#3224/5495 長編
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ホワイト・バレンタイン 4 寺嶋公香
★内容
「あの、ごめんなさい」
雰囲気に任せて、私は思い切った。
「……何が?」
こっちは勇気を振り絞ったつもりだったのに、古松君はきょとんとしている。
「だ、だって、私がチョコレートを置いたせいで、あの日、騒ぎになっちゃっ
たから……。神谷さんがいるのに、私、無神経だったなって」
「そんなこと、気にしていたの? 僕はさっき、三井さんからも話があるって
聞いて、文句言われるかと覚悟したんだ」
「何故?」
分からなくて、首を振る。
「神谷さんがひどいことをしただろ。あの朝、三井さん、見ていたよね?」
「あ……うん」
思い起こすと、胸の奥が痛い。廊下にいて、目が合ったかなと感じたけれど、
本当にそうだったんだ。
「部のマネージャーしてもらってるから、性格はよく分かっているつもりでい
たけど、まさかあそこまでやるとは思ってなくて、止められなかった。それで
自分も責任を感じて」
「責任なんて、そんな。あのあと、拾いに行ってくれたでしょう。あれだけで、
もう充分」
「そりゃあまあ、当然で……。贈ってくれた相手の気持ちを考えるとさ」
さすがに照れたのかしら、横を向く古松君。普段は見せない表情、態度。
「ま、とりあえず、お互いのわだかまりは解けたってことで」
古松君たら、ごまかすように笑った。ごまかされてあげよう。
「ああ、これですっきりした」
「私も。古松君、神谷さんを選んじゃったけど、言うだけ言えたから。その…
…神谷さんと仲直りして、うまくやってね」
「……」
あれ? 凄い違和感。また古松君が照れ笑いを浮かべるとばかり、信じてい
たのに、何の反応もないなんて。それどころか、逆に、冷めた感じさえする。
「古松君?」
「あ、うん。まあね」
どこかごまかすように笑って、雰囲気を取り繕おうとする古松君。
気になる。
「どうかしたの?」
「いや……僕にチョコをくれた三井さんの前で、神谷さんと仲良くやっていき
ますなんて言うの、失礼だなって思って」
それもそうかしら。まだ釈然としないものが残ったけれど、こんなことを引
っ張ってもしょうがない。私は軽くうなずいた。そして一つ、思い付いた。
「そこまで気遣ってくれるんだったらさ、ホワイトデーにお返し、何かちょう
だい、なんて……」
「あ、それはまじで考えてる。もらった相手、みんなにね。三月十四日は試験
直後だからバイトできなくて、懐は寂しいだろうけど……三井さんも、中身に
は期待せずに待っていてよ」
ほんとに? うれしくてうれしくて、たまらない。
「あ、ありがとう。……あの、古松君。よかったらでいいんだけど、教えてく
れる?」
「何を?」
「バレンタインのプレゼント、どれぐらいもらったのかなあって」
「三井さんや神谷さんからのも含めて、十四個」
「十四……」
うーん。ライバル、多かったんだ。神谷さん以外、みんな私と同じ。
苦笑混じりに、古松君は続けた。
「直接、渡してきたのは神谷さんただ一人だった。あと、下駄箱に二個。部室
横のロッカーの方には七個。これはほとんど後輩からだった。で、机の中は三
個プラス一日遅れの三井さんの分」
遅れたんじゃないのよ。ちゃんと十四日の放課後に……っておんなじことね。
「とにかく、本当にありがとう。話できて、すっきりした」
「どういたしまして。……三井さんの気持ち、よく分かった気がする」
古松君は最後も優しい表情でしめくくった。
「みんなの前で、チョコレートの箱を拾いに行った甲斐があった、かな」
廊下を歩いていて、神谷さんに呼び止められたのは、次の週の月曜日のこと
だった。ほとんどみんな、テストの話ばかりしている。なのに、私と神谷さん
の間には、別の緊張感が走った。
「あなたが三井さん?」
瞬間、来たっと思った。心臓に悪い。ここはひとまず、笑顔で振り返ろう。
「そうですけど」
「ちょっといいかしら」
「は、はい」
毅然とした態度に、理由もなく圧倒されてしまう。
私達は屋上に出た。天気は曇りがちだが、風はなく、この季節にしては暖か。
「私のことは知っているわよね」
先を歩いていた神谷さんは、長い髪をなびかせ、私の方に向き直った。
「え、ええ。神谷華織さん、でしょ」
「私が古松君とつきあっていることもご存知よね。噂になっているし」
相手のきつい視線に、目を伏せてしまう。
「やっと突き止めたのよね。バレンタインの次の日、古松君の机の中にチョコ
レートを置いたの、あなたでしょう?」
「−−そうよ」
正確にはバレンタイン当日の放課後だけど、細かい訂正をしていたらもっと
こじれそう。
「どういうつもりよ。置いたときには、もう私と古松君のこと、知っていたは
ずよね」
「−−私だって、前の日から準備してたんだから、渡すのは当然よ」
ここで引いたら、最後まで向こうのペースだ。語気を強め、言い返す。
「何を図々しい。やるんだったら、他の子みたいに、下駄箱かロッカーにしと
きなさいよ。あんなところに置かれたら、私だって黙ってられないじゃない。
分かるでしょ」
分かったのはその直前だったのよ。と、言い訳しても信じてもらえないだろ
うな、恐らく。
「どうせ、嫌がらせのつもりでやったのよね。先を越されたからって、ほんと、
やることがせこいんだから」
あ。何だか腹が立ってきた。
「そんな無神経な人、古松君がちょっとでも振り向いてくれると思ったら、大
間違いよ。この間、投げ捨てた箱を取りに行ったのだって、彼、優しいから、
お情けでやったのね、きっと」
違うっ。そんなんじゃない。聞いたんだもん、古松君から。それとも……あ
の言葉そのものが、古松君の優しさ?
「その証拠に、あとで彼、私に言葉をかけてくれたわ。……『君に恥をかかせ
てごめん。僕が想っているのは君だけだ』って」
「嘘よ!」
そんなことを神谷さんに言うくらいなら、古松君、最初から私のところへ謝
りに来ないでっ。
「嘘ですって? 無神経な上に、し、失礼ね。あなたに何が分かるって言うの」
正面にいる相手は、声を震わせている。私の声も震えがち。
「古松君はね!」
そこまで叫んで、続けられない。古松君が図書室に来て、私に謝ってくれた
話、私が言ってはだめだ。古松君自身が、神谷さんに言うかどうか、決めるべ
きこと。
「……」
「何? 古松君がどうしたって言うの?」
勝ち誇ったように髪をかき上げる相手。
「何も言えるわけないわよね。あなたは彼のこと、何一つ知らないんだから」
「と、とにかく、私、引き下がれなくなったから」
自分でも何を言ってるのか、よく分からない。神谷さんの告白を受けている
のよ、古松君は。それなのに、私ったら……。けど、これが今の正直な気持ち。
「宣戦布告かしら、それって?」
鼻で笑われたような気がした。
「……そう受け取ってもらっていいわよっ」
「ほほ。ばかじゃないの。二月に咲こうとするひまわりみたいなもの。あなた
に勝ち目はゼロよ。おやめなさい」
私はもう、何も言いたくなかった。同性の私から見てもかなり美人だと思う
し、男子に人気もあるし、成績上位者一覧の常連でもある。正直、うらやまし
がっていたこともあった。
だけどもう、そんなこと関係ない。神谷華織、勝負!
