#3306/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 6/16 0:57 (200)
SHINOBI 2−2 甲賀明日夫
★内容
夜空に雲はない。が、月が強すぎて、星の数は少なかった。
警吏官達は、森の中から鍾乳洞を眺めることに、そろそろ飽きてきていた。
「現れないねえ」
彼らは二人一組で見張りに当たっている。幽霊騎士がダルバニア城から出て
くるのを待っているのだ。いや、城に居住しているか否かは不確かなのだから、
幽霊騎士−−殺人犯人−−の出現を待っているとすべきだろう。
「幽霊騎士を出て来させるため、泥棒連中の間に風評を流したそうだな。『ダ
ルバニアの洞窟には金目の物が眠っている』って」
「だが、誰も、のこのことやって来やしない」
「泥棒どもも馬鹿ではないということだ。あるいは、奴らのほとんどが幽霊騎
士に恐れをなしているのかね」
「だいたいなあ、わざわざ盗賊風情に囮をさせなくても、我々が乗り込んでい
けば、幽霊騎士とやらは現れるんじゃないのかねえ」
「腕が立つそうだぜ、幽霊騎士は」
「そいつを捕まえるために、我々は派遣されてんだろ? わざわざ、司法院の
ご指名で、副長官までご出馬だから大した事件だ。だったら最初から、我々が」
「さあて。上の考えは俺には分からん。……ん?」
怪訝な表情を見せたその男は、首を心持ち伸ばした。
「どうかしたか?」
「音、しなかったか?」
「そりゃするだろう。枝が風に揺れて」
「いや、あれは固い物がぶつかり合う音だ。−−しっ!」
口を閉じ、聞き耳を立てる二人の警吏官。
風の音に混じり、かすかにそれは聞こえてきた。鉄靴で地を踏みしめる音に
似ている……。
どこだ、と、二人は目で会話を交わす。木々のすき間から石だらけの開けた
土地へ、視線を走らせた。
「あれだ」
最初に物音に気付いた方が、小声で言いながら、一点を指さした。その方向
には、騎士が立っていた。
「幽霊騎士……」
警吏官らは声をそろえた。
銀色の鎧で身を固め、長い足をすっ、すっ、と動かし、森へと進んでくる。
染めたように真っ赤な髪が、兜からはみ出していた。
「噂に聞いた通りだな」
相棒の言葉に、もう一人は無言でうなずいた。
「どうする?」
「どうするったって、報告して指示を仰いでいたら、逃げられちまう」
「だよな。行くか?」
「−−よし。どんなに腕が立とうと、二人がかりなら」
二人は力強くうなずき、半身の態勢を解いた。剣の柄に手を当て、森を抜け
出た時点でおもむろに剣を抜いた。
「止まれ!」
距離のある内に、命令を発す。これで止まってくれれば、話はたやすいが。
次の瞬間、警吏官二人は、自分の目を疑った。
実際に止まったのだ。
「……」
二人を互いに表情をうかがい、警戒を緩めない意志を確認し合った。
「よし。その場に腰を落としてもらおう。その次に剣を我々の方へ放れ」
相手はその言葉にも従った。放り投げられた剣は、騎士と警吏官らのちょう
ど真ん中辺りに転がった。
相手が武器を失ったことで、二人は前進を始めた。歩きながら命じる。
「おい、兜を取れ」
ところが、今度は言うことを聞かない鎧の騎士。両手を天に向け、肩をすく
めている。
「おかしな奴だな」
「俺達の手で引っ剥がせばいいことさ。おっと。その剣、拾っておけよ」
「分かってる」
立ち止まり、腰を曲げる。
そのとき、隣の警吏がうめいた。彼は両膝をがくりと折り、地面に跪くと、
ゆらゆら上半身を揺らし、そのまま前のめりにくずおれてしまった。
剣を拾った警吏は、声を上げようとして気が付いた。倒れた相棒の背中には、
矢が突き刺さっていた。
はっとして、後ろを振り返ろうとしたときには−−遅かった。
風はやんでいた。月が明るかった。
クリフの話が始まるのを前に、レイモンドは面を上げた。
「下から面白い話が回ってきた」
