AWC 十三と黄金 1   陸野空也


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#3331/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 7/31  15: 5  (182)
十三と黄金 1   陸野空也
★内容
 アパートの外は雨だった。
 部屋の主は、もはや、息を引き取る寸前であった。
「……のやま」
「どこだって?」
 床に伏す若い男に、ひげ面の男が詰め寄った。
 頬のこけた若者は、何か言おうとして、大きくせき込んだ。
 唾に顔を背けるひげ面の男。
「きったねえな。おいおい。このまま死ぬんじゃねえぞ」
「蝶野。おまえのやり方が乱暴すぎる」
 座っていたもう一人の男が、ゆっくりとした動作で立ち上がった。色の薄い
サングラスの位置を直している。
「しっかしねえ、ここでこいつにくたばられちまったら、何もかもぱあ、って
やつですよ」
「おい、剛」
 サングラスの男は瀕死の若者−−剛に声をかけた。
「妹のこと、気にならないか?」
「−−」
「逝く前に、あの子のことをすっきりさせとかなきゃな。俺達が面倒を見てや
るから、安心しな。−−ただし。あれの置き場所を言ってくれないとな。先立
つ物がなければ、俺達もどうしようもない」
 口元だけで笑うサングラスの男。
 彼の言葉は効果を持っていたようだ。剛は、最後の力を振り絞った。
「緋野山、にある」
「緋野山? その山のどこだ?」
「……中腹、洞穴、あった……」
「洞穴だあ? もっと詳しく!」
 髭の方−−蝶野が剛の肩を掴んだ。
 が、それまでだった。
「死んだ、か」
「中途半端なところで死にやがって」
 手を放す蝶野。
「まあ、いいさ。これだけ分かれば探し出せる」
 言って、男はサングラスをまた直した。
 そして彼は、ひび割れの目立つ壁を見回した。
 窓を叩く雨音が強くなった。

 私はただ、話の成り行きを見守っていた。
「宝探しぃ?」
 遊亀理恵が頓狂な声を上げる。まるで恥ずかしそうにしていない。
「部長、それって」
「当然、名目上」
 ウィンクしたのは鱶島新一郎。自分の席を見つけて落ち着くと、続きを話し
始めた。
「こうでも言っとかないと、探険部として格好が付かないからな。『あの』緋
野山見物なんて申請じゃ、大学から金が出ない」
「宝探しってのも、何だぜ」
 両肘をつき、苦笑している鰐淵宏。刈り込んだ髪のすき間から汗がにじみ、
額を伝いかけている。暑さにうんざりしている様子。
「いったい緋野山のどこに、お宝があるんだ?」
「あるじゃないか。『十三』を見つけたら、凄いことになる」
「本気で言ってんのか?」
「冗談だよ。いいじゃないか。みんな、行ってみたいと言ったろ」
「そりゃあな」
「あなたが別荘を持ってるって言うから、どんなのか見たいと思ったのよ」
 鰐淵に続いて、千馬冴子が一応の同意を示した。
「テレビに出て来るみたいな超金持ちの別荘を想像してたら、がっくりするぜ。
山小屋程度と思ってくれよ」
「それは分かってるけど、本当に大丈夫なのかしら。あの緋野山よ」
「平気平気。正確に言うと、俺ん家の別荘があるのは、緋野山そのものじゃな
い。そのお隣の朱寿山にあるんだよ。殺人鬼も緋野山を下りて、また朱寿山に
登るなんて面倒はしないさ」
 鱶島は声を立てて笑った。
「緋野山に、何かいるのは間違いないんだよね」
 遊亀が言った。好奇心をまき散らしている。
「過去に大量殺人が何度かあったんだから、殺人鬼がいてもおかしくないよな」
 鰐淵は固い口調で言った。それから彼は、私の方を向いた。
「たまちゃんは、どう思う?」
「本当にいるとしたら、行きたくないけど。それよか、その呼び方、やめてっ
て言ってるでしょうが。私は猫田たまお。たまだなんて、略さないで」
「はいはい、猫田さん」
 にやにやしている鰐淵。
 やり取りに呆れたように、部長の鱶島が机に手をついた。
「あのなあ。ここまで話を進めておいて、ドタキャンはなしだぜ。ただでさえ
部員数が少ないのに、ここでまた抜けられたらつまらない。夏合宿、朱寿山で
二泊三日。いいよなっ?」
 部長以外の全員がうなずいた。

