#3357/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 8/16 0:19 (200)
占いなんて 3 名古山珠代
★内容
火曜日の朝は、いつも通りの時間帯に登校。
なのに、眠い。
昨日の晩、ベッドの中であれこれ考え過ぎちゃった結果よ、これ。
下駄箱まで来ると、昨日のことが思い出されて、勝手に顔が熱くなる。
「あ、来たな」
あらら、今朝も声をかけられるなんて。と言っても、新聞部の先輩だから、
別に不思議じゃない。
「荻原先輩。何でしょう?」
「大した用じゃないんだが……ここではちょっとしにくい」
目を細くして、周囲を見渡す先輩。睥睨するって表現がぴったり当てはまり
そう。
「部室まで来られないか? 時間がなければ、かまわない」
「いえ、大丈夫です」
見上げながら、笑みを浮かべた。背高くて、肩幅あって、目つき鋭いから、
荻原先輩と初対面の人はたいてい、恐がってしまう(私もだった)。だけど、
実際はそんなんじゃないって分かってからは、微笑みかけながらでも話せるよ
うになった。
「すまない」
先に歩き出した先輩。追いかけていく私は、今日、火曜が活動日だと思い出
した。
「あ、あの。今日の部活、少し遅れて行くかもしれないんですけど」
だって、江上君と話をしに、図書室に行かなくちゃ。
「……それで?」
階段の踊り場を曲がったところで、先輩が聞いてきた。
「え? えっと」
「『遅れるかもしれないけど』のあとには何が続く? 許可してくださいとか、
そのまま休みますとか、心配しないでくださいとか、色々あるだろうが」
「あ、え、えっと……お、遅れると思いますから、どうか見逃してください」
「見逃して、か。分かったよ」
分かりにくい笑みを口元に浮かべて、先輩はどんどん先へ行く。
私は胸をなで下ろしつつ、必死で追いかけた。
新聞部の部室は、コピー機やガリ版刷りなんかを置いてある部屋−−資料室
なんて名前が付いている−−とつながっていて、そっちの部屋が開いていたら、
鍵がなくても簡単に入れる。
「用事って、何なんでしょうか」
部室に入って、ドアをぴっちり閉めたところで、私は切り出した。
先輩の方は、朝の忙しい時間だというのに、悠然と腰掛けてから話し始めた。
「島川は付き合っている奴がいるのか?」
「……な、な……何ですかあ、それ?」
立ったままの私は、鞄を落っことしそうになった。気が付けば、口をあんぐ
り、開けちゃってる私。みっともないから、急いで閉じた。
それにしても、何て直接的な聞き方。いや、それより、どうして先輩が聞い
てくるの、そんなことを。
「文字通りの意味だ。聞こえなかったんなら、もう一度言ってやろう」
「い、いえ、聞こえました。だけど、単刀直入すぎて、びっくりしてしまいま
した……あはは」
「部員に対して、取材時のような権謀術数を用いる必要もあるまい」
「それはそうでしょうけど……」
「答えてくれ。まだ質問はあるんだから」
「……いません。今のところ」
ふっと、これってセクシャルハラスメントじゃないかしらという思いが、頭
をよぎる。上司−−先輩という地位を利用して、無理矢理プライバシーを聞き
出そうとしている……。
「好きな奴はいるのかな?」
抗議するよりも、先輩からの質問が早かった。
「……いません。あの」
「じゃあ、僕が立候補しよう。島川祥子さん、僕と付き合ってもらえないだろ
うか」
「−−」
真っ白。頭の中が空っぽになったような。
「こればかりは、すぐに答えてくれとは言えないな」
何だろう。先輩はいつもの先輩らしくなく、照れたように目の下辺りを赤ら
めている。
「受験体制に入る前に、伝えておきたかった。だから、本当のところ、なるべ
く早い返事を頼みたいんだが、こればかりはな」
「あ、あの、先輩」
「先輩後輩という意識は捨てて、考えてほしい」
「か、考えます。と、と、とにかく、考えさせてくださいっ。返事は近い内に
必ずしますから」
「−−了解」
先輩は普段通りのまじめくさった口調で、でも、笑いながら答えた。
一時間目のあとの休み時間、机に上体を投げ出し、悶々としていると、頭を
小突かれた。
「ゆ、幸村」
見上げてすぐ、顔を背ける。
「返事、まだかあ」
小さな声で聞いてくる幸村。いくら小声ったって、こんな場所、こんな時間
に聞かなくてもいいじゃない。
「まだよっ」
「……何、怒ってんだ?」
「怒ってなんかない。返事は私からするから、それまで、そっちからは聞かな
いで!」
「ちぇ、分かったよ」
幸村には悪いけど、こう答えるぐらいしか、今の私には余裕がない。
三時間目の前の休み時間には、教室の中にいると息が詰まりそうなので、廊
下に出た。すると、佐々木君が来た。
「どうかしたの? 何だか、疲れているみたいだ……」
「そ、そうかしらっ?」
笑いでごまかす。本当のところ、こんなに疲れるのって、生まれて初めてか
もしれないわ。
「別に疲れてなんか。心配してくれて、ありがと」
