#3305/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 6/16 0:55 (147)
SHINOBI 2−1 甲賀明日夫
★内容
三日月の放つ明かりは、雲の多さと相まって、弱々しかった。
ごろごろと石の転がる平地に、崩戒したも同然の城の影が薄く落ちている。
その右手には葉の乏しい木々が林立し、左手にはぽっかりと口を開けた穴−−
鍾乳洞があった。
「本当にあるのかね」
キトン=オースキーは、手元の羊皮紙をランプで照らした。
「そうなっておりますが」
左から覗き込むのはグーダ。古物商のグーダで通っている。
紙は一種の道案内。鍾乳洞内部の概略を書き写した物だとされている。焦げ
茶色のつたない線で、しかし、細かに書き込まれていた。
「やはり、信じにくいな」
嘆息するオースキー。
「ダルバニア家が落ちぶれたのは、八十年以上前だろ?」
「さようで」
八十五年前、大火によりダルバニア城は一部を残して焼け落ちた。それをき
っかけとし、ダルバニア家は坂を転げ落ち、三年で取り潰されていた。
「その打ち捨てられた城のすぐ隣の洞窟なんぞに、財宝が眠っているなんて、
信じろと言う方が無理だ。落ちぶれこそすれ、ダルバニアの血筋は絶えていな
いはず。財宝があるなら、死力を結してでも、見つけ出すのが道理ではないか
な。金があれば地位も買い戻せる時世だ」
「それさえできぬほど、困窮しているのですよ」
さらりとした口ぶりのグーダ。古物商の手にもランプがあるが、火は揺らめ
き、消えかけている。油をけちったらしい。
「それに加えて、あの鍾乳洞の入り組みようときたら! 隠した本人すら、地
図がなければ二度とたどり着けますまい」
「そうか……。いや、待て。そもそも、どうして落ちぶれる前に、その財宝を
使わない?」
「代々伝わる家宝とかで、売るに売れなかったらしいですぜ」
「それで没落してりゃあ、世話ないな。しかし、うーん、どうも疑わしいな」
「今さら、躊躇する法もないでしょう。ここまで来たぐらいだ、いくらかは信
じているはずでは、オースキーさん?」
「う、うむ」
「出所は確かなんでさあ。デナイという、ダルバニアの墓守から買い取ったん
だから」
「中身が本物か、までは不確定か……」
嘲笑を浮かべるオースキー。
「やってみる価値はありましょう。さばきにくい物はうちで処分させてもらい
ますよ」
「そうだな。ロープさえ渡しておけば、特段、危険はないのだから」
サックを背負い直したオースキーは、風化の露な城を見据えた。ついで、鍾
乳洞に目線を移す。
「訂正しよう」
「何がです?」
「今にも崩れそうな城を見ていると、妙な連想をしてしまった。あの穴の中で
生き埋めになるんじゃないかってね。宝探しの最中に入口を塞がれれば、私達
は生き埋めだ。危険性はある」
「旦那、よしましょうや。縁起でもない」
言って、グーダはオースキーの広い背中を押した。
二人はそのまま、鍾乳洞に向かって進み始める。
「いつまでも瓦礫をさらしておかず、さっさと更地にすればいいのにな。もっ
たいない」
横手の城を眺めながらのオースキーのつぶやきに、グーダが即答。
「わざわざ金を出して、取り壊すのも面倒なもんでしょう。差し迫って土地が
必要なわけでもなし」
「国も無駄金は費やしたくないってわけか」
「そ」
グーダの台詞が途切れた。目線は一点に固定されているよう。
「どうした?」
後方のグーダばかり見ていたオースキーは、怪訝な顔をした。それでも返答
がないため、前を振り返った。
そして−−オースキーも声を失った。
鍾乳洞の前に、騎士が立ち尽くしていた。
薄ぼんやりとした人がたのシルエット。目を凝らせば、甲冑を着込んだスマ
ートな姿が浮かび上がる。身体のラインは、丸味を帯びた箇所、鋭角的な箇所
とも、美を感じさせる。兜の縁からは、髪の毛がたっぷりとはみ出ている。そ
の色までは判然としない。
「あれは……何だ」
「さあ」
二人が会話をしている間に、騎士は動きを見せた。甲冑を着けていると思え
