AWC バトン・タッチ 3   名古山珠代


    次の版 
#3286/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 6/ 1  21:55  (200)
バトン・タッチ 3   名古山珠代
★内容
「あーあ、やだやだ。どこの世界でも後輩って大変なんだ。ぺこぺこぺこぺこ
と、米つきバッタってのは、あのことだって分かったわ」
 縁川恵美は嘆きながら、喫茶店の一角に腰を下ろした。喫茶店と言っても、
大学の教室を利用した模擬店だ。
「お兄さんのこと、そんなに非難しなくても……」
 恵美の右隣に座った野上幸枝は、気の毒がっているような表情になっている。
「そんなんじゃないけど」
「こき使われてる兄上の姿を見て、がっくり来ちゃったって訳ね」
 左隣に座った片山桃代は、面白そうにしている。
 ウェイター役の学生に注文を告げ、話を続ける。
「がっくりって言うか……高三のときのイメージじゃ、我が身内ながら、それ
なりに格好いいと思ってたのが、突然、ひっくり返されちゃったみたいで。あ
んなぺこぺこしなくても」
「厳しい上下関係とかあるんじゃないかしら? 来年から再来年には、お兄さ
んも威厳を持つわよ」
 恵美の兄について、好意的な意見を述べる幸枝。
「そんなものかしら」
「そんなもんだって」
 片方の肘をつく桃代。いい加減、この話題に飽きたらしい。高校では美術部
に入っているだけに、その視線は、教室の壁に掛かる絵に向いているようだ。
「ここ、美術部がやってるのかな?」
「ほんと。きれいな絵」
 幸枝が同調する。
「美術部じゃないよ」
 断定口調の恵美も、周囲に視線を走らせた。
 客は多からず、少なからず。埋まっている席は、五割強と言ったところか。
 壁際にある長机の上に、目的としていた小冊子を見つけた。恵美は立ち上が
ると、それを手に、すぐに戻る。
「これ、見て。文芸部」
 小冊子は、確かに文芸部の部誌であった。
 桃代は、ぱらぱらと本をめくりながら、疑問を呈する。
「ふうん。でも、どうして、絵−−イラストが飾ってあるのかなあ」
「書いてる、ここに」
 恵美が指で押さえた箇所には、「文芸部では、小説や詩といった文学の他に、
漫画やイラスト等にも手を出しています」云々とあった。
「そう言えば、漫画研究会の類がなかったわ。人手不足で、合併したんじゃな
い、もしかして?」
 今まで回った展示の部屋を思い出す風にして、幸枝が言った。
「ここって、総合大学でしょ。人、多いはずなのに」
「そうよね。文学衰退の兆候は、ここにも現れてる訳だ」
 桃代の口調がおかしかった恵美は、つい吹き出してしまった。
「ぷっ、あははは−−。そ、そんなことないと思うけど。要は、展示する物が
ないってことじゃない? 部誌だけだと、スペースいらないから寂しくて」
「ミドリ、最初から文芸部と分かってたみたいだけど、ここに来たのは、本好
きのせい?」
「それもあるけど、知ってる人が、ここに入ってるから」
「え? ミドリのお兄さん、掛け持ち?」
 驚いたような視線をよこす幸枝。
「違うって。井藤悦子っていう人」
「どんな人? どこ?」
 桃代と幸枝は、二人してきょろきょろする。
「それが……さっきから探しているんだけど、いないみたい」
 恵美もきょろきょろ。そうしている内に、知っている顔を見つけた。しかし、
それは彼女が探していた井藤悦子ではなかった。そもそも、大学生でさえない。
「あれ? 片山桃代に、縁川さん、野上さん」
 相手も気付いたらしく、不意に声を出して、こちらに呼びかけてきた。
 つい、恵美は身体をびくりとさせた。幸枝も相当、驚いている様子。
 桃代はと見れば、すでに声の主に察しがついたらしく、どこか複雑な表情を
している。驚いたのと呆気に取られたのとがごちゃ混ぜになったような。
「フルネームで呼ぶな、津村光彦! 何で、あたしだけ呼び捨て?」
 大声で返す桃代。室内の客やら店員やらが、何事かとばかり振り返った。
