#3273/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 5/16 10:12 (181)
奇異探偵社1−2 寺嶋公香
★内容
「この格好で、現場に行くんですか」
ワゴンの中、礼南は運転手の横顔をにらみつけた。
「違う。現場はまだ、自由に立ち入れない」
礼南の視線を意に介さず、大室はハンドルを切った。右折する。
「じゃあ、どこへ」
「決まってるだろう。依頼者のところだ」
「げ」
頭に手をやり、しきりに髪留めをいじり始める礼南。
「聞いてない」
「ああ。俺も言ってない。今、初めて伝えた」
「あの……向こうは私がこんなことしてるって、知っているのかな……?」
「知らないだろう。我が社に頼んできたのは、ただ距離が近いからであって、
偶然に過ぎない」
大室の口ぶりに、礼南はため息をついた。
(あーあ、ゆううつ。こんな姿、お祭りで巫女のバイトをしているときに、女
子の親しい友達にしか見せたことなかったのに)
心の中で愚痴をこぼしている間に、遠い記憶にある御厨の家が見えてきた。
近くの駐車場に車を入れ、二人は降り立つ。
「この辺り、子供の頃に遊びに来たけど、変わっていないわあ」
さすがに懐かしさがこみ上げてくる。
「レナ、威厳を崩すな」
「無理です、いくら何でも。同級生を前にして、威厳も何もあったもんじゃな
いわ」
大室の注意に、礼南がここまで正面から反発したのは、数えるほどしかない
だろう。
その勢いに珍しくも気圧されたか、大室は小さく肩をすくめた。
「分かった。適当にやってくれ」
それから御厨家の玄関前に立ち、来意を告げた。話は通じており、すぐさま、
御厨十四の部屋に通された。
「お待ちしてい……レナ? 何でおまえが」
丁寧な言葉遣いで始めた御厨だったが、礼南の姿を見つけて、一変した。
「ちょっとした縁よ」
礼南は面倒を省くため、早口で答えた。
「分かんねえ。だいたい、その格好、何なんだ?」
「これは……おじいちゃんが神主だから、その関係で」
ごにょごにょと言葉を濁す礼南。いつもと違い、今日は髪を後ろで束ねず、
髪留めでまとめたままだから、学校にいるときと同じだ。
「お喋りはそのくらいでいいだろう」
大室竜太郎は、至って固い調子で始めた。
「カラオケ店での事件だが、まず、発見したときのいきさつから聞かせてもら
おう。最初に、あの部屋に客達が入ったのは何時だったろうか?」
「あの四人組が来たのは三時半でした。五時半まで二時間の予定で」
緊張した面持ちで、御厨は始めた。
「部屋に案内してドリンクのオーダーを受けて、五分もしない内にドリンクを
運んで……。あの店、部屋の様子を見るカメラは設置されていないから、最初
の案内が終われば、あとは客から呼ばれない限り、店員は待機しているだけな
んです。当然、他の部屋との掛け持ちになりますが」
「待機している間、何もしないわけ?」
礼南が口を開くと、御厨は意外そうな表情を向けてきた。それでも答える。
「いや。店の掃除が主で、洗い物もある。新譜のデータが入ったときは、その
ための冊子の入れ替えとか」
「なかなか忙しそうだな。それで、発見したのはいつ?」
「あ、ああ。四時半になるかならないか、一時間ぐらい経った頃、部屋の様子
を見に行ったら……」
「ちょっと。一時間ほどしたら部屋の様子を見に行くってのは、店の決まりな
のか? それとも君の意志か?」
「店で決められています。カメラがないせいでしょう。それから……四人が倒
れているのを見つけて、泡食って、そのままドアを開けようとした。でも、鍵
がかかっていたから、持っていた鍵で開けました。あとから考えたらおかしい
けど、ガス中毒か何かと思ったから、手を口で押さえながら、中に飛び込んで、
手近の人を揺さぶってみた。けれど、反応がなくて……恐くなった」
「それから?」
促す大室。礼南は息を詰めるように、聞き入っている。
「店長に連絡したら、本当かってことで、一度、ボックスに戻り、確認しまし
た。そのとき、女の人がまだ息があると気づいて、店長が救急車を呼んで、続
いて警察にも通報したようです」
「したよう、とは?」
「電話したのは店長だし、自分は気が動転してしまって」
「なるほどね。部屋の鍵は、君以外の誰も触っていない?」
「はあ。そのために、疑われてるみたいなんです」
不安を面に出した御厨。礼南がその様子を見守っていると、不意に彼と視線
が合った。気まずさからか、すぐに互いに目をそらしてしまう。
「そう悲観するんじゃない。何のために我々が出てきたと思ってる? さあ、
続きだ。問題の部屋に誰かが侵入した、あるいは近づいたということはないだ
ろうか」
「侵入は無理です。鍵が開かないんだから。近づいた奴は、ひょっとしたらい
るかもしれないけど、近づいただけじゃあ絞め殺すなんて……」
「侵入は無理でも、誰か五番目の人間がその部屋に入ることは可能でしょう?」
礼南は再び発言した。なるべく黙っていようとするのだが、つい、口出しし
てしまう。それがいいのか悪いのか、よく分からないが。
「どういうこと?」
反発したような言い方になる御厨。
「だって、四人の知り合いの誰かが、こっそりと訪ねて来たら? あの店、各
部屋が独立していたわ。外から直接、部屋の前に行ける。中の人が開けてくれ
さえすれば、入れるんじゃない?」
