#3125/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/ 8/29 23:55 (200)
入れ替わる 3 永山智也
★内容
相手の矛先をかわそうと試みた。
「帰って来るのが遅かったが、まさか、この秘密、誰彼となく言い触らしては
いないだろうな」
「この秘密って替え玉のこと? 当たり前だよ。何でも父さんに相談しないと
できない性分だからね、僕は」
皮肉な調子だった。とにかく、自棄になっていないことだけは分かった。
「なあ、考えてくれ」
今度は懐柔策めいてきた。ころころと変わる自分の口調がおかしい。
「替え玉をやったのがばれたら、自分達はおしまいなんだぞ。誰が計画したか
なんて、この際、関係ないんだ。命がけでもこのことは秘密にする必要がある」
「命がけ、ね」
軽蔑するような態度が見られた。かまわずに続ける。
「秘密にするためにはどうすればいいか。おまえが進になる、それしかないん
だ」
続けようとしたところへ、正の言葉が重なってきた。
「もう一つ、あるよ」
「何?」
思わず、目を剥いてしまう。他に方法があるというのか? 目で続けるよう、
息子を促す。
「僕が死ねばいい」
驚くべき言葉。正の口から発せられたそれの持つ意味は、衝撃的な見えない
光を放っている。
「な、何を言っている。分かって言っているんだろうな?」
「分かって言るさ、お父さん」
射すくめるような視線。知っている息子の目ではなかった。
「僕が死ねば、何もかも解決するよ。双子の兄も弟も死んでしまえば、双子の
入れ替わりなんて意味がなくなるんだ。替え玉受験があったなんて、考える人
はいなくなる。僕も、不自然な入れ替わり生活をする苦労から開放され、楽に
なれる。これほどの名案は他にない」
「……」
絶句。
何か言おうと、口を動かしてみるが、空気を噛むばかりだ。
「どうしたの、お父さん? 一つの考え方ではあるだろ」
「−−自殺する気か、この馬鹿者が」
これが違う状況であれば、思い切り怒鳴りつけた上、手も出しているかもし
れない。しかし、今は騒ぐに騒げない。静かにたしなめるがごとく、叱る。
「やだなあ、お父さん」
正の表情が変わった。まさか、冗談のつもりで今の意見を言ったのか。真面
目に受け取っては、愚かな目に遭いかねない……?
「じょ、冗談なんだな」
「いえ、意見としては大真面目ですよ、お父さん」
いちいち気に障る言い方をするようになった正。だが、それを注意している
暇はいっさいない。
「では、どういうつもりなんだ」
「僕が死んだことにすればいい。実際に死ななくてもいいんです。僕がいなく
なれば、同じ結果が期待できる」
ちょっとした死角にあった方法。正が言ってくれたその方法を、噛みしめる
ように考える。
「仮定の話として考えてみよう。その価値はありそうだな。……問題はあるが、
いなくなるのはいいとしよう。その間、おまえはどこに身を隠すのだ?」
「どうにでもなる、そう考えてますよ。まあ、いなくなるときの状況設定によ
るかな。仮定の話として考えるにしても、そこから始めないと何も出てこない
ですよ、お父さん」
「そ、そうだな」
本当ならば、実際の計画として議論したいぐらいなのだが、それをあっさり
と口にするのははばかられた。どうにかして、万人に知られてもよいような優
れた解決案を出せないものか……。しかし、そんな案があるはずもなかった。
今は、正の言う方法を煮詰めるしかない。
「最初に確認しておきたい。おまえは、進として生きる気はないのだな?」
「ほんの一時期ならともかく、一生なんて、できる訳がないと思っているもの」
しれっとして言う正。この様子なら、もしかすると納得させられるかもしれ
ない。
「どうしてだ? **大の二回生として振る舞えばいい。それだけじゃないか」
「それだけって、勉強が追いつけないよ」
「いや、大学の授業ってものは、講義単位だからな。さほど気にしなくてもい
