#3307/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 6/16 1: 0 (197)
SHINOBI 2−3 甲賀明日夫
★内容
悪態を吐き続けていたキトン=オースキーは、唇をひとなめした。肩のロー
プを抱え直し、また悪態。
「図面を取り上げやがって、畜生!」
「そろそろ、幽霊騎士が出るかもしれませんぜ」
グーダの声は情けなかった。死にかけの虫のようだ。
「幽霊騎士! はん、いいねえ! 出たら出たで、やってやる。警吏どもをぶ
ち殺していると聞いて、拍手を送りたくなったけどなあ。このオースキーの邪
魔をするなら、勝負あるのみ!」
オースキーは少し酔っていた。街で一杯、景気づけに引っかけてきたのだ。
「図面、思い出せたんですかい?」
グーダが聞いた。この古物商からオースキーが買い上げた鍾乳洞の図面は、
警吏に事件を通達した際に取り上げられていた。それ故、彼は警吏を少しばか
り恨んでいる。恨むついでに、幽霊騎士が落としていった鉄靴の存在を、オー
スキーは警吏に知らせずにいた。
「心配するな。思い出したからこそ、こうして再び乗り込んできた。残る障害
は幽霊騎士のみ。剣を出せ、剣」
オースキーに催促され、腰にしていた剣の一本を手渡すグーダ。彼の店にあ
った、まがい物の剣だ。歴史的・美術的価値はまるでないまがい物だが、敵を
斬るには役立つ。
「おまえも自分の身は自分で守れよ」
「そ、それはないでしょ。話が違うじゃないですか! 旦那が、危なくなった
ら助けてやるって言うから」
「静かにしろって。いよいよだ」
剣を抜くオースキー。冒険家を気取るだけあって、我流ながらその剣術はな
かなかの物だ。
「幽霊騎士をつるはしで追い払ったこの腕を信用しろ。剣を持てば」
がちゃりと音がした。
オースキーは口を閉ざすと、全身に緊張感をみなぎらせた。
そして、そいつが目の前に姿を現した。
「出たな、幽霊騎士さん」
その瞬間、オースキーはサックを放り出した。
レイモンドは視線をそらすことなく、下のヒル達に知らせた。
「幽霊騎士はダルバニア城から現れました」
「間違いないか?」
間を開けず、ヒルは問い返す。
「はい。軽い身のこなしで踊るようにして、私の視界に入ってきました」
「よろしい。多少、距離があるか。弓矢は届かんだろうな」
今度はモントレッティに尋ねたヒル。
「恐らく、今の距離では……」
「やむを得まい。ここを出て、あいつらを助けねば」
「しばしの猶予をいただけませんか、ヒル副長官」
レイモンドは言ってから、物音をさせることなく、地面に降り立った。
「何故だね?」
「私一人が行き、幽霊騎士をこちら方向へ引き付けてみます。矢の届く距離に
至れば私は引きますから、その刹那に矢を射かけてはどうかと。甲冑が邪魔で
しょうが、続けざまに射れば効果はあるはず」
「……なるほどな」
ヒルは短い間に考え、そして決めた。
「乗ろう。頼めるかな、レイモンド」
「もちろんです」
レイモンドは走り出た。今そこにいた昆虫が、もう飛び去ってしまった。そ
んな感じで。
かつん、かつん、かつん、かつん……。
オースキーが先手を取った。突きばかりで攻め込む。
それをなぎ払う幽霊騎士。いや、どちらかと言えば、オースキーの剣の勢い
に逆らわず、むしろ合わせるように、軽やかに払ってしのいでいる。その証拠
に、ぶつかり合う剣から激しい金属音はなく、単調な音が繰り返し響く。
(こいつ)
オースキーは、次第に焦り始めていた。
(攻め疲れを待っていやがるのか。術中にはまった?)
その一方で、グーダを狙わない幽霊騎士を、不思議に感じてもいた。
「礼儀は重んじるってわけか!」
大声を出したオースキー。今の攻撃を変える踏ん切りを着けるためだ。
彼は突くのをやめると、剣を引き寄せ、敵の反撃を防ぐ態勢を取った。
「−−あん?」
予想に反して、幽霊騎士は攻撃に転じて来ない。同じ立ち位置のまま、剣を
かまえているだけだ。
(あれだけ身軽なくせに……分からんな……)
オースキーが首を振った。
そのとき、幽霊騎士が動かぬ理由が分かった。
(後ろに誰かいる。グーダではない、何者かが)
安心するわけに行かず、振り返ることもできなかった。
いくら幽霊騎士が警戒の様子を見せていようと、後ろにいる人物がオースキ
ーの味方であるかどうか、分からない。その正体を確認するために振り返れば、
幽霊騎士にやられてしまうかもしれない。
(このままだと、後ろの奴に斬られる目もあるぜ。やばいな)
汗が全身から噴き出す。
次に聞こえた声は、オースキーにとって天啓にも等しかった。
「幽霊騎士を森へ引き付けたい。協力を」
多少、おかしな発音だったが、決死さが伝わってくるような真剣味が込めら
れている。
「あなたの相棒は、すでに逃がした」
「分かったっ」
叫ぶと、オースキーは大きく剣を振りかぶり、振り下ろす動作に合わせ、前
に一歩、踏み出した。
幽霊騎士が、はっとしたように身体を引いた。
それを確認するかしないかの内に、かけ出すオースキー。言うまでもなく、
先ほどの攻撃は威嚇。
「私が合図したら横手に飛んで」
併走する黒装束の男の言葉に、オースキーはうなずいた。
肩越しに振り返ると、プライドを傷つけられたとでも言いたげに、幽霊騎士
が追ってくる。かちゃかちゃと音をさせながら。
やがて黒装束の男が手を挙げた。
「今だ!」
ヒルのかけ声と共に、矢を射かける。射手は二人だが、可能な限りの連続放
射を行う。
矢は、幽霊騎士に当たりはしている。だが、鎧のつなぎ目から突き刺さって
いるのは、ほんの数本だ。
案の定、引き返そうとする幽霊騎士。
と、そこへ、レイモンドからの援護があった。
横手に飛んだレイモンドから、鎖のような物が投げられた。先に鉤爪状の鉄
器を持つそれは蛇のように幽霊騎士の足に絡み付くと、急にぴんと張りつめた。
レイモンドが力の限り引っ張っている。かぎ
「やったか! よし、出るぞ」
ヒルとモントレッティも森を飛び出し、横倒しになった幽霊騎士へ駆け寄る。
「レイモンド、お手柄だ」
「それより、逃げられない内に、早く」
レイモンドに促され、ヒルはモントレッティと二人がかりで幽霊騎士を取り
押さえにかかった。
最初、剣を振り回して抵抗を見せた幽霊騎士だが、それを取り上げると、い
っぺんに大人しくなった。それでも念を入れ、後ろ手に縛り上げ、地面に転が
せておく。足の方は、レイモンドが用いた縄−−鎖ではなかった−−を
「ともかく、顔を見せてもらおうか」
ヒルがいい、モントレッティがうなずいた。
モントレッティは幽霊騎士の背後に回り、すそからはみ出ている髪をかき分
け、兜に手をかけた。
「やめて」
女の声がした。
他の者五人は、ぎょっとした風に目を見合わせる。
「おまえは女か?」
ヒルの質問に、幽霊騎士はしっかりとした返事をよこした。
「はい。もう観念しております。だから、自分の手で兜を取らせてください。
これ以上の恥辱は受けたくありません」
悪あがきの様子はかけらも感じられない。むしろ、呪縛から解放されたかの
ごとく、彼女の声は晴れ晴れしているようにさえ聞こえる。
どう思う?とばかりに、ヒルはモントレッティとレイモンドに、交互に視線
をやった。
「副長官にお任せします」
レイモンドは短く答えた。
「武器は取り上げました。足の自由を奪っているのですから、手はほどいてや
