AWC 死線上のマリア 11   名古山珠代


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#3164/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/10/31   2:31  (180)
死線上のマリア 11   名古山珠代
★内容

 夜の学校校舎では、いくつかの部屋に明かりがともっていた。
 玄関横の受付で聞くと、理事長室に行くようにとのこと。一日の内、あそこ
に二度も足を運ぼうとは思っていなかった。真理亜はそんな感想を持って、理
事長室を目指した。
 部屋の中にいたのは、理事長先生に月谷先生、事務職員が一人。それに真理
亜の見知らぬ中年男性が一人。真理亜自身を含め、五人が集まったことになる。
「大丈夫かね」
 真理亜が顔を覗かせるなり、そう聞いてきたのは理事長。例のごとく、中央
の立派な机に腰を落ち着けている。
「はい、どうにか」
 それだけ答えると、真理亜は示されたソファに座った。
「月谷先生、説明してあげて」
 理事長の言葉に、月谷は黙ってうなずき、真理亜の方を向いた。
「まず、紹介からしておこう。こちら、吉田さん」
 と、月谷は、真理亜の見知らぬ男を手で示した。
「刑事さんだ」
 刑事!
 真理亜の心に、現実が突きつけられた。まだかすかながら、あれは夢ではな
かったのかという望みを抱いていた彼女だったが、それは打ち砕かれた。
 続いて、月谷は真理亜のことを、刑事に紹介した。
 吉田という刑事はいかつい顔をしていた。その口から発せられる声も、どう
繕っても凄みのあるものだった。
「久保嘉奈子さんの知り合いだと聞いていますが」
 言葉遣いは丁寧なものの、刑事独特の威圧感のようなものを感じて、真理亜
は返事がすぐにはできなかった。
「どうしました?」
「あ、はい。そうです。久保さんとは小学校のときの友達で」
「先生方から窺ったんですが、あなたは久保さんをここで見かけたと、そう主
張しているそうだね」
「はい。あれは絶対に久保さんでした」
 力を込めて答える真理亜。警察に味方になってもらえたらと考えると、どう
にか声も出せた。
 しかし、刑事は冷静であった。
「その話は置いておこうか。私が今、気にしているのは、あなたが、現在の久
保さんの顔を分かっているのかどうか、でして」
「それだったら……分かりますけれど」
 真理亜がそう答えると、刑事は月谷先生、そして理事長の順に目を向けた。
無言でうなずき返したのは、理事長。
 刑事は改まった口調で、真理亜に言ってきた。
「中学生にこんなことをお願いするのは、多少なりとも問題があるのですが…
…ご遺体の確認をしてもらいたいのです」
「遺体……確認?」
 すぐにその場面を空想してしまって、真理亜は口に手をやった。
「嫌ならいいんだ」
 慌てたように言い添える月谷。
「無理はさせない。ただし、久保嘉奈子という子の確認ができるのは、今のと
ころ、君しかいないんだ。知っての通り、彼女のご両親は海外だ。連絡はされ
るだろうが、今日明日とはいかない」
「……よく分かりません。あの、どうするか決める前に……その、河原で見つ
かったときのことなんかをお聞きしたいのですが」
「ああ、それがいいかな」
 一人でうなずくと、吉田刑事はポケットから手帳を取り出した。
「何から話そうか」
「あの……どんな風にして、死んでいたんですか」
 真理亜は言った。聞かない方がいいかもしれないと思いながらも、やはりや
めることができなかった質問。
「そうだねえ……。焼死ということは聞いているね?」
 黙ってうなずく。
 言いにくそうに、刑事は続けた。
「何て言うか……灯油が身体にかかっていたんだよ。それに火が着いて、酸素
が足りなくなって死亡したと考えられている」
「それじゃあ、焼け死んだんじゃないんですね?」
 少し、救われるような思いを抱いた真理亜。
「身体も、そんなひどくは……」
「酷なようだが、それは違う」
 吉田刑事はきっぱりと言った。
「酸欠で死んだといっても、そのまま火は燃えるから……遺体は損傷が激しい」
「そうですか……」
 真理亜は視線を落とした。そして上目遣いになって、刑事に尋ねる。
「そんな状況の遺体を見て、私が確認できるものなの?」
 語尾が跳ね上がるような感じ。涙声になっている。こらえようとして、真理
亜はぐっと拳を握った。
「それは分からない。ただ、このままじゃあ、らちが明かないから、何とか確
認してもらえないものかと思ってね」
「それじゃあ……どうして久保さんだと分かったんです? 身に着けていた物
からってなっていたようですが」
「ああ、それはね……」
 吉田は手帳を繰った。せわしなく動いていた彼の右手が、やがて止まる。目
的のページにたどり着いたらしい。
「決め手としては、生徒手帳を身に着けていました。そのおかげで、こちらへ
連絡できたのだが」
 吉田刑事は、理事長の方を見やった。理事長が補足する形で答える。
「事務の小金井君が、久保嘉奈子さんへ生徒手帳を発送しておいたのだ」
 事務職員の方を手で示しながら、理事長は真理亜を見つめてきた。あたかも、
「生徒手帳は発送したのであって、久保嘉奈子に直接、手渡したわけではない
よ」とでも言いたげに。
 それだけでは、真理亜の疑問はぬぐいきれない。彼女は、間髪入れずに言葉
を差し挟んだ。
「でも、先生は確か、久保さんが帰国するのは九月だとおっしゃっていました。
どうしてその彼女が……」
 ほんの一瞬だけ、理事長の顔色が変わった。真理亜には、そのように見えた。
「いや、そうは言っていないよ。九月から転入してくると言ったはずだ」
「でしたら、何故、こんなに早く、久保さんは日本に戻ったのでしょうか」
「それは、彼女のご両親からも話があってね。日本の生活に慣れさせたいから、
早めに娘を帰す。その間、寮の方で預かってもらえないかと。寮に入るのは、
明後日からになっていたはずだ。そうだね、小金井君?」
 理事長の問いかけに、小金井という事務職員は、「はい」とだけ答えた。
「明後日から……。それまではどうするつもりだったんでしょうか、久保さん
は?」
「ホテル泊りするはずだと聞いていた。その辺は刑事さんの専門だ」
 理事長は、吉田刑事へとバトンを渡した。刑事は、理事長の言葉を後押しす
るようなことを言い始めた。
「ホテルの名前は学校側で把握してましたから、調べるのは簡単でした。七月
十九日の夜から七月二十日の夜にかけて、久保嘉奈子という十四才の女性が泊
まっている」
「二十日まで、ですか」
「そうだよ。二十日の夜、残りの予定をキャンセルして久保嘉奈子さんはチェ
ックアウトしている。そこをタクシーで発ったとまでは分かっていて、恐らく、
二十日から今日にかけての真夜中、いや明け方に近かったのかもしれないが、
彼女は河原で死んだように考えられているのだ」
 真理亜は、なるべく頭の中を整理しようとした。それから質問を続ける。
「自殺なのか、殺されたのか、まだはっきりしていないということでしたね? 
でも、久保さんが自殺する理由も、殺される理由も、私には皆目、見当が……」
「四年ほど、会っていなかったんでしょう。そこまでは分からないと思うがね」
 そう言われても、真理亜は粘ってみた。
「日本に帰ってきた途端、殺されるなんて、考えられないっ」
「それはまあ、様々な状況が考えられるからね。通り魔的犯行の場合もある。
でも、まあ、そちらよりも、我々は自殺の線に傾いている。予定をキャンセル
してチェックアウトしたことから、自殺と考える方が自然なんだ」
「自然なんかじゃありません!」
 無意識の内に叫んでいた。
 真理亜ははっとして、顔を赤らめる。
「す、すみませんでした……」
「いや、こちらも言い方が悪かった。……それで、聞くところによると、久保
嘉奈子さんは、本当は夏休み前に転校してくるはずだったと。それが体調を崩
し、延び延びになっていた。このことは、久保さんが両親と離れたくなかった
ことが、精神面に影響を与えたんじゃないかと思えるのだよ。つまり、久保嘉
奈子さんは極度のホームシック……いや、ホームシックはおかしいか。とにか
く、親元を離れたくないという意識が高まって、発作的に自ら死を選んだ。そ
のような見方が現在、出されている」
「……」
「納得できないかもしれないが……今は、死の原因に関してはやめておこう。
亡くなったのが久保さんなのかどうか、それを確かめたいのだよ」
「その前に、えっと、二つだけ。遺書はあったんでしょうか?」
「あれば、他殺の可能性なんて考えないよ」
 苦笑いする刑事。
「仮に自殺だとして、久保さんはどうやって、灯油とかを揃えたんでしょう。
マッチかライターも必要だし」
「その辺りはまだ調べている最中で、分からない。さあ、これでいいかね。身
元を確認する決心の方は、どうだろうか」
「……やります」
 とうに決めていた答を、真理亜は静かに口にした。