いはずだ」
「……仮にそうだとしても、人間関係はどうするの? 誰とどんな風に付き合
っていたのか、ほとんど知らない」
「それぐらい、頭に叩き込めばいい」
「それができるぐらいなら、浪人していない。暗記は嫌いだ」
「……休学すればいい。弟の死にショックを受けたとかいう理由で、表向きは
立つ。進の人間関係を覚えてから復学するんだ」
「……」
「それに一年も休学すれば、人間ががらりと入れ替わるからな。覚えるべき人
数も絞れるはずだ。いっそのこと三年休学してしまえば、知っている連中は皆
卒業だ」
「そんなに休学、できやしないよ。やめさせられる」
「大丈夫なんだ。大学に籍を置く期間は、最大で八年間とされている。まあ、
これは最終手段だが」
「……」
いくらか迷う様子を見せるようになった正。あと一押しとばかりに、言い添
える。
「おまえがさっき言ったやり方では、おまえの戸籍がなくなってしまう。何だ
かんだと不便が出てくるに決まっているんだ。分かり易い部分を言えば、結婚
できないとか、車の免許が取れないとかな。
それに比べれば、進になりすます方が遥かに楽だ。名前の一文字が違うだけ
で、他は一緒だ」
「絶対にばれない? 指紋とか血液型とか」
「ばれるものか。指紋なんて調べる奴、どこにもいやしない。血液型について
は全く問題ない。双子−−一卵性双生児の場合、血液型は全く同じだ。私には
よく分からんのだが、DNAも全く同一の成り立ちをしているそうだ。だから
区別の着けようがない」
「じゃあ……本当に問題なのは、兄貴と知り合いの人達だけか」
ぽつりと言った正。もはや、入れ替わる考えに傾いている。そうに違いない
と確信した。
「こちらの方法にしてくれないか。もし、おまえの言った方法を採れば、私は
ともかく、母さんは子を二人とも失ったことになる。そりゃ、いつかは真実を
告げる日も来るんだろうが、それまで騙すのは心苦しい」
どちらにしろ、騙すことには変わらないのだが。心的ショックを大きくして
まで騙すか、このまま一生騙し通すかの違いだ。
そんな私の気持ちを嘲るように、正が口を開いた。
「へえ、お父さんにもそんな気持ちがあったんだ。家族を大切にってね」
「正?」
「それ、本心? だったら、もっと早く、僕達のことを顧みて欲しかったな。
お父さんがそうしてくれてたら、こんな面倒にはならなかったかもしれない」
「この……」
手が出そうになったが、何とか思いとどまる。正が大学に合格できないから、
こうなったのだ。私は悪くない。−−この台詞も、喉の奥で押し止めることに、
どうにか成功した。
「正、決めるんだ。早い方がいい」
「……じゃあ、入れ替わってもいいかな」
ふざけたような口ぶり。これ以上ないほどの分岐点だというのに、自分の息
子が何を考えているのか分からない。
「それでいいんだな?」
「いいよ。これが失敗しそうになったら、僕−−『松坂進』が失踪すればいい
んだから。二段構えの作戦になっていい」
「そんな失敗した場合なんて、一切、考えるな。とにかく、おまえは進になり
きるんだ。いいな」
「分かったよ。当分、家にこもっていればいいんでしょ?」
「あ、ああ、そうだ。進の友達なんかが来ても、応対に出るな。電話もそうだ。
ごまかすに限る」
「はいはい」
「それから、少しずつでいいから、進に関することを覚えるんだ。喋り方とか
動きの癖なんかは、今はいい。気が動転してと言って、どうにでもごまかせる
からな。服や食べ物の好みとか、勉強とか、そういった方から進に合わせるよ
うにするんだ」
「やってみるよ。着る物は?」
「そうだな。なるべく、進のを着るのが利口だろう。下手をしたら、母さんが
気付くかもしれんからな。靴もだ。靴とか帽子はサイズが大きく違うかもしれ
ないから、もしそうであれば、早めに取り替えておくのがいい」
「面倒そうだ」
「面倒でもやるしかない。そうだ。あの江崎って子はどうなんだ」
「どうって……」
口ごもる正。
「……兄貴と共通の友達ってところだよ」
「持って回った言い方はせん。進かおまえのどちらか、彼女と関係を持った経
験はあるのか?」
「僕はないよ」
ここだけは、まるっきり子供めいた言い方。何かほっとしながら、さらに聞
く。
「進はどうだったんだ?」
「知るもんか」
正は、ガムでも吐き捨てるかのように答えた。その様子からでは、本当に知
らないのかどうか、分からない。
「何か言っていただろう、進が」
「さあ。同じ大学だから、仲良くはしていたみたいだけれど」
「付き合っていたのか?」
「知らないって。たださあ、僕の感覚で言えば、浪人の僕を応援しておいて、
その一方、兄貴と寝られるものか疑問だっていうのはあるよ」
息子の言葉は理屈が通っているようで、どこか妙な感じもあった。
「だいたい、彼女、今日、僕のつもりで兄貴と一緒に試験会場に行ったんでし
ょ? 深い関係にあったんなら、気付かれていると思う」
「なるほどな」
今度は割に、素直に承伏できる。
「確かに、あの子、死んだのはおまえの方だと信じていた」
「一つ、心配なのは、兄貴、あれで結構、芝居っ気があるから……。本当にう
まく、僕を演じたのだとしたら、寝たかどうかなんて関係なしに、騙してしま
うかもしれないってことかな」
「そこまで憂慮していたら、話が一つも進まなんぞ。ここしばらくは、彼女に
ついては、当たり障りのない態度にとどめておくのがいい。どうせ、精神的に
ショックを受けた云々でカバーできるだろう」
「困ったときの『ショック』頼みって訳か。便利でいいや」
「ふざけてるんじゃない。……そうだ、おまえについても聞いておく。おまえ、
好きな子はいるのか」
「……一応」
何だかはっきりしない答だ。一応とはどういう意味なのだと、問い質してや
りたいぐらいだが、そんなことに時間を使う余裕はない。
「その子が目の前に現れて、冷静でいられるか?」
「何なんです、お父さん? 生活指導の先生じゃあるまいし」
面食らったように口を丸くしている正。
「いいから、真面目に答えるんだ。進でいられるかと聞いているんだ」
「……そのときになってみないと。感極まって、抱きついちゃうかもね」
おどける正。
「どういうつもりなんだ。いいか、絶対に気持ちをセーブしろ。進になりきれ。
その子が好きなら、進として接近し、最初からやり直せ」
こちらが必死に言っているのに、正はぷっと吹き出す始末。
「おい、正、いい加減にするんだ」
「……ごめんなさい。でも、あんまりにも、お父さんが、らしくないことを言
うから……。それぐらいのこと、僕も心得てるよ。とにかく、家に閉じこもっ
ているから、その点は当分、心配いらない」
「なら、いいんだが」
言っては見たものの、不安は拭いきれない。替え玉受験はほんの半日だが、
こちらは残る一生、ずっとなりすまさねばならない。どうしても不安が残る。
「休学の手続きは、私がやっておこう。下手に大学に行って、事務員に不審感
を持たれてもまずいだろうからな」
「そうか……兄貴が知らない内に、顔見知りになっている人もいるかもしれな
いんだ。厄介な感じ」
「しばらく休学したって、事務員は覚えているかもしれんな……。休学届けを
出す際、どの事務員が進について知っているかどうかを、なるべく調べてみよ
う。それが分かれば、そいつに近付かないようにすることで何とかなる」
「もし、どうしても入れ替われそうにないとなったら? つまり、兄貴が、あ
まりにたくさんの人に知られていたら」
「そのときは……大学をやめるしかないだろうな。やめてしまえば、ほぼ一か
らのやり直しが利く。だが、これは飽くまでも最後の手だ。やめなくてすむ策
を第一に考えているんだからな」
それからも細々とした点について話し合ってみた。が、いずれも、現時点で
は明確な方針が打ち出せないものだった。先のことはもう、行き当たりばった
りで窮地をしのいでいくしかない。
−−続く