#3294/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 6/ 1 22:16 (200)
バトン・タッチ 11 名古山珠代
★内容
一日目、生徒は体育館に集められ、挨拶やら何やらで、朝の九時から一時間
弱、拘束される。
しかし、二日目は違う。朝から自由に、文化祭に打ち込める。代わりに、閉
会式があるのだが。
「今日は受け付けは?」
恵美が津村に聞いた。恵美自身は、美術室で桃代と待ち合わせている。
「昼、十二時半から。相方は昨日と一緒。今日は一時間だからいいようなもの
の」
「ふうん。それでも、今から美術室に?」
「一応、顔を見せとかないと、うるさいから」
誰がとは、口に出さない津村。でも、きっと桃代のことだろうなと、恵美に
は察しが付いた。
美術室に入ると、ほとんどの部員がすでに到着していた。
「遅いぞ。おー、朝から−−」
「そんなんじゃねえ!」
桃代の茶化しを、皆まで言わせない津村。
「……何か、気合いが入ってるわね、副部長サン」
「悪いか。じゃ、始めるか。昨日の展示で、何か不便なこととか問題、あった
かな?」
恵美は一応、部外者だから、遠慮して隅に寄っている。そんな彼女は、仕切
っている津村を見て、
(何だ、仕方なしに顔を見せたんじゃないのか)
と思った。ほんの一瞬だけ、自分のために来てくれるのかなと考えたのだが
……それはちょっとうぬぼれが過ぎたらしい。
やがて、朝の打ち合せが終わる。
「さあて。図書部に行ってくるか」
いそいそと津村。
「昨日も行ったのに?」
「もう一回ぐらい、顔を見せようかと思って。部誌の感想とかも言いたいし…
…もう一人の部員にも会ってみたいじゃないの。一年女子に」
「年下好みなのか」
恵美の背後から、桃代が、ぼそっと言った。
ちゃんと聞こえたらしく、津村は桃代の方を振り返った。
「誰がだ! そうじゃなくてだな、『君がいない間、僕がポスターを作ったん
だよ。感謝してよね』と言いに行こうと思っただけさ」
「……あんまり変わらんな」
桃代がつぶやく横で、恵美はおかしくてたまらなくなってしまった。
「待って。そういうことなら、私も行くから」
「おーい、あたしの立場は?」
と、恵美の袖を引っ張る桃代。恵美は今日も、桃代と一緒に、各部屋を回る
約束をしているのだ。
「ごめーん。でも、ちょっとだけだから。あ、何だったら、一緒に来ない?」
「津村がいるんだよねえ……」
「何だよ、それ。いちゃ悪い?」
津村は若干、いらいらしている様子。そんな津村をはぐらかすかのように、
桃代はあっさりと答えた。
「うーん。今日はユキがクラスの展示にかかりきりになるって言ってたからね
え。一人でいても暇だし、行くわ」
今日の図書室は、すでにぼちぼちと客の姿があった。
「おお、これはこれは」
部長の園田は、大きく手を広げている。外見はいつもと変わらぬものの、珍
しく、テンションが高いようだ。
「昨日に続いて二度目のお越し。歓迎しまっせ」
「何で、関西弁になるんですか?」
と、突っ込む津村も、何故か関西弁調。
「深い意味はない。−−と、新しい人がいると思ったら、いつか美術室で見か
けた」
桃代に対して、顔を向ける園田。さすがに、彼女の名前までは知らなかった
らしい。
「片山です」
桃代の方は、初対面のイメージからか、少し引き気味。
「意外と朝から、お客、来てるんですね。びっくりしました」
「きついね、縁川さんも」
悲しそうな表情をする園田。
「ところで、今日は、感想を言わせてもらおうと思って」
改まった口調になる津村。
「あ、いいね。待って、もう一人の部員、呼ぶから。おーい!」
いつもなら大声を出せない図書室だが、今日ばかりは違う。園田も大げさな
身振りをまじえ、唯一の部員とやらを手招きする。
離れたところで反応を見せたのは、色白で小柄な女生徒。お下げを揺らして、
駆け足で近寄ってきた。駆け足と言っても、歩く速度とほとんど変わらないよ
うだが。
「えー、彼女は、一年の新倉百合香さん。新倉さん、こちらは美術部の、えっ
と、津村光彦君と片山さん。津村君には、昨日、ポスター作りをしてもらって
いる」
「あ」
短く声を上げ、口に片手を当てる一年生。恐縮したようにその全身が固くな
るのが、傍目からでも見て取れた。
「……すみません。あの、私のせいで、ご迷惑をおかけして」
しばらくして、ようやく、新倉百合香は口を開いた。小さな声だ。
「何を気にしてんの」
おかしそうに言葉を返したのは、津村。
「身体、弱いって聞いたけど? あまり無理することないって」
「あ、ありがとうございます」
深々と頭を下げる百合香。その様子に、
「ま、過ぎたことはどうでもいいや。それより、感想、遠慮なく言わせてもら
おうかな」
津村が言った。
「私も」
図書部の先輩として、恵美も笑顔を差し向けた。
昼前、美術部の展示に戻る途中で、津村が言い出した。
「あー、そうだったそうだった」
何やら、芝居めいている。
「どうかしたの?」
と、隣の彼を見上げる恵美。
「ちょっとね」
言いにくそうにしている津村。その目は、桃代へ向けられている。
「な、何よ。人の顔、そんなに見て」
