AWC ホワイト・バレンタイン 5   寺嶋公香


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#3225/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 3/15   3: 3  (199)
ホワイト・バレンタイン 5   寺嶋公香
★内容
「あ……矢代さん、だったよね。一年のとき同じクラスだった」
「はいはい。こっちの三井さんとは友達で」
 と言って、座ってる私の腕を引っ張るのはやめて。
「三井さんもいるんだ?」
 声が近づいてくる。うわあ、話はしてみたかったけれど、いきなりすぎる。
「何だ、沢田までいっしょかぁ。そうか、いつもいっしょにいる三人だ」
「二人はともかく、俺までいつもいっしょにいることになるのか? とりあえ
ず、今日はテスト勉強、教えてくれって頼まれたんだけどさ」
「大変だな。−−どう、調子は?」
 仕切りの枠に手をかけながら、古松君は私達女子二人に聞いてきた。
「それなの。この問題、教えてほしいなあって」
「数学、大丈夫?」
 よくしゃべる舞子に比べて、私はやっとそれだけ口にできた。
「まあ、何とか……。ん? おい、沢田。まさか、おまえが解けないほどか、
この問題?」
「難しいのは確かだな。ま、そんなの出ないって言ってるのに、どうしても聞
かないやつが一名いてね」
「うるさいっ」
 舞子が一喝すると、沢田君は舌を出した。
「それは難問だぜ、まじに」
 しばらく問題文を黙読する古松君。
「これ、ほんとに難しい……。でも、こんな問題まで手を伸ばしてたら、きり
がなくなるんじゃない?」
 問題集を片手に、それでも古松君は考え始めたらしい。
「ああ、だめだ。頭の中だけじゃ無理。書く物、貸して」
 ノートの新しいページと、鉛筆を差し出した。
 それを受け取った古松君は、仕切りの向こう側の席に座ると、しばし集中。
私達の方も、黙って見守るしかできない。
 三分も経った頃かな、「そうか」という声があったと思ったら、鉛筆を走ら
せる音が続いて聞こえてきた。
「これでいいと思う」
「できたの?」
 尊敬のまなざしを送るのは舞子ばかりでなく、私も。沢田君だけはさして驚
いていない様子。時間をかけたら解けるよってとこかしら。
「確かめてみてよ」
 式の流れと図形を見ていく。わ、本当に解けている。難攻不落に見えた問題
を、一本の補助線が崩壊させたって感じ。
「凄い。頭いい!」
 舞子は調子よく、古松君をおだてている。
「ごめんなさい、わざわざ……」
 無理に引き留めたんだから、ここは謝っておかなくちゃ。
「困ったときはお互い様。いつか僕も助けてもらおうかな」
 小さく笑い声を立てる古松君。と、そこへ。
「何してるの」
 雷の音みたいに、扉が激しく開けられたかと思ったら、相当な早足で入って
きた人があった。神谷さんだった。
 彼女は私達のところへやって来ると、仁王立ちのまま腰に両手を当て、嫌み
な口調で始めた。
「なるほど、こういうわけね」
「何がだよ」
 古松君が、少し不機嫌そうに言った。沢田君だけは関係ないとばかり、席を
離れ、遠ざかってしまった。
「古松君は黙って。本を一冊返すのに、どうも時間がかかりすぎると思ったら、
ねえ。三井さん、あなたが古松君を足止めさせてたのよね」
 私が何と答えようか迷っていると、先に隣の舞子が立ち上がった。
「秋奈じゃないわ。私が古松君に頼んだのよ。分からない数学の問題を教えて
ほしいって」
「あら、そう? ずいぶん、手の込んだ真似をしたのかしらね」
「ど、どういう意味よ」
「三井さんがあなたに頼んだんじゃなくて? 古松君と話すきっかけを作りた
いからとか言って」
「ご冗談を」
 あきれてしまったらしく、舞子は笑い始めた。
「神谷さん、あなたね、何でもかんでも変な方向に受け取りすぎ。頭はよくて
も、こっち方面は苦手?」
 舞子、言いすぎだよ……。私は小さくなる。
「……三井さん」
 冷たい響きの声。
「は、はい?」
「類は友を呼ぶって本当ね。あなたも失礼な方だけど、こちらは輪をかけて失
礼だわ」
「おやおやあ? 他人のことをとやかく言える性格と思ってんの」
 私に向けられた言葉なのに、舞子も負けていない。だめだあー、泥沼になる。
「よ、よしなよ、舞子」
「神谷さんも、いい加減にしておけよ」
 古松君もあきれ顔で止めに入った。
「何よ。そもそも、あなたが」
「黙ってろって言ったのは、君だ。説明を聞いてくれるなら、いくらでもする」
「……いいわよ、もう」
 私達にそっぽを向けると、神谷さん、言ってくれた。
「こんな人達に関わっていたら、時間の無駄。早く戻って、勉強しないといけ
ないわ」
 そして、入室の際と同様、足早に廊下へと出て行った。
 タイミングを見計らっていたように、沢田君は席に戻ってきた。そして一言、
「やかましいやつだ」
 とだけ評した。
「ごめんな」
 古松君は私達に軽く頭を下げて、それでも急いだように彼女のあとを追った。
「それより教えてくれて、ありがとねー。−−彼はいい人だけど」
 古松君が出て行ってから、舞子が話しかけてきた。
「女を見る目がないんじゃないの? どこがいいのかしらねえ、神谷さんの。
顔とか頭とかスタイルとかはよくても、性格悪そうなのに」
「古松、女を見る目はないなあ」
 悟ったようなことを言う沢田君。とにかく、神谷さんが嫌いなのだろう。
「耕助はどうだってのよ」
 舞子は気にかかったらしく、わずかにからかうように、沢田君へ尋ねた。
「俺? 見る目はあるつもりだけど、相手が気づいてくれなきゃどうしようも
ないんだよな」
「何、それ」
 ぽかんとする舞子。沢田君は、それ以上の説明はしようとしなかった。
「まあいいわ。それよか秋奈、がんばれ。あんな女に負けちゃだめよっ」
 舞子、あなたが力を入れてどうする?
「もちろん、がんばる気はある。でも」
「でも、何よ? 弱気だなあ。古松君の気持ちを変えてみせるぐらいの気構え
で、押しまくるのよ」
 すっかり忘れているらしい舞子に、私は言ってやった。
「それよりも、テストを乗り切るのが先じゃない?」