「おいおい、恥ずかしい奴。他人の目を考えろって」
 津村は足早に近寄ってくると、さも当然のような振る舞いで、恵美達のテー
ブルについた。四角形の四辺の内の三つを女子三人で占めていたのだが、残る
一辺を、津村が押さえた形になる。
「何、座ってんのよ」
「同じクラスじゃないか、気にするな。いいよね、縁川さん達も。あ、おねえ
さーん、カフェオレを一つ」
 手を挙げ、注文を出す津村。桃代の抗議を、少しも意に介さぬ態度である。
「あ、ここ、代金先払いね。はいはい」
 恵美達三人の注文を届けに来たウェイトレスは、ついでに津村から代金を受
け取ると、笑いをこらえたような顔で戻っていく。
「あーっ」
「何よ」
 小さく叫んだ津村に対して、初めて恵美が口を開いた。
「飲み物はともかく、焼きプリンにチーズケーキ、生クリームたっぷりのクレ
ープ。どれも太りそうだなと思って」
「放っといてよ」
 二重音声になって、反駁してやる恵美と桃代。幸枝だけは、恥ずかしそうに
頬を染めた。
「意見を述べるのは自由だろ」
「それより津村、どうしてここにいるのよ」
「呼び捨てはないだろ、片山桃代」
「あんたねっ。そっちがその呼び方をやめないくせに、よく言えるわ!」
 と、プラスチック製の透明なフォークを握りしめる桃代。そのまま、テーブ
ルをどんと叩きかねない勢いだ。
「大声はよせって。……分かった。−−片山さん。これでいいんでしょ?」
「……」
 黙ったまま、呆れている様子の桃代を見て取り、恵美が言葉をつないだ。
「……それで、どうしてこんなところに?」
「それは−−あ、どうも」
 カフェオレが到着。話を中断された恵美は、少し、焦れったくなる。
「うん。ちょっとぬるいけど、うまい」
 一口、味わうようにカフェオレを口に含んだ津村は、わざとらしく、気取っ
たポーズをしている。
「ポットのお湯なだから、ぬるくて当然よ。それより、話が途中なんだけど」
「ここに来た理由? 簡単、お姉がここに通っているから」
「お姉さんが? お姉さん、いたの?」
「知らなかった? −−ま、そりゃそうか。大方、そっちも誰か、身内がいる
んだろ? そうでなきゃ、こんな遠くまで足を伸ばしっこない」
 津村は、三人を順に見返してきた。
「……当たってるよ。ミドリ−−縁川さんのお兄さんが、ここの大学なのよね。
他に、ミドリの知り合いもいるみたいだけど」
 恵美が答えるべきところを、桃代が答える。
「やっぱりね」
 満足そうに笑うと津村は、間を空けずに続けた。
「へえ、お兄がいたの。知らなかったな。同じクラスなのに、こんなことも知
らないんだよなあ。それが同じ大学てのも、凄い偶然。何か、面白い」
 恵美には、そう話している津村の横顔が、とても楽しそうなものに見えた。
「一人で来たの、津村君は?」
「そう……いや、二人連れ。女と」
「え、まじ?」
 桃代と一緒になって、問い詰める恵美。幸枝一人、遠慮がちに黙っている。
そういう性格なのだ。
 津村の方は、また笑ったかと思うと、軽く舌を出した。
「へへ、何を想像しているんだい? 女って言ったのは、お姉のことだよ。一
緒に来たんだ」
「なーんだ」
「馬鹿」
 乗り出していた身体を椅子の背に戻しながら、二人は落胆。見れば、幸枝も
どこか、がっかりしたような、ほっとしたような顔つきをしている。
「馬鹿とは何だよ。あ、でも、それだけ気にしてもらえるのは、気分がいいや」
「阿呆か。女と男の話ってもんは、赤の他人のことでも面白いのよ」
「馬鹿の次は、阿呆……。学校にいるときより、さらに口が悪いなあ」
「何をぅ」
「だってさ、授業中とかは、かわいいというか何ていうか、甘えた声じゃない。
部活のときとかは、ちょっと口が悪くなって。それが今ときたら」
「もう、やめようよ」
 恵美は、周りの視線が気になって仕方なくなっていた。何だかんだ言って、
二人共、声が大きいのだ。
 それに、遠慮がちにジュースをすすっている幸枝の様子も、気になって仕方
がない。ロングの髪のかかる彼女の肩は、心なしかいつもより小さく見えた。
