AWC 死線上のマリア  6   名古山珠代


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#3159/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/10/31   2:21  (199)
死線上のマリア  6   名古山珠代
★内容

 朝食は、午前七時半からの三十分とされている。食べ終われば自由に出て行
っていいのは、昨日の夕食と変わらない。
 真理亜は席に着く前に、それとなく、みんなの顔を見ていった。念のため、
集まった生徒の中に、嘉奈子がいないか、彼女の顔を探すために。
 当然と言うべきか、久保嘉奈子の姿は、そこにはなかった。
 騒がしい中、一人、黙々と食べている真理亜。早く終わらせて、皆が白雪寮
に戻らない内に、できる限りのことをしたい。そんな気持ちが強い。幸い、彼
女に話しかけてくる者はなかった。
 ところが、白雪寮に誰も戻らない内に、という思惑の方は外れてしまった。
一人だが、真理亜とほぼ同時に食べ終わった白雪寮の生徒がいたのである。
 面倒だな。ゆっくりしていけばいいのに−−真理亜はその子の背中を見つめ
ながら、理不尽な恨みをぶつけていた。
(−−あ)
 真理亜は大事なことに思い当たった。今、彼女の前を行く生徒は、白雪寮の
一階に部屋がある、現在、ただ一人の生徒なのだということに。
 真理亜は素早く、思考を巡らせる。彼女に何か聞くべきことがあるのではな
いか、あるのなら何を聞くべきなのか、聞き出すその手順は……?
 それらの自問に答が出ない内に、白雪寮に着いてしまった。このままでは、
前の子は部屋に入ってしまうだろう。きっかけを失いたくなかった。
「ねえ」
 名前も知らぬ二年生に、真理亜は声をかけた。あとのことは考えていないが、
とにかくきっかけを。
「え?」
 振り向いた彼女の表情は、とてもどぎまぎしたものと言えよう。思いもよら
ぬ場所で、ほとんど知らない人から声をかけられ、戸惑っている。このまま無
視するのも気が引けるし、話を聞くのも面倒そう。そんな心の動きが、ありあ
りと窺えた。
「ごめんなさい、いきなり、話しかけちゃって」
 警戒を解いてもらうために、真理亜は笑顔で優しく話しかけた。
「びっくりした? 脅かすつもりなんかなかったの。ただ、ちょっと話がした
くなって……だめ?」
「……別にいいけど」
 素気ない返事。
 だが、言葉とは裏腹に、相手の子の顔は楽しそうなものに変化していく。
「私の名前、足利真理亜。言うまでもなく、二年よ」
「あなたが足利……さんですか」
 相手の表情が、みたび変化を見せた。どうやら、真理亜の名だけは前から知
っていたらしい。
「知ってるの? 違うクラスなのに」
「まあ……。あなた、成績がいいから、先生がよく話に出すし……張り出され
るテスト結果の上の方に、いつも名前があるわ」
 少しばかり、妬むような響きがある。これがいい方に作用するか、それとも
逆効果になるかは、次の言葉次第。真理亜は慎重に言葉を選んだ。
「ああ、それで! あんなの、たまたま。タネを明かすとね、一年生のとき、
先生みんなの出題傾向に気を付けていたのよ。それで、必死に勉強しなくても、
ポイントを押さえればそれなりに点が取れるってわけ。もっとも、このやり方、
外れると悲惨だけど」
 おどけたような言い方が功を奏したらしく、相手はくすりと笑った。
「そういうことなのね。今度、理科の出題傾向、教えてもらいたいわ」
「ええ、いいわよ。それにはまず、あなたの名前を聞かなくちゃ」
「あ、私、言ってなかった? ごめんね。あの、湯川美代っていうの。この名
字、ノーベル賞もらった偉い人と同じとかで、好きじゃないんだ」
「分かる、それ」
 真理亜は、本心から同意した。
