#3227/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 3/15 3: 8 (197)
ホワイト・バレンタイン 7 寺嶋公香
★内容
店を出て、しばらく行くと、別れ道。じゃあねと言葉を交わし、ここで舞子
とは別れる。
「さっきの続きだけど」
二人になってから、私はすぐに切り出した。沢田君と二人きりで帰るのは、
彼の部活や私の図書委員の都合であまりなかったけれど、午前中で終わる日は、
よくいっしょになる。
「続きって?」
「沢田君の好きな相手よ」
「覚えていたのか。参るなあ」
前を向いたまま、頭に手をやる沢田君。
「一人、思い浮かんだんだけど」
「言ってみたら」
「それが信じられない名前で……まさかとは思うけど、神谷さんじゃない……
よね」
「っ、ぷははははっ!」
大笑いを始めちゃった。よく歩けるなってぐらい、大げさに身体を揺らして
いる。突飛かもしれないけど、そんなにおかしいかしら。
「そんなに笑わなくたって」
「あー、いや、ごめんごめん。ん、面白すぎるぜ。どうしてそうなるの? ぜ
ひ、聞かせてほしい」
さっき挙げた映画女優から連想して、唯一近いかなっていうのが、神谷さん
だったんだもの。あの人なら顔と頭は文句なし−−悔しいけど−−、性格も強
気一辺倒までは合ってるんじゃないかしら。もろいとこがあるのかどうかは、
知らないけれどさ。
「ははあ、なるほどね! よく分かった。同じ女優を脳裏に描いても、男と女
じゃ、こうも見方が違うってことが、よーく分かった」
言いながら、沢田君はまだ笑いが止まらずに、くっくっくとやっている。
「もう」
私はふくれてみせながら、視線を沢田君から前方に移した。そのとき、その
光景が目に飛び込んできた。
「あ−−」
「……三井さん?」
沢田君は私の様子の変化に気づいたらしく、声をかけてくれた。でも、私の
方は、それに応える余裕がない。
かなり距離があったけれど、角の向こう、自動車道を隔てて歩道を歩いてい
るのは、古松君と神谷さんに間違いなかった。すでに二人とも、私服に着替え
ている。
買い物袋がたくさん。手提げ型の大ぶりな物を一つ、神谷さんが持っていて、
古松君は一つを抱え、その手首にも一つ、もう片方の手からも一つを提げてい
る。
声は聞こえないけれど、楽しそうな顔してる。神谷さんだけでなく、古松君
も笑顔を見せている。
私は足を止めた。家に帰る方向をこのまま行くと、二人と顔を合わせてしま
いそうだったから。沢田君も止まってくれた。
「あいつも罪作りだな」
頭の上から、沢田君のつぶやきが聞こえた。
充分に時間が経ってから、歩き出そうと、一歩を前に。
ぽた。
アスファルトの色が変わった。しずくは続いて落ちて、足下の道に斑点が描
かれる。雨でも降ってきたかのよう。
手首をそっと握られた。前に進めない。
「三井さん」
振り返ると、沢田君は立ち止まったままだった。
「その顔で帰る気かい」
「……」
目が熱かった。喉の奥が痛い。声が出せない。
「余計なお世話かもしれないけど、気持ちを落ち着かせて帰った方がいいんじ
ゃないか」
黙ってうなずいた。
沢田君は、近くの小さな喫茶店に連れて行ってくれた。
「客が少なくてよかった」
注文を済ませてから、沢田君は小声で言った。
私は、まだ何も話す気にならない。
結局、ココアと紅茶が届くまで、じっと外を見ていた。
「私、ばかだ」
ココアを一口飲んで、やっと話す気分になれた。
「古松君、もう彼女がいるんだから、こうなること、分かっていたのに……。
いい気になって、期待しちゃって」
話し始めると、やるせなさがぶり返してきた。その気持ちを払拭するつもり
で、ココアをもう一口。
「どうして、あんなに優しいの? 分からないよ……」
「話を聞く限りは」
沢田君が応じてくれた。
「確かに、古松は、三井さんのことを特別に扱っているよね。例のチョコ投げ
捨ての一件を考慮しても、ホワイトデーのプレゼント、神谷と君の二人だけに
手渡しているんだから。だけど、あいつ、ふざけて二股かけるような奴じゃな
いことは、僕がよく知っている」
「だから、気持ちが分からなくて」
こんな苦い思い、味わうことになってしまったんだわ。
「古松の友人の立場から見ればね、神谷とつきあい始めたこと自体、理解でき
ないんだ。唐突すぎる。あいつが神谷の話をしていたの、聞いた覚えがない。
古松の理想のイメージとも、かなりのずれがあるしね」
いつか聞いた話を思い出す。そうなのよ。長い髪の他は、神谷さんに当ては
まらない。断言できる。
「どことなく、投げやりになっている。今のあいつの態度、そんな風に感じら
れるんだ。神谷とだって、登下校や部活で話すぐらいで、休みの日に二人で出
かけたとかって、聞いたことないしね」
「……」
「だから、まだあきらめるのは早いよ、きっと」
「そ、そうかしら」
「ん。もう一度、あいつに気持ちを伝えない内は、はっきりしないんじゃない
かな」
気休めに言ってくれたにしても、重かった気分がずいぶん楽になる。ほんの
少し、笑えるようになった。
「それにさ、さっき見たのだって、デートじゃないかもしれないよ。荷物、多
すぎただろ? 部活動の一環で、買い出しに来てただけかもね」
「私服だったわ」
「それは、神谷がわがまま言ったんじゃないの? デート気分に浸りたいとか
何とか言って」
そういう可能性は半分あるかないかとは思う。けれど、いかにも神谷さんの
性格に合っていて、くすっと笑えた。
「ありがとう、なぐさめてくれて」
「どういたしまして。僕のつたない話術で気分が晴れるようなら、すぐに立ち
直れるよ」
「がんばってみる」
「もしも立ち直れなかったら、僕が」
「いやだ、沢田君。冗談ばっかり」
少し無理して声を立てて笑った。
ところが、沢田君は真顔のまま、返事をくれた。
「冗談じゃないさ」
−−え?