「ね、ねえ。じゃあさ、どうしてこの部屋に来たの?」
 話題の転換に努める恵美。
「お姉さん、文芸部の人?」
「いや、違う」
「じゃあ、どうして?」
「来ちゃいけない、とでも?」
「そんなこと……。津村君、片山さんと同じ美術部よね。文芸部には縁がなさ
そうだから、単に休憩したかったとか?」
「外れ。興味あるんだ、小説に限らず、物語の創作ってことに」
「創作……? 物語の?」
 分からない。首を傾げる恵美。桃代の方は、また肘をついて、もう片方の空いた手の
人差し指を、何度か振っている。
「あー、思い出した。部活だったっけ、他の男子とよく話しているのを聞いた
な。『面白い物語があれば、それを映画にしてみたい』とか何とか」
「ふうん?」
 恵美は、兄のことを思い浮かべながら、改めて津村を見やった。彼は黙った
ままである。
「美術部ってもね、津村−−津村君は、漫研とか映研がなかったから、仕方な
しに入った口よ。ねぇ? 勉強さぼって、絵を描いてるとこを親に見られても、
部活だって言い訳できるし」
 歯を見せて笑みを浮かべながら、ここぞとばかり、攻撃するのは桃代。
 津村は、あまり答えたくなさそうだ。
 またもや、恵美は雰囲気を取り繕う役だ。今や、うつむいてしまった幸枝の
ことも、気になる。
「で、でも、漫研とか映研、それに文芸部はなくても、図書部ならあるわ、学
校には。私も入ってるから言えるんだけど、創作をやってる人もいるのよ」
 現状は、部長の三年生一人しか創作していなかったが、恵美は適当に省略し
て話す。
「どうして図書部じゃだめなの?」
「文章で書くよりも、絵で表現してみたいんだ、俺」
 津村は、桃代の方をちらっと見やったようだ。よけいなことを言い出しやが
って、とでも抗議したげに。
「がきの頃−−」
「今でも、がきのくせに」
「うるせーっ」
 桃代の茶々を一喝し、津村は続ける。
「小学生の頃から映画を撮ってみたいと思っていた。だけど、子供だから機械
も何も手に入られない。それで、とりあえず、漫画を描いてみようと思ったん
だ。絵はある程度、描ける。でも、いくら筋を考えようとしても、どこかで見
た、どこかで聞いたような話になってしまう気がした。それに、自分が分かっ
ていることを絵にしていっても、多分、面白くないだろうなって思うようにな
って。わくわくしたいんだ。だから」
 カフェオレを飲む津村。そして再び、口を開く。
「だから、自分の知らない、面白い物語を聞かせてくれる人がいたら、俺、そ
れを絵にしたい。映像にしたいと思う」
 真剣なんだ。恵美は、津村の左横顔をじっと見つめた。津村の目が輝いてい
るように感じられた。
「……要するに」
 桃代が、けだるい調子で始めた。
「原作者になってくれそうな人を、漁りに来たってか?」
「そんなんじゃないさ」
 少し前までとは打って変わって、真面目に受け答えする津村。
「ただ、わくわくできる未知の物語、聞かせたもらえたらなって」
「津村君は、じゃあ、将来、映画監督にでもなるつもり?」
 恵美の質問。今度は場を取り繕うためではなく、純粋に聞きたくて。
「なりたい。一歩譲って、原作者付きの漫画家でもいいかな。なれたらね」
 片手を頭にやる津村。さすがに照れたか。
 が、それも一瞬のことだったようで、津村は逆に質問してきた。
「三人の将来の希望は? 人のだけ聞いておいて、聞き逃げはさせないから」
「馬鹿々々しい」
 桃代は残りのチーズケーキ一切れを口に放り込むと、アイスティを呷った。
「桃代、答えてあげないと。聞くだけ聞いたんだからさ。ユキもいいでしょ?」
「……ミドリがそう言うなら……」
 桃代はそう言い、幸枝は黙ったまま、ゆっくりとうなずいた。
「あたしはね、美大に行きたいの。そういう専門学校でもいい。だけど、多分、
普通の大学に行かされちゃうわ。そこから先のことは、まだ分からない」

−−続く




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE