#3258/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 4/30 18:45 (200)
十三をさがせ 5 陸野空也
★内容
(トラブル続きだな)
皆から離れ、遠藤は我が身の不運を呪いたい気分になっていた。細い林道を、
だらだらと行く。何度か分かれ道に出くわし、適当に曲がっていたから、自分
のいる位置がよく分からない。戻るときはただ、上へ上へと行けばいいのだが。
(前だって、ディレクターはいい目を見たかもしんないけどよ。下っ端にはな
かったぜ、何も。あれ以来、完全に『月谷組』扱いだし。俺、他のとこでも働
いてみたいのに、これじゃあいつまで経っても照明係。嫌になっちまう)
などと心中で愚痴をこぼしていたところ、いきなり何かに蹴躓き、見事なま
でにうつぶせに転倒してしまった。
「い……てててて」
じーんとしびれている身体前面。収まるのを待ちきれず、遠藤は膝を立てた。
「っきしょー! 何だよ、えー?」
呪詛の言葉を吐き、後方を振り返る。何に躓いたのか、見極めるためだ。
木の根っこのような太さの物があった。
「くそっ」
無意味だと分かっていながら、蹴りを入れずにはおられない。遠藤は木の根
らしき物へ近づいた。
「くそっ、これでも−−」
力一杯に蹴飛ばそうという段になって、様子がおかしいとに気づく。
「根……じゃねえ」
目を凝らすと、彼を転ばせたそいつは、赤みがかっていた。赤色をした根っ
この存在を、彼は耳にした覚えがない。
さらにその先端は楓の葉のごとく、五つに割れている。他に枝分かれはない。
「……手だ」
ようやくそれが人間の腕だと認識できた。手の平を上にして、だらんと横た
わっている。だが、何故、こんな地面に人の腕があるのかまでは、依然として
理解できない。脇の方へと視線を移す。
肩から向こうはなかった。
「何だ、作り物か」
遠藤は驚きかけた自分を恥じるように、薄笑いを浮かべた。そして、誰か見
ている訳でもないのに、自分が平気であることを示そうと、腕を拾い上げた。
重いじゃないか! それが真っ先に受けた印象であり、驚きだった。同時に、
手にぬっとり、濡れた感覚が起こっている。
「ま、まま、まさか」
腕を放り出し、自分の手の平を見つめる。赤い物が付着していた。
(血……だぜ)
すぐに匂いを嗅ぐことをやめた。腕の切断面を見る勇気も、とうに失せてし
まっていた。息を殺し、少し離れた位置に転がる腕を、じっと見つめるだけだ。
しばらくして、遠藤は自分が落ち着いてきたと思った。
(誰の手なんだ?)
まず、そんな疑問が浮かんだ。皆に知らせようとか、近くに犯人がいるかも
などとは、微塵も考えなかった。
「へへ。俺は勇気があるんだぜ」
そう口にすることに効果があったかどうか。ともかく、再び腕に触れた遠藤。
(男の腕には間違いないが……湯川か?)
