#3255/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 4/30 18:36 (200)
十三をさがせ 2 陸野空也
★内容
「松田さんも、みんなの言うこと、真に受けなくていいのに。この業界、そろ
そろ慣れたでしょう」
「でも」
「白木さん、あまり松田を自分の色に染めたらだめよ」
今一人、本庄がふざけ半分に加わる。
「こんないい子があなたみたいになったら、悲しいからね」
「私はかわいくないと。そりゃどうも」
そんなやり取りに呆れたかのように、後方、湯川の手前で、渡部カメラマン
が呟いた。
「ジュウザに出くわしたら、死んだふりをするか……」
惨事の形跡は、今でも完全に消え去ってはいなかった。
緋野山の殺人鬼による最初の事件の現場周辺を、東洋テレビのスタッフらは
ぞろぞろと歩いている。
小屋の内、火を出した方は解体され、更地になっていた。だが、その跡地の
土は他と比べて黒が濃い。焼け焦げた跡である。
「これはすげえな」
本庄が地面を蹴っ飛ばした。いくらかの土と共に、木くずが飛んだ。
「血の色を含んでいるような気さえ、してきますね」
アナウンサーの松田の声は若干、震え気味だ。
彼女の言葉に反応したのは、月谷。
「おっ、それ、いいね」
「何がですか?」
「さっきのフレーズ。血の色を含んでいるっていうやつ。使える」
「使えるって」
おおよそ想像できた顔をしながらも、松田は重ねて尋ねる。
「番組に使うんだ。そうだな。『事件の際の火事で焼け焦げた土です。……心
なしか、血の色さえ含んでいるような気がしてきます』−−てな感じでどうだ」
「いいですねえ」
松田に代わって、根室が調子を合わせた。
「さて、とりあえず、残っている小屋の方、収めておこう」
月谷の声に、各人が動く。
焼けずに済んだもう一つの小屋は、公共の施設であるにも関わらず、荒れ放
題だ。事件後、誰もこの小屋を利用しなくなり、少し下に新しい小屋が完成し
たせいもあって、こちらは管理されなくなったという。
その小屋の前で、台本通り、決められた言葉を喋る松田。
「−−まだまだ記憶に新しいこの事件の犯人とされるジュウザ。一体、どこへ
消えたのでしょうか……」
感情を込めた口調。しばらくの余韻の後、OKの声。
「よし、よかった。さ、次だ」
続いて、放置されたままの小屋の内部を見て回る段取りとなっている。
「入る許可は取ってるんですか?」
月谷の背中に問い掛けたのは湯川。
「取る訳ないだろうが。こんな管理されてない小屋、いちいち許可なんかいら
ないさ。おまえさんはそんな心配よりも、重たいバッテリーを担いで頑張って
くれてたら、それでいいんだよ」
「それはそうですが……」
「湯川君、ちょっと」
カメラマンの渡部が呼んだ。
「何ですか? 何か不手際、やりましたっけ?」
「そうじゃない」
声を低める渡部。
「ただな、ディレクターのやり方に口出ししていても、始まらないぜ」
「……」
「おたく、月谷『大先生』との付き合い、長いんだろ?」
「はあ、まあ」
「だったら、彼のやり方なんて、もう分かってることだ。俺だって腹立たしく
思うときはある。けどな、そんなこと、いちいち口に出して抗議していたら、
仕事が進まなくなるの」
「そんなもんですか」
「そう。スケジュール内で仕事を終える。それが俺達の役目。できれば、早い
とこ終わって、うまい酒にありつきたいのが本音だな」
湯川は黙って下を向いた。
「まあ、気に入らないことがあったら、独り言で済ませるのがいい。俺はいつ
もそうしている」
にやっと笑うと、渡部は湯川の肩を強く叩いた。
暗くなってきて、そろそろ小屋に引き上げようという雰囲気がスタッフのほ
ぼ全員を支配しつつあった。
月谷が突然、言い出した。
「待った。やることがあったぞ」
「何でしょう」
不満そうに口を尖らせる白木。
「ここらでジュウザに、ちらとでもその姿を拝ませてもらわないとな」
「何を言うんです? そんな都合よく、ジュウザが姿を見せるなんて」
「演出するんだよ。決まってるだろうが」
説明するのも面倒臭いとばかり、月谷は台本の冊子を丸め、手のひらを叩い
て音を立てる。
そんなディレクターに対し、露骨に反対の意志表示をしているのは、白木た
だ一人。ほとんどの者が、ああ、来たかという感じで受け止めているらしい。
若い松田アナぐらいは、ただ従うしかないという風に立ち尽くしてる。
「この場の夜の映像は、今夜しか撮れないんだ。やろう」
根室が最後の一押し。趨勢は決した。
「あの……月谷さん」
嫌そうに、湯川が口を開いた。
「やはり、自分がやるんでしょうか」
「おお、そうだ。昼間、言っただろ。さあ、早く。斧を出せ、斧を」
急かされ、渋々と行動に移るのが、傍目からでもありありと窺える。
湯川は斧を片手にすると、肩に担いだ。気乗りしないところを少しでも表そ
うとしたか、その姿は、鍬を背負った百姓のようなたたずまいだ。
「おい、その格好、もうちょっと何とかならんのか」
「そうですねえ。このままじゃ、ジュウザと言うより、せいぜい、木こりの与
作ってとこ」
本庄が同調。
「専門のメイクがいないからなあ。とりあえず、グラサン、かけさせてみよう
や」
使い古しの業界用語を駆使する月谷。その横をすり抜けて、白木がサングラ
スを持ってきた。
「湯川君も大変ね」
呆れたような、軽蔑したような、そんな台詞とともにメタリックなサングラ
スを湯川よこす白木。
受け取った湯川は、慣れぬ手つきでかける。
「ほう、何とか見れるぞ」
月谷が言った。続いて、冷やかしの声。
「似合ってる、似合ってる」
「格好いい!」
それらに対して、湯川はうろたえたように応じる。
「あの……ほとんど何も見えません」
夜、サングラスをかけると何も見えなくなる。当たり前のことであったが、
他のスタッフやゲストの木林らは、大笑いを始めた。
「わ、笑いごとじゃないっす。これじゃあ、演技しようにもできませんよ」
真剣な口調の湯川。実際、空には雲があって、月明かりさえもない。
「そ、そうだったな。しっかし、ジュウザの奴は、何で見えていたんだろ?
