#3155/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/10/31 2:12 (191)
死線上のマリア 2 名古山珠代
★内容
たずねてみるも、良美は黙ったまま。気を持たせるかのように笑っている。
「じらさないでよ」
すると、良美は床に座ったまま、右手の人差し指で、こっちこっちという風
に身ぶりをする。
仕方ないと思い、真理亜は椅子から離れ、良美の近くに寄った。
耳打ちする格好の良美。おもちゃの小さな機関車が出す蒸気のように、細か
な息が耳たぶ辺りをくすぐる。
「早く言ってよ」
「ふふふ、実は、転校生−−女なのだ!」
「−−馬鹿っ! ここは女子中学なんだから、女生徒が来て当たり前!」
力が抜けた。真理亜は、隣の良美を殴りたかったが、その気力もない。腰が
砕けるようにして、床に寝転がる。
「なかなか、気の利いたオチでしょ」
「利きすぎよ……」
そう言ってから、真理亜は疲れた笑みを浮かべた。つられたように、良美の
笑い顔がさらに笑みに満ちる。その内、二人は声を上げて笑い出していた。
と、そこへ−−。
“ジリリリリリリリぃ!”
目覚ましの音。放っておくと、いつまでも鳴りやまないタイプなのだ。
バネ仕掛けの人形のように飛び起きて、真理亜はスイッチをオフにした。
「時間だよ」
「時間だね。あーあ、転校生、現れてくれなかったかあ」
心底、残念そうな良美。
「真理亜はずっと寮にいるんだから、絶対に転校生と対面するんだよね」
「多分ね」
「何か面白そうな子だったら、電話でもいいから教えてよ」
そんなことまで言って転校生に執着する彼女を下まで見送ってから、真理亜
は部屋に引き返した。
足利真理亜の通う輝陽学園は、全寮制の女子中学校。厳格さでその名を知ら
れている、新進の私立学園。江田山医院という病院の院長が、その理事長も兼
ねている。そのためもあってか、比較的裕福な家庭の子が集められ、寄付と称
するお金も集まる。ちなみに、生徒が怪我や病気をしても、江田山医院で一流
の看護が受けられます(しかも格安で)というのも、売りの一つである。寄附
金を募るのも当然といったところか。
ところが、いくら厳格さを学校のイメージとしていても、実際の生徒達がど
う振る舞うのか、完全には掌握できないもの。意味のない校則ばかり設けて、
生徒に守らさせているが、生徒の実生活までが品行方正・大和撫子の枠に押し
込めるのには限界がある。
いい例(悪い例?)の一つが、真理亜だ。雪村国彦と会うために寮に残った
彼女、学校では優等生の内に数えられている。寮母にだって、『いい子』に見
られているだろう。これでごまかせるのだから、いい加減なものであり、生徒
にとってはありがたいことなのかもしれない。
その真理亜は−−退屈し始めていた。本来、ボーイフレンドと会いやすくな
ることを唯一の目的に寮に残った彼女であるが、その目的、すぐにかなえられ
るわけではない。
と言うのも、相手の事情なるものがあるから。雪村国彦は、ここ輝陽学園に
程近い、とあるところに通っているのだが、そこが今年、上に進むための特訓
路線を打ち出しており、七月二十一日以降も勉強がある。それが七月末まで続
くため、真理亜が雪村に会いに行けるのも、十日間ほどのおあずけ状態になる。
夏休み、家に帰らないと決めた頃は、そんな十日間ぐらい、あっという間に
過ぎると楽観的に考えていた真理亜だった。だがしかし、それは甘かった。ま
だ夏休みも始まらない、終業式のあったその日の夕方には、退屈の虫が盛んに
活動を始めてしまった。
親しい友達、あるいは先輩や後輩も、ほとんどが帰ってしまっていて、周り
に話し相手はなし。外出するのも、雪村に会うため八月から頻繁に出かけるこ
とを思うと、今は慎むべきなのだ。当然のごとく、寮の部屋にテレビなんて文
