AWC 遠眼鏡 2   永山


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#3190/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 1/27  10:47  (187)
遠眼鏡 2   永山
★内容
「警部、五人目の犠牲者が出たのは、いつです?」
「一昨日。検死も不完全のまま、とにかく知らせようと思いましてね」
「二日前……。カインの奴は、まだ目的の能力を得ていないのかもしれないな。
犠牲者が増えないよう、対策を立てたいものだが……まさか、カメラマンや新
聞記者達に、注意を呼びかける訳にもいくまい。仮にそうしても、あのカイン
のこと、別の職業人に目を着けるのは必定」
「要は、カイン自身を見つけて、叩きのめすこと、これですよ」
 議論が面倒になってきたのか、コナン警部はいささか短絡的に言った。
「その鍵になりそうなのが、さっきのあれですな。太陽の光に弱いんじゃない
かっていう」
「その確認のためにも、天文学や考古学等、知りたいことは限りなくある。時
間をかけている余裕はないのだが、先にも言ったように、それぞれの専門領域
のガードは堅いね」
「何なら、私が警察の威光をちらつかせますかな」
 どこか吐き捨てるような口調のコナン。
「ふふ。今のところ、いいですよ。まだ、あてはあります」
 いくらか自信ありげに、アベルは言い切った。
「音信不通だった、旧知の天文学者と連絡が取れましてね。明日、会いに行く
約束を取り付けたんです。彼なら協力してくれるでしょう」
「何ていう方ですか?」
 初耳だったので、フランクは尋ねてみた。
「スティーブン・ロビンソン。年齢は、向こうがかなり上だけど、昔から親し
く付き合ってもらってね。非常に気さくな人なのは、きっと変わっていまい。
それにもう一つ、ロビンソン博士はカインとも面識があるのだよ」
「え?」
「私とカインは、当時、共にロビンソン博士と行き来があった。カインの奴、
天文学の知識は博士から得ていたよ」
 目を細めるアベル。さすがに懐かしそうである。が、その表情はすぐに引き
締められた。
「博士がカインを知っているのは、大きな利点だよ。カインの正体を知っても
らって、注意してもらうと同時に協力を仰ぎたい」
「なるほど、カインのことを話せるのは、大きいかもしれない」
 コナン警部は納得したようにうなずく。それから、ふと思い出したように時
計をかざした。
「いかん。そろそろ戻らないと、上からどやされかねないな。何せ、勤務時間
を割いてるもんですから、立場が弱くていけませんな。じゃ、ここらで失礼し
ます。カインをぶっ倒す策、頼みますよ」
 洒落者のように片目をつむると、警部は立ち上がった。
「何とかなるよう、努力します。しなきゃなりませんからね」
 そう返して、アベルはフランクと共に警部を見送った。

