AWC 死線上のマリア 10   名古山珠代


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#3163/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/10/31   2:29  (194)
死線上のマリア 10   名古山珠代
★内容
 理事長が院長でもある江田山医院。そこでの検査は、何ごともなく終わった。
そう、全く何ごともなく。
 熱をはかるとか、脈をはかるとかの基本的な診察から、何か大げさな消毒作
業やレントゲン撮影まで。時間をかけて、かなり多くの項目をこなした。
「異常なし」
 真理亜は拍子抜けする思いで、診断書を受け取った。
「まあ、多少、疲労の気味が出ているかもしれないな。一応、栄養剤的な物を
出しておこう。窓口で名前を呼ばれるまで、待っているように」
「はあ……。どうもありがとうございました」
 真理亜は若い医師に頭を下げて礼を言ってから、診察室を出た。総合病院だ
からか、やたらと広い病院内を抜けて、やっとロビーに出る。
 いくぶん、気負って身を投じたつもりだっただけに、真理亜はまさに拍子抜
けしてしまっていた。
(ちょっと大げさなきらいはあったけど、普通の検査だったわよね。何もおか
しなことないなんて……。私、思い違いしているのかしら)
 自信がなくなる。
 しかし、もう一人の自分によって、それはすぐに否定された。
(そんなことない。だって、事実、嘉奈子はいなくなっているのよ。その上、
荷物まで片付いちゃって。
 まだ帰国していない嘉奈子の精神だけが、私に見えた? ばかばかしい。霊
的な物は信じないんだから、私は)
 若干の奇妙さを感じながらも、真理亜の確信は揺らぎはしなかった。
 そのとき、スピーカーを通して真理亜の名前が呼ばれた。
 はいと口で言って立ち上がった真理亜は、気を引き締め直した。
(だから、この薬だって、本当に飲んでいい物かどうか……。気を付けてた方
がいいわ、きっと)
 薬の袋を受け取りながら、真理亜はそんなことを考えていた。窓口にいる看
護婦が、怪訝そうな目を向けていることに、真理亜は気付かなかった。

 戻ってみると、三日月寮の方に来るようにとの伝言。何かと思って出向いて
みると、遅い昼食の用意がしてあった。時間はすでに三時に近く、当然ながら、
食堂内に他の生徒の姿はない。
 一人の食事はつまらなかったが、いつもより早く食べ終わることができた。
と言っても、話し相手がいない上、夕食のことを考えて、かなり残したせいも
あるのだが。
 食事が終われば、食堂に用はない。さあ、とにもかくにも、湯川美代に帰っ
たことを伝えておかなくちゃと、真理亜は白雪寮へ急いだ。
 美代は幸い、出かけていなかった。今度は、真理亜も忘れずに、彼女を下の
名前で呼んだせいもあったのだろう、すぐに声が返ってきた。
「思ったより遅かったね」
 第一声。そして美代は真理亜を部屋に招き入れた。
「今は暇でしょ」
「まあね。ちょっと疲れたし」
「なーに? 病院に行って、疲れて帰ってきてどうするのよ」
 美代は、開いた口がふさがらないという様子である。
「でも、それも、仕方がないのよ。だって、延々と検査が続いたんだもの」
 私の責任じゃないとばかり、真理亜は反論し、さらにはどんな検査を受けた
のかまで、簡単に話してみせた。
「それじゃあ、まるで」
 そこまで言って、美代の言葉が途切れた。次の単語が出て来ないらしい。
「まるで、何?」
「えっと……ほら、中年のおじさんがよくやってもらうやつ」
「病院での話よね? だったら、多分、人間ドックのことを言ってるの?」
 真理亜が聞いた途端、美代は、それそれという風に、指さしてくる始末。
「それよ、その人間ドッグ」
「あのねー、人間『ドッグ』じゃなくて、人間『ドック』。犬じゃないんだか