明の利器を置くことは許されていない。一階の入口近くにあるスペースで、決
められた時間、見られるだけだ。
「しょうがないな。よしっ」
あまりに退屈なので、やりたくもないのに、宿題のプリントを机の上に広げ
た。量の多さにうんざり。もちろん、今日一日でやらなければならないなんて
ことはないのだから、うんざりする必要もないのだが、早く片付けたい心理は
誰もが同じ。
得意科目から手を着ける。真理亜の場合、数学と国語。色々と暗記する必要
のある英語・社会・理科系統は後回しになる。
さすが優等生で通っているだけあって、得意な科目の進み具合は、早い。夕
食までの二時間で、かなり進んだ。とは言うものの、残っている量と比べれば、
微々たるものだが。それに、今日は退屈まぎれにやったからできたわけで、明
日も同じ調子でいられるとは言えない。
<夕食の時間です。寮に残っている生徒は、食堂に集まりなさい。なお、以前、
お知らせした通り、夏休み中は学年に関係なく、三日月寮の食堂を使用します。
繰り返します……。>
館内放送がかかった。六時二十五分だ。五分以内に着席してないと、うるさ
く言われる。ただし、去年の例では、三学年合同で食事を行う初日は多少の遅
れがあっても、大目に見てもらえる。
真理亜は簡単に身繕いをして、手を洗ってから、三日月寮へと向かった。
テーブルに着いていたのは、二十人もいただろうか。夕食は静かに終わった。
別に、食事中のお喋りを禁じられているのではない。単に、普段と比べてなじ
みの顔が極端に少ないからだ。これも夏休みが終わる頃には、またにぎやかに
なってくる。
真理亜は食べ終わるとすぐに、席を立った。これも、学期の間は全員が食べ
終わるのを待ち、揃って「ごちそうさま」をしなければならないのだが、今は
自由に戻っていい。食器の並んだトレイを、流しの前のベルトコンベアに乗せ、
そのまま出口に向かう。ふと壁の時計を見上げれば、午後七時を少し回ったと
ころだった。
三日月寮を出て、空を眺めると、星がいつもより多く見えるように思えた。
もっとも、普段は夜空を見上げるなんて滅多にしないから、気のせいなのかも
しれない。知っている星座を探そうとするが、完全に描き出すにはいたらない。
(あれ?)
白雪寮の前まで来たところで、真理亜は辺りがいつもより明るいことに気付
いた。耳を澄ますまでもなく、車のエンジン音がはっきりと聞こえた。
(ひょっとしたら)
彼女は退屈していたこともあって、いつも以上に好奇心を発揮していた。小
走りにかけ出すと、音のする方へ向かう。残念ながら、門のすぐ外らしく、内
からうかがうだけにとどまる。
何となく、見つかってはいけないという思いから、息をつめて観察する。
(……なあんだ)
事情を察した真理亜は、落胆にも似たため息をこぼした。
外灯の下、小型トラック一台が停まっていた。転校生が来たのでは、という
考えは外れたらしい。机とベッドを新たに運び込むため、業者が来た様子だ。
最初から家具を入れておけばいいのに。そんなことを思いながら、引き返そ
うとする真理亜。
そこへ、新たにもう一台、車のやって来きた気配が。
振り返ると、門のすき間から、普通の乗用車が見えた。屋根の上に黄色い直
方体が確認できる。タクシーらしい。
今度は間違いないだろう。真理亜はそのまま、降りてくる人物を待った。果
たして、タクシーのお客は、年頃も真理亜に近い、少女だった。
外灯の下で業者と話していた職員らしき人物が、転校生の到着に気付いた。
手招きしている。
(あ)
外灯の下まで進んできた転校生の顔を見て、真理亜は目を疑った。知ってい
る顔が現れたのだから、無理もない。
「久保さん?」
思わず、その名が口をついて出た。そして直後に、真理亜の記憶は正しかっ
たと証明される。
転校生は、真理亜の声に反応し、こちらに顔を向けた。
「その声……足利さん?」
小さい声だったが、真理亜はしっかりと聞き取った。相手へかけ寄り、自分
の姿が見えるようにする。
「当たり! うわぁ、久しぶり。久保さん、変わってない!」
「足利さんも」
お互い、そんなことを言って懐かし合う。真理亜は、相手の手を握ろうとし
たとき、荷物を持っているのに気付いた。
持ってあげると言おうとした瞬間、第三者の声が飛び込んできた。
「君は?」
職員−−よく見れば月谷先生だった−−は、真理亜へ問いかけてくる。
「足利真理亜です」
「ああ、足利さんか。君は、この子−−久保嘉奈子さんと知り合いかね?」
「はい。小学校のとき、クラスが同じだったんです」
言ってから、真理亜は嘉奈子へと微笑みかけた。その様子を、教師は、ほう
という表情で眺めている。
「久保さんが外国から戻って来たのも、知っているのかい?」
「ええ。小学五年生になる直前の春休み、久保さんが、えっと、東南アジアの
どこだったかしら?」
国の名前を忘れていた真理亜は、嘉奈子に尋ねる。彼女はくすっと笑って、
「そのときはタイだったわ。今度、帰って来る前はインドネシアだったけれど」
と答えた。
「そうだったわ。タイに、お父さんがお仕事の都合で転勤しなくちゃならない
からということで、久保さんも転校したんです」
「結構、親しいようだね」
「それはもう」
真理亜と嘉奈子はお互いの顔を見て、声を揃えた。
「親友と言ってもいいぐらい」
「それはちょうどよかった。分からないことが多々あるだろうから、色々と教
えてやってくれるね」
月谷先生の言葉には、半ば押し付けるようなところがあった。でも、真理亜
にとって願ったりかなったり。
「もちろん、引き受けます」
「久保さん、そう言うことだから、分からないことは足利さんに聞きなさい。
もうすぐ、部屋に机なんかを運び終わる頃だから、すぐに入るといい」
そう言ってから、月谷先生は胸ポケットから紙切れを取り出した。何かと思
っていたら、真理亜の方に差し出してくる。
「これは?」
「部屋番号だよ。案内してくれるんだろ。君が部屋を知らないと話にならない
から、渡しておこう」
よくよく見れば、月谷先生の態度、どこかそわそわしている。
真理亜はかまをかけた。
「デートですか」
「何を言ってるんだ、こら」
動揺した素振りもなく、月谷先生は真理亜のおでこ辺りをこつんとやった。
「ま、急いでいることは急いでいるんだ。内緒なんだが……あの人」
と、彼は小型トラックの運転手を指差した。年齢は月谷先生と同じぐらいで、
何故か着ているのは作業服ではない。
「先生の知り合いで、これからちょっと付き合いが」
「何だ、お酒ですか」
つまらないと思いながらも、からかうように真理亜は言った。
「まあ、そんなところだ。お、家具、運び終わったみたいだ。じゃ、後のこと
はおまえに任せたぞ」
「はーい」
ちょっとは点数が稼げたかなという思いで、浮き浮きしてくる。真理亜は笑
顔で教師を見送った。
「お待たせ。さ、部屋に行こう」
先を行く真理亜は、さっき手渡されたメモを広げた。
「暗くて読めないな。あ、当然、二年生になるのよね?」
「もちろん」
「だったら、白雪寮なのは間違いなし。とりあえず、そこの玄関まで」
真理亜が嘉奈子を入口まで案内する。すっかり時間が経って、他のみんなは
とうに部屋に戻っているらしい。
玄関の明かりで、真理亜は相手の様子を、よりよく見ることができるように
なる。その途端に気が付いた。
「あれ? 変わったペンダントしているんだ。素敵」
ふと見れば、嘉奈子の胸元には、いかにも東南アジアっぽいデザインの首飾
りが揺れていた。
嘉奈子は、ああ、これっていう具合に首を傾げてから、そのペンダントを手
に取って、真理亜によく見えるようにしてくれた。
「お父さんが買ってくれたの」
「ふうん……何だか、その模様、顔に見える」
−−続く