AWC ホワイト・バレンタイン 3   寺嶋公香


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#3223/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 3/15   2:57  (199)
ホワイト・バレンタイン 3   寺嶋公香
★内容
「えー? まじ?」
 それには答えず、すぐに教室を飛び出し、隣へ向かう。他の人がたくさんい
るけど、このままだと古松君に迷惑がかかるかもしれない。それだけは嫌だ。
私は、私の気持ちを知ってほしいだけよっ。
 と、気負って、四組に入ろうとしたものの、足を止めざる得ない状況になっ
ていた。もう戻っていたんだもん、古松君。それに神谷さんも。
 古松君の席まで神谷さんはやってきて、何かとかいがいしく世話を焼いてい
る様子。まっずいなあ。
「何だ?」
 声が聞こえたわけじゃないけれど、古松君の口がそんな感じに動いた。その
手には教科書があった。教科書やノートをかばんから机に移そうとした際、つ
っかえたに違いない。
 古松君の右手が、机の中を探っている。
「これ、何だろ?」
 そう言いながら−−今度ははっきり聞こえた−−、古松君は右手を机から出
した。しっかり、私が置いたあの小箱を持っている。
 まあ、というニュアンスで、横にいた神谷さんが唇をとがらせている。目つ
きもにわかに険しくなったみたい。
「チョコレートか?」
 外野からの声。
「勇気ある女子がいるもんだ」
「にくいねえ、古松クン」
 冷やかしの声が次々に飛ぶ。
 古松君の、困惑した表情が見えた。口の中で、何かもごもご言っているよう
にも受け取れる。
 私はいたたまれなくなって、自分の教室に戻ろうと思い、身体の向きを換え
た。でも、それと同時に、神谷さんの大きな声が聞こえてきた。
「うるさいわよ、みんな! 静かにして」
 さすがというか、その一言で、四組の雰囲気はしんとなった。見たくなくて
も、その様子を見ざるを得なくなる。
「どこのどなたが置いたのか知らないけれど」
 神谷さんは、小箱のリボンを指先でつまみ上げた。何だか……とても嫌。
「古松君には、決まった相手がいるの。遅かったと思って、あきらめてもらう
しかないわね」
 神谷さんは箱を置いた子が、今この場面を見ていると確信している様子だっ
た。嫌みなぐらいに、芝居がかって見えるのは、私がその当人だから?
 そして神谷さんは、淀みない振る舞いで、中庭に面する窓際まで行くと−−
小箱を外に投げ捨てた。
「おいっ」
 古松君が立ち上がった。彼の目は一瞬、神谷さんの方を向いて、ついで、廊
下を振り返った。その刹那、目が合ってしまった……ような気がした。
 でも、私はその続きを見たくなかった。見られなかった。涙がこぼれないよ
う、わずかに上を向き、のろのろと教室に戻った。
「取りに行く気かよ?」
「よせよ、授業が始まるぜ」
 そんな声や机ががたがたと音を立てる喧騒が、背中の方から届いた。
 私のチョコレート、どうなったんだろう。

 一時間目の内容は、ほとんど頭に入らなかった。
 私のやったことは、結果的に無神経だったかもしれない。けれど、それをあ
んな風に捨てるなんて、信じられない。腹が立つのと同時に、悲しくて悔しく
てどうしようもない。
「秋奈。秋奈ったら」
 目を上げると、前に舞子が立っていた。そうか、もう休み時間なんだ。
「舞子」
「気が抜けてるなあ。一時間目が終わった途端、凄い勢いで古松君が走ってっ
たわよ」
「はあ……それが?」
「よく分からないけど、大騒ぎになってる。ほら」
 と、舞子は何故か、窓の方を指し示した。よくよく見渡せば、クラスのほと
んどが窓枠に鈴なりになって、下を覗いている。
「秋奈も見てご覧よ」
「……うん」
 立ち上がり、窓際に向かう。すでに人がいっぱいで、割り込む余地がない。
「三井さん、ここ」
 声のした方向を見上げると、沢田君。場所を譲ってくれた。多少、見えにく
いけれど、四組の窓の下の状況をとらえられる位置。
「古松君……」
 思わず、その名前が口をついて出た。古松君、四組の窓の下にある植え込み
というか草むらの中で、何かを必死になって探しているんだもの。昨夜積もっ
た雪が残っているのも、まるで気にかけてない。
「がんばれよー!」
「神谷さんに怒られるぞ!」
 ここでも冷やかしの声が矢のように飛んで行く。
 首を動かすと、古松君の後方で、腕組みして立っている神谷さんの姿が見え
た。表情までははっきり見えないけれども、きっと苦虫をかみつぶしたような
顔をしてる。
 やがて、古松君が小さくガッツポーズをした。そして、手にした箱−−私が
置いたあの箱を、これも小さく、掲げて見せる。
 すると今度は神谷さんが近寄っていき、裏返り気味の声で叫んだ。
「どういうつもりよっ!」
「受け取るのは勝手だろ。贈った方は全然、悪くないぜ」
 古松君の声も、はっきりと耳に届いた。
 それから古松君は、すたすたと校舎の方に戻り始めた。あわてて追いかける
神谷さん。
 しばらくして、今度は階段の方が騒がしくなった。私も含めて、全員、急い
で廊下側の窓に移動する。
「全然、悪くないですって? 私がいるのに、あなたへ贈り物するなんて、図
図しいのよ!」
「……やめろよ、みっともないぜ」
 足早に、古松君が通り過ぎていった。あの小箱は、優しく握られていた。包
みがちょっぴり濡れて、光っている。
 古松君のすぐあとを、神谷さんが行く。
「私のことも考えてよ!」
「考えている。とりあえず、こんな形で君と喧嘩したくないんだ」
 そこまで聞き取れた。あとは、二人が四組に入ってしまい、加えて、待ちか
まえていたクラスメートが騒ぎ立て始めたので、まったく聞こえない。
 私のクラスでも、
「すっげえな」
「カップルになった途端、夫婦喧嘩か」
「見せつけられてるんじゃないの、結局さあ」
「神谷さんのイメージ、狂っちまったよお」
 というような、野次馬の感想が飛び交っていた。
「あれって」
 舞子が聞いてきた。
「秋奈が置いたやつなんだ?」
 私は黙ってうなずいた。
「そう……。がんばっ、だよ。秋奈」
「うん。ありがと」
 私は舞子の手を強く握った。
「どうなってるんだ?」
 沢田君が近づいてきた。
「あ、ありがとうね。場所、譲ってくれて」
「それより、あれ、まさか、三井さんが」
「……そうよ」
「何てこった。まずいやり方になっちまったなあ。舞子、おまえが止めてやれ
よ」
「私だって、気づかなかったんだから」
 舞子は頬をふくらませた。
「舞子は悪くない。私が自分のことだけに精一杯で、何も考えてなかったせい」
「うーん。とりあえず、あのチョコの送り主を神谷が知らない内は、平穏だろ
うけど」
「平穏って」
 神谷さんて、そんなに嫉妬深いの?
 さらに詳しく聞こうとしたら、チャイムが鳴ってしまった。舞子は自分のク
ラスに戻り、沢田君も席に着く。
 とにかく、古松君と話さないといけない。そんな気持ちを固めた。

