AWC 死線上のマリア  9   名古山珠代


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#3162/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/10/31   2:27  (190)
死線上のマリア  9   名古山珠代
★内容
(学校は、仕方なく、嘉奈子がいなくなったことを隠そうとしているのだとし
たら? やりたくないのにやっているような場合……。 そうだわ、さっきの
誘拐よ。仮に、誘拐事件が発生しているとしてみる。転校して来たばかりの生
徒が誘拐されたとなれば、学校はどれほど悪く思われるか。みんな、学校側の
責任を追及するわ、きっと。
 そうなったら、元からいた生徒の親達の何人かは、こんなところにうちの子
を任せてなんかいられないって言い出して、この学校を辞めると言い出すかも。
何人かじゃ利かないかしら。悪くすると、半分以上の生徒がいなくなることも、
ありそうな気がする。名門女子中学で名前を高めてきたこの学校には、大打撃
よ。生徒が減れば、収入も比例して減るんだし。
 これだったら、誘拐事件が起こらなかったことにした方がいいと、判断した
のかもしれない。幸いと言っていいのか、嘉奈子の姿を見た者の数は少なく、
丸め込みが利かないのは私だけ。私に対してだけごまかし通せたら、表面的に
は何もなかったことになる。そんな考えを実行に移したのだとしたら……。学
校が、たかが一人の生徒のために、こんな大げさなことをしでかすこともあり
そうに思えてくる)
 真理亜は、案外、この推測が当たっているのではないかと思えてきた。
(よく考えると、何も、誘拐なんて事件が発生しなくても、こんな状況は起こ
るのよ、うん!
 生徒に不慮の事故が起こっただけでも、いいのよね。その事故の原因が、少
しでも学校側にあると言えるなら、学校は全力でそれを隠そうとするかもしれ
ないわ。
 どんな事故が起こったのかというのは……今度の場合、嘉奈子がここに到着
していたのは確かなことなんだから、交通事故とかじゃないはず。寮の中、あ
るいは学校の校舎でありそうな事故と言ったら……)
 ありそうな事故を、しばらく思い浮かべていく真理亜。
(階段から転落したとか……? 老朽化で階段が崩れたとかっていうことだと、
学校側の管理責任に落ち度があったと見なされるんだ、多分。
 それから、食中毒っていうのもありそうかな。でも、これは嘉奈子の場合に
は当てはまらないはずね。嘉奈子は昨日の夜、食堂で食事をとったんじゃない
でしょうし、もしも食堂の食事を食べていたにしても、一人だけ調子が悪くな
るなんて、ありっこないわ。どうしてって、寮に残っていた私達も、同じ物を
食べたんだから。食中毒について詳しくなんかないけれど、私達がぴんぴんし
ているのに、嘉奈子一人がおかしくなることは、絶対にないだろう)
 真理亜はそこまで推測を進めてから、ふと引っかかった。−−彼女の想像通
り、本当に誘拐か、階段からの転落という事態が起こっているのだとしたら、
どちらが可能性が高いか。
(階段から落ちたら、大きな音がするものよね。寮でそんなことがあったら、
みんな気が付いているはず。どんなに急いだって、いくら何でも隠し切れない。
 もしかすると、校舎の方だった? 校舎を案内されているときに、嘉奈子が
階段を踏み外して……。それだったら、白雪寮までは音は届かない。だけど、
夜遅くになって、校舎を案内するっていうのは不自然すぎる。先生がそんなこ
とをことは考えられない。朝、ゆっくり案内すればいいんだから。校舎の階段
だったとしたら、今度は、夜、そんなところへ嘉奈子が行かなきゃならない理
由が分からなくなっちゃう。そんな理由は思い付かない−−だから、階段から
転落したというような事故はなかったんだと判断できるんじゃないかしら)
 自分の推理を再検討し、真理亜は階段の事故説を捨てた。
(じゃあ、やっぱり誘拐になっちゃうの? 誘拐だとすれば、寮に忍び込んで
きたことになる。たとえ、嘉奈子が白雪寮の外に出ていたとしても、塀の外に
は行かなかっただろうから、犯人は少なくとも、寮の敷地内に侵入しているわ
けね。うーん、考えにくいな。どんなにうまくさらって行ったにしたって、他
の誰も気付かないでいるなんて、あるかしら。その上、学校は、どうして誘拐
が起こったということを察したのかなあ。学校に脅迫電話がかかってきたのか
しら?
