AWC 十三をさがせ 4   陸野空也


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#3257/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 4/30  18:42  (200)
十三をさがせ 4   陸野空也
★内容
 木林の鼻の下に、横向きにヒットする刃。衝撃で、木林の眼鏡が吹き飛ぶ。
乾いた音がした。
 斧は止まることなく、掘削機のように顔面奥へ突き進み、尾骨と上顎部分と
の間に、大きな亀裂を作った。喉仏を前にして、刃は方向を転じ、真下に向か
った。影がスナップを利かせた結果だろう。
 斧はそのままの方向を維持し、一気に振り抜かれた。
 木林はもはや、我が身に何が起こっているのか、全く把握できないでいた。
 ただ、彼の目−−視界が利くのは右目だ−−は、地面に転がった、入れ歯の
ような物を確認し得た。真っ赤なそれは、ついさっきまで、木林の顔について
いた物。つまるところ、彼の上顎と下顎だった。
 長い時間をかけて、ようやくそれだけを認識した木林は、大声で叫ぼうとし
た。が、上顎と下顎、それに舌を失った彼に、どうして声を発せられようか。
特別な訓練を受けない限り、発声することは不可能だ。もちろん、木林は普通
の発声法しか身につけていなかった。
 それでも、まだ生きる執念はあった。血を止めようと、顔にできた大きな大
きな傷口に、両手をあてがう。だが、指の隙間−−左小指を失ったために一つ
少なくなった隙間からは、絶え間なく血が滴り落ちる。
 そして、木林のその空しい努力も、影によって中止させられることになる。
影は斧を持っていない方の手一つで、木林の両手を、万力のようなじわじわと
締め上げる力で固定した。ぼきぼきぼきと音がしたのは、指や手の甲の骨が折
れた音だろう。
 そんな些事にはかまっていられないという素振りで、影は木林の両手を傷口
から引き剥がした。木林の手に、もう力は入らなかった。ただ、だらんと垂れ
下がるまま。手の甲から白い物が飛び出し、そこが徐々に赤く染まる。
 再び現れた、顔面にできた丸い穴。影は斧を持った方の手で木林の髪を鷲掴
みにすると、何を考えたのか、もう片方の手で地面から小振りな石を拾い集め
始めた。必要な分量は、すぐに揃ったらしい。
 それからいきなり、影は木林の顔面の「補修」に取りかかった。かつて口だ
ったところにできた丸い穴に、小石を詰め込み始めたのだ。
 一杯に詰め込んだところで、影は右手で拳を作ると、大きなモーションから、
石が詰まった穴めがけ、一気に殴りつけた。
 ぷしゅ。
 奇妙な音が、小さく起こった。木林の後頭部、延髄の辺りから、数え切れな
い量のつぶてが飛び出す。血にまみれたそれらは、木林の背後に立つ大木の肌
にぶつかると、次々に赤い斑点を描いていった。
 しばらくして、木林の−−死を迎えたばかりの−−身体そのものもゆっくり
と、木にもたれかかった。それはすぐに、ずるずると沈んでいき、ただただ、
血溜まりを地面に広げつつある。
 木林の頭部は、もはやほとんど残っていないと言ってよかった。しかし、影
は、首を切断することに執着があるらしい。倒れた木林の遺体を左手でまさぐ
り、首の位置を触って確認すると、改めて両手で斧をかまえた。
 ざく。
 あまり手応えがなかったような音だった。それでも、影は木林のべとべとの
髪を乱暴に掴むと、無造作に引っ張った。さながら、草むしりでもするかのよ
うに。さらに、手にした首を退屈そうに何度か振り回し、これもまた無造作に、
正面の大木に叩きつけた。
 トマトが潰れたような音がした。頭の大きさを平常の半分程度にされていた
ためか、木の皮にできた染みも、トマトでも潰した跡に似ていなくもない。
 『スイカ』に続いて『トマト』が潰れた。

