AWC バトン・タッチ 8   名古山珠代


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#3291/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 6/ 1  22: 9  (200)
バトン・タッチ 8   名古山珠代
★内容


                 3

 美術部の展示。
 扱っている内容の割には、意外とにぎやかだ。恵美はそう思った。
 その感想を素直に話すと、
「それって、偏見よ」
 と、桃代にあっさり言われた。
「いや、違う」
 口を挟んできたのは、例によって、津村副部長。
「これで金を取っていたら、閑散としているさ、きっと。大学の学祭なんか、
そうだからな」
「いちいち、あんたはうるさいのよ」
 展示をやっている横で、美術部部員がこうも喋っていいのだろうか。恵美は
心配になってきた。芸術は静かに鑑賞するもの、多少なりともそれを妨害する
ような真似は……という意識がよぎる。
「うるさいなら、出るぞ。よそを覗きたいし」
 津村が言った。
「受け付けの当番なんだから、いなきゃだめ」
 桃代は、当番表らしき物を示した。段ボール紙の切れ端に、ルーズリーフの
一枚を張ったそれには、手書きで、「一日目:十時〜十二時半」とある。
「ちぇ、まだ一時間も経ってないぜ。−−二人もいらないと思うんだが。受け
付けったって、アンケートを書いてもらうだけだろ」
「それだけじゃないわよ。頼まれたら似顔絵を描かなきゃならないし、展示物
を盗まれたり、いたずらされたりしないように見張る役目もあるんだから」
「金を取るんだから、ほとんど客は似顔絵には来ないんじゃないか」
 机の端に腰掛け、控えめに伸びをする津村。
「降りなさいって。文句あったら、部長に言いなさい。今、クラス展示におら
れるはずだから」
「はいはい。分かったよ」
 机から降り、津村はぼやく。そして、
「くじ運、悪いよな。どうしてこうなるんだろ」
 とか言いながら、桃代の方にちらりと向く。
「こっちが言いたいわよ」
「紙、ここに置いておきまーす」
 唐突に、声。女子二人組のお客が、書き込み終わったアンケート用紙を、箱
に入れている。空き箱のふたに切り込みを入れ、簡易ポストみたいにしてある。
「あ、ありがとうございましたぁ」
 声の調子をがらりと変え、笑顔で応じる桃代。
「これだもんな」
 お手上げポーズをしながら、視線をよこしてくる津村。ポーズにどういう意
味があるのか、恵美には分からない。
「あの、津村君」
「はいな?」
「他のとこ回りたいんだったら、受け付け、私が代わろうかなって」
「え、本当?」
 声が弾む津村。
「でも、悪いよ。部員でもないのに」
「別にいいの。図書部の方は、園田部長がほとんどずっと、受け付けやってい
るのよ。私はあとで桃代やユキちゃんと一緒に回るから、桃代が受け付け終わ
るまで、暇だし」
「そういうことなの」
 じゃあ、という表情に津村がなったところで、桃代が横槍を。
「さぼったら、明日一日、受け付けさせてやるから」
「げ」
「モモ、そんなこと言わなくても……。いいじゃない。いくら待たされても、
私は平気だし」
「甘やかしちゃだめ、恵美。そんなことしたら、こいつのためにならないから
ねえ」
「ひどい言われよう」
 今度は津村、両手を組んで、泣きのポーズ。そして、今思い付いたように、
つぶやいた。
「片山さん、賭けをしないか」
「賭け?」
 せわしなく動かしていた手を止める桃代。
「縁川さんを助っ人に引き込んだのも、賭けだったんだって? だったら、こ
こで俺と勝負に応じてくれて、いいんじゃないかな」
「訳の分からない理屈! でも、いいわ。あたし、運が強いの」
 桃代の運が強いのは、恵美だけでなく、誰もが認めるところだろう。
「そっちが勝ったら、今日の受け付けはしなくていいことにすればいいのね。
だけど、あたしが勝ったら、何かメリットあるのかしら?」
「それもそうか。……今日は弁当、持って来ているんだろ?」
「? 持って来てるけど」
 桃代は、鞄に目をやる仕種を見せた。
「ようし、じゃ、明日の昼御飯、おごってやる。学食で、好きな物を頼め」
「デザート付きね」
「欲張りめ、また太るぞ」
「あら、もう負ける気?」
「ご冗談を。デザートもオーケー」
「乗った。で、何で勝負するの? 女と男で、有利不利があるような勝負じゃ
ないでしょうね」
「こっちで決めていいか?」
「どうぞ。無茶な勝負じゃない限り、受けて立つから」
 桃代の態度には自信が溢れている。
「後悔するなよ」
 津村も負けじと言う。そして室内を見回し、やがて、
「あのアンケート用紙を入れてもらう箱」
 と、問題の箱を指さしながら、津村は言った。
「どうかした、それが?」
「今まで、何人かの人がアンケートを書いてくれたよな。その人数は、さて、
偶数か奇数か−−こういう勝負は?」
 笑みを浮かべる津村。我ながら面白い賭けだ、と自負しているのだろうか。
「……数えていたんじゃないでしょうね?」
「疑い深いな。片山さん、先に選びなよ。偶数か奇数か」
「それならいいわ。……偶数にする」
「じゃ、俺、奇数ね」
 言うとすぐ、津村は箱を取りに走った。すぐに引き返してくる。
「公平を期すため、縁川さんに数えてもらおう」
 津村の言葉に、恵美は桃代と顔を見合わせてから、箱のふたを開けた。
