AWC 十三をさがせ 6   陸野空也


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#3259/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 4/30  18:48  (198)
十三をさがせ 6   陸野空也
★内容

「やっとこさ、当初の目的は達した訳か。さて、俺の方は」
 影との間合いを計る渡部。
「ま、セオリーに倣えば目玉を狙うところだが……」
 渡部は敵の頭部を見上げた。暗くて判然としないが、噂の通り、メタル系の
サングラス状の物で目を覆っているのは確かなようだ。
「あそこを撃って、効くかねえ」
 相変わらず、喋り続ける渡部。そうでもしていないと、精神的に追い込まれ
かねないからだ。
「まずは顔を拝ませてもらうか」
 サングラスを飛ばさんと、石を放った。
「あ……あーあ」
 命中はしたが、弾き飛ばせなかった。後頭部の方で固定されているのかもし
れない。
 やばいな−−もはや声にならなかった。渡部はじりっと後ずさり。
(一撃食らわしといて、逃げるっきゃねえか)
 息が荒くなっている自分に気づく。吹っ切るために強く頭を振って、最初に
見つけておいた大きな石を持ち上げた。
「ほらよ!」
 渡部はフェイントをかけた。斧で弾かれることを警戒し、そのまま投げずに、
アンダースローで影の向こうずねを狙う。
 かぼちゃほどの大石は見事、狙い通りに命中した。
 が、渡部はその成果を見届けず、一目散にその場を離れた。とても道とは呼
べないような薮中を、かき分けかき分け、泳ぐように進む。
 最初こそ勢いもよかったが、すぐに疲れが来た。がくんとひざが折れ、動き
を止めたときには、汗まみれになっていた。
「て、ててて」
 両手が傷だらけになっていた。首や頬の辺りもちりちりする。葉っぱで切っ
たのだろう。
「見えねえ」
 これまで来た道を見通す渡部。あの襲撃者−−恐らく殺人鬼のジュウザ−−
が追って来る気配は感じられない。
「松田のお嬢ちゃんとは逆方向に逃げたのに……おびき寄せられなかったか?」
 不安になる。松田が捕まってしまえば、助けを求める手だてが断たれる。
(俺が月谷のところに知らせに行こうにも……ここはどこだ?)
 渡部は、自分が今いる位置が分からないでいた。無我夢中で逃げたため、正
確な場所はおろか、先ほどまでいたかつての事件跡よりも高地なのか低地なの
かさえも不明だ。
「街の灯が見えるってのに、馬鹿げてる」
 唾を吐き捨てる。何だかじゃりじゃりと、砂でも混じった感覚があった。
「死ぬかもな」
 パチンコ片手に、自嘲気味に笑った。腰を下ろした周りには、小石は少なか
った。土くればかりだ。
(長い鉄パイプでもあればなあ)
 武器がないのは痛い。動く勇気を出しにくくなっている。
(パチンコの他は……鍵、予備のバッテリー、煙草、ライター。ん? 露出計
がねえな。どっかで落としたか。まあ、あんな物はどうでもいいが。山火事で
も起こせば、下の人間も気づくかもな。その前に、俺自身も火に巻かれちまう
可能性大だが。……松明でも作ってみるか。くそっ、油があれば一発で倒せる
だろうにな!)
 そこまで考えていた渡部だったが、次の瞬間、背中を強大な力で押された。
「え?」
 何がと思う間もなく、前のめりに突き倒される。押された背骨の辺りが、ま
るで火が着いたかのように熱く、痛い。
(ジュウザ? いつの間に?)
 どうにか体勢を立て直そうと、肩越しに後ろを見た。そこには、先ほどの敵
よりもさらに大きな影が立ち尽くしていた。
「げ」
 渡部は自分の運のなさを呪った。
 その間にも、巨大な影は右手−−いや、右の前足を振りかざし、人間へ攻撃
を加えようとする。
 そう、渡部が遭遇したのは、まぎれもなく熊であった。ふーっ、ふーっと、
いかにも獣らしい荒い息をしている。殺人鬼に気を取られ過ぎて、不覚にも渡
部は聞き逃していた。
 己の身体の下敷きになった両腕を引っぱり出し、パチンコで応戦しようとす
る。しかし、背骨が既にいかれてしまったか、思うように身体が動かない。
「畜生っ」
 うめきながら、土を蹴る渡部。熊相手に抵抗しようとしたのではない。斜面
を転がり、少しでも離れようとしているのだ。
 茂みの中だったが、幸いにも大きな木はない。背骨に加え、全身に痛みが生
じたが、二メートル近く転がれた。
 仰向けになって止まる。これでパチンコを撃つことができるが……。
「手が……しびれてるぜ……」
 あきらめにも似たつぶやき。今の渡部に、石を拾うことはできない。たとえ
拾えたとしても、撃てないだろう。さらに言えば、正確に撃てたとしても、熊
を撃退するのに一発では足りまい。
 熊との距離が、再び狭まった。
(ライターも取れん、か。……終わりだな)
 渡部は、徐々に近づいてくる熊に、笑みを投げた。
「……死んだふりなんか、できやしねえぞ」
 それが渡部の最後の言葉となった。
 鋭い爪は人の肉を切り裂き、太い牙は骨を砕いた。

