AWC 十三をさがせ 7   陸野空也


    次の版 
#3260/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 4/30  18:51  (198)
十三をさがせ 7   陸野空也
★内容

 白木は恐る恐る目を開き、顔を覆った手のすき間から覗き見た。
「終わったの……?」
 声が震えていた。
「終わりました」
 平然とした口調が返ってきた。
「でも、まだ見ちゃだめですよ。死体を片づけていないから」
「ほんとに……殺したの? ねえ、湯川君……」
 白木は相手の名を呼んだ。
 湯川は無言で何やら作業している。ずるっ、ずるっという音から、殺したば
かりの遺体を引きずっているのだろう。
「もういいですよ」
 振り返った湯川の顔は、サングラスをかけたまま。『何故か』、視界良好ら
しい。
 白木は顔から手をどけ、おびえを隠せない視線で、湯川を見上げた。
「やだな、白木さん。そんなに恐がらないでください」
 斧を地面に置く湯川。着ている服は、ほとんど全面、赤く染まっていた。
「最初に言いましたよね。僕は、あなたに危害を加えるつもりは毛頭ありませ
んから」
「それは聞いたけれど……」
 語尾を濁す白木。突如、殺人者となった仕事仲間に、どんな口を利いていい
のか、その戸惑いがありありと現れている。
「白木さん、松田さん、渡部さんの三人は、関係ありませんからね。殺す理由
がありません」
「どうしても……殺さなきゃいけなかったのかしら……」
 相手の気持ちを推し量りながら、白木は尋ねた。
「許せないと考えていたのは間違いないですよ」
 湯川はけろっとしている。
「月谷のやり方には、もううんざりでした。今度のロケも、最初から気が進ま
なかった。だけど、仕事だと思って……。それなのに、あいつと来たら、また
馬鹿なことを。僕をジュウザの偽者に仕立てて、やらせをするなんて」
「わ、私も、いけないことだとは思っていたわよ。それでも殺そうなんて」
「僕にも不思議なんです。殺そうなんて、今日の夕方までは、考えもしなかっ
た。でも、夜になってジュウザの格好をして、草むらに潜んでいたとき、自分
がおかしくなったような気がします。錆びた鉄の棒を見つけたんですよ。細長
い、建築資材か何かの余りでしょうね。その棒を握った途端、身体の中に何か
が流れ込んできたような……」
 じっと手の平を見つめる仕種の湯川。
「今にして思えば、そうですね、ジュウザの怨念が乗り移ったような感じでし
た。『あいつらを殺さなければならない!』−−そんな強迫観念に執り憑かれ
て、僕は姿を隠しました。見守っていると、おあつらえ向きに月谷がみんなか
ら離れると分かったので、あとを追ったんです。そして……殺しました」
 湯川の告白を聞き、白川は月谷の遺体を脳裏に浮かべてしまった。強く強く、
何度も頭を振った。
「僕が許せなかったのは、例の殺人事件のときから月谷と一緒に働いていた連
中です。だから、そのあともチャンスを待ちました。根室、本庄、遠藤の三人
がみんなから離れて一人になるのを」
「本庄君が目の前から消えたとき……驚いた」
 他に言いようがない。そんな気持ちで口をつぐむ白木。
 月谷の遺体を目の当たりにし、逃げるように山道を走っていた本庄と白木。