「一、二、三……」
 小さく声に出しながら、ゆっくり数えていく恵美。
 ふたの切り込みが小さいためか、箱の中のアンケート用紙はどれも、何重か
に折り畳まれている。その一枚一枚を丁寧に広げ、確かに記入されていること
を確かめてから、箱の横に置く。
 さほど多くなかったので、作業はすぐに終わった。
「……十五。奇数だわ」
「俺の勝ちね」
 恵美の言葉に、津村の言葉が重なる。
「……仕方ないなぁ。お客、二人組ばかり目に着いたから、偶数だと思ったの
に……。いいわよ、行っても」
 桃代は悔しそうだ。
「ありがとー。では、遠慮なく。−−あ」
 出て行こうとする途中で、足を止める津村。
「縁川さん、よかったら一緒に来ない?」
「わ、私は、桃代と」
 戸惑いながら、津村と桃代を交互に見やる。
「本当に、俺の代わりにいることないんだから。このままじゃ、十二時半まで
動けないよ。折角、祭をやってるのに」
 文化祭も、祭と言えば祭だ。
「いいわよぅ、恵美。いってらっしゃい。あたし、心が広ーいんだから」
「モモー」
「ユキも来るんだから、いいよ、ほんとに。ただし、十二時十分まで。お弁当、
ここで一緒に食べるんだからね」
「……ありがとう」
 友人の気配りに感謝。深くお辞儀し、わずかに先を行く津村を追いかける。
「ごゆっくり」
 桃代の声が、かすかに聞こえた。
 廊下に出てから、状況が普通でないと、恵美は気が付いた。
(学校で、男子と二人、並んで歩くなんて)
 たまに、好奇の視線で見られている……ような気がする。意識過剰かもしれ
ない。
「どこか、早く見たいところ、あるの?」
「え? いえ、特にない」
 急に話を振られ、どぎまぎしてしまう。
「そう。それなら、俺の行きたいところでいいよね」
「うん。−−どこ?」
 前を歩く津村は、すぐに返答した。
「図書部の展示」
 図書部となると、園田部長と顔を合わせちゃう。恵美はそんなことを思い浮
かべながら、話を続ける。
「……やっぱり、未知の物語を聞きたいから?」
「ま、そういうこと」
「−−あの、ごめん。悦子さんと会わせる話、なくなっちゃって」
 不意に思い出された。ために、深い考えもなしに、とにかく謝ってしまう。
「そんな、今になって、また謝られたって。縁川さんのせいじゃないんだ。亡
くなられたのは、残念だけど……」
 今度は、津村が戸惑う番のようだ。
「だけど、来年は受験生になっちゃうのよ、私達。映画を撮りたくても、漫画
を描きたくても、多分、できないわ。そうなる前に、一度、本格的にやってみ
たいって、いつか言ってたから」
「そりゃまあ。遊びで、ごく短いのなら、描いたことあるんだけど」
 津村がそう答えたところで、図書部の展示がされている部屋−−図書室の前
に到着。時間帯もあるだろうが、閑散としている。
「入っていってよー」
 園田の声がした。呼び込みのつもりなのだろうが、抑揚がないのでおかしく
聞こえる。園田自身の姿は見えないが、どうやら、貸し出しのための受け付け
カウンターの方で、ごそごそと何かやっているらしい。
 他にお客がいないのは、ちょっと……。そう、恵美が躊躇している内に、津
村が入ってしまった。園田も顔を上げ、気付いたようだ。
「あれれ、縁川さん」
 先に、恵美に声をかけてきた。
「受け付け、僕が引き受けると言ったのに」
「あの、私じゃなくて」
 恵美はやや言い淀みながら、津村の方を手で示す。
「……津村君、だったかな?」
「過去形で言われなくても、今でも俺は津村光彦ですけど……名前、どうして
知っているんですか? 俺、言った覚え、ないんですが」
 やや訝しむ様子の津村。
「うん、確かにない。だけど、津村君は今年はともかく、一年のとき、よく本
を借りていただろ? それで覚えてしまったんだ」
 カウンターから出てきて、にこにこしている園田。どことなしに、疲れてい
るようにも見えた。
 自分が美術部と二股をしたからかも−−恵美は、少しだけ心配になった。
「なるほど。それで、先輩の方は?」
「僕の名前? 園田俊明。どんな字を書くのか知りたければ、生徒手帳を見せ
るけど」
 やりとりを見ていた恵美は、改めて思った。部長って、やっぱり、ちょっと
変わり者……。
「いいですよ。それより、この有り様は? 何だか、がらんとしていますね」
「人手不足のせいで、ちょっとね。抜けてたんだな。何しろ、図書部の部員は
現在、僕と縁川さんの他は、一年の女子が一人だけ」
 恵美は、園田がこちらに視線を向けるのが分かった。
「縁川さん。何を忘れていたと思う?」
「忘れてた? 何か大事なことですか?」
 さっぱり分からない恵美は、いささか慌てて聞き返した。
「その様子だと、気が付いていないな。ポスターだよ」
「あ……」
 口に手を当てる恵美。すっかり忘れていた。美術部で、ポスター作りの現場
を見ていたのに、図書部の方では気が回らなかった。恐らく、常に絵を描いて
いる美術部でポスターときても、印象が薄かったせいだろう。
「他の部は何枚も張っているのに、図書部のは一枚もない。当たり前だ。作っ
てないんだから。しまったよな」
 うなずきながら、園田は愚痴をこぼす。
「今からでも作って、張らなきゃ」
 恵美は、ペンが置いてあるところへ走る。
「何なら、俺が描きましょうか?」
 津村が園田に申し出た。

−−続く




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