AWC ホワイト・バレンタイン 9   寺嶋公香


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#3229/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 3/15   3:14  (188)
ホワイト・バレンタイン 9   寺嶋公香
★内容

 結局、古松君をつかまられないまま、下校しなきゃいけない時間になった。
 どうしても、今日中に話しておきたかったけれど、もう時間がない。家に帰
って、母の手伝いをしなければならないし。
 下駄箱前で、本当は急がなくちゃいけないのに、緩慢な動作で靴を履き替え
ていると−−一人で歩いて来る古松君が見えた。下を向き加減に歩いている。
 この偶然。用事なんか忘れてしまった。
「古松君!」
「……三井、さん」
 一瞬の笑顔と、それに続く落ち込んだ表情。
 かばんを小脇に抱えたまま、古松君は私の横を通り過ぎていく。
「待って」
「……沢田といっしょじゃないの?」
 立ち止まると、古松君は小さな声で聞いてきた。その言い方で、沢田君の推
測が当たっていたことが分かる。
「そのことで、ずっと探していたのよっ。話があるの。お願い、聞いて」
「僕は気にしていないから。それより、覗いちゃって悪かったな、って」
「違うったら! 私、あのカードに書いた気持ち、ちっとも変わってない! 
本当だから!」
 私が必死に言うと、やっと古松君はまともに顔を見てくれた。でも、その視
線をすぐにそらし、わずかに顔を赤らめながら言った。
「沢田と……抱き合っていたんじゃないの?」
「だ……」
 な、何てことを! 古松君、完全に記憶を修正しちゃってるじゃない! 絶
対、抱き合ってなんかない!
「違う、違うわ、古松君。沢田君には、相談に乗ってもらっていたのよ。古松
君、あなたが体育館で言った言葉を聞いて、私、分からなくなったから……」
「何を……聞いたの?」
「それは……。ごめんなさい、立ち聞きするつもりじゃなかった。でも、聞こ
えてしまって……。部活の休憩のときだと思う。友達から聞かれて古松君、私
のことを−−」
「わ、分かった」
 すぐに思い当たったのだろう。古松君の顔が、夕日にまともに照らされたみ
たいに、急激に赤くなっていく。
「き、聞かれていたんだ……はは」
 ちょっとひきつったような笑い方。
 そんな彼に対して、私は勇気を振り絞った。
「もうはっきりさせたいから、聞かせて。神谷さんとつきあうことにしたのは、
私が好きなのは沢田君だと思っていたせい?」
「……うん」
 真顔でうなずいた古松君。
「いつもいっしょにいるし、学校からの帰りも、いっしょのことが多いだろ。
それに、バレンタインのチョコレートも」
「いっしょにいるのは、舞子と沢田君が幼なじみだから、それで仲良くなった
のよ。下校のときも、家の方向がほとんど同じだから。バレンタインはあげた
ことあるけど、いつものお礼のつもりだったの」
「沢田のこと、何とも想ってないの?」
「気兼ねなく話せる友達、よ」
 さすがに、沢田君の私に対する気持ちについては、言葉にできなかった。
「そうだったんだ……。どうしようもないどじだ、まったく。三井さんが好き
なのは沢田だと思い込んでた。神谷にもまずいことしちゃったな。告白、何と
なく、曖昧な内に受けてしまって……」
「私がチョコレートに付けたメッセージは?」
 あれを読めば、誤解しないと思うんだけれども。
「変な感じを受けながら読んだよ。沢田のことが好きなはずなのに、どうして
僕のところにって。でも、君からの物と分かったときは、うれしくて舞い上が
りそうになった。それから、神谷……さんと君との二人に、できる限り同じよ
うに接しようとしたんだ。虫がよかったかもね。
 所詮、無理があったんだよね。神谷さんとは噂になったぐらいだから、そち
らに重点を置かざる得ない状況になってしまって。そうこうしている内に、三
井さんが沢田とつきあい始めたように見えてきた……」
「そんなこと、なかったわ」
「焦りだよね、多分。僕は結局、一人にしか気持ちを向けられない。−−三井
さん、好きだ」
 突然の言葉だった。
 でも、驚きは少ない。ずっと待っていた言葉だったからかもしれない。
 意識するよりも早く、言葉が口をついて出た。
「−−私も」