「バレンタインのときも言ったよね、つきあってみないかって。あれ、本気だ
から」
「さ、沢田君」
動悸が激しくなるのが、自分でよく分かった。
「さっき聞いた理想は? ぜ、全然、私なんか、理想のタイプからかけ離れて
るじゃない」
「男と女は、イメージの仕方がまったく違うんだよ。僕は君が」
「お、お願いっ。言わないで」
耳を両手でふさぐ。先を聞いたら、今の私……どうなるか分からない。
「……ごめん。こんなときに、卑怯だったよね。でも、このままじゃ、こっち
が見ていられなくなりそうなんだ。早く古松と結ばれてほしい。けど、万が一、
そうならないのなら……僕が君を受け止める」
気持ちの落ち込みは半減したかもしれない。でも、それ以上に、難しい問題
を突きつけられたような気がした。
掃除が終わって、一人でごみを捨てに行ってたときだった。
焼却炉に行くには、体育館のそばを通らなくちゃいけない。
明日は大掃除なのだから、今日、こんなに一生懸命やってもしょうがなかっ
たかなあ、なんてことを考えながら、体育館のすぐ横を通り抜ける。ごみ箱が
植え込みに当たり、がさがさという音がした。
「どうと言われても、な」
びっくりしてしまった。だって、聞こえてきたのは古松君の声だったもの。
神谷さんと二人きりで買い物している彼を見かけて以来、三度ぐらい、顔を
合わせていた。けれど、ほとんど言葉を交わしていない。当然かもしれないけ
ど、古松君から説明はないし、私からも言い出しにくかった。
だから、こうして古松君が話しているの、久しぶりに耳にする。知らず足を
止め、聞き耳を立てた。
「うちのマネージャー、顔や頭はいいけど、性格が強引だからな」
知らない声が言った。多分、古松君の友達で、同じバスケ部の人。その人が
話を続ける。
「神谷さんがいるところじゃ聞けなかったけど、本当のところ、彼女がいいの、
おまえ?」
今、神谷さんは体育館にいないらしい。
「……」
「最初、うらやましかったけどよ、今はなあ。あんまり、楽しそうには見えな
いぜ」
古松君はなかなか答えようとしない。私は気がかりで、ごみ捨てなんてどう
でもよくなってきた。
「他にいるんじゃないのか、好きな子?」
「な」
がたがたと物音がした。
「何を……。ずけずけと聞いてくれる奴だぜ」
「俺、見たんだもんね。図書室で」
え?
「……おまえでも図書室に来るのかよ」
「ごまかそうったって、だめだよーん。図書委員の中に、三組の子がいるよな。
ほら、ちょっと髪が長くて、かわいい子。そうだ、いつも髪留めをしている」
や、やっぱり、私のことだ。かわいいかどうかは、自分から言えないけど、
図書委員で三組、髪留めしてるのは私しかいない。
「−−三井さんていうんだよ」
「あ、名前、知っているのか。そりゃそうだよな」
「ばか、変な風に勘ぐるなよな。彼女とは一年のとき、同じクラスだったんだ
よ」
「ほお? それにしてはずいぶん、親しそうに、仲むつまじく話をしていたよ
うですが」
相手のからかい口調に、古松君は語気を強くした。
「あのな。この間、神谷がチョコを投げ捨てたの、見てたろ?」
「当然」
「あのチョコをくれたの、三井さんだったんだ。だから」
「ふむ、優しくするのは、まあ分かった。じゃあ聞くけど、その三井さんには
何とも思っていないわけ、おまえ?」
うわわぁ。その質問だけは口にしてほしくないっ。聞くとしたら、私自身、
古松君に直接、聞きたい。
「−−所沢」
いきなり、地名が飛び出した。何のことかと首を傾げそうだったけど、どう
やら、古松君が話している相手が、『所沢』君らしい。
「俺にそんなこと聞いて、どうするつもり?」
「べっつにぃ。たださ、神谷さんがフリーになるかもしれないなら、今の内に
声、かけてみようかなと思って」
「性格どうこうって、自分で言ったくせにか」
「女は顔で選ぶのが、俺の主義なんよ」
「おまえ、いつか失敗するぜ」
……話がどっかへ行っちゃった。がっかりしたような、ほっとしたような、
微妙な気持ち。
我に返って、ごみ捨てを思い出す。そのごみ箱はどこ、ときょろきょろ。い
つの間にか、地面にごみ箱、置いていた。
やっとその場を離れようとしたときになって、
「俺の他は、誰も聞いてないんだ、はぐらかすなよ。答は?」
なんてこと、所沢君が言い出した。私が、当事者が聞いているのよ!
「俺だって、神谷さんがいいなと思ってること、打ち明けたぞ」
「おまえは一年のときから、あからさまだったじゃないか」
「それはそれ。教えろよ」
「……いいな、と思っている」
−−続く