#3288/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 6/ 1 22: 0 (200)
バトン・タッチ 5 名古山珠代
★内容
「どういう意味? 二人共、からかって……」
「そうじゃなくて……。男は単純なところあるから、髪が長いと、それだけで
点数が甘くなる。ユキの場合、そこに加えて、本当にかわいいもんだから、相
手は話をしようと、なれなれしい態度を取る」
「そうそう。ミドリ、男の心理がよく分かってるじゃない」
桃代が、からかうように言葉を挟んできた。
「馬鹿、何を言ってんのよ。−−それで、ユキは、相手の態度に警戒心を抱い
てしまって、なおのこと、殻に閉じこもってしまう。こういう仕組みじゃない
かしら。意識していなくても、身体が勝手に反応しているのよ、きっと」
「勝手に……」
胸に手を当てる幸枝。
「直しといた方がいいよ」
「そ、そうかしら……」
「今のままだと、いつまで経ってもボーイフレンドの一人もできない。それど
ころか、逆に、男にころっとだまされるかもしれないわよ」
「い……」
幸枝は、絶句してしまった。
その様子を見て、恵美は、桃代に視線を送る。ちょっと脅かしすぎたかな、
という意味を込めて。
桃代は一つうなずくと、口を開いた。
「そんな、深刻にならなくていいって。できるだけ話せるように、少しずつ努
力していくことよ。これしかないっ」
「できるかな……」
「ほら、そういう風に意識しちゃだめ。女も男も関係ない、みんな一緒ってい
う気持ちで、いつも通りにやればいいんだから」
「自分達ができるからって、簡単に言ってくれて」
ぶつぶつと文句を言う幸枝。それでも指摘が効いたのか、真面目に考える表
情になっている。
「さあさ、そのことは次に男子と話す機会があったときでいいから」
恵美は、まだ思い悩んでいるらしい幸枝に言葉をかけると、予定が狂ってた
っぷり余っている時間をどう埋めるか、頭を捻るのだった。
今日から二日は、日本の多くの人が宗旨換えをする期間。簡単に言えば、ク
リスマスだ。
「高校に入っても、変わんないものねえ」
市街地への入り口となる駅に向かう電車の中で、ぽつり、桃代がこぼした。
「そうよね」
恵美は同調してみせた。「何が」変わらないのかは、敢えて口上に乗せない。
周囲の座席をちらと見れば、うまくやっているらしきカップルが、何組か散
見される。その年齢層は、クリスマスイブに電車で出かけるぐらいだから、ほ
とんどが高校生か中学生ぐらいだ。知っている顔はない。
「この間、仕入れたばかりの噂だけど」
声を低める桃代。恵美はもちろん、幸枝も聞き耳を立てる格好になる。
「熊野さん、五組の出川って子から言われて、付き合い始めたって」
「ほう」
声にならないような息をついて、恵美は考えた。今頃、二人で出かけている
のだろうか。兄貴と悦子おねえちゃんみたいに。
「告白されたの、いつなんだろ?」
「文化祭のときに、告白されたって話。二ヶ月足らずってとこね」
「何かつながり、あったの? 同じ部とか?」
「んにゃ、部は違う。中学も違う。告白の状況は、何通りかの説が入ってきて、
ごちゃごちゃしてる。文化祭のダンス、あるでしょ。あれでペアになったとき
に決めゼリフを言ったとかいう話があるかと思えば、夕方、出川って子が友達
何人かと一緒に帰っていて、誰か好きな女子がいるかって話題になって、熊野
さんがすぐ近くにいることを知らずに、『四組の熊野が好きだ』って答えたの
がきっかけだとか。よく分からん」
「ずいぶん差があるのね。ダンスのときの方が、よほど格好いい。ね、ユキ?」
「う、うん。……それに比べると、近くにいるのを知らずに言うのって、少女
漫画のエピソードみたいで、笑えるわ」
幸枝は、こういう話題にあまり慣れていないせいか、おずおずとしている。
そうこうする内に、電車は、目的の駅に到着した。乗客のほとんどが降りる。
プラットフォームに降り立ってからも、クリスマスイブの上に、誰もが厚着し
ているためか、混雑の度合いがいつになく激しい気がする。
そんな人の波をかき分けかき分け、ようやく目抜き通りに立つ。
「意外と、クリスマスっぽくなーい。いつものセールと一緒じゃないかな」
不平を漏らしたのは、桃代。確かに、その通り。
通りの一番向こうに、大きなクリスマスツリーが飾ってあるものの、両脇に
並ぶ店は、どこも売り上げを伸ばすことで精一杯らしく、クリスマスらしさに
は乏しいようだ。不景気のせいかもしれない。
「そうねえ……。とにかく、お目当てを買いに行こっ」
促す恵美。同意してもいいけど、沈んでばかりいられない。お小遣いを特別
にもらったのだから、こういう機会に使わないと、何だか損。
「最初は……CD」
三人は、揃って小走りに駆け出した。
買い物も全て終わって、電車が来るまでの時間を潰そうと、駅ビル内にある
書店に入ろうとしたとき。
「あれ?」
「あれ?」
向こうも恵美も、同じ反応をする。
「こんなところで会うかぁ。偶然だなあ」
相手−−津村が言った。恵美達と同様、制服の上にコートを羽織っているが、
かなり寒そうにしている。見ると、素手のまま。
「買い物に来たんだけど……津村君も?」
恵美は、津村が肩から提げている大きめの直方体の鞄が気になった。
「いや。クリスマスの風景、撮ってみようと思って、出て来たんだ」
「撮ってみるって?」
「ちょうどいい。いつか言ってた8ミリ、今、見せる」
鞄を下ろすと、中から何やら機械を取り出した津村。
機械は全体的に黒っぽく、モデルガンの握りの部分に、単眼鏡を縦に取り付
けたような形をしている。
「それが8ミリ? 8ミリビデオより、重たそうね」
桃代が、興味深げに言った。
「まあな。親父譲りの旧式のだし」
「今日、これを持って、撮って回ってたの?」
「そういうこと」
「見せて」
何の気なしに恵美が言うと、津村の顔に怪訝そうな色が浮かんだ。
「見せてって……あのなあ」
「どうしたの? 見せられない理由でもあるとか」
桃代が詰め寄るように言う。こういうとき、押しが強い。
「馬鹿……とは言えないよな。知らなくても、当たり前か」
「何、ぶつぶつ言ってんのよ」
「あのな、8ミリってのはビデオと違うんだ。写真と一緒で、現像に出さなき
ゃ、見られないんだよ」
「ええ? その場で見られないの? 何で?」
教えられても、まだ信じられない感じがする。
津村は困ったように答えた。
「何でと言われても……そういう物なんだよ」
「だって、8ミリビデオとかビデオカメラだったら、その場で見られる。便利
じゃない」
「そういう意味じゃ、不便です。こいつは」
少しすねたように言いながら、津村は8ミリをなでた。
「ついでにもう一つ、驚かせてやろうか。ま、現像に出すぐらいだから当然だ
けど、8ミリは撮り直しがきかないんだぜ」
「ええーっ? ビデオテープなら、何回も重ねて録画できるのに」
「そうだからこそ、いいこともあるんだ。いい絵を撮ろうと、気合いが入る。
何てったって、映画の撮影に近いしな」
「ごたくはいいから」
桃代は、もう飽きた様子。
「撮ってみせてよ」
「今からか? フィルム、あんまり残ってないんだけどな……」
「残り、どれぐらい?」
と、恵美。津村の返答は、また彼女を驚かせる。
「二十秒、あるかないか」
「二十秒? 分の間違いじゃないの?」
「あのなあ、8ミリのフィルムってのは、通常、一本で三分程度なの。付け加
えとくと、三倍の撮影なんかも無理」
「じゃあ、買ってくれば」
桃代が気楽な調子で言う。対する津村は、ますます呆れ顔になった。