「……その、昨日のことだけど」
佐々木君、やっぱりあなたもなのね。
私は皆まで言わせず、先手を打った。
「もう少し待って。昨日の今日じゃ、無理」
「そうか……。ひょっとして、好きな男子がいるのかな?」
真剣な表情に真剣な口調の佐々木君。
私の方が戸惑ってしまう。誰も聞いていないと分かっていても、つい、周囲
が気になった。
「もし、島川さんに好きな相手がいて、そいつをあきらめ切れないって言うん
なら、はっきり言ってほしい。そういうの、邪魔したくないから、俺」
「ううん、いないってば」
焦る。誰も傷つけたくないし、気を遣わせたくない。
「いたら、はっきり言う。今は考えさせて」
「それなら」
佐々木君の表情がやっと明るくなった。
「あ、そうだ。CD、よかった?」
CD、借りてたんだ。昨日から今朝にかけても次々に告白されたせいで、ほ
とんど忘れちゃってた。
「あ、うん。とっても」
なんて、嘘。心落ち着けて聴く暇なんて、なかったんだもの。
「あの、もう少し、貸してね。聴くのに夢中で、ダビングするの、忘れちゃっ
てて」
嘘の言い訳だから、心苦しくて、変に饒舌になる。
でも、佐々木君はおかしいと思わなかったみたい。
「いいよ。聴き飽きるまで聴いて」
そう言い残すと、先に教室へ戻った。
四時間目の前の休み時間には、何と、荻原先輩が私のクラスまでやって来た
から、慌てた。
呼ばれて、廊下に出る。
あ、私、萎縮しちゃってる。
「……何を縮こまっているんだ」
「け、今朝のことなら」
「違う。こんなに早く、返事を聞きに来る奴なんていないぜ、普通。意識過剰
と言うんだ」
手のひらで頭をぽんと、軽く叩かれた。
「じゃあ、いったい」
「部の話だ。名簿の整理、やっておいてくれないかな」
引き受けるかどうかの返事をしない内に、新旧二種類の部員名簿を手渡され
てしまった。
「急がなくていいから」
「は、はい」
「頼んだぞ。じゃ」
言うだけ言って、先輩は足早に去って行った。
−−私は選ぶ立場のはずよ。どうして、ここまで振り回される訳?
お昼。例によって、幸村は学食。佐々木君も今日は食堂利用らしい。
「ね、ね、ショウ。どうなった?」
ここぞとばかり聞いてくるのは、保子に利梨香。
「二人とも……」
「ん?」
「正直に答えてよ。私ってさあ、美人かな?」
「……はあ?」
表情を歪め、一旦、顔を見合わせてから、二人は私をしげしげと見てきた。
「それとも、性格が凄くいいかしら?」
「頭、大丈夫?」
「二人から告白されて、天狗になってるな、こいつ」
「ちっがーう!」
私は大声で否定すると、一転して声量を落とした。
「実は」
昨日の帰り際のラブレターと、今朝の先輩からの告白について、包み隠さず
説明して聞かせた。
「作り話にしては、下手すぎるわね」
利梨香がウィンナーの玉子巻きを食べながら、もごもごと言った。
「作ってなんかないってばぁ。全部、本当」
「信じにくいよ、あまりにも」
保子が言う。信じがたい話だってことは、私にも分かっています。でも、事
実は事実なんだから、曲げようがないじゃない。
「どうして急にもて始めたのか、気味悪いって訳ね」
利梨香がどうにか、まじめに応じてくれそう。
「気味悪いと言うか……うん。不自然なのよ」
「……私らから見て、ショウ、変わってないよ。ねえ」
「うん。ちっとも」
利梨香と保子は盛んにうなずき合っている。自分でも変わってないつもりだ
ったけれど、そこまで簡単に、きっぱりと言われると、何か腹が立つ。
やがて保子が言った。
「ショウ、転校するとかってことない?」
「何よ、それ?」
「いやさあ、卒業や転校とかするってことになったら、もう会えなくなるかも
しれないから、ショウに思いを寄せている男共が一斉に告白しても、まあ納得
できるなと」
「……なるほど。でも、転校なんてしないわ、私。卒業はまだ先だし」
「荻原先輩みたいに、三年生ばかりが告白してきたのなら、筋道が通ったのに。
惜しい」
「惜しいって、あのねえ……」
それは本末転倒というものよ。
「待ってよ。ショウが転校しなくてもいいんだわ。相手の男子が転校するかも
しれない」
「そりゃあ理屈だけど、どこか変よ。今度は、私を気に留めてくれてる子が揃
いも揃って同じ時期に転校する不自然さがあるじゃない」
「そうかあ」
結局のところ、納得のいく状況は見出せずじまい。
思わず、こぼす。
「占いが当たったとしか言い様がないのかな」
「占いって、何よ」
二人には言ってなかったんだと、思い出した。
「雑誌に載ってる週間占いのこと。よくあるでしょ。信じる信じないは別にし
て、何とはなしに毎週目を通していたのが、当たったみたいなの」
「何て書いてあった、それ?」
「待ってね。確か……思いも寄らない異性から告白されるとか、じっくり考え
て結論を出すのがいいとか」
「思いも寄らないにもほどがあるってところか」
「……そうね」
苦笑いが出ちゃう。
占いを読まなかったら、こんなことにはなっていなかったかも。そうとさえ
思えてしまう。
−−続く