 それから。
 何日か経って、終業式を迎えた。
「三井さん!」
 式が終わって教室に移動中、神谷さんに呼び止められたときは、どきりとし
た。彼女の告白を受けた形になってしまったことを、古松君は何とかすると言
っていたけれど、どうなったのか、まだ聞いていなかったもの。
「は、はい」
「……何をおびえているのよ」
「そんなこと」
「嘘おっしゃい。まあ、どうでもいいけれど。あのね、安心しなさいよ。もう
吹っ切れたから、私」
「え?」
 耳を疑いたくなる。
「悔しいけれど、おめでとう。古松君とうまくやってね」
 それだけ言って、さっさと行こうとする神谷さんの背中に、声をかけた。
「か、神谷さんっ」
「何かしら?」
「吹っ切れたって……もう、古松君のこと」
「そうよ。でもね、あなたが彼を大事に想い続けないなんてことがあれば、す
ぐに取り返してやるから」
 最後まで、彼女は強気だ。
 まだ聞きたい話がたくさんある。けれど、神谷さん自身から聞き出すのは、
私にはできそうにない。そのまま、彼女を見送った。
 古松君、どんな風にして、神谷さんを吹っ切らせたのだろう。最も気になっ
ていたこの点を、放課後、四人そろって玄関に向かうときに、古松君に聞いて
みた。
「あれね」
 含み笑いをする古松君。
「お隣にいる沢田に聞いた方が早いよ。沢田のおかげと言っていいから」
 この場には、私と古松君の他に、当然のごとく、舞子と沢田君もいる。
「本当、沢田君?」
 尋ねると、沢田君は、古松君をにらむようにしながら、口を開いた。
「余計なことを。うまく説明しておいたと、それだけでいいんだよ」
「いいじゃないか。過去のことだろ」
 意味が分からず、私は舞子と顔を見合わせた。
「仕方ねえなあ。ここだけの話だぜ」
 声を落として、沢田君は、それでも渋々と語り始めた。
 長くなるから、歩きながらじゃ無理ということで、私達は廊下の片隅に集ま
った。
「俺、小学校は神谷と同じだったんだ」
 初耳。声を出しそうになったが、沢田君が手で制してきた。
「これぐらいで驚かれちゃまずいんだけどな。とりあえず、聞くだけ聞いてほ
しい。驚くのとか質問とかは、後回しな。
 五年、六年とクラスが同じで、五年のバレンタインのときだった。神谷の方
から俺に……告白してきたんだ」
「えー?」
 驚くなと言われたって、これは無理よ。
「返事はどうなったの?」
「今、仲が悪いのと関係あるの?」
 と騒いだら、やかましいと一蹴されちゃった。
「静かに聞いてくれ、頼むから。ここにいる三人だけならともかく、他の連中
には知られたくないんだよ。
 それで、返事だが、オーケーしちまったんだな。周りからはやし立てられた
とか、神谷の言い方が巧みだったとかもある。でも、神谷はその頃から、美人
だし頭がよかった。小学生の頃、そういう存在は一種の女王様、マドンナさ。
分かるだろ? 俺もいい気になって、彼女とつきあい始めたわけ。だけど、段
段、食い違うようになってきて、中学に進んだ頃、そう、一学期の終わりまで
には消滅した。はっきり言えば、俺の方からふった」
 へえ……沢田君にそんなことが。
「まあ、仲が悪くなったのはこの理由が大きいんだ。あいつの方もご同様だっ
たらしくて、今度のバレンタインで古松に告白したのだって、何パーセントか
は、俺に対する嫌がらせの気持ちがあったんだ。それは間違いない」
「ま、まさかあ」
「本当さ。一昨々日、本人の口から聞いたんだからね」
 そ、そんなことしてたんだ。
「本筋はこれから。俺は神谷のやり方が気に入らなかった。小学生の俺に仕掛
けたのと、まったくいっしょなんだ。自分の顔のよさも計算に入れてね。バレ
ンタインデー、周りにギャラリーがいる状況で、チョコと共に告白。神谷ぐら
いの女子に、こんな状況で告白されたら、たいていの男子は受けちまう」
「僕の場合は、そういうのと無関係に、秋奈ちゃんとは縁がないものだと思い
込んでいた反動だったけどね」
 横合いから言い添える古松君。言われなくても、分かっていますとも。それ
よりまだ慣れないよ、「秋奈ちゃん」て呼ばれるのって。
「何にしたって、俺は、神谷の計算ずくのところが気に入らない。今言った二
点を糸口に、ちょっと追い詰めさせてもらった。擬似恋愛だの、自分の気持ち
に嘘をついているだの、ご託を並べてやったら、さすがに神谷もこたえたらし
くて、えらく素直になったよ。強引な説き伏せ方だったかもしれないが、あい
つが俺への嫌がらせを発端に、第三者にまで迷惑かけるのは許せなかったから
ね」
 これでおしまいという手振りのあと、沢田君は歩き始めた。わずかに遅れて、
私達三人も続いた。
「そんなことやったら、ますます仲が悪くなるね」
 舞子が面白がって聞くと、沢田君はさも当然のような表情。
「かまわないさ。事実、神谷が余計なことをしなかったなら、古松と三井さん、
最初から簡単にうまく行ったはずだ」
「沢田がいたせいもあるけどな」
 古松君の絶妙の混ぜっ返しに、笑いが起きる。
 沢田君も苦笑しながらの抗議。
「あのなあ。それはおまえが鈍感だからだぜ。いいか、これから三井さんを困
らせるようなこと、するなよ」
「はいはい、分かっております」
 古松君がおどけた返事をしたところで、玄関に到着。みんな、靴を履き替え
る。と−−。
「沢田君?」
 沢田君一人、まだ履き替えていない。その右手には、青い小さな封筒と何枚
かの紙が握られていた。手紙よね。
「どうしたんだ?」
 古松君が肩越しに覗き込むと、沢田君は手紙を隠そうともせず、天を仰ぐ格
好をした。
「やっぱり、女子の考えていることは分からん」
 手紙を私達の方に突き出しながら、ため息混じりに言った沢田君。
 その原因は、私達にもすぐ分かった。
 手紙には、神谷さんからのメッセージがあった。以下のような趣旨だったわ。
私でもすぐには信じられないような。
<この間のあなたの言葉で、目が覚めた気分です。私、もう自分の気持ちに嘘
はつかないと決めたわ。だから改めて、あなたとつきあいたい。いけないでし
ょうか?>
「あらら。どうする、耕助?」
 幼なじみをあたかも心配しているような舞子だけど、その表情は、また一つ、
面白いことができたって感じに笑っている。
「……断りにくいのは確かだ」
 あきらめたように、沢田君はまたため息をついた。
 悪いとは思ったけれど、おかしくてたまらなくて、くすくす笑ってしまう。
みんなも笑っている。
 古松君のそんな笑顔を見ながら、私は心の中で唱えた。
 古松君。私はこれからもずっと、自分の気持ちに正直だから。あなたも嘘の
気持ちはもう見せないでね!

−−終わり




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