 それもおかしい。嘉奈子がこの学校の電話番号を知っている可能性は、相当
に低くないかしら。生徒手帳をもうもらっていて、なおかつ、それを身に着け
ていれば、分からないでもないけれど……。絶対にないとは言い切れないけど、
どうもおかしな点が目立ってしまう)
 唯一残っていた誘拐隠蔽説の方も、どこか土台がぐらついている。そんな違
和感を覚える真理亜だった。
 と、唐突に、音がした。
 音がしたのは、ドアの方。
 真理亜はびくっとして、そちらを振り返った。
「誰?」
 頭の中で、ついに来たのかしらという思いがにわかに渦巻いていた。緊張で、
乾いた声しか出ない。
「足利さん? いるのね」
 寮母の声だった。
 これはいよいよ、油断できない事態かもしれないわ。真理亜は身を固くしな
がら、唇をなめた。
「はい、います! あの、何かご用でしょうか?」
「とにかく、開けなさい。何ですか、ドアに鍵なんかかけて」
 周囲をはばかることのない大きな声。どうやら、秘密の話ではなさそう。真
理亜は、少しだけ気分が楽になった。
「はい、ただいま」
 そう答えてから、ドアのノブに飛びつくようにして、鍵を開けた。
 警戒して、ゆっくりとドアを開けると、廊下には寮母だけがいた。寮母の臼
井、その場で喋り始める。
「部屋にいるときは鍵はかけなくてよろしい。言ってるでしょうが」
「すみません。少し、考えごとをしていて、邪魔をされたくなかったんです」
「まあ、いいわ。それよりもあなた、昨日の夜は相当、参っていたわね」
 決めつけるように言う寮母。
 真理亜は口ごもる。どういう意図を持って相手が現れたのか、まるっきり読
めなかったから。
 寮母は、こちらが黙っているのに気をよくしたか、続けて早口で言った。
「今朝だって、早くから、何だかおかしかったし……。理事長先生にも会いに
行ったんですって?」
「どうしてそのこと−−」
「こちらが聞いているんです」
 寮母はその大きな声で、真理亜の声をシャットアウトした。
「何をしに言ったのかしら。それでねえ、私が昨日の夜から今朝にかけての、
あなたのふるまいを先生の一人に話したら、理事長先生にまで伝わったらしく
て、心配されているのよ」
「……心配って言いますと?」
 予想もしていない言葉に、真理亜は戸惑った。心配してくれている? にわ
かにはとても信じられない。
「大まかに言うとね、あなたのことを病院の方で診てあげようという話なの。
江田山医院でね」
「そんな……。必要ありません」
「どうして? お金はかからないんだから、いいじゃないの。検査を受けて、
すっきりさせなさい。でないと、寮生活にも支障を来しかねないわ。あなた一
人の問題だけじゃないのよ。他の人にも迷惑がかかるかもしれないし、もしそ
うなったら、私の責任になるんですからね」
「でも」
 病院で検査。そう聞いただけで、言い知れぬ悪寒のようなものを感じる。何
か分からないけど、おかしい。
 拒否の姿勢を貫こうとする真理亜。だが、寮母は強引だった。
「いいから来なさい。ほんとのところ、先生から命じられてきたのよ。手間を
かけさせないでくれない?」
「先生って……ひょっとしたら、月谷先生ですか?」
「そうよ。あの先生も、あなたのことを心配してくれているんだから。ねえ、
他人の好意は素直に受け取るものよ。それがお互いにとって、気分がいいんだ
し」
 段々、わけの分からない理屈を言い始める寮母。そこまでして、真理亜を病
院で検査させたいらしい。
「わ、分かりました」
 真理亜は、何とか打開策を見い出した。
「そう。じゃ、行きましょう」
 真理亜の背中を押して、階段へと行こうとする寮母。
 真理亜は立ち止まった。
「どうしたの?」
「その前に、友達にちょっと、話をさせてください。今からだと、お昼ご飯の
時刻に間に合わなくなるのでしょう? 心配するといけないから、病院で診て
