#3292/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 6/ 1 22:11 (200)
バトン・タッチ 9 名古山珠代
★内容
「いいのかい?」
「はあ、まあ……。だいたい、縁川さんを借りて、そちらに迷惑をかけたのは
美術部の方ですし」
「そうか。それなら、貸し借りなしにしておこう。後腐れがなくていい」
納得したというように笑う園田。表情に乏しい観のある園田だが、今は、さ
すがに嬉しそうだ。
「紙とペン、あります?」
「ここよ」
駆け足で運んできた恵美。
広い机に古い新聞紙を敷き、上に画用紙を置く。白だけでなく、赤、青、緑
……とにぎやかに揃っている。それに、即興でイラストを描いていく津村。実
に手慣れたものだ。
「文字は、何て書けば?」
ペンを太めのに持ち替え、図書部部員二人に聞く美術部部員。
「なるべく真ん中に、図書部。展示場所として、図書室と書かないといけない
な。内容……部誌の展示と書いてくれないか」
「分かりました」
津村が手を動かし始める。
もちろん、文字を入れるぐらいなら、恵美や園田にもできるから、同じよう
に書いていく。
それから数分後、気持ちが急いていた割には、まずまず、見られるポスター
が完成した。
「僕が張って来よう。その間だけ、縁川さん、受け付けを頼む」
園田はそう言い置くと、ポスターとセロテープを携え、普段の彼からは想像
できない素早さで、外に飛び出して行った。
「何か、面白い人だな」
見送る津村の顔は、呆れたような感心したような、複雑な笑顔だった。
「その一年の子は?」
「え? あ、今日は来ていないの」
恵美は、カウンターに腰掛けた。津村の方は、その近くの椅子に落ち着く。
「その子−−新倉さんって言うんだけど、病気で休みがちなの。今日も通院の
日に当たっていて、それが終わってから、遅れて来ることになっている訳」
「なかなか……ハードだな」
津村は、やたらとうなずいている。
「展示、部誌の他に、何をやるんだ?」
「この一年間の、ジャンル別貸し出しランキングベストテンを表にして掲示。
それから、購入してほしい本等のアンケートとか」
「ここでもアンケートか。とりあえず、部誌を見てみたいな」
「見てみる? そこだけど」
カウンターに一番近い机の上に、冊子が何冊か積み上げられている。
「今なら、他にお客さんはゼロ。心静かに、読んでくださいな。あっ、もちろ
ん、持っていってね。気にいらなきゃ、置いといて」
「もらえるのなら、家で読もうかな」
と、津村。
「アンケート、書くよ」
「それなら、こっち。私もサクラで書いておこうっと」
アンケート用紙を取ると、津村と恵美は、机を移動し、並んで記入を始めた。
書いている最中に、ふっと思い付いて、恵美は話しかけてみた。
「津村君、二年になってから、あまり本を借りていないんだって?」
「ほい。気楽に引き受けたんだけど、美術部の副部長って、意外と忙しかった
んだな、これが」
わざとらしくため息を吐く津村。
「一年の頃、どんな本を読んでいたのよ」
「色々だけど……。入学したばっかの頃は、高校生になったんだから、ちょっ
と読書の傾向を変えようと、変な風に意識しちゃってさ。いわゆる名作ってや
つばかり、読もうとしたんだ」
「あはは。ありそうな感じ」
「けど、挫折。正直言って、あんまり面白くなかった。それで、自分が本当に
読んでみたいのを読もうと思い直したのが、六月ぐらいだったかな。とりあえ
ず、SFとファンタジーと推理小説。それから、パロディも読んだ」
「日本の、それとも外国作家?」
「うーん、多分、日本の方が多い。片仮名の名前って、イメージしにくいから。