 斜面を少し登った位置で、難しい顔の白木は腕を組んでいた。
「見つからないぜ!」
 カメラを置いて湯川探索に加わっていた渡部が、声を張り上げる。
「滑っただけなら、こんなに見つからないはずないわ」
 つぶやいた白木は、ADの根室を見つけようと、頭を動かした。
 月谷がこの場を去ってから、根室はすっかり責任者−−一番『偉い人』−−
気取りで、ただずっと見ているだけであった。
「根室さんっ」
 白木の言葉は勢い、きつくなった。
「どうした?」
「これだけ探して見つからないなんて、異常事態かもしれません」
「おいおい、滅多なことを口にするもんじゃないよ」
 ありがちな反応をよこす根室。煙草を吹かしていれば、事態は好転すると決
めてかかっているようだ。
「大方、転んで頭を打って、意識を失っているんだろう」
「だったら、その場から動きはしないんだから、すぐに見つかるはずです。で
も、現実は違います」
「……」
 迫力に気圧されたか、黙った根室は煙草を木の根に当てて、もみ消した。
 白木は苛立ち紛れに頭を振った。
「湯川君が自分で姿を消すなんて考えられないから、何かアクシデントがあっ
た。そう考えてしかるべきと思いますけど」
「……どんなアクシデントがあると言うんだね?」
「分かりません。ですが、ここは緋野山ですわ」
 『緋野山』に強調を置いた白木。
「ジュウザが現れたのかもしれません」
「まさか」
 一笑に付す根室。その台詞が強がりから出たものとも受け取れそうな、無意
味な笑みがあとに続く。
「いるはずない」
「私達の番組のタイトルは何ですか?」
 白木は改まった口調で、根室に尋ねる。
「あ、ああ」
 答えずに、曖昧にうなずく根室。
「し、しかしだねえ、分かるでしょ。洒落みたいなもんじゃないか、えぇ? 
違いますか。そりゃあさあ、ジュウザが見つかってくれたら、視聴率を稼げる
どころか、表彰もんだけど」
「番組の成否の話をしたい気分じゃありませんの。この山がかつて、惨劇の舞
台であったという現実。忘れないでください」
 皮肉っぽい口調から真面目な口調へ。白木は使い分けしながら、根室に詰め
寄った。
「警察へ届けましょう」
「それは……俺の一任じゃ、どうにもならない。月谷さんに」
「分かりました。湯川君を捜すのは一旦、打ち切って、全員で月谷さんへ話に
行く、これでいいですね?」
「そんなことやっても無駄だろうなあ」
 第三の声が割って入ってきた。そちらを振り返ると、本庄がしきりに髪をか
き上げながら、立っていた。
 理由を白木が聞く。
「どうして」
「月谷さん、面倒を嫌うから。特に警察なんて、ただでさえ毛嫌いするところ
へ、前のトラブルがあったからさ。言いに行っても、絶対に、撮影続行!だよ」
「私も同感ね」
 あっさり認める白木。
「けど、このままにもしておけないでしょうが。報告だけしておいて、それを
どう処理するかは、あの人の責任よ」
 気がつけば、いつの間に集まったのか、スタッフ全員が揃っていた。
「結構、白木さんも無責任な発言をするね」
 カメラマンの渡部が、からかい口調で言った。
 その言葉を意に介さず、白木は口を開いた。
「警察に行かないってんなら、私は捜索を続けるわよ。何かあったとき、責任
を取らされるのはごめんだわ。それだけね」
「誰が知らせに行きます?」
 松田貴恵が、不安げな声を発した。
「俺、パスね」
 渡部が真っ先に言った。
「カメラで収めろって言われたからな。今は録ってないが、形だけでも仕事し
ていることにしとかないと」
「じゃあ、僕もですね」
 うれしそうにする照明の遠藤。
「そんなこと言い出したら、きりがないでしょうが。私が行くわ。それから念
のために……本庄君、来て」
「自分ですかあ」
 露骨に嫌そうな声を上げると、本庄は長髪を仕切りとかき上げた。
「ボディガードよ。映画観て、憧れていたじゃない」
「それとこれとは……。ジュウザが出たらすぐに逃げますよ」
 冗談めかす本庄。結局、渋々といった態度ではあるが、白木についていくこ
とになった。
 直面する問題がうっとうしく、別段、話題もなかったので、二人は車を置い
た場所を静かに目指した。その途中−−。
「いないぜ」
 マイクロバスを覗き込み、首を振る本庄。
「こっちも」
 普通乗用車の方に回っていた白木は、異変を感じていた。
「バスのエンジン、かけっ放しなの?」
「そうですよ」
「二人とも、どこに行ったのかしら。コテージに向かった訳じゃなし……」
「まさか湯川を探しに行ったとは思えないし、小便でしょ」
「そうかもしれないけど……何かおかしい。携帯電話、使える?」
「ありますけど、山の中じゃ使えないから、こうして歩いてんじゃないすか」
「違うわよ。警察に電話。やってみて」
「ええ? 大げさな。いなくなったのは、湯川一人……」
「それだけで充分よ。それに、月谷さんと木林さんもいないじゃない」
「白木さん、それは性急すぎる。そういうことは、せめて五分ほど探してみて
から言ってくださいよ」
 本庄のその言葉を待っていた白木は、笑みを浮かべた。
「だったら、探しましょう。一人になるのは危険だから、一緒にね」
「……いいですよ」
 うまく乗せられたと気づいたか、本庄はため息をついた。
 そして……月谷らを探し始めて、ものの二分と経たない内に、白木達は惨状
の発見に至った。
 串刺しにされた遺体は、月谷の服装を身に着けていた。それを目の前に、言
葉をなくした白木と本庄は、まさに転がるようにその場を立ち去ろうとした。
「き、木林先生はどうしたのかしら」
「知りませんよ! やられちまってるって。早く逃げましょう。ここにいたら、
やばいっすよ!」
「え、ええ、そうね。−−あ、待って」
 息を切らしかけた白木は、あることを思い出して、立ち止まった。
「な、何ですか、白木さん! いいい急がないと」
 本庄の態度は、仲間の心配をする以上に、自分の安全を考えるように受け取
れなくもない。
「で、電話よ。警察に、電話、してみてっ」
 はっとした顔つきになって、本庄は携帯電話を取り出した。取材の過程で、
地元警察の電話は、スタッフ全員の知るところになっていた。
「あー、だめ。だめだ。つながらない」
「それ、それじゃ、仕方ない……わ。急ぎましょ」
 二人は再び、夜道を走り始めた。