「私も、この名字でしょう。社会の歴史なんか、嫌なのよ。足利サンが出てく
ると、冷やかされちゃって」
「あ、そっか」
 今、気付いた風に、湯川は表情を輝かせ、次には笑い出した。
 つり込まれて、真理亜も微笑む。
 そのまま二人は、湯川の部屋に入った。
「面白いんだ、足利さんて。頭いいんなら、かたい人かと思ってたんだけど」
 もう完全に打ち解けて、湯川は気易い調子である。
「真理亜でいいわよ」
 そう断ってから、真理亜は気を引き締める。ここからが、彼女にとっての本
題。
「昨日の夜のこと、憶えてる?」
「え? どういう意味よ」
 聞かれていることがよく飲み込めないというように、湯川は聞き返してきた。
「えっと、最初から話すね。私、転校生が来るっていう噂、聞いたんだけど」
「それなら知ってる。私も聞いた」
 この答には、やや安心できる。
「そうでしょ。それで、昨日の夜、夕食が終わったとき、見たのよ、その転校
生を」
「ええ? 嘘でしょ」
 信じられない。そんな感じで、目をくりくりさせる湯川。よく見れば、目の
大きさがチャームポイントの彼女だ。
「いや、見たつもりって言うか……。その子がね、この部屋の隣に入ったよう
に見えたのよ」
 少しだけ、真理亜は嘘を交えた。こうする方が、話が通じやすいだろうし、
信じてもらえるだろう。
「そんなの、ないない。私が気付かないはずないわ。隣って、どっちの隣?」
「九号室よ」
「今、誰かいるの、九号に?」
「それが、いないみたいなのよね」
「だったら」
 決まってるじゃないとでも言いたげな、湯川の顔。
「転校生なんか来てないってことじゃない。何かの見間違いじゃない?」
「そうかしら……」
 認めたくない。
「例えばそうね、忘れ物を取りに来た帰省組の生徒を、見間違えたとか」
「ううん」
 そう言われても、あれは私が知っている久保嘉奈子だった−−そう主張した
いものの、現時点では賢明でない。
 真理亜は聞いた。
「あの、湯川さん。あなた、夕食が終わってからずっと部屋にいた?」
「待った」
 急に湯川はストップをかけてきた。真理亜は自然と、緊張で身をかたくする。
何かまずいことを感づかれたのではないかという不安がよぎる。
「な、何?」
「そっちは自分のことを『真理亜』って呼ばせといて、私のこと、『湯川さん』
はないんじゃない?」
「あ、そうだったわね。だったら……美代、でいいわけね」
「そうそう」
 真理亜はほっとして、質問に戻った。
「じゃ、美代。昨日の夜、ずっと部屋にいたの?」
「それがさ、昨日の夜は変なことがあって。ずっといるつもりだったのよ、私
は」
「誰かに呼ばれたの?」
「うん。それも友達なんかじゃないの。誰だと思う?」
「……分からないわ。ひょとして、ここの生徒じゃなかったら、先生?」
「さすが! 当たり。でも、その次は分からないわよ、多分。先生は先生でも、
この学園で一番偉い先生」
「それって……理事長のこと?」
 真理亜は思わず、声を高くしていた。
「ご名答よ。私みたいな生徒に、何の用があるんかいなと思っちゃった。しか
も、あんな夜にさあ」
「正確には何時頃だった? 憶えてる?」
「九時四十五分ぐらいだったかな。呼ばれて部屋を出る前、時計を見たから合
っていると思うけど」
「九時四十五分……」
 その時刻について、考える真理亜。が、すぐには何も浮かばない。
「どんな話をしたのよ、理事長先生と」
「気になる? それが、全然、たいしたことじゃなかったのよねえ。大げさに
理事長室まで呼ばれたから、何事かって慌てたわ。何もやらかしていないから、
叱られるおぼえもないし。で、話の内容だけど、学園生活についてアンケート
を取りたい。そう切り出してきたわ」
「アンケートですって? 夜のそんな時間に、理事長自ら?」
 真理亜は首を傾げたくなった。
「そうでしょ、変に思うでしょ。アンケートなら、学校がある内に、教室でや