ら。今さら人面犬でもあるまいし」
 真理亜は、苦笑しつつ、美代の間違いを訂正した。
「似たようなものじゃない。気にしないの。細かいこと気にしていると、早く
老けるって言うわよ」
 あまり聞いたことがなかったが、真理亜は気にせず、聞き流した。
「話はかわるんだけど、昨日の夜のアンケートって、具体的にはどんなことを
尋ねられたの?」
「またその話?」
 うんざりしたかのように、表情をしかめる美代。
「どうして、そう気にするわけ? 何か理由でもあるの?」
「そんな理由なんてないけど。……強いて言えば、自分が聞かれたときの心構
えっていうか、参考のために」
 真理亜はいくらか迷った末、まだ本当の気持ちは話さないことにした。まだ
一日と経っていないのだ、もう少しはっきりしてからでいいはず……。
「そういうことなら、まあ、話してもいいけどさ。先に、もっと別のこと、楽
しいことを話してからね。それが終わったら、教えてあげる」
 その申し出を、真理亜は快く受け入れた。こちらばかり我を通して、気を悪
くさせたくない。その気持ちもあったし、真理亜自身、本当にまだ疲れが残っ
ていたから、気分転換したかった。
 互いのことを話し、聞いていたら、一時間ぐらい軽く過ぎてしまっていた。
 美代の方から、そろそろいいかという感じで、アンケートの話を切り出しか
けたそのとき−−。
「足利さん?」
 激しくドアを叩く音と共に、名前を呼ばれ、真理亜はどきんとした。しかも
男の声だから、生徒ではない。
「何?」
 お互い、顔を見合わせてから、部屋の主の湯川美代は立ち上がると、ドアへ
と近付いていった。
「誰? 先生ですか?」
「ああ、そうだ。月谷だ」
 戸を開けるとその通り、廊下には月谷先生がいた。肩を上下させ、激しく息
をしている。何故だか分からないけれど、急ぎの用事のため、全力疾走してか
けつけてきたように見受けられる。
「ここは湯川の部屋だったのか」
 ここは私の部屋に決まっている−−妙なことを言われて、美代は機嫌を損ね
たらしい。月谷の言葉には答えず、真理亜の方へ顔を向けてきた。
「まあいい。足利がここにいるだろう? 話があるんだ」
「何でしょうか」
 真理亜も変な感じを覚えながら、立ち上がった。美代と入れ替わるようにし
て、月谷先生の前に立つ。そのとき、美代に、目で謝っておいた。
「これを見なさい」
 汗だくになった月谷は、背広の内側から、丸めた新聞を取り出した。しわが
できているが、今日の夕刊らしい。つまり、配達されたばかりということにな
る。
「どこですか?」
 新聞を手渡されたものの、どの記事に注目していいのか分からず、真理亜は
重ねて尋ねた。
「ああ、すまん」
 月谷は引ったくるように、真理亜の手から夕刊を取り返すと、後ろの方を開
いた。そのページを折り曲げてから、再び真理亜に渡してくる。
「二つ目ぐらいに大きな記事だ。河原の写真が載っている」
 その言葉の通り、河原の写真がそこには掲載されている。
 これが何かと、目で問うと、
「とにかく、読んでみなさい」
 と言われた。
 読み始めてすぐ、大きな衝撃を受けた真理亜。思わず、目を大きく見開き、
食い入るように記事に集中する。
<−−二十一日未明、**市西方を流れる**川の河川敷において、巡回中の
警官によって、若い女性の焼死体が発見された。女性は身に着けていた物から、
久保嘉奈子さん(十四)ではないかと見られ、警察では確認を急いでいる。ま
た、捜査は、自他殺両面に渡って行われている−−>
 記事の内容は、ざっと以上のようなところであった。
 真理亜はいつまでも新聞に目を落としていた。
「足利さん。君、今朝、おかしななことを言っていたろう? そのとき、耳に
した名前が確か、久保嘉奈子だったと思って、この新聞を読んで、びっくりし
て、ここに来たというわけだ」
「……」
