#3226/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 3/15 3: 5 (200)
ホワイト・バレンタイン 6 寺嶋公香
★内容
「ちょっと忙しかったから……。でも、借りていく人が多いの、うれしい」
若者の読書離れなんて見出しが新聞を飾っていると、寂しくなるもんね。
「そんなに本、好きなんだ」
「え、まあ」
「それだと、気に入ってくれるかどうか」
朝から思い描いていた場面は、唐突にやってきた。
「これ」
古松君は、封筒大の紙袋を差し出してきた。
「つまらないと言ったら、つまらない物だけど……」
受け取るとき、かさかさ音がした。
「開けていい?」
「もちろん」
紙袋は、黄色い楕円形のシールで閉じられていた。けば立ちができないよう、
そろそろはがす。でも、少しけば立っちゃった。もったいない。
「−−きれい」
袋から出てきたのは、七枚のしおり。
和紙みたいな手触り。ラメみたいな感じで、銀色の粒が織り込まれている。
端に穴が空いていて、細いリボンが通っている。赤、青、紫……あ、虹の七色
に対応しているんだ。
絵柄もきれい。グラデーションって言うのかな。似た系統の色の濃淡で浮か
び上がらせた円や立体図形。童話のさし絵みたいな、昔の日本の風景画。天使
を描いた幻想的な絵。万華鏡を覗いたときに見えそうな、不思議な幾何学的模
様。エトセトラ……。
「七冊も一度に読まないかな?」
冗談なのか本気なのか、古松君はそうつぶやいた。
「やだ。でも、うれしい。ありがとう」
「気に入ってくれた?」
「とっても」
「はあ、助かった」
胸をなで下ろす仕種の古松君。
「選ぶの、大変だったんだ」
「え?」
「い、いや、その、十四人、別々のを選ぼうと考えて」
そっか。ちょっとがっかり。
あ、また、本を借りに来た人が。
「古松君、時間あるんだったら、そっちの椅子にでも」
と促しておいて、貸し出し手続きをする。
横目で、古松君が、カウンターの左斜め前にある横長のソファに座るのが見
えた。
でも、折角の機会なのに、借りに来る人が次々と並び始める。うわ、こりゃ、
すぐには終わらない。
待たせて悪いなと思いつつ、作業に取りかかろうとすると。
「せーんぱいっ」
「智ちゃん」
いつの間に来ていたのだろう。後輩の笠井智美が、私の横の丸椅子に座った。
この子も図書委員。
「三井先輩」
くりっとした両眼とポニーテールが、同じ女子の私にも印象的な彼女は、何
だかいたずらっぽい表情をしている。
「今日の当番、よかったら代わりますよ」
「本当?」
「はい」
「−−怪しいなあ。あとからとんでもないこと、頼む気じゃないでしょうね?」
「しませんしません」
それから智美は、耳打ちしてきた。
「あそこにいる人、先輩の彼氏ですか?」
「見、見てたの?」
図書カードに書き込む手を止め、思わず、智美の顔を見る。一年生までには、
古松君と神谷さんのこと、噂になっていないみたいね。
「えへへ。とにかく、交代します」
「あ、ありがと……頼むわね」
うーん。何だか弱味を握られてしまったような……。
でも、今は素直に好意を受け取ろう。席を譲り、ソファへと向かう。
「誰? 一年生みたいだけど」
カウンターの方を向きながら、古松君。
「図書委員の後輩で、笠井智美ちゃん。代わってくれるって言うから」
「なるほどね。それで、さっきの続きだけど」
話題が話題なだけに、少しばつが悪そうな彼。
「後輩にはスタンダードにあめ玉−−じゃない、キャンディにするのは決めて
た。でも、あとが難しかった。しおり、気に入ってもらえて、やっと救われた
気持ち」
他の人にどんな物をお返ししたのか、てなことまでは聞けない。ただし、一
つ、気になった点を聞いてみる。
「やっと救われたって、それじゃあ、他の人は古松君のお返し、気に入らなか
った、なんて」
「そんなことはないと思うけど」
「思う……って古松君、相手の反応を確かめていないとか?」
「それは、その」
私が質問した途端に、失敗したなという感じで、横を向く古松君。どうした
んだろ?