先を行く本庄が突然、白木の視界から消えてしまった。立ち止まり、息を鎮め
て、ようやく横手の茂みに引きずり込まれたのだと察した白木は、ジュウザが
現れたのではという警戒感から、そっと覗き込んだ。
 そして彼女は見た。行方不明になったはずの湯川が、本庄を襲う場面を。
 本庄の抵抗に苦労したようだが、どうにか相手の喉を斧で切り裂き、仕留め
ることに成功した湯川。
 その憑かれたような気迫に、白木は当てられてしまった。動けないでいる白
木へ、本庄から声がかかる。普段仕事場で使う、控え目で優しい調子だった。
「逃げなくていいです、白木さん。あなたを殺す気はありませんから。でも、
逃げて警察に知らせるとかして、僕の邪魔をするのでしたら、容赦しません」
 −−白木の選択は、おとなしく振る舞う、だった。
 しかし、白木は迷った。湯川が次の犠牲者を求めて、切断した本庄の片腕を
持って、離れて行ったときのことだ。
(この隙に通報は可能だ。月谷らのグループのやってきた行為は許されざるも
のだが、死に値するほどとは思えない。今の段階で湯川を止めさせるためにも、
警察に行こう)。
 白木は決心を固めかけていた。
 だが、予想外に早く、湯川が戻って来た。ために、白木の決意は実行されな
いままに終わった。
「遠藤も殺しました。あとは根室だけです」
 帰ってきたとき、湯川の表情は大願?の成就を前に、うれしそうだった。
 ……今、根室殺しが終わったところだ。
「これからどうする気なの?」
「さあ、どうしましょう」
 再び斧を片手に、湯川は薄く笑った。満足そうな笑み。
「自首してもいいんですが、僕はまだやりたいことがありますもんで。やっと、
月谷の影響下から逃れられるんですよ。好きな仕事ができるようになる道が開
ける。まあ、可能性ですけど、あります。ですから」
 歯車がかみ合っていない。調子外れなまでに丁寧に答える湯川。
「月谷達が死んだのは、ジュウザの仕業ということにしてくれませんか、白木
さん?」
「……拒否すれば、どうなるのかしらね」
 ある程度、返事は予想できた。でも、敢えて尋ねる白木。
「僕を邪魔する訳ですから、死んでもらいます、多分」
「分かったわ」
 湯川の落ち着き払った口調と血走った目から、白木は判断した。彼は本気な
のだと、断定せざるを得なかった。
「そう、そうね。それじゃあ、あなたのその格好を何とかしなくちゃいけない
わ」
 考えながら、ゆっくりと、冷静な口調で喋る白木。
「返り血が着いた服はもちろん、斧とサングラスも処分ね。それに……そうだ
わ。事件をジュウザの仕業らしく見せるため、木林先生に証言させるのよ」
「あの人にまで、事実を明かして協力を求めるのですか?」
 湯川はサングラスを外した。いつもと変わらぬ、やや小さな目が覗いた。
「違うわ。あの人の証言を引き出すのよ。あなたにとって−−私達にとって都
合のいいように。嫌だろうけど、最後の『演出』だと思ってやらなくちゃ。分
かるでしょう?」
「……仕方ありませんね」
 斧を持ったまま、肩をすくめた湯川。
「じゃあ、先に駐車場へ向かいましょう。いつまでもあの先生を一人にしてお
けない。いくら車を運転できないからって、安心できません。歩いて下山され
たら厄介だ」