ればいいじゃないの、ねえ。それにね、アンケートとか言ってるのに、アンケ
ート用紙なんか用意されていないのよ。理事長の質問に私が答えるだけ。しか
も、私の答をメモっている様子がないの。ただただ、聞き流しているだけで、
何か変な感じだった」
「絶対、変よ」
 そう言ってから、真理亜は考え込んだ。でも、おかしなことが次から次へと
出てきて、まとめようがない。
「真理亜?」
 あんまり黙り込んでしまったので、おかしく思われたらしい。湯川美代が声
をかけてきた。
「あ、ほうけちゃってた」
 照れ笑いを浮かべてみせて、真理亜はごまかした。
「それで? 何時ぐらいに帰っていいって言われた?」
「十時半を過ぎた頃ね。理事長の前で緊張するし、時間はかかるし、精神的に
しんどかったわ」
「でしょうね。……九時四十五分から十時半までの間、この部屋には誰もいな
かったことになるわよね」
「もちろん。相棒−−久美っていうんだけど、その子は帰ってるし」
「ふうん。そのアンケートって、他に呼ばれた生徒っていたのかな」
「さあ。そこまでは知らないけど」
 あっさり答える美代。自分が理事長室に呼ばれた時点では、そこまで気が回
らなかったらしい。
「あのね、ちょっと変なことを聞くけれど……」
「これまでのだって、充分に変だから、今さら気にしないわよ」
 おかしそうに言う美代。
 おかげで、真理亜は遠慮なしに聞けた。
「呼ばれて出たとき、当然、鍵はかけたんだよね」
「かけないと、うるさいもの」
「部屋に戻って、何かおかしなことはなかった?」
「おかしなことって」
「そうね、自分がいない間に部屋に誰かが入ったとか、物がなくなっていると
か、増えているとか……」
「何、それぇ!」
 美代の声が極端に大きくなったので、真理亜はヒヤリとした。あまり声を大
きくすると、外に聞こえるかもしれない。できれば、聞かれたくない話だ。
「気持ち悪い。どうしてそんなこと、考えるわけ?」
「んと……」
 理由までは考えていないことに気付く。昨夜、自分が体験した奇妙なことを、
そのまま話すべきかどうか、迷う。
(まだ話せない)
 真理亜はそう決めた。
 先ほど知り合ったばかりの美代に話しても、簡単には信じてもらえないだろ
うというのが一つ。それに、自分でも状況がよく飲み込めないままの内は、他
の子を巻き込みたくないという気持ちも働いた。
 そこで、何か理由を見つける必要に迫られることになる。
「あのね、ときどき、私の部屋に、誰か勝手に入ったんじゃないかなって思う
こと、あるのよ」
「まじに?」
 真理亜がたった今考えついた理由についても、美代は信じられないという表
情を返してきた。
 それでも心配してくれるらしく、彼女は真理亜に真剣な眼差しを向けてきた。
「どういう風に思うの?」
 作り話を続けるのに、ちょっぴり罪悪感を覚えた真理亜。だけど、結果的に
目に見える状況が同じになればいいと思い直し、そうねと考える風を装う。
「……ぱっとドアを開けたら、すごく違和感があるっていうか……。自分では
置いたつもりのない場所に物があったり、消したはずの電気がついていたり」
「うーん。ぼけるには早すぎるし」
 冗談のつもりか、美代はそう言って、さらには片手を真理亜の額にあててき
た。
「熱はなし、と」
「湯川さん……じゃなかった。美代、あなたも相当、人見知りしない質ね」
 頭を抱えたくなる真理亜。話がしやすいのはいいが、これではいちいちつま
ってしまって、進まない。
「本当に熱が出そう」
「ごめんなさい。調子に乗って」
「そんな、謝らなくてもいいから。ただ、こっちは本気で聞いているんだから。
ね、あなたはそういうことない?」

−−続く




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