AWC お祈りアクセスマジック 6   亜藤すずな


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#3304/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 6/16   0:54  (199)
お祈りアクセスマジック 6   亜藤すずな
★内容
 でも、こっちだって驚いちゃって、すぐには返事できない。
「ここは子供の来る場所じゃない」
 戸を開けて、その男の人は外に出てきた。紺色の作業服らしき服を着ている。
目がくぼんだ感じで、疲れ切った表情に見えた。年齢はよく分からない。
「あ、あの」
 焦るっ。つまみ出されちゃ、元も子もない。
「僕ら、お手伝いできると思うんです」
 とっさの判断で、江山君が言ってくれた。でも、ずいぶんストレートな言い
方。普段はあれだけ話のうまい江山君でも、今のこの状況は苦しいらしい。
「何のことだね」
 おじさん、聞くだけは聞いてくれる人みたい。心の中で胸をなで下ろす。何
でもいい、とにかく聞いてほしかった。
「実は彼女、特別な力があって」
 江山君は、治療魔法のことをごく簡単に説明した。
 対するおじさんの反応は、想像していた通りだった。
「信じられないな」
 怒り出しはしなかっただけ、ましかもしれないわ。希望は捨てない。
「見てください」
 あたしは近くに生えてる木の枝に手をかけると、その細い一本を、折れかけ
の状態にした。
「すみません。よく、見てください」
 江山君に引っ張られ、おじさんはのろのろと木の方に近寄ってきた。
「何が始まるんだ」
 さすがにいらいらし始めたみたい。急ごう。
「ラスレバー・ハーモニー」
 あたしは取り出した杖を掲げ、治療の呪文を唱えた。金色の粉が枝の折れ口
に降り注ぐ。見る間に木は元通りになり、粉は消えてなくなる。
「どうですか?」
「……手品かい?」
 目をこすってはいるけど、まったく信じてない。
「ち、違いますっ。あたしが治したんです。折れた木を治療したんです!」
「……仮に……」
 言いながら、枝を触っているおじさん。
「君が枝を治したんだとして、それがどう関係あるんだ?」
「ですから、トンネルの中で苦しんでる人がいるでしょう? その人達に」
 すると、おじさんは、首をゆっくりと左右に振った。意味が分からず、あた
しは江山君と顔を見合わせる。そして、再びおじさんに視線を戻した。
「……そうか、発表されてないんだっけか。……本部の観測では、生存確率ゼ
ロなんだよ……」
「−−嘘!」
 場所もかまわず、叫んだ。
「嘘じゃないよ。君達みたいな子がいるのは、分かってた。無事の救出を信じ
てる人がいる。家族の人達だってそうだよな……」
 頭をまた振るおじさん。
「確率だけですよね」
 鋭い口調になってる江山君。
「あ? ああ」
「だったら、分からないじゃないですか」
「俺達だって、そう願ってる」
 おじさんの声は震えていた。
「だけどな、おまえ達も、あのバスの車体を見たら」
「見せてください」
 ここぞとばかり、江山君。
「何?」
「見せてください。現場に行かせてください」
「……何てこった。えらくわがままな幻だ」
 おじさんは、あたしと江山君を幻覚だと思い込んでいるらしい。
「自分の一存じゃ無理だ。他の人に当たってくれ」
「そ、それじゃ、誰かに会わせてください」
「いい加減、消えてくれっ」
 おじさんは最後に大声で怒鳴ると、戸を勢いよく閉めて、中に引っ込んでし
まった。
「……だめだわ。いけると思ったのに」
「あの人、疲れ方がひどかった。あそこまで応対してくれただけで、奇跡かも
しれないよ」
 慰めにならない。
「こうなったら、日没で作業が終わるのを待って、トンネル内に侵入するしか
ない」
「あたしはそこで、治療魔法を使い続ければいいのね」
「そうなるかな……。岩や車体越しに、どれだけ効果があるか分からないけど、
それしかない」
 あたし達はうなずき合った。