「……直接、渡したのは二人だけなんだ。あとは、『神谷に見られるとまずい
から』ということにして、適当な場所を選んで置いてきた」
疑問が浮かんだ。
「直接渡した二人って、一人は私で、もう一人は神谷さん?」
「そう」
「どうして私にも手渡ししてくれたの?」
「それはえーっと、とりあえず、お詫びの気持ち。チョコレートを投げ捨てた
のは、神谷のやりすぎだったもんな」
本当にそれだけなの? 特に優しくしてくれてるように感じるのは、気のせ
い? あなたの気持ち、聞いてみたい。期待しすぎかもしれないけれど……。
「あの、古松君っ」
勇気を出して、はっきり聞いてみよう、としたんだけど……。
「三井さん、いるか?」
あちゃあ、沢田君、なんてときに来るのよ。
「お、沢田がお呼びだね。じゃ、こっちはそろそろ部活に顔を出さないといけ
ないから。いつかみたいに、神谷がここに乗り込んできたら面倒だ」
古松君は笑いながら、ソファから立ち上がった。
とてつもなく早くなっていた私の脈拍は、気抜けした今でも、なかなか収ま
らない。
「おーい、三井さん。舞子のやつが呼んでる。……どうかした?」
「……どうかしそうだったんだけどね」
言って、沢田君を恨めしげに見上げてやった。
ホワイトデーの次の日、お返しのことが改めて話題に上った。
「補習にも引っかからなくて、早く終わったんだから、帰ろうよ」
なんて言ったら、
「じゃあ、いつものあそこで」
ということになってしまい、私達三人は今、ファーストフード店の窓際の席
に収まっている。
「しおり七枚にいかなる意味があるのか、よね」
舞子は相変わらず、面白がっている。
私の方はせめてもの抵抗に、話を少しでも先へ延ばそうと試みる。
「その前に、尾崎先生からお返しはあったの? 聞いてないんだけど」
「もらわないよ。そういうことを期待してやってるんじゃないもの。受け取っ
てもらうだけでいいんだ」
受け取ってもらうだけでいい、気持ちを知ってもらうだけでいい。私も最初
はそうだったのよね。それが、古松君の優しさを感じるたびに、どんどんひか
れていく。
「私のことより」
「ねえ、沢田君は? みんなにお返ししたの? 舞子を入れて四人だったよね」
舞子の言葉に被せるようにして、さらに引き延ばし。
「舞子に聞いたらいい」
せき払いする沢田君だった。
「何をもらったの?」
「小さな砂時計」
言いながら、舞子は手で大きさを示してくれた。親指大ぐらいかな。
「そうだわ、耕助に聞こうと思ってたんだ。どういう意味でくれたの?」
「あ、分からないか? 舞子は落ち着きがないから、砂時計でも渡せば、少し
は落ち着くんじゃないかと」
沢田君たら、舞子の方は見ずに、さらっと答えた。
「言ったわね」
「怒るなよ。そっちが聞くから」
「注文、追加して来ようと。おごってね」
舞子は沢田君の返事を待たずに、さっさと立ち上がり、カウンターに向かっ
た。しっかりしているというか何というか。
「あ−−まったく、太るぞ」
しょうがないなと、沢田君は肩ひじをつく。
「あいつ一人だけってのも何だな。三井さんも、何か言ってきたら」
「私はいい。ね、それより、他の三人には何を? まさか全員に砂時計でもな
いでしょ」
「それぞれ髪留め、ブローチ、キーホルダー」
「えー? 本気にしちゃうかも、それだと」
「もちろん、高い物じゃないさ。もらった物と相応に選んだつもり」
「……一度、聞いてみたいなと思ってたんだけど、沢田君の好きな人って」
「さて、誰でしょう」
唇の端で笑う沢田君。何だか、クイズ番組の司会者みたい。
「具体的にいるの?」
「さあ?」
いるんだな、と直感した。
「教えて。ヒントだけでも。二年生にいる?」
「そう、二年生。それから、そうだな。よくある言い方で、有名人に例えると、
だ」
沢田君は外国の映画女優の名を挙げた。
「からかってるのね。そんな人、身近にいるわけないじゃないっ」
「大まじめだよ。別に金髪碧眼を言ってるんじゃないさ。持ってる雰囲気とか
立ち居振る舞いとかのことを指した例え」
「それにしたって……」
その映画女優のやっている役柄は、だいたいが、知的な、独立心旺盛な女性。
性格は、普段は強気一辺倒だけど、もろいところもあるって感じが多いかな。
それが当てはまりそうな人は、少なくともうちの学校には……。
「まさか」
一人だけ思い付いて、口に出してみようとしたところへ、ちょうど舞子が戻
って来た。ホットアップルパイを頼んだのね。
「はい、代金」
「分かったよ」
差し出された舞子の右手に、沢田君は百円玉三枚を置いた。
「どうもどうも。さて、何やら話してたみたいだけど、もうそろそろ、秋奈に
しゃべらせなくちゃね。受け取ったとき、どういう感じだったのよ」
「う」
話の主導権を握られてしまった。沢田君の相手を確かめられない上に、自分
のことを話題にされちゃう。
「どうって……いつも通り、優しかったとしか」
「そういうんじゃなくて、何か進展はなかったの?」
「別に……。あ、でも、うれしかったなぁ。私と神谷さんの二人にだけ、手渡
しでくれたんだって」
「凄いじゃない。同等と見なされているのよ」
短絡的な結論に、私はため息をついた。
「違うってば。神谷さんがチョコレートを投げ捨てたの、止められなかったお
詫びだって言ってたわ」
「それって照れ隠しかもよ。本当はあの神谷に追いついたんだってば」
そうだといいな。事実、私自身、錯覚しそうなほど、古松君は優しい。
「思い切って、相手の気持ち、聞いてみたらよかったのに」
「勇気を出して、そうしようと思ったんだけど」
私は沢田君の顔を見た。
「な、何?」
「沢田君に邪魔されて」
「は? いつ?」
食べる手を止め、目を丸くする沢田君。やっぱり、気づいていなかったんだ。
私は昨日の図書室でのいきさつを、分かりやすく説明して聞かせた。
「耕助、ほんとにお邪魔虫なんだから」
聞き終わって、先に舞子が口を開いた。
「知らなかったんだ。悪気はない。だいたいだな、俺は舞子、おまえに頼まれ
て、三井さんを呼びに行ったんだぞ」
「そうだっけか」
「−−こいつ、忘れていやがる」
沢田君は芝居気たっぷりに、お手上げポーズをした。
それを機会に笑いが起こって、話はうやむやに終わった。私としたら、ひと
まず、終わってよかった、よかったってところかしら。
−−続く