 慄然。今の湯川と白木には、この言葉がぴたりと当てはまった。
「どういうことよっ、これは!」
 悲鳴にも似て、白木の叫び声が響く。
 痛いような沈黙の空気が流れた。
 二人の前には−−木林の惨殺体。月谷の遺体を目にするのを嫌って、駐車場
へ少しだけ遠回りになる道の途中、木林の遺体は木に持たせかけるようにして
あった。
「知りません」
 ひきつったような青白い顔で、湯川は短く答えた。一寸間の後、さらに続け
る。
「僕が手をかけたのは、月谷だけです。木林先生なんて……殺す理由がない」
 だが、白木は湯川と距離を置いた。
「−−まさか、先生に目撃されて、口封じに殺したんじゃ」
「冗談じゃない! 僕は余計に殺しはしない!」
「し、信用できるもんですか。み、み、みな、皆殺しにする気なんでしょうが。
理由なんかなしに」
「……じゃあ」
 湯川は斧を捨てた。刃が石にでも当たったか、乾いた音がした。
「これでどうです?」
 踏み出す湯川。
「近づかないでよ!」
「何も持ってやしません」
「ま、まだよ。男の力にかなうはずない。その気になったら、絞め殺すことだ
って」
「手を切り落とせってんですか?」
「とにかく、信じられないってことよ!」
「だったら……他の二人を連れてきてください。渡部さんと松田さんとあなた
の三人なら、僕一人ぐらい恐くないでしょう。斧も持って行って」
 斧の柄の部分を蹴り飛ばす湯川。それはうまく転がらなかったので、改めて
手で拾い上げると、白木の手前へとそうっと放り投げた。
「……」
 斧を拾う白木の視線は、湯川から外れることはない。
「あなたが呼んできてください。僕はここで待っています。追っかけるような
真似はしません」
 白木は押し黙ったまま、きびすを返した。
 足早に去る白木を見送り、湯川はため息を吐いた。
 一人になって、冷静に振り返っても、自分のやったことを悔いる感情は起こ
らなかった。
(斧とサングラス、そしてあの鉄の棒のおかげだ)
 今、そのどれもが手元にはない。棒は突き刺したままであるし、サングラス
と斧は白木に渡した。
(あれがあれば、違う自分が出せるような気がする。恐い物が何もなくなって、
思ったまま、好きなようにできる)
 湯川は歩き始めた。目指すはすぐそこの、月谷を殺害した現場。その遺体、
腰の部分から突き出た鉄の棒。
 手を伸ばした。
「あ?」
 右手の甲を石が直撃した。卵大のごつごつした石。湯川は手を引き、左手で
右手を押さえると共に、石が飛んで来た方向を見やった。
(……僕がいる)
 錯覚にとらわれた。
 彼が見た先には、斧を片手にした、長身の人影があった。顔にはどうやら、
メタリックなサングラスらしき物を掛けている。
 一歩、相手へ近づく湯川。距離は五メートル程度か。
「……君は」
 声を出した途端、反応があった。声なき反応。
 影は前へ大きく踏み込むと同時に、斧を振りかぶってきた。かろうじてかわ
す湯川。かわしたと言うよりも、偶然、当たらなかったとする方が適切かもし
れない。
「何を」
 思わず、言葉が口をつく。しかし、その瞬間にはもう既に、湯川は敵の正体
を悟った。
(ジュウザだ。木林先生を殺したのは、恐らく……)
 考えている間にも、相手は動きを止めない。再び戻って来た斧の先端が、不
用意に突き出していた湯川の左手にぶち当たった。
 やばい。つばを飲み込んだ湯川。
(武器!)
 影の動きに注意しつつ、目を素早く左右に走らせる。見つからない。じりじ
り後ずさり。あった。湯川が最初の殺人に用いた鉄の棒。力任せに引き抜いた。
月谷の首なし死体が、がくりと崩れ落ちる。
 間合いを詰めた影が、斧による再度の攻撃。
 その瞬間、湯川は棒で応戦。金属同士がぶつかり、火花が散る。ほんのわず
か遅れて、激しい音。
(な、何て力だ)
 手がしびれる。湯川は棒をがっちりと持ち直し、相手に向けて、まっすぐに
かまえる。二メートルほどある鉄の棒により、斧を持った殺人鬼も否応なく間
を取らざるを得ない。
(人並みに止まってくれたか。さっきの馬鹿力で来られたら、こんな棒、弾か
れる。何とかしないと……。このまま突き刺そうにも、体格は向こうに分があ
る。せめて、あいつを何かに押し当てないと。だが、岩壁まで持って行くのは
難しい)
 難しいと思いながらも、彼は行動を起こした。今、岩の壁は湯川の左側にあ
る。湯川が円を描くように右へ動けば、もしかすると、影は右−−湯川から見
れば左−−に移動するかもしれない。
 が、影は動じなかった。勝手に動くなとばかり、乱暴に斧を振るう。棒先に
触れ、二度目の金属音がした。
(だめだ。先手しかない。そして)
 棒の先を敵の顎に定め、湯川は身体ごと突進した。
 斧で棒を払う影。
(今だ!)
 棒を右手に保持したまま、全力でタックル。このまま相手を組み伏し、大地
に押しつけたところを串刺しにする。それが湯川の考えた作戦だった。
 しかし−−。

−−続く




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE