#3308/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 6/16 1: 1 (180)
SHINOBI 2−4 甲賀明日夫
★内容
「解決のことなんですが」
レイモンドが、小さく手を挙げた。
「何だね?」
「ヒルカ=クリスコは、殺人については認めていないそうですが」
「そうなのだ」
首を傾げるヒル。
「ダルバニア家の財産を守るため、侵入者−−彼女の言葉だ−−を追い払いは
した。しかし、誰も殺してないと主張している。昔、キャミル=ダルバニアが
健在だった頃は、彼が幽霊騎士に扮していたそうだ。その当時、財産を狙って
きた者を三人、やむなく殺したことはあったらしいが、最近の殺しは認めてい
ない。今一つ、しっくり来んのだ」
「捕まった際、あれだけ潔かったのが、変ですよ」
モントレッティも納得できない風。
レイモンドがヒルに聞く。
「彼女は、ずっとあの城に暮らしていたと、そう言っているんですか?」
「いや。住んでいるところは別だ。バレエの仕事の合間、時間ができたときだ
け、城に隠れて見張っていたのだと言っている。我々に気付かれずに城と外を
往復できたのは、あの城に通じる秘密の通路があって、それを利用していたと」
「分からないですね」
モントレッティは、どちらとも態度を決めかねているようだ。ヒルカ=クリ
スコの言葉を全面的に信じるべきか否か。
「もうしばらく、調べてくれませんか」
「言われるまでもない」
ヒルは胸を軽く叩いた。
「特に、二人一組の警吏官を、ほぼ同時に殺害するなんて、一人ではまず不可
能だ。ヒルカの言うように、別に犯人がいるのかもしれないが、彼女に共犯が
いるのかもしれない。とにかく、徹底的にやる」
「安心しました。では、私は当初の任務がありますので、ひとまずは手を引き
ますが、何か分かりましたら、ぜひ」
「君には世話になったからな。クレイグ海軍大尉を通じて、お知らせするとし
よう。はははっ!」
義弟の話を持ち出すのがそんなにおかしいのか、ヒルは快活に笑っていた。
レイモンドは、再びダルバニア城を前にした。明けが近いのか、極薄く白ん
でいる東の空。無論、これから鍾乳洞に入るのだから、がんどうを用意してい
た。
警吏の捜査隊は、すでに引き上げている。それにも関わらず、何らかの人の
気配が。
(一人ではない)
気配が複数であると感じ取ったレイモンドは、周囲に注意を払う。鍾乳洞と
森の二手に、気配は分かれているようだ。
(進むしかあるまい)
意を決し、鍾乳洞に向かうレイモンド。あの中に眠る(かもしれぬ)醜聞の
証拠を持ち出す。それがそもそもの目的。
と、鍾乳洞の中から、何者かがゆっくりと姿を現した。かしゃん、かしゃん
という音が、最初は洞窟内で反響していたが、その者が表に出てくると、ほと
んど反響しなくなった。
かきん。
高い音をさせて、その者は直立不動の姿勢を取った。ちょうど、レイモンド
の真正面の位置。間隔は五メートル程度か。
「幽霊騎士……」
つぶやくレイモンド。彼の目線の先には、ヒルカ=クリスコが成りすまして
いたのとそっくり同じ騎士がいる。
否。似ているが、決して同じではない。明らかに異なるのは、その鉄靴。ヒ
ルカが装飾用の鉄靴を履いていたのに対し、こちらの騎士は実戦用の甲冑を身
にまとっていると見受けられる。
(こやつらが警吏をあやめたか)
複数の敵を想定するレイモンド。
張りつめる空気。
互いに一言も発さず、一歩も動かない。きっかけを探していた。
何秒か後、しびれを切らしたのは騎士。剣を抜くと、フェンシングのように
打ち込んできた。
(森に仲間がいるのだ。退かせて、森へと追い詰めようとしている)
レイモンドは確信した。先ほど、ヒルカは捕らえるときに取った作戦が頭に
あった。
忍びの者が携行する刀は短い。まともに打ち合っては不利だ。刀を抜かず、
かわすことに意識の半分を傾ける。
その一方で、懐を探る。装束のあちらこちらに計十二箇所あるポケットには、
手裏剣が収めてあるのだ。
(敵の鎧にどの程度効くか、心許ないが)
わずかなためらいと共に、十字剣をかまえ、腕を素早く振り下ろす。
不安は的中した。命中はしても、騎士の身体を傷つけるには至らない。よほ
ど運がよくなければ、いくつ手裏剣があっても足りそうになかった。
(やはり……。では、これしかないな。この地では材料が見付からぬ故、大事
にしてきたが)
レイモンドは団子大の小さな袋を取り出すと、手の中で握りしめた。
次の刹那、その手の中の物を投げつけた。標的は兜の真正面。そう、目だ。
「うっ」
短いうめき声。剣を取り落とすと、両手で顔を押さえる騎士。
(うまく染みたか?)