 こっそり、トンネル近くの大きな岩影に場所を移した。晩ご飯として持って
来たおかずパンを詰め込んで、日が暮れるのを待つ。
 江山君は準備よく、ラジオを持って来ていた。それで落盤事故のニュースを
聞いて、時間を過ごす。
 救出作業は進んでいたけど、知らされるのは、遺体発見ばかり。バスの運転
手さんとバスガイドさん、それに乗客七名が遺体となって運び出されたって、
聞かされた。乗用車の一人と合わせ、十名の犠牲者。
 すぐ、そこなのに! 飛び出していって、精一杯、ラスレバー・ハーモニー
って唱えたい!
 ライトが点いた。それが合図だったかのように、ぞろぞろと救出隊員の人達
が引き上げて行く。
「やっとね」
「いや。何人か残っているみたいだ」
「そんなあ。困る」
 確かに、いくつかの人影がトンネルの入り口付近に立っている。
「見張りかな」
「テレビでは、そんなの、いなかったわよ」
「そうだよな。あ、帰って行く」
「ほんと?」
 見れば、残っていた数人も、ざくざくと足音をさせながら、プレハブ小屋の
方向へ消えていった。
「よし、誰もいなくなった。あとは、なるだけ照明を避けて、中まで行こう」
 あたしはうなずき、江山君に続いて岩影を出た。
 移動魔法に回数制限がなければ、こんな苦労しないのに、と思う。今日はあ
と一回しか使えない。これはいざというときにだけ使うつもり。
 転がる石の音にびくびくしながらも、どうにかトンネル内に潜り込めた。
 そして……気が遠くなりそうになる。
「ひどい……」
 口を両手で覆った。目は、そこにある物に釘付けにされる。
 ぐしゃぐしゃに潰された、バスの正面。ナンバープレートが何とか読み取れ
るのが、かえってもの悲しい。その上には大きな岩ののしかかっていた痕跡が、
くっきりとあった。さらに、車体の金属のそこここが切断されている。必死の
救出作業の成果が、ここではよく分かった。
「ちゃんと……やってくれてるんだね」
 申し訳ない気持ちが湧き起こる。テレビの前で、何をやってるんだろうって、
救出隊の人達を非難していたのが恥ずかしい。
 そして、目の当たりにした岩の大きさ。それは、自然の大きさに通じてるよ
うな思いがする。人の無力さを思い知らされた気もした。打ちのめされた気分。
「落ち込んでなんかいられないぞ」
 あたしの心を読んだかのように、江山君が低く、しかしきっぱり言った。
「うん。外、見ていてね。誰か来たら教えて」
「OK」
 トンネルの出口の方を向いた江山君。
 あたしは魔法の杖を落とさぬよう、握る手に力を込めた。
 閉じ込められている人達に、できるだけ近付きたい。そう思って、まるで舞
台のようになったバスの車体に上ろうとした。けど、押し潰されたとは言って
も、高さはある。よじ登らなきゃいけない。
 ぐっと、後ろから押す力を感じた。振り返ると江山君。
「言えよ」
 怒ったような口ぶり。
 あたしはよじ登ることに成功してから、「ごめん。ありがとう」と言った。
「頑張れ。倒れない程度にな」
 励ましの声。さほど大きな音量じゃないけど、トンネル内だからか、反響し
ている。
 バスの車体の上半分は、中程まで切り取られていた。ここから後ろ半分に、
十六名の人がいるんだ。さらにバスの後ろ、家族四人が乗用車に閉じ込められ
ている……。
 気合いが入る。
 助けを求める声は聞こえてこない。だけど、それは亡くなってしまったから
ではなく、声も出せずに苦しんでいるんだ。
 あたしは大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。こうすることで、魔
法の効果が最大限まで高められる−−そんな気がする。
 杖を両手でかまえた。
「ラスレバー・ハーモニー!」
 あふれ出る金色の粉。
 お願い、届いて! 必死に祈る。祈り続ける限り、金色の粉も次々と出て、
岩や車体を通過していく。
 ひょっとしたら……無生物は素通りして、生命ある物にだけ効果を発揮する
のかも? 希望が少しだけ、大きくなった。
 あたしは必死に念じ続けた。
 届いて!

「何してたのよ!」
 ふらふら、くらくらしてる頭に、成美の声はこたえる。
「どこから電話してるの?」
「それは、まだ……。うまく行った?」
「二度、ごまかしてるわよ。だけどね、もう限界だから。三度目もあんたが電
話口に出なかったら、どう考えても怪しまれるわよ!」
 あたしは公衆電話の受話器を、耳から遠ざけた。一段落したのを見計らって、
また押し当てる。
「ありがとうね、成美」
「どういたしましてっ。で、いつ、帰って来るの?」
「今日の午前中には。それでね、もう一つ、お願いがあるんだけど……」
 恐る恐る。
「この上、何だっての?」
「あたし、家に帰る前に、成美の家に寄るから、服、貸してくれない?」
「はあ? どうかしたの、服?」
「ちょっと……。土とか泥とか油とかが、べったりで」
「まじで何をしてたのよ?」
「今は説明、勘弁して。あ、テレカもなくなりそう。じゃ、よろしくね。感謝
してる」
「あ、こら」
 成美のわめくのを敢えて無視して、あたしは受話器を戻した。これまた頭に
響く音を立てて、テレカが戻って来た。一度数、残ってるかな。
「江山君は、電話しなくていいの?」
「東野の奴に頼んでたから。あいつ、うまくやってくれるんだ」
 江山君の笑顔も疲れていた。
「早く、作業が進まないかな」
 ラジオの電池は切れていた。だから、現在、どの程度作業が進んでいるのか、
さっぱり分からない。
「もし、今日、運び出された人に生存者がいなかったら、どうするつもり?」
「今夜、ここに引き返してくる。そしてまた一晩中、治療をするわ」
 言い切る。それしかないじゃない。
「君って人は」
 わざとなのかどうか、ふらつく江山君。あたしは急いで彼の腕を取った。
「ほら、しっかりして。とにかく一度、帰るんでしょ。ちゃんと手をつないで
ないと、帰れないかも」
「はいはい。頼みます」
 ぼーっとしてる頭を何度も振って、すっきりさせる。イメージするは、成美
の家の前。あたしは小さな杖を取り出し、さすがに疲れ切った声で唱えた。
「ラスレバー・エブリフェア……」

           *           *

<はい、現場です。事故発生からちょうど一週間目の今日、日曜日。ようやく、
閉じ込められていた方全員の安否が確認されました。生存者が確認されていま
す。残されていた二十名の内、三名の生存が確認されています。お名前の方は、
お二人だけ分かっています。乗用車に家族四人で乗っておられた市原須美子さ
ん、二十九歳と、その娘の茉莉奈ちゃん三歳の親子です。もう一方は、観光バ
スの乗客で、若い女性、女の子ということです。
 えー、救助隊の人の話によると、生存が確認できた三人は、身体の小さな茉
莉奈ちゃんは別にして、押し潰された車内で身体を丸くした状態で見付かった
ということです。女性の身体が柔らかいとは言え、三歳の子まで助かるなんて、
これは奇跡としか思えない。そう語って身体を震わせる姿が印象的でした−−>

−−Period2.終




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