 焼死体は……久保嘉奈子だった……。

 真理亜は−−長い間、立ち直れぬまま、その日その日を送っていた。
 折角、美代とも知り合えたのに、彼女とお喋りしながら食事する約束は、一
度も果たせていない。でも、美代もよく分かってくれていて、真理亜のことを
そっとしておいてくれた。
 そんな真理亜が、どうにか元気を取り戻せたのは、七月もあと二日という日
曜日。
「え?」
 久しぶりに、真理亜とまともに言葉を交わした美代は、いきなり驚かされて
いた。
「まだ調べるつもり?」
「うん」
 こくりと、力強くうなずく真理亜。
「で、でも……もう自殺という形で終わってる……。向こうのご両親も来て、
ちゃんとお葬式やって」
「解決していないんだもの、私の中じゃ」
 きっぱりと、真理亜。意志を曲げるつもりは砂粒ほどもない。
「納得いかないもの。今だから言うけれど」
 と、真理亜はずっと隠してきた、学校側の不審な態度を、美代に話した。
「……それは確かに、変だけど、だからって」
 美代はそんな感想をもらした。
「他にもあるの。自殺って言うけれど、結局、灯油はどこで手に入れたのか分
かっていないままよ。ホテルで嘉奈子を乗せたタクシーの運転手だって、出て
来ないままだし」
「……止めてもむだ、か」
 真理亜の迫力に圧倒されたか、あきらめたように美代は言った。
「分かった。もう、止めない。積極的に協力はできないけど、どんなことがあ
っても、私は真理亜の味方をするから。それだけは安心して」
「ありがとう。でも、もし、あなたにも何かあったら」
「いいの! 真理亜こそ気を付けなさい。あなた、頭いい割には、無茶する性
格みたいだから、心配だわ」
 そうかもしれない。真理亜は自分でも認めながらも、やめずにはおられない。
「じゃあ、燃料が切れるまで飛び回ってくるわ。少し、目算はあるから」

−−続く




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