AWC バトン・タッチ 4   名古山珠代


    次の版 
#3287/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 6/ 1  21:57  (200)
バトン・タッチ 4   名古山珠代
★内容
 桃代は早口でまくし立てた。
「へえ、美大。じゃ、今の部活、もっと極める気なんだ?」
「ちょっと違う。イラストレーターとか、いわゆるアーティストに憧れてんの」
「アーティスト! 何か、凄いな」
「なれたらね」
「いいじゃん。やりたいことやらなきゃ、もったいない」
「簡単に言ってくれるわ」
 桃代が黙り込むと、津村は恵美に顔を向けてきた。
「縁川さんは?」
「うん……将来の目標とは違うんだけど、私、小説を書いてみたいな。面白い
小説。プロになるとかじゃなくて、知り合いに小説家を目指している人がいて、
たまにその人と一緒に、小説の筋を考えることがあったんだけど、この頃、段
段と面白くなってきて」
「詳しく聞きたいな、その人のこと」
「ここの文芸部に入っていて、もちろん、アマチュアだけど。えっと、名前は
……ペンネームは、フジイとかスギハラとか、いくつも編み出しちゃってる人
だから、本名を言うと、井藤悦子」
「さっき言ってた人のことなんだ? てことは、今、ここにいる訳?」
「ううん、まだ来ていないみたい」
「どんなジャンルを書く人?」
 真面目な表情の津村。物語の創作に感心があるというのは、本当らしい。
「主にファンタジー。あと、恋愛小説とか少女小説とか」
「ふうん。ファンタジーは映像にするの、大変なんだよなあ。まあ、他のは何
とかならなくもない、か……。とにかく、面白そう。会ってみたくなった」
「待っていればいいわ。すぐ、来るはずだから」
「あ、でも、俺、今日は他に回る予定があるからなあ」
 残念そうな津村。
「それだったら、向こうの都合、聞いてあげようか?」
「へえ、いいの? じゃあ」
 二人の会話が途切れるのを待っていたように、桃代がここで口を挟む。
「こらこら、ユキを無視するな。彼女はまだ、答えてないんだよ」
「あ、あたしは……」
 幸枝の言葉の中途に、津村の声が重なる。
「あ、ごめんごめん。野上さんは?」
「……」
「? どうかしたの?」
 答えないでいる幸枝を、少し心配する様子の津村。
「あ、あの、ごめん……なさい。その、び、びっくりしちゃった。みんな、や
りたいことがちゃんとあるんだなあって。あたし、まだ何も」
 やや下を向いて、そう答えた幸枝。
「なーんだ」
「そんな言い方ないでしょ」
 桃代がやや、荒っぽく言う。どうも、津村が現れてから、怒りっぽくなって
いるようだ。
「え? あ、いや、変な意味じゃなくて……。何も決まってないこと、気にす
る必要なんてないじゃん、と思ってさ」
 津村の明るい口調に、顔を上げる幸枝。
「将来、何をやりたいか決まってないってことは、それだけ選択肢の多さを表
してるんだから。自分の今の力じゃできないようなことだって、努力すればま
だ間に合うときだと思うんだ、今の俺達って」
「……俺達、ね」
 嘲るような言い方をしつつ、桃代の表情は和らいでいた。少し、津村を見直
したのかもしれない。
「そういう考え方もあるか」
 恵美は微笑んでみせた。その笑顔をそのまま、幸枝に向ける。幸枝は、肩の
荷が降りたような、ほっとした面持ち。
「野上さん、肌がきれいだから、映像写り、きっといいと思うな」
「何を言い出すのよ」
 再び呆れたように、桃代が言った。
「いつになるか分からないけど、自分の手で映画を撮れるようになったら、い
や、ちゃんとした映画じゃなくても、映像作品を手がけられるようになったら、
出てくれないかなって、そう思ったんだよ」
「ナンパにしては、やり方が古いわよ」
「ナンパじゃねえっての。野上さん本人に、聞いてみたいね」
 津村は、幸枝の顔を見つめるように、じっと目を凝らした。
