#3333/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 7/31 15:10 (182)
十三と黄金 3 陸野空也
★内容
蝶野はワゴンの車体に手をついた。足の怪我は、竜崎の肩を借りずとも、ど
うにか歩けるまで回復していた。
「念のため、鍵は返しておきますよ」
竜崎は鱶島に、車のキーを手渡した。
「季節が夏でよかった」
「何か必要な物があったら、遠慮なく、言いに来てください」
「心遣いは無用。車の中で寝るのには慣れているよ。ま、ひょっとしたら便所
ぐらいは借りたくなるかもしれないが」
冗談のつもりか、竜崎は鱶島に笑みをよこしていた。
鱶島の方は笑ってよいものかどうか、躊躇している風に見受けられる。
「それじゃ、また明日」
「ああ。よろしく頼むよ」
鱶島が別荘へと消えたのを確認して、蝶野は竜崎に話しかけた。
「これでいいんですかい?」
「非常に好都合だ。あの連中、よほど物好きだな。山について、よく調べたら
しい。緋野山の洞穴について聞いたら、心当たりがあると言っていた」
煙草を取り出すと、ライターで着火する竜崎。車内灯もない薄闇に、赤い光
がぽつっと浮かぶ。
天気は快晴。窓は開け放してあった。
「しかし……あんなガキ共に金を出さなくても」
「物を言わせるべきときはそうするもんだ。『あれ』さえ首尾よく手に入れれ
ば、それでいいんだ。だいたい、おまえがどじをしなきゃ、簡単に済んでいた
かもしれない」
「すんません」
足をさする蝶野。
「過ぎたことはいい。前を見るだけだ」
「はあ」
「そうだ、蝶野。おまえ、銃を見られないように注意しろ。堅気に見られてい
るとは俺も思ってないが、銃を見られちゃあ、完全にアウトだからな」
「ああ、それなら……」
脇の下のホルダーに手をやる蝶野。
顔から血の気が引いた。
手応えがない。
「どうした?」
「……落としました」
「……」
竜崎もしばし沈黙した。
「すっ転んだときか? どじの上塗りだな」
「すんません!」
「やかましいから、黙ってろ。……」
竜崎はゆっくりと煙を吐いた。
蝶野は言われるがまま、口をつぐんだ。冷や汗が額を伝うが、拭う気も起こ
らない。
「……あんな場所に入り込む物好きが、そう何人もいるはずない。ま、大丈夫
だろ。だが、蝶野よ。おまえはしばらく、銃なしだな」
「分かってます」
頭を下げた蝶野。
「どの道、この怪我じゃあ、まともに撃てやしません」
「そういうことを言ってるんじゃねえんだがなあ。ま、いい。ともかく今は、
お宝が一番だ。明日はせいぜい、うまくやるんだな」
それだけ言うと、竜崎はシートを倒し、さっさと横になった。いつの間にか
煙草はもみ消されていた。
蝶野は、やっと人心地つけた気分に浸れた。緊張感が解けたせいか、足の痛
みがまた始まった。
朝をパン食で簡単に済ませ、私達と招かざる客二人はワゴン車に乗り込んだ。
「行きますか」
「よろしく」
鱶島と竜崎の間で短い会話が交わされ、そして出発。
昨日とは逆に、ぐるぐる回って、下って行く。大方、朱寿山を下りたところ
で橋を渡り、緋野山側に入る。
天気は相変わらずよく、この分だと暑さもかなり来そう。
今度は緋野山を登り始める。こちらは車では、中腹の手前ぐらいまでしか行
けないらしい。そこにあるペンション風の山小屋を拠点にして、登山を楽しむ
と言うことだけれども……夏休みだと言うのに、登山客の姿は全くなかった。
「さすが緋野山」
窓から顔を覗かせていた鰐淵が、口笛を吹いた。
「ジュウザのおかげで、がらがらだ」
「ずっと前から気になってたんだが」
助手席の蝶野が皆に聞く。
「緋野山には何やら、ジェイソンみたいな人殺し野郎がいるそうだけど、まじ
なのかい?」
「知らないんですかあ?」
遊亀が驚いた風に声を高くする。本人に悪気はないのだろうけど、小馬鹿に
したような響きをちょっと含んでいて、今みたいな状況では、周りの者は気が
気でない。
「たっくさん、死んでますよー。しかも、みんな首を切られて」
「正確を期すと、頭部を切断されて、だね」
駐車場の入口にさしかかる直前、鱶島が言い添えた。
それを引き継いで、千馬。
「これまでジュウザの仕業と思える事件は三つあって、はっきりしているだけ
で二十人ぐらい殺されてるのかな」
「誰か助かった人はいるのかい?」
竜崎が合いの手のように聞いてきた。今朝の彼は、運転手の鱶島と同様、サ
ングラスをかけている。
「いないと言っていいと思います。実際は一人いるんですけど、片腕を失った
上、精神病院に入っているという噂ですから……」
「へえ」
げんなりした表情になった蝶野。
「何でまた、そんな奴がいるかもしれないところに、好きこのんで出かけるん
だい、君らは?」
「一時は本当に観光名所になりかけたんですよ」
鱶島が言った。停車していた。
「一つ目の事件のあとは。だけど、二つ目が起こって、さすがに足が遠退いた。
三つ目の事件は、緋野山の殺人鬼を取材に来たテレビクルー達が襲われたんで
す。で、こうして、ほとんど誰も訪れないような山になって、だからこそ、僕
らは来てみたくなったんですけどね」
全員、ワゴンを降りた。
これだけ晴天続きなのに、地面は何だかじめっとした感触を有している。流
された血の名残−−そんなことを想像する者もいるかもしれない。
「蝶野さん達こそ、どうして来たんですか。昨日聞いた、単なる好奇心とは思
えませんよ。竜崎さんはともかくとして、蝶野さん自身、ジュウザについてあ
まりお詳しくないようだし」
「自分は竜崎さんに引っ張ってこられたようなものだから。ねえ、竜崎さん?」
「そういうことだな」
竜崎は、うまそうに煙草を吹かしていた。我慢していたの草をようやく吸え
たという感じだ。顔をしきりに動かしているのは、地形を探っているのか。
「さあて、早速で悪いんだけど、君達が思っている洞穴へ、案内してもらいた
いな」
「そうですね。一つ目の事件で、結構有名になった場所です。猫田さん、地図
ある?」
「これでしょ」
差し出された紙を受け取り、眺める鱶島。その横から竜崎が覗き込む。
「だいたいの道は分かってるんですがね。何しろ初めてだから、確認しておか
ないと……。よし、とにかく行ってみよう」
私を含めた七人と一匹とで、登山道を上に歩き始めた。
蝶野自身が足に怪我をしていたことと、少し迷ったせいもあってか、それら
しき洞穴が見える位置に来たのは、歩き始めてから一時間ほど経っていた。
「あ、あれみたいです」
右方向を指し示しながら、鱶島が叫んだ。役目を果たして、ほっとしたとい
ったところか。
登山道を離れ、雑草を踏み分けながら、洞穴へと接近する。
「さして奧深くない穴だねえ」
当てが外れたように、竜崎。蝶野も内心、同じ感想を持った。あれでは隠し
場所としてふさわしくないんじゃないか、と。
「どういういわれがあるのかな、あの洞穴に」
「一つ目の事件で、中学生だったかな、女の子の遺体が見つかったのがこの近
くだそうです。その逃げる途中、この洞穴に身を隠していたんじゃないかと思
われる遺品がいくつか見つかった。それだけですよ」
「ふむ。一応、見ておくかな」
竜崎はサングラスを外し、洞穴の中へと入った。他の者も続く。
外と比べ、穴の中は、湿気が増したように感じられた。事実、地面には小さ
な水たまりがいくつかある。
竜崎はペンライトを胸ポケットから取り出し、内部を照らしていた。濡れた
岩肌が照らされ、ぬらぬらしていた。
「懐中電灯、ありますけど……」
千馬が言った。彼女からライトを受け取ると、竜崎は、
「や、どうも。」
と、背中で礼を言って、そのまま中の調べを続ける。
「何かあります?」
気になるようで、鰐淵が盛んに尋ねてきた。
竜崎の邪魔にならないようにと、蝶野は注意を自分の方に引き付けるべく試
みた。
「なあ、鰐淵君」
「何すか?」
「もしも、ジュウザとやらが今ここに現れたら、君ならどうする?」
声を立てて低く笑ってみせる。
「そうですねえ」
鰐淵が考え込む間に、二人の会話を聞きつけたか、遊亀達も集まってきた。
ただ一人、鱶島だけは竜崎の行動を遠くから眺めているらしかったが。
「そうそう出て来るもんじゃないと思いますけどお」
遊亀の声は、浅い洞穴の中でもよく響いた。
「会えたら、すっごいラッキー。自慢できるっ」
「あのねえ、りえ。蝶野さんはそんなことを聞いてるんじゃなくて、襲われた
らどうするかって聞いてるんだってば」
「そんなあ、考えてもしょうがないでしょ。死ぬなんて思ってないしい。そう
ねえ、写真を撮って、さっさと逃げる。これかな」
「大したたまだねえ」
まま、目論見がうまく行って、蝶野は調子を合わせた。
「……たまお、あなたはどう?」
猫田の方へ向き直り、千馬は尋ねた。
「写真は撮らないけど、逃げるしかないでしょう。刃向かってどうにかなる相
手じゃないわよ、二十人も殺されてるんだから」
「よかった。私もあなたと同感」
遊亀に呆れたような視線を送る千馬。
「じゃあ、俺は」
鰐淵が口を開いた。ようやく考えがまとまったらしい。
「蝶野さんを担いで逃げるしかないじゃないですか」
「は?」
さすがに面食らった蝶野。まじまじと鰐淵を見返す。
「その足だと、いざというときに大変でしょう、きっと」
「ふ、ふははは! こいつはいいな。優しいなあ、君は。ははは!」
馬鹿笑いしたところで、竜崎の声が低く響き渡った。
「ようし。充分、見た。ありがとう」
それから竜崎は、鱶島へと尋ねる。
「他に洞窟というか洞穴はないかな?」
「他ですか? ちょっと待ってくださいよ」
鱶島は地図を広げながら、穴の外へと出た。
−−続く