AWC 死線上のマリア  1   名古山珠代


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#3154/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/10/31   2:10  (200)
死線上のマリア  1   名古山珠代
★内容
 −−寮に残る。
 夏休みに入るというのに、真理亜は帰省しないと決めていた。
「何で?」
 ご多分にもれず、そう聞いてくるクラスメイトがいる。
「寮にいたって面白くないよ。門限あるし、規則正しい生活させられるし」
 特に親しい遠藤美有も、そんなことを言ってきた。好奇心に満ちた目を、く
りくりさせて。
「ご親切にどうも」
 声をちょっとふざけた調子にして、真理亜は返した。
「うるさく言われるの、家に帰っても同じでしょ。だったら、こっちにいよう
かなって思って」
「そうかもしんないけど」
「休みに入ると、少しだけど、規則もゆるくなるし」
「−−ああ、そうか、そういうこと」
 美有が分かった風な態度になって、うんうんとしきりにうなずく。肩の上で、
お下げが揺れた。
「何よ」
「言ってもいいかな? 誰かさんと会うために残るんだ。そうでしょ?」
 声を潜める美有。
 顔をしかめる真理亜。
 二人は自然と、額を寄せ合うような格好になった。
「分かった?」
「分かるに決まってる。寮の規則がゆるくなる、外出しやすくなる、男と会う。
この三段活用しかないじゃない」
「黙っててよ」
 真理亜は言いながら、片目をつぶる。
 ふふっと含み笑いをしながら、美有は無邪気な表情をしている。
「もちろん。その代わり、どこのどんなコなのか、教えてくれること」
「えっと……美有は知らないんだっけ。私が小学校の頃」
「知らない」
 首を水平方向に振る美有。お下げが今度は横に揺れた。
「そのときからの知り合いというか、幼なじみで……」
「名前は? 白状しろ」
「別に隠してなんかないったら。ゆきむら君。ゆきむらくにひこっていうの」
 その名を口にしながら、真理亜はノートの端に『雪村国彦』と書き記す。
「へえ、雪村君、か。いつから?」
「私が中学に入った年の、五月の連休に」
「どっちかが告白したの?」
「まあ、そんなとこ」
 それだけは勘弁してと、手を合わせる真理亜。よく心得たもので、美有は次
の質問に移った。
「顔は? 写真、ないの?」
「持ち歩いてて見つかったら、ばれる上に取り上げられるでしょ」
「それもそうか。寮の部屋にはあるんでしょう? じゃ、機会があったら見せ
てもらおうっと。今日のところは、寮に用はないし」
 言うなり、美有は袖をわずかにまくった。彼女の腕の内側に、腕時計が現れ
る。パステル調のイラスト付き。
「そろそろ行かなくちゃ。休みの間、元気でね」
「そっちこそ、食べ過ぎてお腹こわさないように、ね」
 そうして手を振って、彼女達は別れた。
 一人になると、真理亜は校舎を出て、寮のある方向へ歩き始めた。校門を出、
白く落ち着いた感じの塀を右手に、いくらか進む。途中、夏の風にあおられた
木の枝が、翻る緑のカーテンのよう。
 小径を渡ると、学校のそれと同じ塀を持つ建物が見えてくる。丸い屋根を持
つ、三つ子の棟。それぞれ、クリーム色、白色、ピンク色の壁。門をくぐると
その色が鮮明になった。いずれも淡く、目に優しい。
 寮館にはその色にちなんだ名前がある。クリーム色は三日月寮、白色は白雪
寮、ピンク色は桜寮。入学年度によって違うのだが、現在のところ、三日月寮
には三年生、白雪寮には二年生、そして桜寮には一年生が入っている。
 二年生の真理亜は当然、真ん中の白雪寮を目指した。
 屋根と同じ形をしたひさしの下、マットで靴の土をこすり落とす。別に気に
するほどよごれてはいないのだが、こうするように言われている。
 木枠にガラスの扉は、力をほとんど入れずに引くだけで、簡単に開いた。