「……言ってもしょうがないだろうけど、高いんだよ、フィルム。ビデオテー
プみたいに、三本パックでン百円なんてことはないんだ」
「撮り直しできない上に、値段も高いって? ふざけてるぅ。ちっとも経済的
じゃない」
理解しかねるとばかり、首を傾げる桃代。
「何でもいい。とにかく、わずかの時間でもいいなら、写すけど」
「写して写して!」
恵美と桃代が声を揃える。傍観者を決め込んでいた風の幸枝をも、半ば強引
に引き込んだ。
さすがに駅ビル内では恥ずかしいので、再び町中に出て、適当な場所を探す。
が、どこも人が溢れていた。結局、公園に落ち着いた。
「何をしたらいいかしら?」
「何でも。二十秒だからな」
「自己紹介とか、歌を唱うとか」
こう言うと、撮影するために女子三人から距離を取りつつあった津村が、声
を大きくした。
「あ、そうか、これも言わなきゃいけないのか。あのな! この8ミリ、録音
できない」
「え? マジ?」
「普通はそうなの! 音は、テープレコーダーなんかで別に録るんだよ」
「ますます不便だわ、こりゃ」
大げさに肩をすくめる桃代。
「それじゃあ、どうしたらいいの? 喋ってもしょうがないんじゃあ」
恵美は言って、手袋の上から息を吹きかける。
「そんな感じでいい。普通にしてくれてたらいいから」
津村はそれから、いきなり8ミリをかまえた。
「えっ、もう撮っているとか……」
「そう。ほら、動いた動いた」
そう言われると、急に動きがぎこちなくなる。とりあえず、笑ってみせるも
のの、それさえ強張ったものとなってしまった。
「普通でいいんだって。−−あ! あれ!」
いきなり、津村が叫んだ。同時に、彼の指は、天を示している。
「な、何?」
恵美ら三人は、びくっとしながら、津村の指さす方向へ振り返った。
が、そちらには、冬の空がただ広がるだけで、特段、変わった物はない。
「何があったのよ!」
大声で尋ねる桃代。だが、彼女はすぐに口を手で覆った。撮影されているこ
とに、気が付いたらしい。
「−−と、終わったか」
レンズから目を離し、津村が満足そうに言った。何だか、にやにやしている。
「終わったかって……。ねえ、何があったの?」
気になって仕方がない恵美は、白い息を弾ませ、津村へと駆け寄った。
「あ? ああ、さっきの。別に何も」
「な……」
ぽかんとする恵美達を前に、8ミリを仕舞いながら、津村はさらに続ける。
「だって、ああでも言わないとさ、みんな、表情が固まってて、どうしようも
なかったじゃん。まるで写真だよ」
「じゃ、じゃあ、やっぱり……さっきの……」
桃代が、おずおずと聞く。
「ん? あ、大きな口を開けたところ、ばっちり撮ったから、ご安心を」
「あ、あのねえ」
「野上さんがびくんとして驚いた表情も、縁川さんが必死になってきょろきょ
ろしているところも、ちゃんと写っているはずだから」
その言葉に、幸枝は両頬を手で押さえた。顔が赤くなっている。
「……やってくれる」
やっと、それだけ言えた恵美。最初、うまく乗せられたことが何となく悔し
かったけれど、それも収まってきた。そして逆に、楽しくさえなってくる。
「映画の監督の才能、本当にあるんじゃないの?」
「さて、これぐらいのことで判断できるかどうか。でも、嬉しいな、そんなこ
と言ってもらえると」
「まだよ」
桃代は不機嫌そうだ。いや、こちらは、まだ悔しがっているに違いない。
「撮った分、見せなさいよね。見てから、たっぷりと文句を言ってやるから」
「なるほどね。試写会、なるべく早く、やらないと」
鞄を肩から提げた津村は、おかしくてたまらないという態度。
「冬休み中には、現像できるはず。来年のことになるだろうけど、なるべく早
くに連絡するから、楽しみにしてて。楽しみじゃなくて苦痛かな? ははは」
−−続く