漢字だと、ある程度できるだろ? 岩田ってくれば、ごつい奴を想像するとか」
「うん、私も似たところ、ある」
「縁川さんは、どういうのを借りるの?」
「さっき、津村君が挙げたのと同じ。他に恋愛小説。それから、少女小説。こ
の呼び方、好きじゃないんだけど」
「そう言えば、少年小説っていうの、ほとんど聞いたことがないな」
「でしょう? ジュニア小説だと、中学生っぽい響きがあるみたいだし」
「そういう類は、ティーンズノベルでいいんじゃないかな」
園田の声。どうしてこう、いつもいつも唐突に割って入ってくるのだろう。
「いつの間に……。聞いていたんですね。いい趣味じゃないですよ」
席から立ち上がって、恵美は抗議した。
「それは悪かった。だけど、これだけ静かだとね、嫌でも聞こえる」
園田は室内をぐるりと手で示す。他の客は、まだ誰もいない。
「ま、客がいなくて、幸いだな」
「何が、幸い、ですか」
「それは、君らに、じっくりとお礼が言えるから」
二枚目だけどぼーっとした顔に、笑みを浮かべる園田。
「特に津村君、ありがとう。助かった」
「いえ、別に……。千客万来となればいいんですがね」
それを聞いて、園田は苦笑をしながら、指定席であるカウンターの椅子に座
った。
「聞こえないように話さないと」
部長のいる位置を確認してから、元の席に座り直した恵美は、すぐさま、津
村に話しかけた。当然、声は低められている。
「早いとこ、書いた方がいいかも」
「そうかもね。……あのさ、小説、書いてみないの?」
「え……また、その話?」
「嫌なら、よすけど。井藤悦子さんが亡くなったことと、関係しているとか?」
「そうじゃないけれど……」
「だったら、考えてほしい。部誌だって、君が書かないってことは、部長さん
と一年の新倉さん、二人しか書いてないんだろう?」
「そうだけど……」
「縁川さんみたいに、それだけ本を読んでたらさ、普通、自分で書きたくなる
んじゃないかなあ」
「前にも言ったでしょう、書きたいと思ったことなら、いくらでもあるの。悦
子さんにアイディアを出したこともあった」
ペンを置く恵美。アンケートは、すでに書き終えていた。
「その気持ちで、一つ、書いてみない? 今なら、何だって挑戦できるよ」
「そんな……無理よ」
「決めつけないで。さっきの話だと、俺−−僕の読む本と、縁川さんの読む本、
似ていると思うんだ。だから、縁川さんが書いた物語なら、きっと僕も、面白
く絵にできると思う」
「ジャンルが重なっただけよ。それぞれが読んだ本は、きっと違う」
「そうかな。実は……気にしていたんだ、縁川さんの名前」
「名前? 私の?」
目をぱちぱちさせてしまう恵美。津村は一つ、大きくうなずいた。
「そう、中三のときから。図書の貸し出しカードに、名前が記入されるだろ。
で、自分が借りる本を、前に誰が借りていたのか、何の気なしに見ていたら、
半分以上に、その名前があるのに気が付いた。『縁川恵美』って」
「……」
「同じクラスだったから、すぐに分かった。気になりもした。でも、そんなこ
とで話しかけたら、変に思われるんじゃないか。そういう意識も働いて、特に
言い出しはなかったけど。……だけど、去年の十一月のあれにはびっくりした。
お姉の大学の学祭で、ばったり会うんだもんな。絶対、感性が似ているんだと
思う」
「例えそうだとしたって、私が書いたのなんか、面白くないよ……多分」
そこへ、園田がまた近寄ってきた。
「小説を書くんだったら、及ばずながら、手伝えると思います」
どうやら、聞き耳を立てるのをやめていなかったらしい。辺りを見れば、ぽ
つぽつとお客が来ている。
「よっぽど暇みたいだ、部長さん」
呆れるように、津村。
同学年と先輩、男子二人を無視して、恵美は立ち上がった。
「どうしたの?」