「それは……そうだろうけど」
「私が考えたのは、その五番目の人が、部屋のどこかに潜んでいたんじゃない
かってことだけど……」
上目遣いに御厨の様子をうかがう。と、相手はすぐに首を横に振った。
「無理無理。あの部屋の中、見たことないだろ? 人が隠れられる空間なんて、
どこにもないぜ。絶対に気づかれる」
「気が動転していたら」
「いくら何でも、ない。本当に、さえぎる物は何もないんだからな。せいぜい、
椅子の後ろぐらいだけど、そこはすぐ、見たんだ」
「分かったわ。怪しい人影はどこにもなかったのね」
「いよいよ、奇妙な現象ってことになりそうだな」
何がおかしいのか、作ったような声で笑う大室。
「御厨君。警察で発表された以外に、何か気づいたことはないかね?」
「気づいたことですか……。あれも奇妙と言えば奇妙かな」
一人、うなずいている御厨。
「早く話しなさいよ」
「うるせえな。関係あるかどうか、考えてんだ」
礼南が急かすと、御厨は荒っぽい口調で答えた。普段の自分を取り戻したと
言ったところか。
「その判断は私達がするわ。ねえ?」
大室に同意を求める。
「そうだな。頼むよ、御厨君」
「……同じ曲が記録されてたんです」
「と言うと?」
「『CRY−MAX』っていう曲が、七回連続でかかるように機械に入力され
ていました」
「カラオケに詳しいとは言えないんだが、その曲が気に入ってるんなら、七回
連続でも不思議ではないとも思えるが」
高校生二人の顔を交互に見やる大室。
「七回は異常よ」
礼南は即座に否定した。
「たまたま四人の好みがいっしょで、一度ずつ、唱うにしたって、四回で充分。
それが七回だなんて」
「その七回分は、すでに唱ったあとだったのかな?」
大室の質問に、御厨はすぐに答える。
「はい。人気の度合いを調べるため、カウントする仕組みになっていて、分か
るんです」
「『CRY−MAX』七回を唱い終わったあと、四人組は何か唱っていた?」
ふと思い付き、礼南は尋ねた。
「いや……。そう、七回連続のあとは、何も入力されていなかったよ」
「だったら、『CRY−MAX』を七回連続で唱ってから、四人の人達の身に
何かが起こったことになるのね。これ、意味があるのかしら?」
大室の様子をうかがう。
「あるかもしれん。真っ先に思い付くのは、サブリミナル効果だな。『CRY
−MAX』って曲、人気あるのだろうか?」
「大ヒットというわけじゃないですけど、それなりに人気ありますよ。あの店
でも結構、かかっていたみたいだし」
「それじゃあ、サブリミナルの線はないな。他の客にも異変が生じているなら
まだしも、あの四人組だけに変事が起こるなんて、あり得ない」
「サブリミナルの仕掛けがされてたとして、大室さん、事件をどういう風に考
えてるの?」
「現実的に考えてる。つまり……サブリミナル効果によって四人の精神に、あ
る意識が刷り込まれた。『隣の奴をマイクのコードで絞め殺せ』ってな具合か
な。そんな意識に忠実に、四人が行動を開始したとすれば、マイクのコードを
持って、絞め殺し合いになるだろう? 結果、三人が死に、一人はどうにか助
かったが、そいつも精神にダメージが残った」
「なるほど。ボックスの内側から鍵がかかっていたのも、説明つきますね」
光明を見出したか、御厨の声が大きくなる。
「だが、他の客にはトラブルがないってことで、これはないだろう」
「七回連続で聞いて、初めて効果が現れるようなことはないんですか」
「聞いたことないな。例えそういうことがあったにしても、おかしい点が残る。
『CRY−MAX』は当然、CDになってるだろう? そいつの出来を調べる
連中がいるよな。七回ぐらい、悠に聞くんじゃないかね。それに、曲の売り込
みをする場合を考えてみれば、何度も繰り返して聞いている輩はたくさんいそ
うだ。音楽関係者の中に、『CRY−MAX』を聞いた直後、周囲の人間の首
を絞め始めたなんて奴がいれば、話は別だが」
あいにく、そういう話はどこからも伝わってきていない。
「カラオケ映像の方に仕掛けがされたとしても、同じことですよね」
「そうなるな」
行き詰まってしまった。
「他に何かないか。公表されていない情報」
「他ですか。ちょっと気になってるんですが、部屋のテーブルに、砂時計があ
ったんですよ」
「気になるからには、店の物じゃないんだね?」
「もちろん。あのグループが持ち込んだに違いありません」
「砂時計の数は?」
礼南が聞いた。
「一つだけ。かなり大きめだったが、プラスチックの安物だな、あれは。多分、
三分計だと思う」
「カラオケで時間を計るようなこと、あるのか?」
再び見渡す大室。高校生二人は、少し顔を見合わせ、共に首を振った。
「紅茶でも飲むのなら、いるかもしれないけど」
付け足す礼南。
「あと、カップラーメンかサウナだな」
大室は面白くもなさそうに吐き捨てた。
礼南は考えている内に、全然別のことを思い出した。
「四人が何を注文したのか、聞いてなかったわ」
「そうだっけか。四人とも酒だったぜ。女性二人はカクテル。ほら、チェリー
を浮かべたあれさ。男の内、一人はビール。多分、運転役なんだろうな。もう
一人の男は水割りだった」
「アルコールか。もしも酔っ払ったとしても、殺し合うとは思えない」
大室はここでも否定。
「どん詰まりってやつだな」
−−続く