ない素早さで、距離を詰めてきたのだ。時折、鉄靴が石とぶつかり、がちゃん、
きん、といった耳障りな音を立てる。
「−−何か」
オースキーは直感した。
「何か、危険だ!」
叫ぶと同時に、グーダを横に突き飛ばす。その反動で、己の身体も右に飛ん
だ。グーダの持っていたランプの火が消えた。
ひゅいという風を切る音。すぐあとに、さっきまで二人の立っていた位置に、
剣の切っ先が振り下ろされ、かきんと音を出した。いつ抜いたのか、細身の剣
が騎士の右手に握られている。
(何という身軽さ)
普段なら見とれてしまうところだが、オースキーは現状を把握していた。背
のサックを引きちぎらんばかりに下ろすと、中から武器になりそうな物を探す。
つるはし代わりのピッケルが手に当たった。
「この!」
ピッケルを一気に振りかぶり、騎士に突進。
だが、すでに余裕充分であったのだろう、騎士は後退してかわす。
ピッケルの片方の先端が大きな石に弾かれ、火花が散る。
「くそ、抜けねえ!」
大声で叫ぶオースキー。
騎士が接近してきた。
「−−かかったな」
オースキーは地面に深く突き刺さったかのように見せかけていたピッケルを、
今度は短い軌道で振り上げた。
しかし、その奇襲さえも、騎士はかわしてきた。
いや、完全にはかわせなかった。空を切ったピッケルは、騎士の右足の先に
かするように当たった。
がん。
鉄と鉄のぶつかる音の後、当たり所がよかったのだろうか、騎士の鉄靴が飛
ばされた。からんからんと鳴りながら、地面を這うように回転していく。
(傷を負わせたか?)
つい、転がる鉄靴に目をやってしまったオースキー。
次の瞬間、後頭部に急な衝撃を受けた。それは鈍痛となり、全身へ広がって
いく……。
「そんなら、どうしてあんたら、助かったの? え?」
中年の警吏は、のんびりと聞いてきた。オースキーらの話をはなから信用し
ていないのは明らかだった。
「剣を持った騎士が襲ってきて、こちらは気絶」
と、オースキーを指さす警吏。次に彼はその指を、グーダへ向けた。
「こちらはぶるぶる震えとったんでしょ? 普通なら、殺されとるよ」
「死んだ方がよかったって? 無礼な」
オースキーは声を荒げ、机を叩いた。
警吏は両手を小さく上げ、まあまあという手つき。
「興奮しなさんな。ダルバニアの城ったら、噂に高いとこでね」
「噂? どんな噂だ?」
ぞんざいな口調のオースキー。助けを求めて駆け込んだ当初は、丁寧に説明
していたのが、今や苛立ちに変わっている。
「土地の者には有名でね。あそこのお宝に手を出そうとすると、廃城に暮らす
幽霊騎士が現れて、邪魔するって」
「幽霊?」
「ほんとのとこは知らんがね。その幽霊騎士に襲われて、助かった者はおらん
のだよ。だから、あんたらの話はねえ」
「作り話だってのか? 何のために?」
「さて……。例えば、幽霊騎士に襲われたが生き残ったとなれば、宝探しの資
金を出してくれる物好きが現れると踏んだとか」
「断じてない! この、首の後ろの痣、確認しただろう? これはどう説明着
けるんだ?」
自分の髪を自分で乱暴に引っ張り、後頭部を見せるオースキー。
「相棒が殴ったんじゃないの?」
「ちっ! あんたでは話にならん。私はこれでも顔が広い方でね。あんたより
上に持ち込むとしよう!」
「ああ、そう。ご自由に。どうせ出世の見込みのない身なんでね」
「邪魔したな。行こう」
乱暴に席を立つと、ずっと静かなグーダに声をかけた。
「あの……最後に一つ」
グーダが警吏に話しかけた。いらいらするオースキー。
「実際に、幽霊騎士に殺された者がいるんですかい?」
「ああ」
警吏は忌々しそうである。
「犯人は捕まっていない。最初の殺しのとき、焼け残った城の内部を捜査しよ
うとしたら、壁やら天井やらの一部が崩れて死者が出た。幽霊騎士の噂も、実
はそこから来とるんだよ。以来、いくら犠牲者が出ようとも、地元じゃ触れな
い了解になってるのさ。手出しした奴らが悪いってね」
吐き捨ててから、彼はなげやりな態度でふんぞり返った。
−−続く