 テストもすべて終わり、昼までで終わった十三日。下校の途中、ファースト
フード店に舞子、沢田君と共に入った。
「見た?」
 三人そろって腰掛けるなり、勝ち誇ったように舞子が始めた。
「あの問題、出たでしょうが。どこの誰よ、出ないと断言してたの」
 得意げになるのも無理ないわ。舞子の執念と言うか、驚くべき直感と言うべ
きか、試験前に古松君に解いてもらったあの問題が、本当に出題されたの。
「はいはい、分かった分かった。参りました」
 わざとらしく音を立ててジュースをすする沢田君。
「ああ、これで私に目をかけてくれるかしら、尾崎先生」
「それは難しいかもな」
 嬉々としている舞子に、水を差す沢田君だった。
「どうしてよ?」
「あの解き方を見たせいもあって、俺も正解することができた。当然、古松だ
って解けたろうし、三井さんも、だよね?」
 沢田君に問われて、うなずき返す。完璧な解答かどうかまでは自信ないけど
も、古松君の解法を必死で覚えていたから、何とか正解してると思う。
「とまあ、こういうことだから、舞子だけが目立つのは難しいぜ」
「う……。私の気持ちを知ってるんなら、正解しないでよぉ」
 そんな無茶な。
「怒ったぞ。仕返しよ、秋奈」
「えっ」
「明日、ホワイトデーだけど、古松君は一応、バレンタインのときに何かもら
った相手には、お返しするって言ったのよね?」
「そ、そうだけど」
「じゃ、何かもらえるのは確実なんだ。いいなあ」
 ここで舞子は、ちらと沢田君を見やった。
「何だよ」
 それに気づいた沢田君。
「義理チョコにも、お返しがいるのか?」
「あら、そんなこと、一言も言ってませんわ。でも、くれるんならちょうだい
ね。−−さて、秋奈の方は、中身が問題。中身がどんな物かで、古松君が少し
でも想ってくれてるかどうか、分かるんじゃない?」
「そ、それはどうかな。男の子って、ホワイトデーをバレンタインの返事だと
は考えてないよ、普通。単なる、お返し」
「いいえ、この一ヶ月の成果が試されるときよ。古松君の気持ちがぐらついた
のなら、逆転もありえるじゃない? 神谷にどんな物をあげるのかも、気にな
るわねえ」
「私なんか……好みじゃない、きっと」
「そうかなあ。ねえ、耕助。友達だったら、知らない? 古松君が好きな子」
「具体的な名前は聞いたことないな」
 口の中の物を飲み込んでから、さらに続ける沢田君。
「好きなタイプは聞いた覚え、あるけどな」
「ど、どんな」
 思わず、どもっちゃう。
「外見は髪の長い方が好みだとは言ってたっけ」
 うーん。じっと自分の髪先を見つめる。だいぶ伸びたけれど、神谷さんには
かなわない。
「男ったら、たいてい、そうなんだよねえ。どうしてかしら。それで、性格と
かは?」
 舞子が続きをうながし、沢田君が答える。
「何だっけな……そう、芯がしっかりしているけど、たまに凄いおっちょこち
ょいをしでかすような子」
「何、それ」
 舞子が首をひねっている。私もいまいち、理解できない。
「つまり、完璧な人間だと息苦しいってことだったかな。意訳するとだな−−
普段はしっかりしていても、疲れたときは俺の腕の中でゆっくり休んでほしい。
これだな」
 冗談のつもりなのね。沢田君は笑いながら言った。
「何をばか言ってんだか……。こんなのが私より、どうして勉強できるのか、
不思議だわ」
 ぶつぶつ、愚痴をこぼしてから、舞子は再び、私に視線を向けてきた。
「古松君が秋奈を好きになる可能性、私から見れば、充分にあると思うのね」
 どこからそんな、うれしい可能性を見出してくれるの? 好みを聞いても、
さほど私に近くもなかったじゃない。
「だって、あれじゃない。窓から落とされた秋奈のチョコレート、他人の目も
気にせず、大急ぎで拾ってくれたじゃないの。しかも古松君、あれが秋奈のチ
ョコレートだと察しが付いてたんでしょ?」
「そうだけど……。もらった方は、ああするしかないでしょう?」
「そうかなあ。神谷華織の目の前でとなると、普通じゃないと思うけどな」
 無責任な推測を述べてから、舞子はおもむろに、ハンバーガーの最後の一切
れを、口に放り込んだ。
 もうっ、気が抜けたあ。結局のところ、舞子には面白がられているだけのよ
うな気がしちゃう。沢田君にしたって、あまり関わりたくないって態度だし。
神谷さんをライバル視しているのなら、当たり前かもしれないけど。
「明日が来たら分かるわ」
 割高なジュースに口を着けると、薄味のオレンジ水になっていた。

 三月十四日、私はちょうど、図書貸し出しの当番だった。
 この時期、借りに来る人が案外、いるものだ。試験が終わって、休みに入る
ことだし、何か読みたい気分になっているのかな。
 普段よりはにぎやかな図書室は、春の陽気がそろそろと忍び込んでいる。貸
し出しの受け付けで忙しくなかったら、眠ってしまいそうなほど暖かい。
 人の列が途切れて、目を閉じて大きく伸びをしていると、不意に声をかけら
れ、あわてて目を開ける。
「は、はい?」
「ご苦労様、ってところかな?」
 声で分かってたけど、カウンター前に立っていたのは、古松君。にこにこ笑
ってる。恥ずかしいところ、見られちゃったな。タイミング悪い。

−−続く




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