「ただいま帰りました」
 玄関横の部屋で、受付係のように座っている寮母に挨拶。ていねいな言葉づ
かいで、きちんと頭を下げて。
 と、ここで呼び止められた。
「足利さん? あなた、今度は帰省しないのね」
 前から言ってるでしょう、届けも出してるのに。そんな思いを、面には少し
も表さず、真理亜は笑顔を作って振り返る。
「はい。そうですが」
「私の記憶じゃ、去年は帰ったと思うけど、今年はどうして?」
「姉が大学受験で追い込みなんです。私が帰っても、邪魔にこそなれ、決して
プラスにならないと思いましたから、こちらに残ることにしました」
 用意しておいた回答だからか、すらすらと口にできた。
「そうなの。お姉さん思いね」
 感心したように、寮母はもらした。
 これでオーケー、部屋に一直線だ。何にしたって、寮母によく思われるに越
したことはない。
 寮母の部屋の向こうからは、廊下を挟んで左右に生徒の部屋が並ぶ。廊下の
端まで行き着くところを右に折れると、階段が備え付けてある。
 真理亜の部屋は最上階、三階だ。一つのフロアーに十一部屋だから、寮一つ
に三十三の部屋があることになる。寮母の部屋を除いた三十二部屋に二人ずつ
入るので、六十四人の生徒が入寮可能。もっとも、原則として一学年は二十人
×三クラスと決まっており、四人分二部屋は空いている。一階には、生徒の部
屋の他に食堂だのロビーだの浴室だののスペースが設けられているため、他の
階より広い造りになっている。
 なるべく音を立てぬよう、それでいて早足で三階に到着。すぐそこが真理亜
に割り当てられた部屋。
 黒色の札が扉に張ってある。その表面にB−3−1と白い文字が書かれてい
た。Bは白雪寮、3は三階、1はそのフロアーの何番目の部屋かをそれぞれ表
している。これを見ると、真理亜はいつも、センスのない札だと感じずにはお
られない。
 財布を取り出し、鍵を探る。部屋の鍵は、その部屋の二人に各一つずつ与え
られ、寮母がスペアキーを持っている。なくすと大目玉を食らわされるから、
常に慎重に扱うようにしている。
 水色のリボンを通した銀に光る鍵を、ノブの中央にある鍵穴に差し込む。
「あれ?」
 回してみると手応えがない。鍵がかかっていないのだ。
 真理亜は扉を開けながら、やれやれといった響きで言った。
「何だ、まだいたんだ」
 打てばすぐに返ってくる鐘のごとく、返事があった。
「『まだいたんだ』とは、ごあいさつねー。ふん、だ」
 聞き慣れたかすれ声。ハスキーボイスと言うよりも、まるで年中風邪を引い
て喉を痛めているみたいだ。でも、それは耳障りな音ではない。
「帰省するって言ってたから」
「そうですよ」
 尖らせた唇からこぼれた台詞は、どこか芝居めいていた。そう言えば、彼女
は演劇部所属だ。
 彼女−−ルームメイトの飯島良美は、膝の上にある雑誌から顔を上げた。ち
らっと見えたところでは、漫画雑誌らしい。
「そのつもりだったのが、どうして?」
「噂、聞いてないみたいね」
 楽しそうな顔の良美。と言っても、おかしいとか面白いとかじゃなく、知ら
ないことを聞かせられる優越感から来る楽しさと言ったところか。
「え、噂って」
「未確認情報ながら、一部で流れている。転校生が来るそうよ」
「転校生……こんな時期に?」
 真理亜は声を高くした。
「夏休みに入っちゃったのよ。来るんだったら、七月二十日までか、九月から
にするか、どっちかにすべきじゃない」
「そこまでの事情は知りません」
 片手を上げて、しれっとして言う良美。案外、情報源は頼りないらしい。早
くも泉が枯れたか。
 その彼女が続けて話すのを待っていた真理亜だったが、肩すかしを食らわさ
れた。良美は再び、雑誌に熱中し始めてしまった。
「ちょ、ちょっとちょっと」
「ん?」
 視線は下に向けたまま、声だけよこす良美。それもごく短い単語。
「あのねえ、転校生が来るかもしれないっていう噂は分かったけど、それがど
うしてあんたにつながるわけ?」
