AWC 床下の散歩者事件 2   桐鳩 吉太


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#3180/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/12/27  12:10  (184)
床下の散歩者事件 2   桐鳩 吉太
★内容

 すっかり暗くなってから、ようやくアパートに帰り着いてみると、ふと、葛
井さんのことが気になった。
「本当に、葛井さんの仕業だったのかな」
 隣を歩く戸倉に、そう声をかける。
「朝、おまえが妙な音を聞いたっていう、あれか? まだそんなこと、気にし
ていたのか。俺が知るかよ。……今、その変な音は聞こえるのか?」
「……分かんねえよ。部屋に行って、耳を澄ますでもしないと、はっきりとは」
「いっそのこと、直接、聞けばいいじゃんか。よっぽど、話が早い」
「それができりゃ、苦労しないって。分かってるくせに。部屋に入ることはも
ちろん、玄関から中を覗くことさえ、できたためしがない」
 服部は思い出していた。醤油を借りることを口実に、葛井の部屋を訪ねたと
きだった。葛井はしばらく出て来ず、ようやく玄関の扉を開いた際も、中を見
せたくないような素振りだった。もう一つ付け加えれば、彼女は、醤油は切れ
ていると言った。
「おい」
 戸倉に肩を軽く揺さぶられた。我に返ると、四号室の前だった。
「何、考えごとしてんだよ」
「あ、いや……」
「じゃあな」
 戸倉は鍵で、自室のドアを開けた。
「ああ、またあとでな」
 服部は、その隣、五号室に戻った。
(……聞こえないな)
 何となく、聞き耳を立ててみた。朝、聞こえていたあの音は、この時間帯、
消えていた。
(ひょっとして)
 米を研ぎながら、考える服部。水は冷たかった。ガス湯沸かし器なんて物は、
備えられていない。
(葛井さん、他の連中−−僕も含めて−−がいないときを見計らって、土いじ
りか何かをやっている? 誰にも知られたくないみたいだ。今朝、たまたま忘
れ物をしたから、自分は音を聞いたけど。……どこを掘ってるんだろ? 庭な
んか掘り返したら、分かるよな。となると……部屋の中になるよな、やっぱ)
 電気釜をセットしてから、昼間、たどり着いた考えを、改めて検討する。
(葛井さんの部屋は一階だから、畳をどけりゃ、下は地面。そこを掘る。……
何のために?)
 親が送ってくれたほうれん草を洗い終え、とりあえず、夕飯の下準備は終わ
った。服部はこたつに着いて、テレビのスイッチを入れてからも、推理をまだ
続けた。
(宝が埋まってる訳ないし、温泉とかを探しているってのも馬鹿げている。も
っと現実的に……。穴を掘るってことは、そこに何かを埋めるって場合も有り
得る。埋める−−ごみとか? まさか。そんなことする必要なんか、どこにも
ない)
 思考の途中で、ごみ収集日が明日だと思い当たった。服部は、今の内にやっ
ておこうと、腰を上げた。
(ごみじゃないとしたら……。うーん、埋めるってのは、捨てるか隠すっての
と同じ。隠す……。何か大事な物、人に見られては困る物、かな。へそくりを
床下に隠す話、よく聞くけどさ、葛井さん、独り暮らしだろ。誰からお金を隠
す? そりゃ、泥棒に見つけられないようにするためかもしれない。でも、そ
れならまず、一階じゃなくて、二階の部屋を選ぶはず。あの人、一階の部屋が
空くのを待っていたって聞いた覚えあるぞ、確か)
 ゴミ袋の口をぎゅっと結び、狭い三和土に出しておく。それから手を洗って、
こたつに戻った。
(穴を掘るために、一階の部屋に入った……? どこか変だな。ひょっとして、
何か秘密の物を隠すため、場所がほしかったんだろうか? 秘密の物って……
麻薬、盗品、拳銃、それから−−死体)
 服部はおかしくなってきた。口元が歪む。頭の中、漫画めいた想像が際限な
く広がっていく。
(冗談。冗談だよ、これ。遊びのつもりで考えているんだ。うん、金のかから
ない遊び。
 さーて、死体まで考えたら、恐い物はない。そうだな、何も死体でなくたっ
て、凶器でもいいや。血染めのナイフとか)
 見るともなしにテレビの画面を眺めながら、無責任に空想しているところへ、
ノックの音があった。来客だ。
「はい」
 返事して、玄関まで一歩で到着。そろりと扉を開けると。
「御厨先生! な、何ですか、こんな」
「驚いたかね」
 コート姿の御厨が、にやにやと笑みを浮かべた表情で、廊下に立っていた。
両ポケットに手を突っ込んでいるその格好は、どこか、不良中年のような趣が
ある。
「そ、そりゃあ、びっくりしますよ」
「とにかく、入れてくれないか」
「あ、いいですよ」
 さっきのゴミ袋を端に押しやってから、この思わぬ訪問者を招き入れる。独
り暮らしの男が、来客に対してよく使う枕詞と共に。
「散らかってますが……」
「分かっている。自分もそうだったからなぁ」
 冗談ぽく言ってから、御厨は室内に入ってきた。
「ああ、もう飯の準備、しているのか。話を聞くだけじゃ悪いから、どこかフ
ァミレスにでも行って、おごってやろうかと思っていたんだが」
「まじですか? だったら、ごちそうになりたいですよ。準備ったって、米を
炊いてるだけです。冬だから、明日に回せる」
「よし、決まった。ただし、服部君、君一人だけの特典だからね。他の連中に
気付かれないよう、そっと出よう」
「分かりました。でも、何だか気味悪いですよ」
 言いながら、自分の声が弾んでいるのが分かった服部。実際、金欠病のため、
今夜は、健康にはいいものの、メインディッシュが不在という寂しいおかずで
あった。
「表に車を置いている。男二人ってのが残念だが」
 キーを取り出した御厨は、相変わらず、笑っていた。