 松田は今、目にした光景を信じられないでいた。そしてそれ以外、何の思考
すらできない。
 −−ばらばらになりそうなほど痛む身体にむち打って、必死の思いでたどり
着いた駐車場。そこには誰の姿もなかった。それだけでも狼狽するのに充分で
あった。
「月谷ディレクター! どこにいるんですか? 木林先生も……」
 必死に声を張り上げても、応える声はなし。
「白木さん、本庄さん! いるんでしょう? 大変なんです! ジュウザが出
たんです!」
 道すがら、白木と本庄の二人に会うこともなかった。さらに不思議なことに、
根室にも出会っていない。
(必死だったから、知らない内に追い越した? まさか)
 とにかく皆に知らせないと。そんな使命感で、彼女は動いた。そこらを探す
ため、裸足のまま歩く。靴なんか、とっくの昔に脱げ落ちていた。ストッキン
グもぼろぼろだ。
 髪が顔の前に来て、視界が極端に悪い。そのため、彼女はそれを発見したと
きも、すぐには何も感じなかった。両手で髪をなで上げ、目をしっかり見開く。
 それは信じられない光景だった−−。
 松田は、赤に塗りたくられた岩肌の前で、ぺたりと座り込んだ。その喉の辺
りの筋肉が、ひくひくひくと、痙攣を繰り返している。
 ざざっ。遠慮の感じられない−−あるはずもない−−耳障りな音と共に、奴
が姿を現した。
 だが、松田貴恵は顔をそちらへ向けただけで、他に何もできなかった。
 ワンテンポ遅れて、思考の回路が開通した。
(こんな風に殺されるんだわ。はは、はは)
 心中の笑いが、声にも出る。やがて彼女は抑揚に乏しい調子で、「はは、は
は」と笑い始めた。
 わずかな間、影は動きを止めた。女が急に笑い出したのを見て、警戒したの
だろう。罠かもしれない、と。
 不可思議な空間であった。
 血塗られた岩壁には、串刺しの首なし死体。その足下には砕けた頭部。
 死体の手前にへたり込む女は髪は乱れ、目もうつろ。口を開けて、淡々と笑
い続けている。
 それらを見据えるは、斧を携えた巨大な人影。殺人鬼。
 時間がいくらか経った。影は、安全を確認できたとばかり、力強い一歩を踏
み出した。
「−−ジュウザが迫って参りました」
 突然、松田は口を動かした。右手を胸の前に持って行き、実況中継でもして
いるかのようだ。
「確かに、殺人鬼は実在していました。視聴者の皆さん、ご覧になれるでしょ
うか? あの強靭そうな肉体。神話の英雄、ヘラクレスを想像させます。腕の
筋肉などは、横綱やプロレスラーもかなわないかもしれません。ああ、どんど
ん近づいてきています。あ、今、確認できました。唯一の生き残った方の証言
通り、メタルっぽいサングラスをかけています。ですから、目の表情は読み取
れません。一体、どんな恐ろしい目をしていることでしょう? 血走っている
のでしょう。いえ、平気で人を殺すんです。首を跳ねるんです。きっと、あは
は、クールで切れ長な」
 影は松田の髪を鷲掴みにすると、一気に引っ張り上げた。髪がちぎれること
もなく、宙ぶらりんになる松田。
「つ、つつかまってしまいました。こんな、凄い、凄いです。凄い力です。見
てください。私の身体が軽々と……体重はお教えできませんが、とにかく、怪
力です。−−頭、痛い! こ、こんなの……約束にないよぅ」
 松田はぶら下げられたまま、ぼろぼろと泣いた。一瞬の内に正気に戻ったの
か。いや、そうではなく、彼女はまだテレビの実況の途中なのだ。最初に聞か
されていた話と違う目に遭わされ、抗議しているのだ……。
 影は、ついに斧を奮った。手始めにという風情で、松田の右手首から先を切
り落とす。吹き出した血が辺りの土を汚していった。転がった手首は、マネキ
ンのそれに見えないこともない。なかなかきれいな肌をしていた。
 にも関わらず、彼女の方は、マイクをかまえた格好を崩していない。痛みの
