AWC SHINOBI 2   甲賀明日夫


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#3242/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 4/16   0:22  (158)
SHINOBI 2   甲賀明日夫
★内容
「エイシアの島国ね。鎖国を取っている」
 クラステフは大きくうなずいた。予想が当たった。
「ヤパンの者である可能性が高いと?」
「そこまでは言い切れませんけど、まず、あの化粧を落としてみましょう。髪
の色だって落ちるはずです」
 クラステフの提案に対するケントラッキーの反応は、首を横に振るというも
のだった。
「言い忘れていましたが、肌の化粧ですがねえ、落とそうとしたら暴れるんで
すよ。手の着けようがないぐらいに」
「困りましたわね……。とにかく、話しかけてみます」
 クラステフは別の資料を一番上に持って来た。ヤパンに関する辞書のような
冊子だ。体系的にまとめられた物ではないが、その内容を参考に、挨拶ぐらい
ならできる。
「ええっと……」
 口の中で、発音のための文字を何度も繰り返して読み、なるべく正確を期そ
うとする。
「『あなたはヤパンから来ましたか?』」
 男に反応が見られた。身体をぴくりと動かすと、顔をクラステフへと向けて
きた。その目は見開かれていた。
『御主……日本の言葉を話せるのか?』
「ニッポン……?」
 その単語を耳にして、クラステフは手元の資料を繰った。
「そうか、ヤパンは、彼らの言葉ではニッポンなのね。−−『あなたはニッポ
ンから来ましたか?』」
『そ、そうだ』
 格子にしがみつく男。
「何と言っているのです? やはりヤパンの者のようですが」
 男の様子を警戒しながらも、穏やかな口調のケントラッキー。
 クラステフは海軍大尉に大略を説明した。そのあとに続いて、同時通訳の形
で、ヤパン人の男にケントラッキーからの質問を浴びせる。
「『こちらの質問に答えなさい。あなたの名前は何ですか?』」
『……零衛門』
「レイエモン、だそうです」
 クラステフが伝えると、ケントラッキーはその名を唱えた。
「レイエモン? よその国の人名とは、発音しにくいもんですな。では、レー
モンに」
 クラステフは言い間違いを訂正せず、聞き流した。
「目的を聞こう。何のために、密航してきたのか」
「『あなたはどうして船に隠れていたのですか?』」
『……生きていくために』
「え?」
 思わず聞き返すクラステフ。
「生きていくためって……。『どういう意味ですか?』」
『職をなくした』
「ショク? どのショクかしら……」
 意味の通じそうな語を探すクラステフ。『食』か『職』が当てはまりそうに
思えた。頭の中で次の質問をまとめる。
「『あなたが言ったショクとは、食べることですか? それとも仕事のことで
すか?』」
『仕事、です。もはや我が国では、拙者の生きる道はなくなりました。海を渡
れば、拙者の生きるべき新たな道を見出し得るのではないかと考え、かような
格好をし、船に潜んでいた次第』
 返答を伝えると、ケントラッキーはしばし間を取ってから、口を開いた。
「何の仕事をしていたのか、聞いてみてください」
「『その仕事とは、何でしたか?』」
『……忍び』
 いくらかの躊躇の後、彼は答えた。
「シノビ、シノビ……と」
 急いで冊子を繰るクラステフ。だが、そのような語は載っていなかった。「
我慢する、耐える、人に知られないように密かになす」という意味で、シノブ
なる語があるだけだ。
「『それはどのようなことをするのですか?』」
 クラステフの質問にヤパン人の男は、長々と単語を列挙した。いわく、戦、
火薬、薬、偵察、その他枚挙にいとまがない。それらすべてをひっくるめて、
忍術と称するらしい。
「要するに」
 クラステフの通訳を受けて、ケントラッキーは考え考え、意見を述べた。
「スパイのような存在か?」
「ええ、そうだと思います。金髪や白粉も、変装の一環なのですわ、きっと。
ただし、戦争に加わっている点や、野草などの薬に詳しいということですから、
不正規活動をする兵隊とも受け取れますね」
「もし事実なら、なかなか優秀な兵士と言えそうだが……その割には、あっさ
りと見つかり、つかまっている。その上、自分がスパイだと明言する輩がどこ
にいる?」
 密航者がスパイらしいと知って、ケントラッキーの口調は荒っぽくなった。
「ケントラッキー大尉。彼は自分がスパイをしていたことがあると言っただけ
で、スパイの目的で我が国に潜入したとは言っていません」
「それもそうだが……わけが分からない」
「ヤパンではシノビという職が、もはや機能しない時代になったのでしょう。
ヤパンという国の情勢について、何か情報はありませんか?」
「詳しくないのですが……。ああ、そうだ。確か一六三〇何年だと記憶してい
ますから、二十年ないし三十年ぐらい前になりますか、宗教戦争がヤパンの南
部で起こり、政府がその内乱を制圧、以後は太平の世となっていると。それぐ
らいは聞いたことがありますね」
 額を指でこつこつ叩きながら、思い出したケントラッキー。
「ともかく、今は平和なんでしょう」
「それじゃあ、この人が言っていることと符合しますわね。職を求めて、ヤパ
ンを飛び出したんです」
「だとすれば、恐るべき執念だ」
 感嘆の意を露にするケントラッキー。
「言葉さえ分からないのに船に潜り込み、長期間身を隠して、海を渡ってくる
とは。仕事を求めると言うよりも、生き甲斐を見つけに来たとすべきですな」
 ケントラッキーは、密航者に目線を向けた。それまでにない、見直したよう
な眼差しだ。
「ユトヴィアのために仕える気があるのかどうか、尋ねてください」
 クラステフを通して伝えられたケントラッキーの問いかけに、忍びの者は黙
ってうなずきを返してきた。
「心意気はよしとしよう。無論、上の意向を伺わねばならないが、ヤパンから
ネゼルラン、さらに我が国まで密航してきたというだけで、その能力の片鱗が
感じられるからな。言葉の問題さえ乗り越えれば、何の支障もなくなる」
 ケントラッキーの言葉を伝え聞いて、忍びの者は安心したのか、がくりと体
勢を崩した。そのまま床に倒れ込む。
「どうした?」
「『何かあったのですか?』」
 急いで尋ねるクラステフ。だが、返事はない。
 ケントラッキーは格子に張り付くようにして、男の様子を見た。
「凄い汗だ。化粧が流れ落ちている」
「病気かもしれません!」
 クラステフが叫ぶよりも早く、ケントラッキーは走り出していた。

