始めたが、声量が小さい上、外国
語らしく、さっぱり聞き取れない。アニタの友人は、さすがに居心地悪そうだ。
人通りは少ないとは言え、昼間、往来でこんなことをされれば、当然だろう。
「……終わりました」
 女が言った。
「いいんですか?」
「はい。あなたのお名前は」
「キヌア=ローズです」
「キヌア=ローズさん、あなたがお幸せになりますよう、心から願います。そ
れから」
 口調が変わったように、アニタには感じられた。
「子供をお生みになったら、どんな名前を付けます? その子にもお祈りさせ
てもらおうと思うのです」
「あ−−いきなり言われても……ねえ、アニタ?」
「そ、そうよね」
 女に対するアニタの印象は、さらに悪くなった。
「私が名前を差し上げましょう。男の子なら……アーメッド、女の子なら……
ベニーがいい。その子も幸福になるし、あなたにも幸福をもたらすわ。きっと
ねえ」
「え、ええ……」
 ここに来て、ようやく身体を引き気味にするキヌア。でも、今度は意識の方
が呆然としてしまっている。
「そ、それじゃ、これで」
 アニタはキヌアの手を引っ張り、女の前から立ち去ろうとした。
 女は少しも気を悪くした素振りを見せず、にっこりと微笑んできた。
「お幸せに」

 夏期休暇で久しぶりに帰ってきた孫娘に、スティーブン=ロビンソンは暗さ
を感じ取った。いつもは笑顔で挨拶してくれるのが、今日に限って、黙ったま
まである。
「アニタ、お帰り」
「−−ただいま帰りました、おじいさま」
 声をかけても素っ気なく、そのまま自分の部屋に向かう気配である。
「母さんに顔は見せたのかい?」
「ええ」
 会話が続かない。アニタは部屋に入ってしまった。
 スティーブンは、がたの来つつある足腰に無理を言って、階段を駆け下りた。
「ベルサさん」
 アニタの母−−スティーブンから見て義理の娘に当たる−−ベルサの姿を求
め、あちこち部屋を覗いて回る。
「ベルサさんっ」
「何でしょうか、お義父さん」
 台所から現れたベルサは、手を布巾でよく拭っている。洗い物か何かの最中
だったらしい。
「珍しく大声を出されるから、びっくりしましたわ」
「ベルサさん、アニタを見て何か感じんかったかね」
「ああ、それですか」
 ベルサの表情に、わずかに影が差す。彼女もおかしいと感じていたらしい。
「何か、落ち込んでいるみたい」
「私もそう見えた。思い当たる節はないかね」
「さあ……。寮から戻って来て、いきなりですし」
「私は訳を聞こうとしたんだが、うまく行かんかった。何も聞かなかったかな、
ベルサさんは?」
「今すぐは難しいと判断しましたから。折を見て聞き出してみますわ」
「そういうものか、ふむ。難しい年頃になって来よった。気を付けないと意志
の疎通が断たれてしまいかねん」
 両腕を広げるスティーブンに、ベルサは苦笑した。
「そんな大げさな。あの子はそんなことありませんよ」
「母親のあんたがそう言ってくれると、私もほっとするが……。こんなこと、
言いたくないんだが、ヘンリーがおらんようになったことが影響してなけりゃ
いいんだがねえ」
「−−そうですわね」
 亡き夫の名を出されたためか、ベルサの反応は一拍、遅れた。
「とにかく、注意しておきます」
「頼みますよ」
 スティーブンは、とりあえずの義務を果たした気分になって、落ち着いた。
そうして、行きとは別人のように、ひょこ、ひょこっと階段を昇り始めた。

 スティーブン=ロビンソンを訪ねたアベルは、博士にいつもの快活さがない
のを見て取った。
「どうかされたんですか」
「ん? 何がだね」
 星々の運行表から目を上げるロビンソン博士。
「お元気がないように見える」
「そうかね……」
「私が余計な相談を持ちかけたせいで、博士の研究が進まず、迷惑をかけてい
るのではありませんか?」
「いや、そんなことはない。気にしないでくれ」
「しかし」
「……相談、ね。ふむ。一つ、こちらの相談にも乗ってくれるかな。なに、気
休めになればいいんだ、深刻に受け止めることはない」
「はあ。私で役に立つのであれば、喜んで」
 アベルは手元のノートを閉じた。
 ロビンソン博士も書類を机に追いやり、アベルへと向き直る。
「孫娘のことなんだよ」
「お孫さん……アニタさんがどうかしましたか?」
 つい先日、初めて顔を合わせたアニタ=ロビンソンの容姿を思い浮かべるア
ベル。なかなか理知的な顔立ちをしていると、そのとき感じた一方、人見知り
する質なのか、ほとんど会話しなかった点も気になっていた。
「実に失礼な態度を、君に対しても取ってとっておると思うが」
「そんなことは」
「嘘を言わんでいい。あの子は、私らに対してもそうなんだよ」
「……博士や母親に対しても、ですか」
「ああ。誤解してほしくないのは、今年の春、帰って来たときはこんな態度で
はなかったということだ。この夏になって、ああいう風になってしまった」
「何かあったのではないですか。例えば、大学で」
「そこなんだが……聞いても答えてくれん」
 難しい顔になり、腕組みするロビンソン。
 アベルはいささか困惑を覚えた。
「博士ご自身やベルサさんをして何も聞き出せないのでしたら、私なぞお呼び
でないでしょう。アニタさんとはこの夏初めて、顔を合わせたのですから、な
おさらです」
「それは分かっておるよ。考えてもらいたいのは……君のところのフランク君、
彼は尾行は得意かね?」
「尾行……できないことはないと思いますが」
 相手の言わんとすることが飲み込めず、アベルは手を返して説明を求めた。
「孫娘はときどき、ふいと出かけおる。行き先を尋ねても、話そうとせんのだ。
それが気がかりでの」
「私が言うのもあれですが……。彼女も立派な学生なのだから、そこまで気に
せずともいいのではないですか」
「そうかもしれん。しかし……笑わんでくれよ。万が一、悪い男につかまりで
もしたんじゃないかと思うと、気になって仕方がない」
 アベルは呆れて、いささか興味を失いかけていた。
 が、考え直す。魔玉の謎を解明するためには、今のところ、天文学の線しか
思い当たらない。その天文学の専門家の中でアベルが頼れるのは、目の前のス
ティーブン=ロビンソンただ一人しかいない。
「顔の割れていない者、例えばフランクにアニタさんをつけさせて、何ともな
いと分かれば、それで安心できるのですね?」
「ああ、まあ、そうかな。できれば、前のように会話を交わしたいものだが」
「分かりました。幸い、カインも目立った動きを見せていません。フランクを
当たらせてみましょう」
「そうかね。いや、ぜひ、頼むよ」
 ロビンソン博士が顔をくしゃくしゃにして喜ぶのを見て、アベルは軽く息を
ついた。

−−続く




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE