AWC 遠眼鏡 3   永山


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#3191/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 1/27  10:49  (200)
遠眼鏡 3   永山
★内容
 −−アベルの話が終わったとき、スティーブン・ロビンソン博士は、口を半
開きにしていた。それだけ、信じがたい話だったのだろう。魔玉、アベル自身
のこと、フランクの正体、同じ旧友のカインの現在……これら全てを、ほとん
ど隠すところなしに、アベルは話したのだ。信じられぬのも当然かもしれない。
「……アベル……本当かね?」
「直ちに信じてもらおうとは、考えていません。−−フランク」
 アベルが、フランクの方を向いた。
 フランクは腰掛けから立ち上がり、数歩、進み出る。
「すまないが、この場で君の能力を披露してくれないか」
「分かりました」
 すぐさま、フランクはいつも持ち歩いている中ぶりの刃物を取り出した。
「多少、『飛び散る』かもしれないので、何か、受け皿のような物があればい
いのですが」
「飛び散る?」
 分からないとばかり、首を傾げるロビンソン博士。
「お盆を使わせてもらおう。ベルサさんには悪いが」
 アベルが言った。
 フランクは無言のままうなずき、空の盆を置いたテーブルへ向かう。そして、
ロビンソン博士に見えるような位置に立ち、能力を示すための行為を始めた。
「あまり気持ちのいいものではありません」
 低い声で、アベルが注意を促した。
 博士は眼鏡を掛け、腰を浮かし加減にして、これから始まることを見逃すま
いとしている様子だ。
 フランクは右手に刃物を持ち、左手を盆の上にかざした。次の瞬間、いきな
り、フランクは刃物を左手の手首辺りに突き立てた。血が溢れ始める。
「な−−」
 声をなくす博士を横目に、続けるフランク。彼は、突き立てた刃物を思い切
り、手前に引いた。傷口は大きくなり、裂けた皮膚から中の肉が見えるほどだ。
 フランクはさらに力を込め、傷に沿って、何度か刃物を往復させる。
「あ、危ないぞ……」
 その内、フランクの左手首から先は、くたっという感じで、ぶら下がった。
ほとんど、ちぎれかかっている。
「ここからが重要です」
「し、しかしだね」
 フランクは右手で左手首を持つと、傷口がうまく合わさるよう、あてがう。
すると、しばらくしてから煙が細く上がり、見る間に元通りになっていく……。
 フランクは一分強ほど待ってから、右手を左手首から放した。それから、左
手の感触を確かめるために、何度か握ったり開いたりを繰り返す。その自然な
動きから、もはや、フランクの左手が完全に蘇生したことは明らかだった。
「どうです? 信じてもらえますか」
 アベルの口調は強い。これで信じてもらえないと、面倒になると感じている
らしい。
「……何という」
 言って、老博士は、疲れたように椅子の背もたれへ身体を預けた。
「驚かせて、すみませんでした」
 フランクは、申し訳なく感じていた。
「いや、いい。君は悪くないよ。……思い出したよ。アベル君、君が学界を追
放されたときの噂を……」
「……博士の耳にも入っていましたか」
 自嘲気味に、アベル。
「ああ。人体各部を遺体から集め、何か呪術的な操作を施し、人造人間を完成
させたのだ、と。事実だったんだな……。フランク君、君が……そうなのか?」
「……はい」
「君はしかし、どう見ても人間だ。体格のいい、普通の心を持った人間にしか
見えないよ」
 感に堪えないように、首を振り、肩を震わせるロビンソン博士。
「私のよき友人ですよ、彼は」
 アベルが、さりげない調子で言葉を挟んだ。
「さあ、信じていただけましたか?」
「ああ。カインも、このような力を身につけたのか……。彼もその名を聞かな
くなったなとは思ったんだが、畑違いだから耳に入らないだけだろうと、解釈
していたんだがね……。しかし、力を身につけたとしても、あのカインが、君
の言うような悪事に走るとは」
「あいつは、負けず嫌いの上に、征服欲・支配欲の強い男です。博士のような
年輩者の眼前ならともかく、同年代の私なんかの前では、その性格を隠そうと
さえしませんでしたよ」
「……カインを倒す、とは、つまり、彼を殺すことになるのかね」
「現在のところ、そうなるでしょう。やむを得ません」
「そうか……何てことだ」
「協力をお願いします、博士」
 頭を深く下げるアベル。
「カインを倒すためには、魔玉の謎の解明が第一歩。そして、それには、星々
の動きが一つの鍵となりそうなのです」
「……具体的に」
「魔玉の能力が発動する仕組みについて、私は考えています。当初、魔玉の者
の能力の強弱が、星の動きに起因するのではと思っていたのですが、はっきり
しない。魔玉が身体に馴染むに従い、能力も徐々に強化されるようなのです。
現在は、魔玉を生きている人間に埋め込む『時』の星の位置が、埋め込まれる
側が魔玉の者となれるか否かを決定するのでは、という仮説を持っています」
「……少なくとも一つ、疑問がある」
 ロビンソン博士は、パイプを握りしめた手の指を一本、立てた。
「私が天文学の知識を提供したとしても、君の言う仮説を、どう検証するのか
ね? さっきの話じゃ、魔玉とかいう石は、手元に一つもないそうじゃないか」
「それについて、私も頭を痛めていたのですが、昨日、閃いたことがあり、半
分は解決できそうなのです。つい最近、カインが起こしたと思われる、五つの
殺人があります」
 言ってから、アベルは新聞の切り抜き記事を取り出した。昨日、コナン警部
から知らされた事件の記事だ。
「別に、これと言った共通点はないように、私には思える」
 納得いかない風の博士に対し、アベルはコナン警部から明かされた情報と、
さらには被害者の職業上の類似点を説明した。
「−−以上の点から、これら五つの事件は、眼に関する特殊能力を持つ魔玉の
者を産み出さんがため、カインが引き起こしたものと考えられます」
「まだ話が見えないな」
「五人の被害者がいつ狙われ、死に至ったかは、警察の捜査でおおよそ定まっ
ています。これを基に、事件の頃の星の位置を導き出せるでしょう?」
「なるほど、分かった。言うなれば……失敗例ばかりだが、検証の材料だ」
 ロビンソン博士は、パイプに煙草を詰め直した。
「成功例も、一つだけ手中にありますよ」
 アベルはかすかに笑い、フランクを見やった。
「僕の『誕生日』は、はっきりしていますから」
 フランクの言葉に、博士はまたうなずいた。