「……あたし、とてもできそうには」
 小さな声で、うつむいて答える幸枝。
「どう、これで満足?」
 桃代が言った。
「しょうがない。絶対に行けると思うんだけどな。縁川さんでもいいな」
「でも、とは何よ」
 抗議する恵美に続いて、桃代も口出し。
「あたしだけ、名前が挙がらないのは、何か理由があるのかしらね」
「そういうことは決してなく……そうそう、今さっき、思い付いたんだけど」
 ごまかすように、津村は口調を転じた。
「原作ないしは脚本だけど、何も井藤さんとかに頼まなくても、縁川さんが書
いてくれればいいんだ。小説、書いてよ」
「え?」
「それを原作に、俺が映像化する。いいと思わない?」
「無茶苦茶だわ。読むのは好きだけど、まだ書いたことはないんだもの」
「図書部って、創作もしているんじゃなかった?」
 不思議そうに、津村。
「あ、私はまだ。さっきも言ったけど、書いてみたいなって思うことはあるけ
ど、せいぜい、アイディアを出すとこ止まり」
「可能性の否定はしちゃいけないよ、明智君」
「誰が明智君だ」
 恵美に代わって突っ込むのは、言うまでもなく桃代。
 津村はそれに笑って反応し、さらに続ける。
「書いてみたい気があるんなら、書いてほしい。俺、読んでみたい」
 ここでどうして、書いてみる、と言えないんだろう。
 さっき、津村の話を聞いているときは、自分が原作を書いてみたいと、一瞬
でも思ったのに。どうして、やってみると言えないんだろう。アイディアは出
してきたが、実際に書いたことがないため、自信が持てないのかもしれない。
「映画にしろ漫画にしろ、誰かの作品を原作として使わせてもらえるとなった
ら、せいぜい、足を引っ張らないようにしなきゃね」
 桃代が茶化すように言った。
「どういう意味だよ」
「漫画は置くとして、映画、撮ったことあるの?」
「……本物はない」
 やや言い淀んだものの、はっきりと答える津村。
「当たり前でしょ」
「じゃあ、ビデオか何かはあるんだ?」
 きつい言い方の直らぬ桃代に代わり、恵美は聞いてみた。
「いや。ビデオじゃなくて、8ミリさ」
「ハチミリ? 8ミリビデオのこと?」
「そうじゃなくて、8ミリだよ」
 強調して言われても、恵美には何のことだか分からない。8ミリと言えば8
ミリビデオに決まっているでしょ。
「だから……説明しにくいな。さっきも言ったけど、俺、今日はスケジュール
を組んでいて、時間ないんだ。しょうがないから、今度、暇なときに実物を見
せてやるよ。実際に撮ってみようか。それがいい。みんなを撮って、俺の腕を
見せてやる」
「そこまでしてくれなくても……」
 興味を示したことが大きくなりそうなので、慌てる恵美。
「いいって。縁川さんだって、井藤悦子さんを紹介してくれるんじゃないの? 
それであいこ。じゃ、俺、急ぐから」
 と言ってカフェオレの残りを飲み干すと、津村は慌ただしく出て行った。
 元通り、女子三人になってから、恵美は桃代から散々、突っ込まれる目に遭
った。「えらく話が弾んでたけど、どこがいいの、あれの?」と。
 おかげで、恵美は桃代に言い出しにくくなってしまった。「津村君の描く絵
も、一度、見てみたいね。モモは美術部だから、興味あるでしょ」と。
 決意を固め、冷やかされるのを覚悟で言おうとしたとき……。
「あっ、恵美ちゃん、来てくれたんだ!」
 井藤悦子の声がした。見ると、恵美の兄の優も映研を抜け出してきたのか、
並んで立っている。
「遅いじゃない! ここのお代、払ってもらうからね」
 と、意地悪く笑いった恵美だが、内心では二つのことで、がっくり来ていた。
 一つは、ほんの少し、早く来てくれれば、この場で津村君に紹介できたのに、
ということ。もう一つは−−あーあ、言い出せなくなっちゃったじゃない。津
村君の描く絵って、どんなのだろう。どんな映像を撮るんだろう。

 優らの大学での学園祭が終わってからのおよそ一月半、津村を井藤悦子に会