「分かんない? 転校生の顔を拝んでから帰ろうかと思ってさ」
 あっけらかんとした答えっぷりに、真理亜は呆れてしまった。
「そんなことで、時間ぎりぎりまで寮にいるつもりなの。ほんと、噂好きよね
え、良美ったら」
「小さい頃から言われている。奥さんになったら朝からテレビにかじりついて、
ワイドショーばかり見てる口だって」
「当たってるわ、それ。誰が言ってくれてるのよ」
 やっと、手提げを持ったままだと気付いた真理亜は、それを自分の机の上に
置きながら言った。
「お母さん。同じタイプだから、分かって当たり前よ」
 と言って、良美はけらけらと笑った。雑誌を見ながらだったので、自分がし
た話に笑えたのか、漫画が面白くて笑ったのかは分からない。
「どうでもいいけど、遅れないようにしなよ。去年みたいに……」
 一年前のことを思い出しながら、真理亜は忠告してやる。良美は一年前の同
じ日、みんなとお喋りしていて、列車を乗り過ごした経験の持ち主なのだ。
「今度は大丈夫。目覚まし時計、セットしてるから」
 良美は悠々たる言い方をした。しかし、どこにもそれらしき時計は見当たら
ない。良美の机の上にも、彼女の周りにも、ましてやベッドの枕元にも。
「そんな時計、どこにあるのよ。そもそも、良美。あんた、目覚ましなんて持
っていたっけ?」
「そこはそれ」
 奥歯に物がつまったような返事をよこす良美。真理亜は嫌な予感を覚えた。
ルームメイトのこういう態度は注意信号。
「まさか……」
「持ちつ持たれつってことで」
 真理亜は良美の言葉を背中で聞きながら、自分のベッドの枕元にある目覚ま
し時計を見た。
「私のを使ったなっ」
「そんな怒鳴らないで。さっきも言った通り、持ちつ持たれつ……」
「どこが、持ちつ持たれつなのかなあ」
 皮肉を込めた言葉と共に、真理亜は良美を見下ろした。相変わらず、良美は
照れたように笑っている。
「国語辞典、引いた方がいいわよ。私から言わせたら、『持ちつ持たされつ』
ってところなのよね」
「怒らなくても……」
「怒ってるんじゃないわよ。でもね、使ったなら使ったと、一言、言ってちょ
うだい。いつだったかしら、あれは。ひどい目にあったわ」
「ああ、あれ」
 良美は大したことでないように言うが、真理亜にとっては、あれはまさしく
ひどい目であった。
 今年の一月、まだ真理亜らが一年生だった頃のこと。何かの理由で今日と同
じように、良美は真理亜の目覚まし時計を無断借用していた。
 真理亜はそれを知らされぬまま、いつもの時間にセットしてあるものと思い
込み、目覚ましのスイッチをオンにして、ベッドに潜り込んだ。当然、時刻が
ずれているのだから、朝になっても目覚ましはならなかった。あとのことは…
…推して知るべしであろう。ちなみに、その朝、良美の方は早朝から演劇部の
活動があって、相当早く部屋を抜け出していたことを付け加えておく。
「ああ、じゃないわ、全く」
「悪気はないんだから、許して、ね」
「悪気があってたまるか。いい? 私の持ち物を使うんだったら、今度からは
絶対に言ってよね」
「はいはい」
 本当に分かっているのか。そんな疑問符を心に浮かべながらも、真理亜は良
美を許していた。どうにも憎めないところが、彼女にはある。
「転校生の名前って分かってるの?」
「んにゃ」
 短い返事に戻ってしまったらしい。
「何年生なのかなあ」
「さあ」
「他には何も分かってないわけね」
 この話はもう打ち切って、宿題の山でも眺めようかとしたところ、良美から
声が飛んできた。
「とんでもない。肝心で重要なポイントがあるんですな、これが」
「どこかのおじさんか、あんたは」
 そう言いつつも、肝心で重要なポイントとやらに興味を引かれる。真理亜は
椅子を回転させ、良美の方に向き直った。
「何がポイントなの?」

−−続く




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