「怒らないで聞いてほしいんだけど、話す前に、それを約束してくれないかな
と」
「そんな約束、できません。気になるじゃない。早く言いなさいよ」
津村の申し出を簡単にはねつけ、先を促す桃代。
「やばいかなあ……。昼飯、おごる」
「何のこっちゃ? そう言えば昨日、お弁当は持ってこなくていいって、言っ
たらしいわね。恵美から聞いたけど」
「持って来ちゃってる?」
「持って来てないわよ。−−もしかして……昨日の勝負が関係しているとか?」
昨日、津村と賭けをしたことを思い起こしたらしい桃代。
「ん、まあ、そうなんだけど」
「何か変ね。白状しろ」
そのやり取りに、最初はただただ見守っていた恵美も、くすくす笑い出した。
「何があるのか知らないけれど、津村君、もう言わなきゃ。でないと、いつま
で経っても、ここを動けなくなるから」
「そうそう」
桃代も同調。
津村はしばらく口を閉ざしていたものの、直に喋り始めた。不承々々ではあ
ったが。
「参ったな。実は、昨日の賭け、種があったんだよな。こっちが絶対に勝つ」
「−−何ですってぇ?」
桃代の声が大きくなる。その表情は、怒っているよりも、むしろ、驚いてい
るようだ。
「どうやったの? 例えアンケート用紙を数えていたとしたって、桃代に先に
答えさせたんだから、確率は二分の一よ」
「そこが違うんだな。どうあがいても、俺の勝ちは動かなかった」
「あがく?」
「いや、それは言葉のあやで……。どうやったかは、食堂で説明するよ」
津村は、まるで逃げ出すように、歩を進め始めた。
「あ、待ってよ」
「早くしなって。すぐに満席になっちまうぞ!」
日当たりのよい席に陣取る三人。
「さあ、説明してよね」
勢い込んでいる桃代。
「何人がアンケートに答えたかを数えていたのは、間違いないんだ」
「でも、それだけじゃあ」
口を挟んだ恵美を、視線を向けて制する津村。
「あの時点で回答してたのは、十四人」
「ええ? 偶数じゃないの」
桃代は口に運んでいた箸を止め、また声を高くする。
恵美も続いた。
「あのとき数えたけど、確かに十五枚だった。一枚、少ないわ」
「ふふん。本当は片山さんが奇数と言ってくれるのを期待してたんだけど、そ
ううまくは行かなかった。で、仕方がないから、俺が書いた一枚を付け足した
のでした。アンケートは無記名だし、ちょっと筆跡を変えれば、ばれっこない」
「な、何よ、それ」
恵美と桃代は呆気に取られ、顔を見合わせる。横で、いたずらっぽく笑う津
村。
「いつ? −−あ、津村君が、アンケートの箱を取りに行ったときね」
自分の疑問に、すぐに自分で答を見つけた恵美。
「正解だよ」
「そうかぁ。身体で死角になってたから、素早く入れたら分からないって訳ね」
桃代は相当、悔しそうである。
「どう? 見事、引っかかっただろ」
打ち明けた安堵感という奴か、開き直ったように津村は胸を張った。
「……参ったわ。ほーんと、手癖の悪いあんたらしい、見事ないんちきよね」
「手癖が悪いだの、いんちきだの、言ってくれるよなあ。明敏な頭脳により生
み出された、素晴らしいトリックと言ってほしい」
「冗談なら、受け付けないよ」
「冷たいやつ。正直に話して、こうやっておごったんだから、もう許してくだ
さい」
少し頭を下げてから、上目遣いをする津村。
「どうしようかしら、恵美?」
「え、何で私に話を振るのよ」
「だって、津村クンは、恵美目当てでこんなことしたんじゃないの?」
「ば、馬鹿言うなよ」
顔を上げた津村。焦りの色に、彼の表情は変わっていた。
「そうなの、津村君?」
今朝のこともあったので、もう、恵美の方は慣れたものだ。少なくとも表面
上は平気な態度で、会話を続けられる。
「……早く、行こう。食べ終わったんなら、早く出ないとな。他の連中が座れ
るように」
いそいそと立ち上がる津村だった。
昼の十二時半ちょうど、美術部の展示室に到着。
「お疲れ。時間だから、もういいよ」
さっきまでとは打って変わって、副部長然(?)とした態度で、津村は一年
生部員二人に言った。
「あーあ、これから一時間、苦行か」
楽しそうに出て行く後輩達を見送るように手を振りながら、津村はつぶやく。
「あたしと一緒にいるのが、そんなにつらいのかなぁ?」
早速とばかり、桃代は揚げ足取りに出る。
津村が楽しそうに反論。
「そういう意味じゃなくて、一時間、動けないことがさ。そうだ、もう一度、
賭けないか?」
「ご冗談を。また、ご自慢のトリックでやられちゃかなわない。恵美だって、
どっちを応援していいか、困るでしょうに」
「そんなこと……」
言い淀んでいると、すぐに桃代の言葉が飛んでくる。
「じゃ、何の悩みもなく、津村を応援するの? ひどいっ。あたしを一人にし
て、二人で楽しく、また出て行く気なのね」
もちろん、冗談。桃代の顔には、笑みが絶えない。
「モモちゃん……。あのね、しばらく私が大人しくしてたからって、調子に乗
ってるでしょ。その内、しっぺ返しがあるかもよ」
「だあ、くわばらくわばら。人の何とかを邪魔すると、馬に蹴られかねないか
ら気を付けなくちゃ」
「ふふん。とりあえず、思いは伝わったぜ」
自慢げに、津村が言った。
−−続く