わせるのと、津村が8ミリで試し撮りするのに都合のいい日は、なかなかやっ
て来なかった。
 いつの間にやら、二学期の期末試験が近付いたのが、第一の理由。
 もちろん、これまでにも候補の日はあったが、そういう日に限って、井藤悦
子の都合−−主に優とのデート−−で、うまくないということになっていた。
 気が付けば、冬休み。休みに入ったからと言って、年末年始は、何かと予定
が詰まって、うまくスケジュールがかみ合わないもの。
「これまで気が付かなかったけど、結局ぅ」
 幸枝と二人して、恵美の家に遊びに来た桃代が言った。
 本来、今日は三人で外に出かけるつもりが、あいにくの天気で、急遽変更と
なっていた。
「同じ日に済ませてしまおうと考えるから、うまくいかないんだよね」
「言われてみれば、そっか」
 あまりに単純なことを指摘され、ぽかんとしてしまう恵美。
「じゃ、今から、どちらか一つ、片づけようかな。悦子おねえちゃんは兄貴と
デートだから、絶対に無理。そうなると、8ミリの方だけど」
「こんな天気の日に、撮影できるのかしら。よく分からないけれど」
 幸枝は、窓の向こうを見やる様子。どんより曇った空からは、冷たそうな雨
が、ぽつぽつと落ちて来ている。
「家の中で、できるんじゃないの?」
 スナック菓子を頬張りながら、桃代が言った。
「できるにしても、こんな日に、いきなり、津村君を呼ぶのは……」
 気を遣う幸枝。
「かまわない、かまわない。呼べば、喜んで来るわよ。美人が三人も揃ってい
るんだから」
 冗談なのか本気なのか、桃代は、きししと笑っている。
「よく言うわ、モモ。ここは私の家ですよ。お分かり?」
 恵美の抗議。
「あー、そうだった」
「お母さん、いるのよ。そこへ、唐突にクラスの男子を呼んだら、何かとうる
さく聞かれるかもしれないじゃない」
「あんたのお兄さんと悦子さんとは、認めてもらってるんでしょ?」
「それとこれとは、全然、話が違うって」
「そうかなあ」
「私、津村君と特に親しい訳じゃないんだから」
 恵美は断固として主張する。
「親しさの度合はモモの方が深い。中学のときから、知ってるんでしょ?」
「それはそうだけど、この前の学園祭のとき、ミドリが一番、話が弾んでいた
じゃない。ねえ、ユキもそう感じなかった?」
「……あたしは、二人共、よく喋れるなあって、感心していたわ」
 桃代から話を振られた幸枝は、少し考えるようにしてから、さらっと答えた。
「あれぐらいで、普通よ。ユキが喋らなすぎる」
 力説する恵美。とにかくここは、桃代からの追撃をかわしたい一心だ。
「うん、言えてる」
 その桃代も、恵美に同調した。
「もっと、話せるようにしなきゃ」
「そ、そうかしら」
「そうよ。ま、いきなり、あたし達みたいには無理だろうけど。手始めに、津
村を呼んで、練習しようっ」
 そう来たか! 追撃をかわしたつもりになって、安心していた恵美は、多少、
どもりながら、桃代の提案を却下しようと試みた。
「ちょ、ちょっと。その話は、なし。もう終わりだって。今は、ユキの男性恐
怖症を」
「ひどーい。恐怖症なんかじゃないわ」
 さすがの幸枝も、ふくれっ面になって反駁してきた。
「いいえ、ほとんど恐怖症よ、あれは。今みたいに、女同士だと普通に話せる
のに、男の子相手だと、口数が極端に少なくなるじゃないの」
「……」
 恵美の指摘に、幸枝は黙り込んでしまった。代わって、桃代。
「ユキは自意識過剰ってやつよ。男子と親しく話をすれば、みんな、自分を好
きになってしまうんじゃないかと、思っちゃってる」
「そ、そんなことないって!」
「意識してなくても心の奥では、っていうあれよ。深層心理とかいう、あれ」
「……」
「確かに、ユキは、髪の長い美人て感じだからね」
 恵美は、感想を率直に述べた。

−−続く




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE