AWC 死線上のマリア  3   名古山珠代


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#3156/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/10/31   2:15  (192)
死線上のマリア  3   名古山珠代
★内容
 目を凝らすようにして、真理亜は感想を述べた。ペンダントの模様は、彼女
の言葉のように、大きな目をした、牙を持った何かの顔に見える。
「当たっているわ。これ、本当に顔なの。神様の顔」
「へえ! どこの国の?」
「タイよ。こうやって身に着けていると、守護神になるってことだけれど、ど
こまで信用できるのやら」
「効き目はともかく、面白いわ。あ、でも、校則、割とうるさいのよね、うち
の学校って。恐らく、そのペンダントも外さないといけなくなるわ」
「うん、聞いているわ。学校じゃだめで、寮ではかまわないんでしょ? だっ
たら、それぐらい我慢できる」
 それよりもという感じで、嘉奈子は白雪寮の建物を見上げた。
「こんなところでいつまでも立ち話してられないと思わない?」
「あ、すっかり……。さあ、とにかく入って入って」
 かけ声と共に、二人は寮の中に入った。
 入ってすぐ、真理亜は、寮母の部屋を覗いてみたが、誰もいないと見えた。
「寮母のおばさん、いないみたいね。いいわ、あいさつなんていつでもできる
んだから、先に部屋に行きましょう」
 再びメモを広げる。今度は明るいので、ちゃんと読めた。
「B−1−9か。なーんだ、すぐそこじゃない」
 ここに家具を運び込むぐらい簡単じゃないのと思いつつ、真理亜は該当する
部屋の鍵を、寮母の部屋から勝手に拝借した。家具の運び込みをやったぐらい
だから、鍵はかかっていないだろうけど、念のため。
 部屋への短い道すがら、嘉奈子が聞いてきた。
「Bの1何とかで、どこの部屋なのか分かるの?」
 真理亜がそれに答えたところで、ちょうど部屋の前に到着。周りはおかしい
ぐらい静かだ。一階の生徒は帰省組ばかりなのかもしれない。食堂で見た限り、
一人残っているだけだと思えた。
「鍵、開いてたわ」
 つぶやきながら、真理亜はドアを開け、電灯のスイッチをオンにする。嘉奈
子が中に入りやすいように、ドアを手で押したままで相手をうながす。
「ありがとう。−−ふうん」
 部屋の中を見渡す嘉奈子。
「予想していた以上にきれいなんだね。もっと古めかしいのかと思っていた。
広さも充分あるし」
「広さに関しては、異論ありよ。久保さんは転校してきたんだから、ここを一
人で使えるのでしょうけど、本来は相部屋。二人で使ってるのよ」
「あ、そうなの」
 答える嘉奈子の顔を見て、マリはちょっと気になった。
「あれ? 何だか、顔色が悪く見えるんだけど……久保さん、大丈夫?」
「え、そう?」
 彼女は頬に片手をあてた。
「実は、最近、ちょっと身体の調子がよくなくて……」
「本当に? ここで、こんなことしてて大丈夫なの?」
 本気で心配する真理亜に、嘉奈子は慌てたように手を振った。
「心配しないで。そんなに大げさなことじゃないのよ。ちょっと熱っぽいのと、
あと、お腹の調子がね」
 と、お腹に手をやる嘉奈子。
 その表情と仕種がおかしくて、真理亜はつい、尋ねた。
「ひょっとして……下痢、とか」
「そう、それ。向こうの食べ物にはあらかた慣れていたはずなんだけど。帰っ
てくる直前になって、急におかしくなっちゃって。本当はさ、夏休みになる前
に転校してくるはずだったのよ」
「やっぱりそうなの。こんなときに転校してくるのって、おかしいなとは感じ
ていたけれど……」
「この身体の調子じゃあ無理だろうということで、延期になっていたわけ。こ
の前、ようやく、ある程度回復したから、帰って来たんだけれど、結局、一学
期には間に合わなかったみたいね」
「そういういきさつだったのね。まあ、学校については何も心配しなくていい
わ。私がついているから」
「−−頼りになるのかしら?」
 まじめな顔で言う嘉奈子。
 一瞬、真理亜は言葉を失ってしまった。すぐにそれは冗談と分かったが、小
学校の頃と、彼女のイメージに少しずれがある。
「……久保さん、言うようになったわねえ。そういう意味じゃ、変わったわ」
「いえいえ。元々こうだったけれど、足利さんが知らなかっただけかもね」
 それからしばらくの間を置いて、彼女は続けた。
「ねえ、『足利さん』、『久保さん』じゃあ、まだるっこしいわ。私のこと、
嘉奈子って呼んでくれない?」
「もちろん、いいわ。名字で呼び合うの、実は私も、何だかくすぐったくて。
私は真理亜って呼ばれているの」
「そのままじゃない」
 くすくす笑う嘉奈子。
 真理亜はふくれて見せてから、逆襲に転じる。
「言ったな。じゃあ、嘉奈子、あなたは向こうで何て呼ばれていたのかしら?」
「色々。トヨタとかソニーとかマツシタとか……」
「な、何よ、それ?」
 面食らう真理亜。
「みんな、会社の名前じゃない?」
「日本の企業が進出していてるから。向こうの子供の日本に対するイメージと
言ったら、その企業名なの。それで、日本人はこう呼ばれるらしいわ。全く、
センスのないネーミングなんだから」
「そのままなのは、どこも同じなのか。勉強になるわ」
「ご冗談を。他にはね……自分ではあんまり言いたくないんだけど、笑わない
でね」
「笑わない、笑わない」
 安請け合いして、相手の次の言葉を待つ真理亜。
「カナブンっていうのもあったわ」
 カナブン!
 耳にした途端、真理亜は思わず、吹き出していた。先ほどの約束は早くも頭
の中から消えてしまった。
「やっぱり、笑う!」
「−−あはは。ご、ごめんなさい。だって、おかしくて。ど、どうして、外国
でカナブンになっちゃうの? カナブンって、あのてかてかした虫でしょ? 
小さいメスのかぶと虫みたいな」
「そう。どうしてかって言うと、日本語を少し、単語だけ知っている子がいて
ね。その子が、私の名前を聞いて、ぱっと結び付けちゃったのよ。ろくでもな
い言葉ばかり、知ってるんだから」
「ああ、傑作! そう言えば、英語は上手なの? 向こうって、たいていは英
語なんでしょ?」
「お父さんの話だと、仕事は英語なんだって。だけど、日常生活ではしっちゃ
かめっちゃかよ。現地語が入り乱れて、英語だけじゃだめ。おかげでヒアリン
グだけはできるようになったけれどね」
「へえ、うらやましい」
 まじめにそう感じた真理亜だった。テストする分には英語は苦手ではなかっ
たが、話す・聞き取るとなると、とてもできないなと真理亜は思う。
「その代わり」
 嘉奈子はちらっと舌を出した。
「日本語の方がおぼつかなくて、みんなに笑われやしないかって、不安なのよ」
「ちゃんと喋ってるじゃない」
 真理亜は冗談かと思って、聞き流そうとした。しかし、嘉奈子の表情を見れ
ば本人は真剣らしい。
「使っている単語、子供っぽくないかな? 小学四年生レベルのままだったら、
困っちゃうわ」
「そんなことないって。みんな、似たようなもんよ」
「アクセントは?」
「日本語のアクセントそのものが、いい加減なんじゃない?」
 真理亜は無責任ながら、正直な気持ちを答えた。多種多様な方言があるけど、
それらはみんな立派な話し言葉だと思うし、東京弁だってとても標準語とは言
えない。常々、真理亜は思っている。
「こちらの流行に完全に遅れていることも気にかかるんだけど」
「それも心配無用だと思うわ。ここ、全寮制だから、情報が入ってくるのって
外よりも遅いの」
「まるで離れ小島みたいな言い方ね」
 嘉奈子の言葉に、嘉奈子自身も真理亜も笑みをこぼした。
「言えてるかもね」
「話、戻すけど、一番、心配なのは、やっぱり勉強。英語や数学、理科は世界
どこでも共通しているからいいとして、問題は社会と国語、特に古文よ」
「なるほど。それは問題だわ」
 茶化すように真理亜。
「まあ、今、話したって解決するものでもないからね。先生方も気をつかって
くれるだろうし、私もできるだけ応援するわ」
「お願い」
 と、手を合わせる嘉奈子。
 真理亜はいくらか気取ってうんうんとうなずいていた。ふと、嘉奈子の表情
に変化が現れた。視線が真理亜を通り越して、その先、廊下の方を見ているよ
うだ。
 真理亜が振り返ると、開け放したままだったドアのところに、寮母の姿があ
った。その表情は……。
「あ、すみません」
 先手を取って、真理亜は謝った。鍵を勝手に持ち出したことを怒られるかも、
と予防線を張ったわけ。
「転校生の久保さんを部屋に案内するよう、月谷先生から言われたので、ここ
の鍵を借りさせていただきました」
 メモを見せながら、真理亜は説明をした。が、その努力は無用だったらしい。
寮母は表情を崩し、
「ええ、先生から聞いています」
 との第一声を発した。
「感心なことね。でも、足利さん。鍵を借り出すとき、私があの部屋にいない
場合は、何かメモ書きを残しておくのが、より親切というものよ。でないと、
私の方がおろおろしちゃうでしょうが」
「あ、そこまで気が回りませんでした。すみません」
 素直に頭を下げる真理亜。つまらないお小言を早く終わらせるこつは、とに
かく素直が一番。
「分かればよろしい。今度からは注意してね。さて……」
 寮母はおばさんめいた声を発した。
「あなたが久保嘉奈子さんね?」
 寮母の目は、嘉奈子に向けられる。
 嘉奈子もよく分かっていて、すぐにあいさつした。
「はい。今度、こちらに転校してきました。よろしくお願いします」
「はい、よろしく。私はここ、白雪寮の寮母の仕事を仰せつかっている臼井徳
江です。寮でのことは私が取り仕切っていますから、そのつもりで」
「分かりました」
「それで、寮則なんかの説明や、この部屋の鍵の渡しておきたいから、ちょっ
と来てくれるかしら」
「はい」
 嘉奈子が出て行く後に、真理亜もついていこうとする。
 と、寮母が注意してきた。
「足利さん、あなたは来なくてよろしい」
「でも」
「あなたが先生から言われたのは、久保さんを部屋まで案内することまででし
ょう。さあ、早く部屋に戻りなさい。勉強に当てられている時刻なんですから
ね」
 言われて、真理亜は急いで時間を確認した。勉強するのが望ましいとされて
いる八時を、十五分ばかり回っている。知らぬ間にかなりの時間が経ったらし
かった。
「じゃあ、また後でね」
 寮母に気付かれぬよう小さな声で、嘉奈子の背中に呼びかける。
 嘉奈子は振り返って、微笑みで反応してくれた。
 真理亜は、長い夏休みを前に、旧くて新しい友人ができたことに浮き浮きし
ながら、階段をかけ上がった。

 夜、十時ちょうど。あと一時間で消灯時刻がやってくる。例外的に試験期間
であれば最大で一時まで延長される消灯時刻。いつもそうであったらいいのに、
と思うこともしばしばだ。
 真理亜は浴室に向かっていた。その前に、嘉奈子を誘うつもりだ。寮母の説
明とかも、もう終わっているはず。
 B−1−9の部屋の前、意識するでもなしに、真理亜は軽く深呼吸してから、
扉をノックした。
「嘉奈子?」
 続けて声をかける。当然、すぐに声が返ってくるものだと思った。

−−続く




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