暗いのと、記憶が定かでないのとで、断定しかねる。
(湯川の腕であってもなくても、緋野山の殺人鬼が現れたとしか……)
やっと、その可能性にたどり着いた。途端に、身体に震えが来た。
「じょ、冗談!」
足腰を奮い立たせ、この場を立ち去ろうとする。足下のでこぼこも意に介さ
ず、一刻も早く合流せねば。その考えで頭が一杯になる。息が早くも乱れてき
た。少しだけスピードを落としたその途端、右肩に痛撃を感じた遠藤。
「がっ!」
短くうめいて、その場に、今度はあおむけに転ばされる。
熱さを感じて、右肩に手を持って行く。ぬるぬるしていた。
「ジュウザだ!」
叫んだつもりの遠藤だったが、実際に喉から発された声は、かすれていた。
しかし、それに呼応するように、茂みの葉をかさかさ鳴らし、巨体の持ち主
が現れた。巨大な影。倒れたままの遠藤の正面に仁王立ちすると、何の前触れ
もなしに手を振り上げる。
「げ」
遠藤は見た。相手の右手に斧が握られているのを。
「助け−−」
斧が落とされた。しかし、狙いが狂ったのか、その刃は遠藤の側頭部に命中
するにとどまった。ちょうど、左耳をそぎ落とそうとする形である。
「い」
痛いと叫ぼうとした遠藤の口に、拳が真正面から飛んで来た。むやみやたら
に殴りつけてくる。
最初は抵抗を試みた遠藤だが、下になっている不利もあって、絶え間ないパ
ンチの雨に、首をがくんと後方に傾けざるを得なくなる。無論、声は、うめく
のがやっとになってしまった。
いつの間にか、相手の巨体が馬乗りになっていた。影は遠藤の身体の上で、
じっくりと狙いを定めるかのように、斧をかまえた。
「死んでくれ!」
朦朧とする意識の中、遠藤はそんな声を耳にしたような気がした。
どこかで聞いた覚えが……。斧が振り下ろされてくるのを、『何となく』意
識しつつ、彼はそんな気がしてならなかった。
−−今度の一撃は、遠藤の頭頂部を直撃した。ぼろ切れのように引っかかっ
ていた遠藤のバンダナが、何故か切断されることなく、その持ち主の頭の中へ
と消えていった。
「どうなってんだよ、おい」
根室は煙草を投げ捨て、それを踏みつける勢いで立ち上がった。いらいらし
た様子を隠さない。
「あの二人、どれだけ待たせるつもりだ? 帰って来んぞ」
月谷の元へ報告に向かった白木と本庄は、一時間近く経った今も戻らない。
「ディレクターともめているのかも……」
小さな声で松田。根室の剣幕に遠慮しているせいか、湯川がいなくなった不
安のためか、はた目には分からない。
「それにしたって、ひどいぞ。放ったらかしか、俺達?」
この場の三人の中では自分が一番上という意識でもあるのか、根室はぞんざ
いな口調である。
「飯もまだですしねえ」
渡部が言った。マイペースを崩すことの少ない彼も、空腹はこたえるらしい。
「何時だ?」
「七時前です。六時五十七分」
左手の手首を返し、答える松田。
「ゴールデンタイムだな。一家団欒、楽しいひととき」
何の皮肉か、根室がつぶやく。次に断を下した。
「じれったい。こっちから行くぞ」
「でも、湯川さんが」
そう唱えたのは、やはり松田。肌寒くなってきたようで、自分の二の腕を抱
いている。
「遠藤君もどこかに行ったままですし」
「あいつのことだ、勝手に一人で引き上げちまったんじゃないかな」
渡部が半ば、決めつけるように言った。
「どちらにしても、湯川さんのことがありますから、誰かが残らないと」
「そんなに言うのなら、君一人で残るかい?」
意地悪げに笑う渡部。根室の方は、どうでもいいとばかりに、片足でかたか
たと音を立てている。
「私一人、ですか……?」
顔を曇らせると、松田は不安で一杯の視線を渡部に向けた。
「むろさん、一人で行けますか?」
「お、何だ? ナイト気取りかい、べーさん?」
「だって、置いて行けんでしょう、この子だけを。とりあえず、むろさんだけ
行ってください。形だけでいいから湯川のことを報告して、月谷大先生の許可
をもらってくださいよ。それを伝えに、誰かをよこしてくれれば、納得するで
しょう。なあ、松田さん?」
「え? あ、はい」