もらうからって、言っておきたいんです」
 拒否されたらそれまでだと考えていた真理亜。
 だが、その懸念は無用に終わった。寮母は意外にも、笑顔で真理亜の申し出
を認めてくれた。
「そうね。私の方から説明してもいいんだけど、あなた達の口コミの方が話が
早いか。いいわ、行きなさい。ただし、私はあなたを連れて来るように言われ
てるから、ついて回りますけどね」
 ついて来られるのは少し困るが、病院へ運ばれ、そのまま病室にでも閉じ込
められてしまうなんていう乱暴なことをする気はないようだ。
 真理亜は誰に伝えておこうか、少しだけ迷った。考えた末に、湯川美代しか
いないという結論に至る。親しくなったばかりの間柄だが、彼女ぐらいしか話
せそうな相手は思い浮かばない。
 真理亜は、後ろの寮母を気にしながら、B−1−9に向かった。
「湯川さん、いる?」
 軽くノックしてから聞いてみたが、しんとしたまま。真理亜は少し焦って、
再度、ノックをした。
「ねえ、私よ、真理亜だって。いるんでしょう?」
「うるさいなあ」
 ようやく声があった。ドア越しで聞き取りづらいのだが、作ったような不機
嫌さが感じられる。
 真理亜がここでもまた戸惑っていると、急に目の前の扉が開かれた。
「真理亜? そんな名前、知らないよ」
「え?」
 あぜんとしてしまって、真理亜は相手の顔を見た。そこにいるのは、湯川美
代だ。見間違えようがない。
 まさか、湯川美代までおかしくなって、私のことを知らないなんて言い出し
たんじゃあ……真理亜は、鳥肌が立っているような気がした。
「−−びっくりした?」
 膨れっ面から、にこにことした顔に。湯川美代は相好を崩すと、例のごとく、
目をくりくりさせていた。
「なん−−びっくりしたわよ、もう」
 へたり込みたいほどの気持ちになったが、真理亜は、美代の肩に手をかけて、
何とか立っていられた。
「どうしてこんなことをするの? ほら、臼井さんを待たせているんだから」
 後方を目で示しながら、真理亜は文句を言った。
「だって、真理亜、私のことを名字で呼んだでしょう。美代って言ってくれな
きゃ、機嫌、直さないよ」
「あ」
 何だ、そんなこと−−。真理亜は一安心して、大きく息をついた。
「ごめんなさい。すっかり、忘れちゃっていて」
「しょうがないなあ。優等生なのに、物覚えが悪くなったの?」
「そうじゃなくて……あのね、私、ちょっと疲れているらしいってことだから、
これから病院で検査を受けることになったから。それで急いでて」
「病院? どっか悪いの?」
 名字のことはもういいのか、美代は心配そうな目をすると、両手で真理亜の
肩を強くつかんだ。
「心配ないって。多分、疲れているだけ。ほら、さっき話をしたとき、美代も
言っていたじゃないの。あなたがそんなに驚いてどうするのよ」
「それはそうだけど」
「それで、お昼、食堂に行けなくなるから。一緒に食べられなくなってごめん
ね。夕飯は大丈夫だと思うわ」
「そうなの……。うん、分かった。気を付けてね」
「気を付けるってほどのものじゃないって。でも、万が一、何かあったら、す
ぐに病院まで来てくれないかな」
 真理亜は、背後の寮母に聞こえぬよう、声をひそめた。
「例えば、夕方になっても、私がここに戻ってこないとかになったら」
「そうなることもありそうなわけ?」
「ううん、多分ないわ。念のためにってことよ」
「なら、いいけど」
「じゃ、お願いね」
 そう言って、真理亜は片目をつぶってみせた。このウインクの意味をちゃん
と読み取ってほしいと思いながら。
 まだ心配そうな表情をしたままの美代を肩越しに見つつ、真理亜は寮母と共
に、外へ出た。


−−続く




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