 四人−−根室、渡部、遠藤、松田−−は、湯川の捜索もやめ、手持ちぶさた
にしていた。捜索を中断(打ち切り?)したのは、照明をいつまでも点けてい
たらバッテリーがもったいないという、根室の一言で決まったことだ。
「遅いなあ」
 バンダナをもてあそんでいた遠藤は、辛抱できなくなったらしく、その場で
立ち上がった。そのまま歩き始める。
「どこへ行く?」
 渡部が聞いた。彼の足下に、三つ目の吸い殻が落とされたところだった。
「さあ」
 いい加減な返事をする遠藤。
「あんまり暇なんで、散歩でもしようかと」
「懐中電灯、持ってないじゃないか。危ないぜ」
「おや? 渡部さんまで、殺人鬼が出たと思っているんですかあ?」
 ほとんどの人が気に障るであろう、嫌なアクセントの語尾だ。
「そんなんじゃねえ。忘れたか? 熊が出るかもよ」
「ああ、熊ですか。あいつらはですねえ、よほど腹を空かしてない限り、人間
を襲いやしません……って、テレビで聞いたことがあります」
「信用できそうな番組だったか?」
「さて」
 番組制作に携わる者として、遠藤は複雑な表情を見せた。
「ま、いいじゃないすか。そこらをぶらつくだけ。うまくしたら、何か番組に
役立つ物に当たるかもしれないし」
「止めやしないさ。むろさんも、同感でしょうが?」
 根室に話を振る渡部。
「あ、ああ」
 話を聞いていたのかいなかったのか、根室からの返事ははなはだ頼りない。
 しかし、遠藤はそれを承諾の意に受け取ったらしい。すたすたと歩いて、暗
がりへと溶けるように入って行った。
「本当に大丈夫でしょうか……」
 一人、松田だけが、か細い声で不安を口にした。

−−続く




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