「そろそろ時間だから。ごめんね」
確かに、時計は正午五分過ぎを示していた。美術部の展示室に残っている桃
代とした、昼食の約束まで残り五分。
「あ、そうか。悪い、引き止めちゃって」
「ううん。じゃあ」
内心、悪いことしたかなという意識もあった。けれども、創作についてあれ
これ言われるのは……。さっきは否定したけれども、悦子のことが影を落とし
ているのは、間違いなく、理由の一つだ。
「あ、も一つ」
呼び止められた。立ち止まり、相手の言葉を待つ。
「大したことじゃないんだけど……明日は、弁当、持ってこなくていいよ」
「?」
表情と仕種で、分からないと答える恵美。
「片山さんにも言っといて」
分からないなりに、恵美はうなずく。とにかく、この場を早く離れたかった。
戻ると、桃代と幸枝がお喋りしているのが、目に飛び込んできた。二人とも、
まだお弁当は広げていない。
「ああ、お帰りぃ」
桃代は両頬杖をついた体勢を解き、のんびりした声を上げた。
「どうだった?」
「どうって?」
弁当箱を取り出した恵美は、席に着きながら、敢えて聞き返す。
「だからぁ……もう、あいつとのこと」
こちらも弁当を開けながら、桃代は唇を尖らせた。気を利かせたからには、
結果報告を聞く権利があると言わんばかり。
「これといってなし。ほんとよ」
「何で?」
それから桃代は声をひそめた。
「この際、はっきり聞くけど、津村のこと、好きなんでしょう?」
「あのねえ……。好きとかじゃなく……去年のあのとき、未知の物語を絵にし
てみたいって言ってた彼、格好いいなと感じて」
「……それまで、いい加減なところしか見せてなかったからね、あいつ。だか
ら、その反動で、よく見えたのかも」
きしし、と笑う桃代。
「そんなことないって!」
「むきにならなくても。ほら、他の人に聞こえちゃうよぅ」
慌てて口元を押さえる。
「それで、どういう会話をしたの?」
静かに箸を運んでいた幸枝が、不意に言った。気にはなっていたらしい。
「小説の話」
「それだけ?」
不満そうな桃代。
「そもそも、どこを見に行ってたんだっけ?」
「図書部よ。私は気が進まなかったけれど、津村君のご希望でね」
それから、急いでポスターを作ったことを、恵美は、短くまとめて話した。
「あっきれたなあ。そんなんじゃあ、まともなデートとは言えないじゃない」
「何がデートよ。ほんの一時間ほど、一緒に話しただけ」
「ま、いいわ。話の中身を聞きたいの。小説の話って?」
「例のごとくって言っていいのかしら。小説、書いてくれないかって方向に行
っちゃって。私、だめだって言ってるのに」
「ふむ。向こうも結構、気に入ってるみたいね、恵美を」
「えっ、気に入ってる?」
自分の顔が、少し赤らんだ気がする。恵美は、桃代に見える方の頬を、右手
で隠した。その様がおかしかったのか、幸枝は一人、くすくす笑った。
「そうと思うけど」
厚焼き卵を口に放り込む桃代。その表情から判断するに、楽しみに取ってお
いた物らしい。
「それは……読んでいる本の傾向が似通っているからよ。趣味が合うという点
だけ、気に入ってるんだわ」
「趣味が合うのは、大きなポイントじゃないかしら。−−ま、あまり首を突っ
込んだら面白くない……じゃなくて、よけいなお節介だろうから。ね? あと
は自分でやりなよ」
「な、何よ、それ?」
恵美が問い質そうとしたところで、部屋に入ってきた者があった。
「先輩、そろそろ交替の時間でーす!」
「あ、もう、十二時半」
美術部後輩に応じながら、時計を確かめる桃代。
恵美は、言葉の矛先を収めざる得なくなった感じだ。
「あれ? 副部長はどうしたんですか?」
「あいつならね」
桃代は、恵美へ視線をよこして、片目をつむった。
−−続く