「こんなところまで連れて来たのぉ?」
 呆れたように、遊亀が言った。袖のないシャツから見える肩は、すでに黒く
日焼けしている。
「いいじゃない。好きなんだから」
「たまおが猫好きなのは分かってたけど……合宿にまで連れて来るなんて」
「ミィクは特別よ。大人しいから、いいじゃない」
「別にだめとは……。ほんと、ちっとも鳴かないね」
 ごまかすように笑い、彼女は手を伸ばしてきた。
「いい子、いい子」
「頭をなですぎると、ミィク、寝ちゃう」
「そうなんだ? 気持ちいいのかしら」
 他の部員も手を出してきた。やめてほしい。
 目の前にワゴン車が停まった。サングラスをかけた鱶島が、運転席で白い歯
を見せ、にやけている。
「待たせたか? 乗ってくれ。あっと、全員揃ってる?」
「揃っています。黒猫までもね」
 千馬冴子。彼女は比較的、動物嫌いみたいだ。動物そのものは嫌いじゃなく
て、世話が面倒だから嫌というタイプ。
「猫田さんはじゃあ、後ろだな。助手席にいて、万が一、猫が暴れ出したら、
運転に支障が出る」
「分かってます」
 結局、助手席には鰐淵が座ることに。私達女は後部のハッチを開け、がやが
やと乗り込んだ。後部座席は清掃はしてあるものの、何やかやと雑多な荷物が
置かれて、狭苦しい印象。
「何か買い忘れた物、ない? なければ直で行くけど」
「別に……。氷は向こうで作れるんだろ?」
 鰐淵の質問に無言でうなずく鱶島。
「またお酒?」
 遊亀が呆れたように前を見やった。
「かき氷でも作ってやろうか?」
 振り返って鰐淵が軽い調子で言った。
「じゃあ、買い忘れがあるわ」
「え?」
 千馬の言葉にみんなが声を上げた。
「イチゴ、メロン、レモン……シロップを買わないとね。それにあずきとコン
デンスミルクも」
 千馬は真面目な口調で言った。

 拭っても拭っても、汗が出て来た。夏にさしかかった上、スーツを着込んで
いては当然だろう。
「山のこと、誰も触れたがらないようですぜ」
 髭をなでた蝶野。汗で湿っている。さっきから麓の町で、山のどこに洞穴が
あるのかを尋ねて回っているのだが、芳しい返答は得られていないのだ。
 サングラスの男は小さくうなずいた。
「それはそうだろうな」
「竜崎兄ぃは何か知ってるんですかい?」
 竜崎は人差し指と中指の先で、サングラスのずれを直した。彼の顔に、汗は
ほとんど浮いていない。
「緋野山は殺人鬼の住処だからな、無理もない」
「殺人鬼? 何ですか、そりゃ」
「知らなければ知らないで、いいんだがな」
「気になる言い方だなあ。教えてくださいよ」
 焦れる蝶野は、兄貴分に頼んだ。
「『13日の金曜日』って映画、知ってるか?」
「ああ、知ってます。ホッケーのお面を被った殺人鬼が出て来る……」
「緋野山には、ああいう感じのがいると思ってくれりゃいい」
「へ? まじですか?」
 口元を歪める蝶野。
「さあな。噂じゃそう言うことになってる」
 竜崎は笑みを浮かべ、首を振った。
「びびってるのか? だから、話したくなかったんだよ」
「とんでもない! びびってなんかいませんよ。そんな奴、いるはずない。も
しも『出た』って、こいつさえあれば」
 左脇の下に手をやり、手触りを確かめようとする蝶野。手先が固い物に当た
った。
「見せびらかすもんじゃない」
 竜崎の声が響いた。
「いざというときにだけ、使うんだ」
「分かってますって。へへ」
 蝶野はスーツの前をしっかりと閉ざした。
 冷たい感触が、右手の指先に残っていた。

 蝉の声が川のせせらぎをかき消していた。
「緋野山と朱寿山、ここが境目」
 鱶島ら探険部はワゴンを操り、橋を渡る。
 橋の下には、きれいな川がある。流れの勢いはさほどないが、渦巻きが散見
される。深い箇所が点在するようだ。
「魚が見える。−−あ、もう、もっとゆっくり行ってよ」
 窓越しに川を覗こうとしていた千馬が、文句を言った。
「へえ、君にそういう面があるとは知らなかった」
「どういう意味よ」
 運転手の軽口に、抗議する千馬。
「もっと現実的なのかと思ってた」
「……そんな通り一遍で人を見ているようじゃ、手ひどい目に遭うかもしれな
くてよ。お気をつけあそばせ」
 わざとらしい言葉遣いになった千馬に、今度は遊亀が絡む。
「裏表のある、二重人格ってことだよねぇ」
「りえ、あなたの口出しはフォローになってないっ」
「別にフォローするつもりなんか、ないもんねえ」
「あー、腹立つ!」
 他の三人から笑いが起こる。
 こんな感じで、車は渦巻くように山を登っていき、二合目付近に到達した。
「うわぉ、ログハウスっ」
 意味不明な驚嘆の声を上げたのは、遊亀。
 正面には、本物の木で作られたとおぼしき小屋がある。
 いえいえ、小屋と言っては失礼かもしれない。立派な二階建ての、まさしく
ログハウス。
「これで金持ちじゃないなんて、よく言うぜ」
 鰐淵がふてくされている。もっとも、彼のことだから、ポーズだけかもしれ
ない。
「さあ、最初に掃除を頼む」
 鱶島の一声で、別荘の掃除が始まった。


−−続く




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