あまり、反応が逆に鈍っていた。
 松田の反応が気に入らなかったのか、影は苛立たしげに斧を彼女の胸に叩き
込んだ。その一撃はしかし、力一杯のものではないようだ。右手を空けるため、
斧を引っかけた。そんな感じである。
「ぐっ、う!」
 それでも強烈な一撃には違いない。松田の喋りがストップした。胸板を割ら
れた結果の血が気管支を逆流し、喉を嫌でも満たしていく。ごほごほ、ごぼご
ぼと喉が鳴った。
 影は右手の人差し指と中指を揃えて伸ばすと、松田の右目に押し込んできた。
 があ、という「悲鳴」が、松田から上がった。口からは、ぼたぼたと血がこ
ぼれる。
 蒸した栗の中身をスプーンで繰り出す手つきにも似て、影はその指先を動か
した。あっけないほど易々と転がり出た眼球。
 それを手に、影は一時、思案−−この丸い物をどうするか?−−したようだ
ったが、すぐに結論を出した。影は、松田の口中へ彼女の右眼球を押し込んだ。
 既にうめき声しか上げなくなっていた松田は、ぽっかり空いた右の眼窟とう
つろな光を宿す左目とで、ぼんやりと影を眺め上げた。
 そんなことにはかまわない態度で、影はさも当然のごとく、指先を松田の左
目へと向けた。
 目に小さなごみが入っただけで、気になって仕方がないものだ。コンタクト
レンズのような薄く小さな物でさえ、痛くてたまらないときがある。では、人
間の指を二本、ぐいぐいと差し込まれたら、どんな激痛になるのか。やられた
ことのない者には計り知れない。
 視界を失った松田は、再び、口を無理矢理こじ開けられるのを感じた。そし
て押し込まれた丸く、生暖かい物。
(ああ……左の目ね)
 軽く舌で転がそうとしたが、逆流してきた血でべちゃべちゃの上、二つも眼
球を押し込まれたのだ。とてもうまく行くはずがなかった。
(……そうか、分かったわ)
 痛覚が麻痺しかけていた松田は、遠くなる意識の中、納得した。
(私、喋りすぎたのね。だからジュウザ『さん』、怒っちゃって、目玉をくり
抜いたんだわ。これじゃあ、実況のしようがないものね)
 影が斧に手をかけた。そのまま、まっすぐ、下方向へ切り裂く。
 甲高い声。松田の叫び声は、もはやどうにも聞き取れなくなっている。
 腹を比較的深く切り裂いたためか、内臓の一部が出かかっていた。人間の、
さして大きくないお腹に詰め込まれた内臓は、もしも出口が開けばいっぺんに
飛び出してしまう。その一歩手前で、かろうじて踏みとどまっている段階だ。
 内臓の臭気はお気に召さないのか、腹の傷をそれ以上広げようとしない影。
 もう飽きた。そんな感じで、影は改めて斧を横にかまえた。ちょうど、松田
の首を狙える高さ。無論、目を失った松田に、影の動きが見えるべくもないが。
 そして斧が振り抜かれた。
 げえ、という奇妙な音と共に、松田の身体は喉仏を支点に折れ曲がった。細
長いゴム消しゴムを、手でぐにゃりと曲げるような具合だ。
 ここまで来て不運にも、松田の首は一度で跳ねられなかった。三分の二ほど
を切られ、止まっている。
 影はそれを面白く感じたらしい。斧を、今度は松田の左肩、肩甲骨の付近に
ぶち込むと、両手で松田の髪の毛を掴み直した。そしておもむろに、手を上下
に振った。当然、松田の身体は揺さぶられる。
 びじ、びじ、と嫌な音が続けて起こった。中途半端に切り開かれた松田の喉
から、血しぶきが飛び散る。そしてその傷口は、どんどん広がっている。
 最後の一振りとばかり、影は大きく手を上下させた。
 どん。
 松田の肉体は首から上と下に分かれ、影の手元にはざんばら髪の頭が残った。
眼球をなくした暗い穴が、不気味さを際立たせていた。

−−続く




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