っても大丈夫でしょう。万が一、足のロープを外そうとしても、取り押さえら
れます」
モントレッティの意見に、ヒルは同意した。
両手の自由を取り戻すと、幽霊騎士は素直に兜に手をかけた。
レイモンドの助けた男が、ランプを掲げる。騎士の赤い髪が浮かび上がった。
細面の顔が現れた。目の下に隈がある他は、取り立てて凶悪そうに見えない。
「名前を聞こう」
ヒルが言った。
幽霊騎士だった女性は、一旦、ぐっと唇を噛みしめた。しばらくその状態が
続いたが、ついには思い切った様子で口を開いた。
「私はヒルカ=クリスコ=ダルバニア」
「ダルバニア? では、君はダルバニア家の子孫なのか」
ヒルは驚きを押さえつつ、重ねて聞いた。
「血は受けておりません。私は、ダルバニアの血を受け継いだ最後の人間であ
るキャミル=ダルバニアの妻−−」
きっぱりと言い切った彼女の目から、涙が一粒だけこぼれた。
ヒルは納得したように言った。
「幽霊騎士が女だという手がかりはあったわけだ」
ヒルからにらまれたオースキーは、先ほどからしきりに頭をかいている。
まだ事情を把握できないモントレッティが上司に尋ねる。
「長髪のことですか? それとも細身で身が軽いこと?」
「違うさ。私も今しがた、知ったばかりの手がかりだ。こちらの冒険家が大事
な証拠品を隠してくれたおかげで、分からなかったんだ」
「証拠品?」
オースキーに目をやるモントレッティ。
反省して何も言えないらしいオースキーに代わり、ヒルが答える。
「ま、遺留品だな。オースキー氏は、初めて幽霊騎士と遭遇したとき、つるは
しでその鉄靴の片方を弾き飛ばしているのだよ。いや、大したものだ。そのこ
とを我々に知らせていれば、勲章ものだったかもしれんな」
「靴が何だと言うんです? 細身なんだから、サイズが小さいからと言って、
女性と断定はできない」
「サイズが小さいってもんじゃなかったんだ。実物を見れば分かる」
木製の机の上に、鉄靴がどさりと置かれた。銀色の表面に、かすかに土が付
着している。
「これは……小さいですねえ。それに本物と比べると軽い」
手に取り、その足首の細さを実感するモントレッティ。あまりの細さに驚い
たか、口を半開きにしてしまっている。
「こんな物、女だって履けないんでは?」
「子供ならともかく、普通の大人が普通の履き方では、絶対に無理だ。何しろ
そいつは、装飾用の甲冑なんだから」
「装飾用?」
モントレッティは首を捻った。
「装飾用の甲冑は、細く作られているんですか?」
「さいです」
オースキーの横で小さくなっていたグーダが言った。
「実戦用と違って、装飾用の甲冑は格好が第一ですからね。ぱっと見た目に、
格好よくあろうとすれば、足は人が履けないような細さにするのが適当なんで
さあ。いかにもスマートに見えます」
「それでは、彼女はどうやって履いていたのですか? 特別に小さい足でもな
かったようですが」
「彼女−−ヒルカ=クリスコの本業は、バレリーナだそうです」
これまで黙って聞いていたレイモンドが、ゆっくりと言った。
モントレッティはいくらか考える顔つきをする。
「バレリーナ……。あ、まさか、つま先立ちをしていた?」
「その通り。バレエで鍛えたつま先立ちで、しかも女でないと、この鉄靴は履
けない。男ではいくらバレエをやっていても無理だろう。甲冑そのものが装飾
用で軽めにできていたこともあって、あれだけ軽い身のこなしが可能だったよ
うだ。これだけ条件がそろえば、ダルバニアに縁のある者を徹底的に調べるこ
とで、早期に解決できたはずなんだがね」
ヒルは最後まで、オースキーに軽蔑の眼差しを送り続けた。
鉄靴の件が片付いたので、オースキーとグーダは御役御免となった。
−−続く