警戒を緩めることなく、慎重を期すレイモンド。真っ先に敵の落とした剣に
接近し、遠くへ蹴り飛ばした。
彼が投げつけたのは水捕具。もっぱら河豚の浮き袋に毒液を詰めた物で、手
で握り潰してから敵の顔に投げつけ、視界を奪う投擲具の一つである。
騎士は耐え切れなくなったか、ついに兜を脱ぎ捨てた。
いかに明け方が迫っていても、がんどうが手元にない今、レイモンドに敵の
素顔は確認できない。
そのとき、仲間の異変を察したらしい、森の中から新たな人影が姿を見せた。
「貴様! ただの警吏じゃなさそうだな」
レイモンドに向かって、新たな敵が大声で叫んだ。騎士を守るため、レイモ
ンドの注意を引き付けようというつもりなのかもしれない。
レイモンドがそちらを向くと、弓に矢をつがえた人影があった。
(距離はある。だが)
間合いを詰められつつあるのは明白だった。
レイモンドは手裏剣での応戦を考えたが、すぐに取りやめた。恐らく射程距
離で劣る上、敵が甲冑を着込んでいないとは限らない。
しばし考慮した後、レイモンドはうずくまる騎士の傍らに立った。そして刀
を抜くと、騎士の顔を無理矢理引き起こし、喉元に刃を当てる。
弓を持つ者は、たじろぐ様子が明らかだった。
「こいつ、ただの警吏官じゃない……」
あきらめたように言ったのは、騎士の男だった。目を押さえたまま、何度も
頭を振っている。見ると、豊かな髪がずれている。かつららしい。
「決めよ」
レイモンドは相手に迫った。
「向かってくるか、降参するか?」
余裕のある口調を保とうと、レイモンドも内では必死だった。
騎士が小刀でも持っていたら、騎士の生死にかまわず射手が撃ってきたら等
等、厄介な事態が起こることも充分に考えられる。
「−−降参だ」
相手は弓と矢を捨てた。
「命を賭す義務は、俺にはない」
ところが、レイモンドの手中にある騎士は違った。
「馬鹿なっ。罪を認めても、命はない。あの人から命じられたと訴えても、誰
も信じやしないんだぞ!」
レイモンドは刀の峰で、騎士を打ち倒した。うまく気絶させられたようだ。
返す刀で、もう一人の男に詰め寄る。
「どういうことだ? 誰からの命令で動いている?」
「……」
騎士の男の言葉で気が変わったのか、相手は黙り込んでしまった。
「答えよ!」
レイモンドの一喝にも、口を開こうとしない。
「……警吏官六人を殺したのは、おまえ達だな?」
男は変わらず黙り続けていたが、かすかに首を縦に振った。
「警吏への恨みか? おまえ達を使っている者は、警吏に恨みがあるのか?」
「知れば驚くだろう、おまえも」
ようやく男が喋り始めたそのとき−−。
風を切る音を伴い、森のある方から何かが近付いてくる。察したレイモンド
は、その場を飛び退いた。
次に見たとき、男の頭部は消えていた。そして、スローモーションのごとく、
頭が地面に落ちてきた。
「二人まとめて始末するつもりが」
笑いながらの声が聞こえてきた。愉快でたまらないという響きを含んでいる。
レイモンドは見た。
頭に白い布−−ターバン−−を巻き付け、目だけを出している男がゆっくり
とこちらに来るのを。痩身で身が軽そうな印象。右手に長く薄い鋼の板を持っ
ている。金属製の反物があればこうであろう。柄は木製の取っ手だ。
(初めて見る。あれで首を切り落とした……)
警戒する以上に、危機感を強めるレイモンド。
「ふむ。我が波剣をかわすとはどんな奴かと思えば、ふふ。似たようななりを
しておるな、お互い」
確かに、黒と白の違いこそあれ、レイモンドの今の格好と、第三の男の姿は
似通っていた。ただ、第三の男の衣服は薄手で、軽そうだ。防禦よりも動きや
すさを優先したように見える。
「どこの暗殺術を身に着けておる?」
敵の思わぬ問いかけに、レイモンドは戸惑った。
(暗殺術? 忍術は人をあやめるだけの術ではない。いや、それよりも、こい
つは暗殺の達人か。これは危ない)
「我から名乗ろう。もっとも、通称だがな。南海の暗殺術、カンクン・ジゼッ
トの使い手、ティグレオンだ」
「……」
どうすべきか、懸命に考えるレイモンド。
(自ら名乗るとは、よほど自信のある証左。あの波板とやらも、有効な距離が
分からぬ)
未知の敵には、逃げるのが最良の策。結論を得たレイモンドは、逃げ道を探
った。
しかし、ティグレオンに隙は見出せない。
「どうした? 名乗ってくれぬか」
相変わらず、笑っているような口調。
「まあよい、手合わせを願おう。もう一人の始末は、それからだ」
じりっと、一歩を踏み出したティグレオン。
つばを飲み込むレイモンド。一つ、閃いたことがあった。ただし、それでう
まく行くかどうか、保証はない。が、選ぶ道は他になかった。
敵が攻撃するよりも前に、彼は後方に飛んだ。バク転を繰り返し、鍾乳洞の
前に到着。
(出られなくなっては、お笑い種だ)
レイモンドは図面を取り出すと、瞬時に記憶。ティグレオンの接近を待たず、
穴の中に身を寄せた。
「−−考えおったわ!」
洞窟の入り口付近で、ティグレオンの声が響く。
「この中では波剣は使えぬ。追って行っては、我に不利。貴様が出て来るのを
待っていては、日が昇ってしまう。ふふははっ! いつかまた、相まみえよう
ぞ!」
途端に静かになった。
……レイモンドが、記憶した図面に従い、ダルバニアの財宝なる物を手にし
たときは、すでに夜が明けていた。それでも極度に緊張しつつ様子をうかがい、
やっとのことで鍾乳洞を出る決心をつけた。
鍾乳洞を出たときには、ティグレオンはもちろん、首を切断された遺体も、
騎士の男の姿も、どこにも見当たらなかった。
−−終わり