 男への意志疎通の橋渡しのため、クラステフは軍の病院までついて行った。
「大丈夫ですな」
 診察を切り上げた白髪の医者は、右耳をこすりながら、断定的な物言いをし
た。小太りのその体格は、威厳よりも笑いを誘う雰囲気を醸してさえいる。
 その前、台の上に横たわるヤパンの男は、今や落ち着いていた。すでに白粉
も落とされ、黄色人種の肌を見せている。
「どういう病いでしたか」
 黙ったままのケントラッキーに代わって、クラステフが尋ねる。
「軽い熱病。大方、虫に刺されたのを放っておいたのでしょう。船倉に何日も
潜んでいたら、虫に刺されるものだ」
 医者は、眠っている患者に対し、呆れた風な視線をよこした。
「この男はどういう神経をしているんだろうねえ。発病してから、何日間も耐
えていたようだが……本当に、さっき倒れたばかりですかな?」
「嘘じゃありません。疑うのですか」
 クラステフの抗議を、苦笑いをして受け流す医者。
「いえいえ。いくら密航の身と言えども、我慢するにもほどがあると思いまし
てね。精神力が病を克服するというのも、あながち軽視できんものです」
 それから医者は、薬を処方した。
「ま、今日一日は泊まってもらわないと。通訳の方は、できればいてもらいた
いのだが」
 少し迷うクラステフ。彼女には本業が山ほどある。急ぐ必要はないものの、
国から研究費が下りている以上、時間を無駄にはできない。
「私からも頼みます」
 ケントラッキーが口を開いた。
「軍の仕事だと言えば、何とでもなります」
「……仕方ありませんね」
 肩をすくめるクラステフだった。
「残念ながら、ヤパン語を専門とする研究者を、私は知りませんし。それに、
私が嫌がっても、どうせ協力させられるのでしょうね?」
「軍事機密と言うほどではありませんから、無理にとは申しませんよ。あなた
にこのヤパン人を見捨てることができるのなら、どうぞ研究所にお戻りくださ
い」
 冗談めかした口調のケントラッキーを、クラステフは気に入った。軍人らし
くないところに、好感を持てる。
「分かりました。彼が無事でよかったわ」
「名前は何としますかな」
 カルテを手に、医者は戸惑ったようにしていた。
「レイエモンだそうだけど」
 クラステフはケントラッキーを見上げた。
「彼を本当に使うのであれば、この国での名前がいるのではありません?」
「それもそうだ。レイエモンは発音しにくいから……レイモンド、とでもして
おこう。姓は、忍術を使うのだから、そうだな、ニーマンぐらいでいいですか
な、クラステフ先生?」
「お任せします。レイモンド=ニーマン、いいんじゃないでしょうか」
 ヤパンから来た忍びの者、零衛門の新たな名は、レイモンド=ニーマンに決
まった。

−−続く




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