松田が戸惑ったような返事をしたのを機に、根室は足を一歩、進める。
「べーさん、妙な気を起こすんじゃないぜ!」
「ご冗談を」
渡部のシニカルな笑いに送られ、根室は夜の山道を下り始めた。
松田貴恵は、渡部が急に茂みへ向かい始めたのを見て慌てた。
「どこへ行くんですか?」
渡部からは「小便だ」と、大儀そうな返事。
「あんたも来るか?」
「い、いえ。遠慮します」
赤面して下を向く松田。暗いから、顔色の変化は相手に見えなかっただろう。
「早く戻ってください」
「分かってる」
後ろ向きのまま手を振ると、渡部は完全に見えなくなった。彼を見送りなが
ら、松田は思った。
(向いてなかったかも)
ため息が出る。
(仕事は楽しいけれど、この特有の乗りみたいなのが、肌に合わない感じ……)
思考が途切れた。背後で音がしたのだ。
「? 渡部さんですか」
方向が違うのを訝しみながら、松田は振り返った。反応はない。
「まさか……湯川さん?」
他にも、この場にいないスタッフの名前が浮かぶ。
その直後、物音を立てた主が正体を現した。それは、松田が想像していたど
れでもなかった。
「−−」
声を出す前に、松田は強い力で地面に叩きつけられた。骨がどうにかなった
と思える、びりびりした痛みが全身に走る。
「ひ」
極短い叫びを上げて、松田は痛む身体をねじって、襲撃者の姿を確認しよう
と試みる。とにかく大きな人影が見えた。それだけで充分だった。
「誰か! 助けて!」
甲高い声が響く。その間にも、影は迫っていた。
「誰か……渡部さん!」
「どうしたあっ!」
渡部の声が、松田の叫びと重なった。
「熊か?」
どこか遠いところからのもののように聞こえる。
「ち、違います」
仰向けの状態で、必死に後ずさる松田。影の動きは止まっていた。渡部の声
を耳にし、戸惑いを覚えているように見受けられる。
「さ、殺人鬼です! ジュウザ!」
「何だって」
やっと姿を見せた渡部。彼のいる位置は、松田の左斜め後方といったところ
か。開けた光景に、今までいなかった不気味な影が存在していることに、驚き
を隠せない様子。
「こいつは……」
言ったきり、きょろきょろと忙しげに首を巡らす渡部。すぐさま彼は、手近
の木の枝を乱暴に折り取った。が、そのしなり具合を確かめたかと思うと、あ
っさりとそれを捨てる。そして次には、かぼちゃ大の大きな石を取り上げた。
「勝てるとは思えんな」
自嘲気味に笑う渡部。
不幸中の幸いか、影は、どちらに的を絞ろうか、まだ思案しているようだ。
「松田貴恵!」
「はい!」
フルネームで呼ばれ、松田は素早く反応した。
「動けるか? 俺がこいつを引き付ける間、車のところまで行け! いいな!」
「や、やってみます」
思い切り手を突っ張り、身体を起こす。影の方を振り向かず、そのまま走り
出そうとした。だが、腰砕けになってしまった。膝がひりひりするのは、すり
むいたのかもしれない。
影も動いた。逃げようとする松田に狙いを定めたか、大股で迫り始めた。
「しっかりしろ!」
渡部は叫びながら、石を投げつけた。先ほど拾った物ではなく、つぶて程度
の大きさだ。ぱらぱらっと音を立て、影の背中に当たった。
影はつぶてに気づいたのか無視したのか、渡部には目もくれない。
「これぐらいじゃあ、だめか」
自分を落ち着かせるような物言い。
そして渡部は、Y字型の武器を取り出した。いつの間に準備したのか、それ
はパチンコだった。木の枝と機材補修用のゴムテープとで急ごしらえした物だ。
「リハーサルなし、ぶっつけ本番、か」
己に冷静さを強いているような、渡部の声。彼でなくとも、若手のアナウン
サーなんか放っておいて、逃げ出したいところが本音だろう。
さすがにゴムを引く時点で、渡部は押し黙った。石をあてがったゴムをぴん
と引き、狙いを定める格好で腕を前方へ突き出した。
発射。鋭い音がすると共に、影が渡部へと向き直った。肩口を押さえている。
予想以上に、手製のパチンコの威力は強いらしい。
影が渡部に向かった隙に、松田は起き上がり、声も出さずに道を下り始めた。
−−続く