木林先生、ジュウザはメタル系のサングラスをしていたんでしたよね、確か」
「ええ、例の唯一の生き残りの証言ですが。まあ、一瞬、目撃しただけのこと
だから、本当にサングラスだったかどうかは怪しいんですが」
答える木林の口元は、笑いをこらえて震えていた。
「さあ、早くやっちまおうっ。あんまり、はっきりと姿を収める訳にはいかな
いからな。木々の間を見え隠れする程度の映像でいいだろう」
言いながら月谷は、湯川に対して、森の方を指差した。そこに行けという意
味だろう。背の高いビデオエンジニアは、素直に命令に従い、草むらに分け入
っていく。足取りがおぼつかないのは、サングラスのせいかもしれない。
「適当なところまで進んだら、一旦、身を潜めるんだ。それから声で合図する。
分かったな?」
ディレクターの声に、湯川は背中を向けたまま、斧を持っていない方の手を
挙げて応じた。やがて、彼の姿は闇の中に消えていった。
根室がカメラマンに尋ねる。
「べーさん、スタンバイは?」
「いつでもどうぞ」
愛称で呼ばれた渡部は、表情一つ変えず、カメラをしっかりと構えている。
「よーし。音は……アフレコじゃあ、今の視聴者は見破っちまうからな。リア
ルタイムで入れとくか。えーっと、遠藤、おまえ、第一発見者」
「分っかりましたあ」
万事心得ているという調子で、遠藤はうなずくと、渡部カメラマンと音声係
の白木とへ目で合図を送る様子。
「いつでもいいぞう」
「白木さんは?」
「右に同じ」
「では……。皆さん、調子を合わせてくださいよう。……」
照明用のライトを手に持ったまま、一つ、深呼吸をすると、遠藤はいきなり
大声を張り上げた。
『あ! あれ!』
『どうした? 何だ?』
根室が応じた。こちらも切迫したような声。無論、芝居なのだが。
『い、今、何かちらっと見えました。かなりでかい、人影みたいなのが』
『カメラ!』
渡部は、いかにも、とっさの出来事で対応できませんという具合に、カメラ
を振り回す。
「……あれ?」
渡部が、本当に−−つまり、芝居でない声を出した。
「出て来ないじゃないか、『ジュウザ』さんが……」
「全く、しょうがねえなあ」
いらいら声を発したのは、当然、月谷。彼は撮影を中断させると、闇に向か
って叫んだ。
「おい、湯川! 手順ってもんが、まだ分かってねえのか、この馬鹿! 声に
合わせて、姿を見せろってんだ。いいなっ?」
ところが、暗闇の向こうから、反応はない。
「おい! 聞いてるのか? まさか、眠っちまったんじゃねえよな!」
怒鳴り続ける月谷。それでも、湯川からの返事がない。
「妙だ、何か」
白けた雰囲気のスタッフらに代わる形で、木林が言った。
「月谷さん、何かあったのかもしれない」
「何かとは?」
顎をしゃくる月谷。
「それは分かりませんが、例えば……彼はサングラスをしていた。足下がおぼ
つかなくて、足を滑らしたとか」
「……おい、見てみろ」
誰でもいいから行けとばかりに、命じる月谷。
荷物を持っていない根室が、他の連中を見渡してから動いた。木林の言葉で
慎重になっているのか、地面を踏みしめながら、懐中電灯を手に、湯川が消え
ていった闇へ向かう。
「どうだ?」
「……湯川の姿は見えません。確かに、この林の向こうは斜面になってます」
「呼んでみろ!」
「呼ぶって……ああ、湯川を」
早く皆の側に戻りたいのか、そわそわしている根室。
「湯川ぁー! いるんなら、返事しろって!」
斜面の先に向かって、根室は声を張り上げた。しばらく、耳をすます。
「……返事なし。だめですよ、これは」
根室はそう言いながら、引き返し始めた。
「かと言って、放っておける訳、ないでしょう」
戻って来た根室相手に、抗議するかのように、白木が言った。
「また面倒はごめんだぞ」
「月谷ディレクター! 探さないと。遠藤君、そのライト、あそこまで引っ張
っていける?」
「あ? ああ、何とか」
「行って、斜面の向こうを照らしてみなさいよ」
「俺一人で?」
「スタッフ全員で行くわよ」
と、白木が言ったものの、月谷と木林は動かなかった。
遠藤が照明で照らす中、その他の全員で目を凝らし、声を出す。
「湯川ぁ!」
「湯川さーん」
だが、状況は変わらない。
「懐中電灯を持っている人、下に行ってみてよ」
「ええ?」
「だって、上から見えにくいところで、湯川君、意識を失って倒れているかも
しれないのよ。そうやって探すしかないでしょうが」
−−続く