 ぼんやりと顔を上げる真理亜。目の焦点があっていない。
 何ごとなのかと心配になったのだろう、美代がすぐ後ろに来て、真理亜の肩
越しに新聞を覗き込んでいた。
「どうしたの、真理亜? ひょっとしてこの人、あなたが知っている人なの?」
 美代の声にも、真理亜はすぐには反応できないでいた。足場が不意に不確か
になった、そんな気がしていた。
 危うく、意識を失ってしまいそうになる。がくりとひざが折れたところで、
月谷と美代に支えられ、どうにか倒れずに、意識を取り戻せた。
「おい、大丈夫か」
 月谷の励ましの声も、うるさいだけだった。真理亜にとって、今一番ほしい
のは、静寂−−。
「しっかり」
 美代の声が聞こえた。
 真理亜は、ようやく声を出すことができるようになる。
「しばらく……一人にさせてください。頭が痛くて……」
「わ、分かった。休みなさい。実は、警察からの問い合わせが学校にあって、
君にも来てもらいたいのだが、待ってもらうことにしよう。あとで詳しく説明
する」
 月谷はそう言ってから、今度は美代に視線を向けてきた。
「先生は忙しくてな。すまないが、湯川。足利の様子を見てやっててくれ」
「分かってます」
 それぐらい当然だとばかり、美代は短く答えた。
 その言葉を聞いて安心したらしい月谷は、走って外に出て行った。多分、理
事長らに報告に行くのだろう。
「……真理亜?」
 部屋を出て行こうとする真理亜に、美代から声が飛んだ。
「どこへ行くのよ」
「自分の……部屋。ここにいたら、迷惑でしょ……」
「何を言ってるの!」
 美代は叫ぶなり、真理亜の腕をつかんできた。そして強く引っ張ると、ベッ
ドの端に真理亜を座らせる。
「迷惑なんかじゃないって! ずっといなさい、気分がよくなるまで。私がつ
いていた方が安心でしょうが」
「……ありがと」
 横になりながら、真理亜は小さく答えた。少々、乱暴だったけど、美代の気
持ちが嬉しかった。
 それから真理亜は美代に、少しずつ、久保嘉奈子のことを話して聞かせた。
小学校のときの友達だということ、今度来る転校生が彼女だということ、そし
て昨夜、嘉奈子を見たということまで。学校が知らぬふりをしているのだけは、
まだ言えなかった。
「それで……」
 感極まったように、美代。
「本当に見たの? 久保嘉奈子っていう子を、ここで」
「そのつもりなのよ……。でも、いなくなって……。昨日からずっと、探して
いたんだけど分からなかった。そうしたら、さっきの新聞……」
「まだ間違いってこともあるかもしれないわよ。……その、気休めかもしれな
いけれど、元気出して」
「ありがとう。……もう、だいぶよくなったわ。少しでも詳しいことを聞きた
いから、行くね」
 真理亜は身体を起こすと、そのまま一気に床に降り立った。
 その様子を、美代は驚いたように見ている。そして泡を食らった風の声で、
「行くねって、どこに?」
 と言った。
「月谷先生が言っていたでしょ。詳しい説明をするって。それを聞きに。私に
も何か用件があるようだったし」
「そんなことして、大丈夫? またショック受けて……」
「何とかなるって。昨日からショックの受け通しで、もうこれ以上のはないと
思うから」
 言って、真理亜は笑ってみせた。作り笑いだが、そうでもしないとまた気力
をなくしてしまいそうだったから。
「無理してない?」
「してない。でも、もしもまた倒れそうになっても平気。美代に助けてもらう
つもりだから」
「……」
 言葉をなくしてしまった感じの美代。やがて彼女は言った。
「分かった。とにかく、行けるとこまで行きなよ。いつだって帰ってこられる
ように、用意しておくから」
 そして笑顔。
 真理亜は、今度は本当に笑みを返すことができた。

−−続く




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