「神谷さん。オーストラリア、知ってる?」
切り返しの台詞に、自分でも気が利いてると思えるフレーズを考えついた。
「は? 知ってるわよ。でも、何のことを言っているのよ」
「二月にひまわりが咲くわね。南半球なら、きっと」
にっこりと微笑みかけてから、私はきびすを返し、屋上から離れた。
宣戦布告したものの、やはり噂は強い。神谷さんが古松君にいくら接近して
も、多少は冷やかされるにしても、それが当然のものとして認識されている。
私の方は、話のきっかけをつかむだけでも一苦労。そもそもクラスが違うの
が大きい。加えて、神谷さんがぴったりくっついちゃって、古松君に近づくこ
とさえ難しい。
みんながいるところで、改めて、私が神谷さんに向かって宣戦布告してやれ
ば、それがまた噂になって、こっちも積極的に動けるんだけど……実行に移す
勇気がないのよね。古松君にとって迷惑だろうし。
そして何よりも、目前に迫ってきた期末テスト。とてもじゃないけど、二つ
も三つも同時にことをこなせる器じゃないのは、自分自身よく分かっているわ。
「どう?」
舞子が聞いてきた。
夕日が射し込む図書室に、人はほとんどいなかった。私達三人−−私、舞子、
沢田君の他は、四人ぐらいだろうか。貸し出しの受け付けも、試験三日前から
は司書の先生が代行される。
「難しい。私にできるはずないよ。こんなの、出ないって」
鉛筆を放り出す。ころころ転がって、ノートの上、なかなか解けない数学の
図形問題の上で止まった。
「じゃ、耕助。簡単でしょ?」
沢田君に向かって、問題集を見せる舞子。
「簡単じゃないよ。あまり数学は得意じゃないって、知ってるだろ?」
「本当に? 意地悪してんじゃないでしょうね?」
「あのなあ。直前になって、こんな難しい問題をやろうとするのが間違ってい
る。もっと基本を」
ほとんど先生役の沢田君も、あきれ顔してるじゃない。
「だって、尾崎先生に誉められたいもん。できれば満点とってさ」
「こんなの出したら、尾崎先生、非難ごうごうもんだぜ」
「あら、それ、いいわよねえ」
理解不能なことを、舞子は言い始めた。
「みんなが尾崎先生を嫌ったら、それだけライバルが減るな。その上、みんな
が解けない問題を私が解けば、いい印象を持ってもらえる。よしっ、こうなっ
たら、絶対に解けるようにしとかなくちゃ」
私と顔を見合わせた沢田君は、両手の平を天井に向け、やれやれのポーズ。
それがおかしくて、私もくすくす笑えた。
「何を笑うのよ。出るかもしんないよ。私、真剣なんだから」
シャープペンを持った手を振り回す舞子。
「そんなに心配なら、もっと前に、先生に質問に行けばよかったのに」
試験問題が完成してからは、先生への質問は御法度。
「時間なかったのよ」
「授業でやったとこは、よく質問しに行ってたみたいだったけど」
「昔のことは忘れた」
あっさり言い放つ舞子。大方、尾崎先生会いたさだけで、質問に行っていた
んだろうな。
「昔のことより、今はこの問題よ」
「数学の得意な誰かに頼んでみれば?」
「耕助の他に誰がいるってのよお」
「ええっと」
言い淀んでいると、誰かまた一人、図書室に入ってきた。
その顔を見て、思わずつぶやく。
「古松君だわ」
「え? あ、ほんと」
閲覧席に座ったまま、半透明の仕切りから覗いていると、どうやら本を返し
に来たらしい。
「ね、古松君て、数学、できる方なのかしら」
舞子が聞いてきた。知り合いなら親のかたきでもいいって感じね。
「さあ……ときどき、成績上位に載ってるから、少なくとも、私達よりはでき
るはずだけど」
「あいつなら、よくできるよ、数学」
沢田君がぽつりと言った。さすが、一年のときから気が合う仲だけのことは
ある。
「それなら頼んでみよっと」
「え、ちょっと」
「古松くーん!」
私が止める間もなく、舞子は腰を上げて、古松君を遠慮なしに呼び止めた。
カウンターで手続きをすませて、すでに出入りの扉に向かっていた古松君は、
ぴたっと立ち止まって、誰に呼ばれたのかを確認する様子。
「こっちこっち」
−−続く