 料理が来るまでの間も、料理が来てからも、御厨の口にする話題は一つに集
中していた。
「いきなり訪ねて悪かったね。実は、昼間のことが気になって……」
 向かい合ってテーブルに着くなり、御厨はこう切り出した。
 そこへ、せかせかとウェイトレスが来たので、話は一時、中断。注文をすま
せたあと、再開された。
「昼間と言いますと」
 おしぼりで手を軽く拭くと、服部はそれが入っていた透明なビニール袋の上
におしぼりを置いた。
「優馬荘で、君が聞いたという音のことだよ」
「はあ」
 曖昧な返事になる。確かに服部も、奇妙な音については興味があるものの、
どうして御厨が気にするのか、分からない。
「やはり、先輩の身としては、君達に悪い影響を与える事態は排除しなきゃな
らん」
「悪い影響って、まだ何も分かってませんが」
「だから、そういう可能性がありそうな事態は、早い内に潰してしまうに限る
だろ。詳しく聞かせてほしい。まず、葛井−−だったかな。葛井さんが二号室
に越してきたのはいつだ?」
「十月初旬ぐらいでしたよ。それまで二号室にいた一回生が、ホームシックと
かで大学やめて、田舎に帰りましたから」
「なるほどね。二ヶ月ほど前か。その頃から、土を掘るような音、していたの
かい?」
「いえ、分かりません。ただ、僕は聞いたことなかったし、戸倉の奴も聞いて
いないはずです。多分、他の部屋の連中だってそうでしょう。誰かが聞いたな
ら、すぐに伝わってくるはずですから」
「ふむ。ネットワークがあるんだな。ともかく、越してきてすぐ、土を掘って
いたかどうかは、分からない訳だ」
「はい」
「掘っていたとしても、他の部屋の者がいない時間帯を見計らって、か……」
「あの、やっぱり、先生も葛井さんが音を立てていたと?」
「それしかないだろう? その人だけ、アパートに残っていたんだから」
「それは、僕もそう思いますけどね」
「何の理由で掘っているかだな、問題は」
 御厨が腕組みをしかけたところで、料理が届けられた。慌てたように、また
腕を元に戻す御厨。
「さあ、食べなさい。部活に顔出ししていない罪滅ぼしも含めて、どんどん食
べてもらおうかな」
「ごちそうになります」
「食べながらでいい。僕の話、聞いといてくれ」
「はい」
 肉を頬張りながら、強くうなずく服部。
「掘っているとしたら、当然、部屋の中なんだろうねえ」
「だと思いますよ。庭には、掘り返した様子、なかったですから」
「葛井さんの部屋の中を見たこと、ないんだったね?」
「そうです」
「……もし、越してきた当初から掘っていたとしたら、かなり深い穴ができて
いるかもしれないな。何に使うんだろうな」
「自分も色々、考えてみたんですが」
 と、服部は、それまでに自分が思い付いたことを言ってみた。
「−−どうでしょう?」
「なかなかユニークだねえ」
 御厨の反応には、苦笑が混じっていた。
「しかし、死体なんてのは大げさだよ。いくら何でも。だが、犯罪に結びつけ
るというのは、面白いな。いや、面白がってばかりもおれんが。……うん、こ
れが抜けている。服部君、こういうのはどうだろう」
「はい?」
「トンネルを掘っているんだ。人が通れるような、大きなトンネルをね。そし
て近くの宝石屋なり銀行なりの床下まで掘っていき、機会を待って襲撃するん
だ」
「……」
 呆気に取られた服部。その口に、言葉はしばらく浮かんでこなかった。
「……トンネルという発想は思い付かなかったですけど……銀行強盗っていう
のは、どう考えても……。近くに、銀行も宝石店もないですよ。その他の店を
ターゲットにしたって、多分、コンクリートの床をぶち破れないと思いますが」
「おいおい、本気にしたのかい? 冗談だ。決まっているだろう」
「ああ……」
「知らないみたいだな。シャーロック・ホームズの『赤髪連盟』だよ」
「ホームズと言いますと、探偵の……。推理小説ですか」
「そうだよ。今の僕の意見は、そこからの借用だ。てっきり、読んでいるもの
と思っていたんだが」
「あいにく、推理小説はおろか、本なんて、ほとんど読みませんから」
「本離れってやつか。まあ、いい。それより、目の前の問題だ。二ヶ月間、堀
り続けているかもしれないんだな。そうまでして、その女性は何をしたいのか」
 先生がそこまで執着するのも気になりますよ。服部はそう言いたかったが、
ごちそうしてもらっている手前、余計な点に触れて、相手を怒らせたくない。
「どうにも結論が出ないな」
 あらかた食事が終わったところで、御厨はあきらめたように言った。
「先生の頭脳をもってしても、だめですか?」
 お世辞の意も込めて、服部は応じた。
「うーん。何かあってからじゃ、遅いからなあ。まあ、中学高校みたいに、学
校側に責任が来るもんじゃないが、やっぱり、気分よく過ごしたいからな。そ
の内、葛井という人の部屋を訪ねるかもしれんが、このこと、葛井さんに打ち
明けないようにな。こちらが乗り込む前に、床下の土を掘っていた証拠を隠さ
れたら面倒だ」
「分かりました」
 昨今の学生とは思えぬ、素直な返事をした服部。おごってもらったのだから、
素直にしておくに越したことはなかろう。
 食事が済むと、服部は、案外簡単に解放された。こういう束縛なら、別に悪
くはない。服部はそう思って、アパートの部屋に戻った。

−−続く




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