 新月の夜、外気は冷たかった。
(誰か来ているようだ……)
 窓ガラス越しに確認できた人影の数から、カインはそう判断した。
(この家には、博士と義理の娘、二人だけのはず。四つの人影……二階に三人、
一階に一人。孫娘とかが帰って来ているとしても、もう一人いる訳か)
 そこまで考えてから、ふっと口元に笑いを浮かべたカイン。馬鹿馬鹿しくな
ったのだ。
(誰が来ていようが、関係ない。邪魔であれば、始末すればいい)
 それからカインは木陰から離れると、暮れたばかりの暗い空間を切り裂くよ
うに、一気に跳躍した。
(目指すは二階……。ロビンソン、私のために、役立ってもらおう!)

 部屋の中へ、突然、風が流れ込んできた。
「おかしいな」
 怪訝そうに、風の来た窓の方を見やるロビンソン博士。
「昨日、観察のあと、閉め忘れたか……」
「待ってください」
 立ち上がろうとした博士を、言葉で押しとどめるフランク。
「昨日から開け放していたとしても、今になって風が入ってくるなんて、おか
しい……。窓は外開きですか?」
「あ? ああ、確か、そうだ」
「それなら、錠を掛け忘れたにしたって、勝手に開くはずがない。博士、アベ
ル。これは誰かが、今しがた、窓を開けたのだと考えるべきでは……」
 フランクの見方に、言葉にならぬ声でうなるアベル。
「誰かが開けただって? ここは二階だよ」
 ロビンソン博士が一笑に付しかけたところに、嘲笑の声がとどろいた。
「−−愉快だったよ、フランク・シュタイナー!」
「その声、まさか、カイン?」
 アベルらは立ち上がり、身構える。
「アベル、君も来ているとはね」
 カーテンが揺らめき、その奥から、灰色らしきマントをまとったカインが、
ゆらりと姿を現した。わずかに見えた窓ガラスは、きれいに切り取られていた。
「カイン君……」
 呆気に取られたようにつぶやいたのは、ロビンソン博士。いくらアベルから
説明を受けていても、かつてのカインを知る者として、現状が把握できない。
そんな様子だ。
「お久しぶりですな、ミスターロビンソン」
「逃げてください、博士」
 フランクが前面に出た。
「何をしに来た?」
「今日のところは、君に用はない。無論、アベルにも」
「博士をどうするつもりだと聞いているんだ!」
 アベルが、怒声を上げた。
「−−実験台になってもらおうと思ってね」
「実験台?」
 まだ部屋に残っていたロビンソン博士が、裏返った声で言った。
「じゃ、じゃあ、カイン。君は、私の胸を切り裂き、魔玉とかを試すつもりな
のか……」
 博士の言葉に対するカインの反応は、わずかだが驚いたもののように見受け
られた。
「ほう……そのような言葉が出てくるとは、これまでの事件も知っているのだ
ろうね。大方、アベルのつまらん猿知恵なんだろう」
「やはり、五人の胸を切り裂いて殺したのは、貴様か」
「五人?」
 アベルの質問を、カインはじらすかのようにゆったりとした物言いと身振り
で、否定した。
「六人だよ、アベル! 新聞に報道されていないのは、確か、日雇労働者だっ
たかねえ?」
「日雇労働者だって? 眼についての能力を得たくて、職業を選んでいたんじ
ゃなかったのか?」
「フランク、素晴らしいな! そこまで気付いていたとはね。君達にとって第
六の男は、覗きを趣味にしていたんだよ。いい趣味じゃないが、試す価値はあ
った。結果的に失敗だったが」
「どうして、博士を選んだ?」
「おや? そこまで見抜いていながら、分からないのか。これは気分がいい。
教えてやろう。ロビンソン、あなたは今でも、望遠鏡を覗いていますよねえ?」
 その一言で、すぐに理解できた。
「天体観測の眼を、試したい訳か」
「ご名答だ。付け加えるならば、学者として優れた頭脳を持つ人間で試せば、
成功するんじゃないかと思ってね。そういう条件を満たす者として、我が旧知
のスティーブン・ロビンソンは適役だ!」
 カインは素早く、右手をかまえた。
「博士!」
 アベルが叫びながら、ロビンソン博士の腕を掴み、部屋の外へ飛び出した。
「フランク、そこを退くんだ」
「聞けないね」
 扉を背に、立ちふさがるフランク。
「行きたければ、俺を倒すことだ」
「君とは−−まだ闘う時期ではないと思っているのだが……。君が隠している
能力について、探らないとね。私は完全なる勝利の確信を得るまで、行動に出
ない誓いを立てたのだよ」
「誰に誓った? 悪魔にでもか?」
「つまらんジョークだ。確実に君を倒せるならば、あの六人を殺し、今またロ
ビンソンを狙う理由もなくなるのだがね。仕方ないな、今夜は出直すとしよう」
 あっさり引き下がるカインの態度に、フランクは拍子抜けした。
「驚いたようだな」
 愉快そうに、カインは唇を歪めた。
「旧知の間柄のロビンソンへ、敬意の代わりに忠告しておこう。夜道を歩くと
きは、気を付けろと伝えてくれたまえ」
「くっ、言われなくても、俺が守ってみせる!」
「ふん。いつまで、あんな老人一人にかまっていられるかな。はははは!」
 カインは言い終わらぬか否かの内に、身を翻すと、来たのと同じ窓から飛び
出していった。
 すぐさま、フランクはその窓へ駆け寄ったが、闇に紛れたカインの姿を捉え
るのは、もはや困難だった。

−−続く




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