 放課後、古松君を玄関で待っていると、じきに姿を見せた。けれど、話しか
けられそうにない。何故って、朝のあの騒ぎをものともせず、神谷さんは古松
君にくっついていたから。自分の右腕を半ば強引な感じで古松君の左腕に絡ま
せ、頭をもたれさせて歩いている。そう、まさしく、くっつくという表現がぴ
ったり来る。
「でね、聞いて、聞いて」
 話している内容はさっぱり聞き取れないけれど、とにかくよくしゃべってい
る。
 古松君が多少、辟易しているように見えるのは、色めがねかしら。
 いずれにしても、こういう状態では、私から古松君に話しかけるのは無理だ。
神谷さんのいないところで、できれば古松君と二人きりの状況で、きちんと謝
りたい。そしてお礼が言いたい。
 私は次の日以降も、古松君が一人になるのを待つしかなかった。
 けれども、休み時間や部活、登下校時間はまず、神谷さんがそばにいた。た
まに彼女がいなくても、古松君はたいてい、他の男子としゃべっている。そん
なところへ、私が「話があるから来て」なんて言ったら、変な風に歪められて、
神谷さんに伝わるかもしれない。
 沢田君に頼めば簡単かもしれないけど、神谷さんと仲が悪いもんね、彼。沢
田君に言づてを頼んだことが、神谷さんに伝わったら、どう思われるか分から
ない。極端な話、私が嫌がらせしたと受け取るかも。そういうのも避けなきゃ。
 結局、いい機会を見つけられないまま、二月も終わりに近づいていく−−。
 この季節、珍しい雨の日だった。しとしとと降り続ける冷たい雨。
 こんな日に貸し出し係の当番が回ってくると、ゆううつになる。図書室のカ
ウンターに収まっていると、正面に位置する窓から外のうらさびしげな情景が、
嫌でも目に入ってくる。
「さすがに盛況だな」
 席のうまり具合を見て、そうつぶやいた。期末試験が近いせいで、図書室で
勉強する人が結構いるのだ。白の半透明なプラスチック製の板によって、縦に
仕切られた長い机に、向かい合わせに腰掛けられるようになっているんだけど、
そのほとんどがうまっている。反面、本を借りる人はいつもより少ない。
 おかげで、私もカウンターに座ったまま、テスト勉強ができる。もっとも、
効率を考えれば、放課後、どこかの教室で舞子といっしょに、沢田君から教え
てもらうのが一番かもしれないけれど。
 なんてことを思っていたら、
「あの、すみません」
 という声。借りに来る人がいたか。
 何気なくノートから顔を上げると、古松君がいた。
「ふ、古松君」
 いきなりのことに、どぎまぎ。見える範囲内に、神谷さんの姿はない。
「や、やあ」
 周囲に気を配ってか、いつもとトーンの違う声の古松君。その手に本はなか
った。
「……部活は? 雨、関係ないよね……」
 この時間帯、バスケ部の部活があるはず。
「テスト前で休止期間に入ってる」
「あ、そっか」
「それよりも……十五日のことだけど」
 予想した通り。あの箱をもう開けて、それを置いたのは私だということを知
っているのね、当然。
「わ、私も話、あるの」
「場所、ここでいい?」
 室内を見回す古松君。
「小さい声でなら、いいと思う」
 図書委員なんだから、本来なら、建て前でも私語厳禁と言わなきゃいけない
んだけれど。
 話ができれば何でもいい。聞いておきたいこと。真っ先に浮かんだのは−−。
「神谷さんは……?」
「もう帰ったよ。何だか怒っていた」
 苦笑する古松君。
「これを持って来たの、ばれたかな」
 古松君はかばんから、私のあげたチョコレートの箱を取り出した。それを、
包装紙やリボンといっしょに大事そうに、カウンターの端っこに置いた。
「メッセージカードに、三井さんの名前が入ってたね。もっとも、開ける前か
ら想像できたけれど」
「……やっぱり、分かっちゃってたんだ」
 顔が赤らむのを意識した。
「十四日にうちのクラスの鍵を持って行って、その次の日だから。気づかなか
ったら、よほど鈍感だ」
 私は下を向いた。やだ、もう。顔が熱い。

−−続く




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