アゴスタ=クリフの口調は、少しも面白そうではなく、わずかに沈んでいる
ように聞こえる。枢密司法官として常に威厳を保つ彼にしては、珍しいことか
もしれない。
「ダルバニアについて、君は何も知らないだろうな?」
「初めて耳にします」
正直に答えるレイモンド。
「一から説明してもよいのだが、これから君に与える任務の性質上、知っても
らっては困る点もいくつかある。よって、かいつまんで話すとしよう。
ダルバニアとは、かつては爵位を有す家系だったが、城が大火で焼け落ちた
のをきっかけに『不幸』が続き、現在は没落している。その子孫がどこにいる
のかさえ、判然としない。
はっきり言おう。ダルバニアが落ちぶれたのは、他の貴族から恨みを買った
結果なのだ。醜聞をかき集め、それを盾に力の集中を計ったのだが、やり方が
あまりに性急で強引すぎた。私は当時のことを知らぬが、ダルバニア城に火を
放ったのも、どこぞの貴族の謀りごととされている。公にはされていないがね。
問題なのは、醜聞の証拠の存在だった。それらはすべて、火事によって焼失
したと考えられていたのだが……このほど伝わってきた話によれば、ダルバニ
アの者は某かの物を隠していた節が明白になった。
ダルバニアの所有地には鍾乳洞があり、その内部のどこかへ、財宝を隠した
という。だが、当時の調べで、隠すような財宝はダルバニアには残っていなか
ったとされている。そのため、この財宝とは醜聞の証拠品と思われるのだ」
「一つ、うかがいたいのですが」
レイモンドは、頭の中で話を整理しながら、発言を求めた。
「何だね」
「よその貴族を脅す材料を持っていたのであれば、城を失った直後に、醜聞の
証拠品を使って金銭を集めることもできたのではないかと、そう感じたのです」
「ああ、そうか。話が前後した。火事の時点で、証拠品が焼失したのは事実の
ようなのだ。そして、ダルバニアは建て直しのために、新たに醜聞の収拾を始
めたのだ。そちらのことを指している」
「大火の後に入手した醜聞でも、脅迫に使えましょう」
「名前が大事なのだよ」
クリフは諭すように言った。
「私の推測も交えて説明するとだ、折角、醜聞をかき集めたダルバニアだった
が、そのときにはもう発言力を失っていた。醜聞を流布しようとしても、社会
的な地位がなくてはたわごとになる。いくら証拠があっても」
「合点が行きました」
頭を下げるレイモンド。
「お続けください」
「最近になって、ダルバニアの鍾乳洞の内部を示す図面が表に出てきた。真偽
のほどは定かでないが、この分だと、図面の写しが出回っている可能性も充分
にある。いくら過去の醜聞とは言え、今でも公にされてはまずい話もある。政
治的にも均衡を保っている各貴族の力関係が崩れることになりかねない。それ
を避けるために、君に働いてもらいたい」
「命を受ければ、従う所存」
「よい心がけだよ。さて−−ダルバニアの鍾乳洞に侵入し、財宝をすべて運び
出してもらいたい」
「一人で、ですか?」
「不満かね」
にやりと笑うクリフ。
「いえ。ただ、解せません。鍾乳洞の内部構造を把握しておられるなら、誰に
でも可能ではないかと……」
「多人数を要すれば、凡人にも可能だよ。だが、秘密に関わる者は少なければ
少ないほどよい。万が一、醜聞を知った輩がそれを利して、裏切り行為に走ら
ないとは、誰にも言えん。その点、レイモンド。君は一人でやってのけるだろ
う。そういうことはないと信じているが、仮に君が裏切りに出たとしても口を
塞ぐことはたやすい。それ以前に、異国人たる君が醜聞の証拠を手に入れたと
しても、誰も相手にしまい」
「発言力がない、というわけですか」
レイモンド−−元の名を零衛門−−は低く尋ね返した。
「気を悪くしたのなら、いくらでも謝ろう。それだけ、我々は君の力を評価し
ている」
「気を悪くしてはいません。信用を得るためにも、喜んで引き受けます。そし
て、必ず成功を」
「頼もしい」
クリフは満足げにうなずいた。
「一つ、注意を促しておきたい点がある。ダルバニア城には、財宝を守るため
に幽霊騎士が住んでいるという噂があるのだよ」
「幽霊騎士」
復唱するレイモンド。
「そう。財宝を狙う者を襲うらしい。かなり昔から、幽霊騎士は出没している
ようでね。そいつに殺された者も多数いる。警吏の方ですでに動いているが、
どうなるか分からん」
「その幽霊騎士については、充分気を付けましょう。それよりも、警吏が動い
ているのであれば、私の立場はいかに」
「話は通しておく。幸い、この件の担当者は君ともまったくの無関係ではない」
「……どなたでしょう?」
「海軍のケントラッキー大尉から聞かされていないかね? 彼の義兄だよ。ネ
ーガン=ヒル、位は警吏副長官のはずだ」
「初めて聞きました」
「あそこの家は……いや、どうでもいいことだ」
クリフは途中で話をやめると、議題を元へと引き戻した。
「とにかく、警吏の方では幽霊騎士が現れるのを待ち望んでいる。警吏官が何
人か犠牲になっており、必死なのだろう」
「警吏の者が?」
たいていのことはありのまま受け止めるレイモンドも、耳を疑った。緊張感
が増す。幽霊騎士、あなどり難し……。
「表沙汰にはされていないが、酷いやられ方だったと聞いている。これまでに
六人が犠牲になっているのだが、六人とも身体を二つに切断されていたらしい」
「切断……。もしや、最初の一撃で、身体を真っ二つに?」
「いや、そこまでは聞いていない。だが、一撃で真っ二つなぞ、あり得ないだ
ろう。それに、鎧は身に着けていなかったそうだ」
「警吏官の他で、殺された者は、やはり身体を切断されていたのでしょうか」
「そういう話は聞いていない。警吏に恨みでもあるかの犯行らしい。だからこ
そ、警吏の連中も躍起になっている」
クリフは言葉を切り、改めてレイモンドを見据えてきた。
「くれぐれも慎重に動いてもらいたい。期待している」
レイモンドは黙礼で応えた。
暗い、曇天の夜がやって来た。幽霊騎士を待ち受けるには、悪い条件である。
こちらが明かりを灯せば、相手に気付かれるのは自明の理。
ネーガン=ヒルは木立の間に身を潜め、様子を見守っていた。どのくらいの
間、そうしているだろう。
彼の右側には、気心の知れた警吏官のモントレッティ。そして頭上にもう一
人−−レイモンドがいた。木の上から監視を続けるレイモンドは、騎士がどこ
から現れるのかを見極めようとしていた。
「やはり、夜になってしまいましたが」
指示を仰ぐモントレッティ。
「こちらから出ますか」
「そうだな……」
いくらか逡巡の色を見せるヒル。
事前に、レイモンドとの意思確認は終わっていた。ヒルさえ決断すれば、レ
イモンドは鍾乳洞を目指す。ヒルとモントレッティも森を出て、レイモンドの
妨害に現れるであろう幽霊騎士に対する手筈となっている。
「よし、行くかな」
ヒルがつぶやくのと同時に、上から合図があった。
「何だ?」
低い声で問うヒル。
「左手より何者か接近中。二つの人影。幽霊騎士ではありません」
レイモンドの報告に、ヒル達は目を凝らした。ぼうっとした明かりらしき物
が、視界に飛び込んできた。この場所をダルバニア城と知ってか知らずか、ラ
ンプを堂々と掲げ、力んだように前進している。
二つの人影の内の一つは、背中に大きなサックを背負い、さらに右肩にはロ
ープの束をかけているようだ。もう片方の人影は、その相棒のすぐ後ろに、引
っ付くように歩く。
「盗賊でしょうか?」
モントレッティがまっすぐ前を向いたまま、意見を述べた。
「盗賊にしては堂々としすぎだな。宝探しの類じゃないか。いずれにしても、
囮になってくれるだろう。好都合だ。いつでも飛び出せるようにしとくんだ」
ヒルは今しばらく、様子を見ることにした。
−−続く