 翌日、昼食を終えてから、アベルは出かける身支度を整えた。今回、フラン
クも同行する。
 これまでなら、訪ねた先がどんな反応を見せようとも、日が暮れぬ内に帰宅
する意志を持てたが、旧来の知人との久しぶりの再会となると、どうなるか分
からない。そんなアベルの意向から、フランクの同行となったのだ。
 行き交うタクシーをつかまえ、乗り込んだところで、フランクは聞いてみた。
「遠いのですか」
「そうでもない。−−この住所までやってくれ」
 運転手に、メモを見せるアベル。
「分かりました」
「時間は、どれぐらいかかるかね?」
「一時間足らずといったところになりますね」
 運転手の言葉に、フランクは懐中時計を見た。今からだと、二時には到着す
ることになる。
「晴れてよかった」
 窓から外を覗きながら、フランク。
「曇りだと、どうなるのでしょうね、カイン−−」
「フランク、その話はよそう。あまり楽しくない」
 ぴしゃりと言って、目を閉じるアベル。次の瞬間、フランクは理解した。運
転手がいるのだから、カインの話はするなという意味を。
 運転手の言葉は正しかった。郊外の、ちょっとした緑に囲まれたスティーブ
ン・ロビンソン博士の屋敷の前に二人が降り立ったとき、時計は午後二時を示
していた。
「ありがとう」
 運転手を帰してから、二人はアベルを先頭に、敷地内へと足を踏み入れる。
 玄関の正面に立つと、アベルは懐かしそうに建物を見上げてから、軽く深呼
吸をしたらしい。それから、扉の上方横に付いている鐘を鳴らした。
 からんからんと、心地よい音がしてからしばらく後−−。
「どちら様でしょうか?」
 女性の声がした。ふと気付けば、扉に設けられた細い覗き窓が開いている。
「午後からの訪問をお約束していただいているはずです。エフ・アベルです」
 確かめるためか、一瞬の間があってから、扉向こうの女性は再び反応した。
「エフ・アベルさんにフランク・シュタイナーさんですね? はい、只今」
 扉が引き開けられると、そこには家事用の前掛けをした、中年女性が立って
いた。さっきまでの警戒の仕方とは裏腹に、花が咲いたような笑顔をしている。
「失礼しました。どうぞ、お入りください」
「どうも。……やけに、用心されているようですが……」
 女性の応対ぶりが引っかかったらしく、アベルは率直に尋ねた。
「最近は、刻み屋ニックなんていう通り魔なんかが出たり、連続殺人が起こっ
たりと、街の方が物騒になってきましたから。この辺りでも用心するのに越し
たことはない。そう思いません?」
「いや、よく分かります。ところで……あなたは、ロビンソン博士の」
「私から見て、博士は義理の父に当たります。ベルサと言います」
 笑顔を絶やさず、彼女が答える。その手は忙しく、お茶の準備をしているら
しい。
「では、あなたがヘンリーの細君ですか?」
「はい」
 ベルサ・ロビンソンの声が小さくなった。
「あの、ヘンリーは……?」
 嫌な予感を抱いたらしく、アベルの表情が曇る。フランクとしては、ただそ
れを見守ることしかできない。
「亡くなりました。そう、四年前の四月十五日のことですわ」
 いくらか伏せがちになっていた面を上げ、ベルサは気丈そうに言った。さら
さらと髪が流れるのが、見て取れた。
「事故でした。馬車の方ですけれど」
「それは……知りませんでした。お悔やみ申し上げます」
「いえ……。もう四年ですから……大丈夫です。それより、義父にご用なので
しょう? ご案内します」
 ベルサは、お盆にカップやらポットやらを載せ、よい姿勢で歩き始めた。
「お願いします」
 ヘンリーについて色々聞きたそうなアベルだったが、本来の目的を思い出し
たか、唇を噛みしめた。
 階段を行くベルサのあとに、ゆっくりと付き従うアベルとフランク。屋敷内
は、奇妙なほどに静かだった。
「お子さんは……」
 螺旋階段の途中、我慢しきれなくなった感じで、アベルが質問を発した。
「私とヘンリーの、ですか?」
「はい。この家に残っておられるということは、いるのだろうと思いましたか
ら……」
「おります。寮に入っているのですが、娘が一人。アニタという名前で、十九
ですわ」
 自慢の娘なのだろう、楽しげな表情をなすベルサ。
「学生さんですか」
「はい。ヘンリーは義父の学究者的素養を受け継がなかったようですが、アニ
タには隔世遺伝したみたいで……。天文学じゃありませんけれど、考古学なん
かを。土を掘り返して、何が面白いのか、私にはさっぱりなんですけれどね」
「それは楽しみですね。考古学は、これから技術の進歩で、次々と新しい事実
が判明するでしょうから、きっとアニタさんにとっても、楽しいものとなりま
すよ」
「そういうものですか」
 ベルサが答えたところで、階段を昇りきった。そして、すぐ正面の大部屋へ
と向かう。
「お義父さん、アベルさん達がお見えになりましたわ」
「−−ああ、分かった。お通ししてくれ」
 このとき、フランクはアベルの横顔を見やった。ほころんだように見えた。
 ベルサは扉を開け、手近のテーブルに盆を置くと、
「どうぞ」
 と言い残して、退いて行った。
「お久しぶりです、ロビンソン博士」
 中に入るなり、そう言ったアベル。室内は、星図が張ってあったり、天体模
型が所狭しと並べられたりと、いかにも天文学者の部屋然としている。天文研
究のシンボルと言える天体望遠鏡は、窓際に二種類、備えられていた。
「おお、本当に久しぶりだね」
 椅子に腰掛けていた白髪の老紳士が、そのまま身体をこちらに向ける。
「お変わりありませんね……髪の色を除いては」
「ふむ、君も変わっとらんようだ。その口の悪さは」
 見かけは頑固で厳しそうな雰囲気だが、このロビンソン博士、なかなかユー
モアを解するらしい。
「参りましたね。さて、紹介しておきましょう。彼が私の協力者、フランク・
シュタイナー」
「お目にか、お目にかかれて光栄です、ロビンソン博士」
 フランクは、やや、どもりながら頭を下げた。緊張しているのが、自分でも
分かった。
「初めまして、私がスティーブン・ロビンソンだ」
 ゆっくりと立ち上がり、手を差し出してくる博士。フランクは、慌てて駆け
寄った。
 二人と握手を交わしてから、ロビンソン博士は、ベルサが用意したお茶をカ
ップに注ぎ始めた。
「フランク君は、立派な体格をしとるね。何か、やっているのかな?」
「特に限ってやってる訳ではありません。運動は好きですが」
 当たり障りのないところを答えておく。まだ、アベルがフランクの正体をロ
ビンソン博士に打ち明けるのかどうか、はっきりと決めていないから。
「そうかねそうかね。私なんかは、もうこの年齢だ。身体を動かしたくても、
思うように動いてくれんよ、全く」
「私なんか、今でも身体がなまって、だめです」
 アベルが苦笑混じりに応じた。その手にティーカップが渡される。
 フランクも、自分の大きな手で包み込むようにして、カップを受け取った。
「いただきます」
 香りを楽しむように、目を閉じるアベル。そして、満足そうに一つうなずき、
口を付けた。
「−−いい感じですね」
「そうだろう。ベルサの用意したお茶は、いつも、これぐらいの時間を取って
から注ぐのが、こつだ」
「なるほど」
 アベルの頬がゆるむ。が、その表情がふっと、真面目なものとなった。
「ところで、ロビンソン博士。今日、寄せてもらったのは」
「あ? 何だ、手紙には、天体、特に太陽や月、惑星のことについて聞きたい
ことがあると書いてあったようだが」
 状差しから、その手紙を見つけ出すつもりか、博士は机に向き直ってしまっ
た。
「それもあります。が、手紙の件が全てではないのです」
 アベルが言った。
 その口調に、ただならぬ気配を察したのだろう、スティーブン・ロビンソン
は、すぐにアベルらに向きを戻した。
「話してくれたまえ」
「かなり長くなると思います。……その前に、この部屋ですが、第三者に聞か
れる心配はないでしょうね?」
「大丈夫だよ。ご覧の通り、ドアさえきちんと閉めれば、音は漏れない」
 カップを机の上に置き、代わりにパイプをくわえる博士。
「それでは……」
 アベルは、いくらか逡巡する顔つきをしてから、おもむろに話し始めた。
「博士も当然、ご存知のことでしょうが、刻み屋ニックのことから始めましょ
う……」


−−続く




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