AWC 入れ替わる 1   永山智也


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#3123/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 8/29  23:50  (200)
入れ替わる 1   永山智也
★内容
 父が吠えていた。
 壁を通して、隣の部屋にまでじんじん響いてくる。
 僕は耳をふさぐため、ヘッドホンをかける。プレーヤーを作動。流れ出る音
楽は、夏の恋だの愛だのを歌ったもの。季節外れにも程がある。
 いつもは仕事にかまけて自分達の存在をかまいもしないのに、今日はどうし
たのだろう。何か面白くないことがきっかけとなって、そのとばっちりを弟が
受けている。そう想像した。
 いつまでもこんなつまらないことを考えているのは、時間の無駄。机に広げ
ていた本を手に取り、背もたれに身体を預ける。これでまた楽しいひとときを
得られる……。
 どれぐらいの時間が経っていたのか。背中の方向から影が差したので、部屋
に誰か入ってきたのだと気付いた。急いでヘッドホンを外す。
「進、いるな。ちょっとこっちへ来なさい。話がある」
 こちらが振り返る前に、僕の城への侵入者−−父が言った。目の前には、痩
身だが、肩の辺りだけはがっちりとした父の身体があった。
「どうして? 何かあったの?」
 さしたる意味もなく、問い返す。その理由を聞いたところで、僕は父の言う
通りにするだろう。そして父も、僕が反抗する場面は思い描いていまい。
「正のことだ」
 それだけで充分だとでも言いたげに、父はきびすを返すとさっさと出て行く。
僕は飛び降りるように椅子から離れると、すぐにあとを追った。
 隣の弟の部屋は、僕の部屋と同じ造りになっている。もちろん、装飾品の違
いはあるが、基本的には一緒。……そのはずなのに、部屋の明るさはずっと冷
たく、雰囲気は重たかった。こういう場に放り込まれるなんて、迷惑この上な
い。早くも、自分の部屋へ戻りたくなった。
「とにかく座りなさい」
 言われて、カラフルな模様のクッションの一つに腰を下ろす。
 小さなテーブルを挟み、向こうには難しい顔をした父。その横には、身体を
縮こまらせている弟の姿。
「双子で、見た目もこれだけ似ているっていうのに、どうしてこうも出来が違
うんだろうな」
 もはや怒鳴り疲れていたのだろうか。父は呆れ口調で始めた。その目は、僕
と弟を見比べるような感じだ。
「片や、一発で合格、片や浪人とはな……。しかもだ。帰ってきて覗いてみた
ら、正は……」
 視線を動かす父。まず正に、ついで勉強机の方を見た。
 僕もつられて、ふと見れば、勉強机のスタンドは点けっ放しになっていた。
その下には、僕にとっては懐かしい、受験参考書。でも、開けてあった様子は
ない。推して知るべし、か。
 ただ、僕が見るに、正はそんなに頭が悪い訳ではない。その辺り、父は分か
っているのだろうか。
「その上、もう無理だ、おまえと同じ大学になんか入れっこないと言い出す始
末だ。しょうがない奴だ」
 別に大人ぶって言うつもりはないけれど、父の嘆きも分からぬではない。エ
リートで通っている父のこと、その息子が一人とて『落ちこぼれ』てもらって
は困るのだろう。外面に傷が着くってところか。
 それにしても、早く結論部分に移ってもらわないと、僕も困る。話を片付け
て、こんなうっとうしい環境からは、一分でも早く逃げ出したい。
「私が見るところ、もう、正はだめだ。酷な言い方をするようだがな。いや、
いい面も持っている」
 言葉が過ぎたと思い直したのか、父は慌てたように言い添えた。
「正は、暗記するというのが苦手らしいな。ええ?」
 弟を観察していると、わずかにうなずくのが分かった。
 僕はわずかながら、父に感心した。へえ、少しは正のいい面を見ているじゃ
ないか。そういう意味である。
 父は続けた。
「だが、大学に入ってからの勉強には充分、適応できるだろう。どちらかと言
えば、そういった具体的な学習に、こいつは向いている。おまえもそう思わな
いか、進?」
「あ、うん。お、思うよ」
 突然、話を振られ、僕はどもりながら肯定の返事をした。しかし、これに嘘
偽りの気持ちはない。正味、弟は受験生向きでない受験生だ。
「と言って、いくら私が手を回しても、無条件で大学にパスさせることはでき
ん。そこでだ」
 父の顔が、秘密めかした表情になる。
「……話す前に、おまえに聞いておこう。これからの話が、本決まりになろう
が潰れようが、絶対に漏らしてはならない。この約束、守れるか?」
「……」
 父の言い方と目つきに一瞬、戸惑いを覚えたが、要は他言無用と言う意味だ。
それぐらい、何てことない。そう判断して、僕は答えた。
「守ります」
「では、話すから、よく聞いてくれ」
 言葉を切ると、父は部屋のドアを見やった。閉じているを確認したようだ。
母にも内緒にしておきたいほどのことなのか。僕は訝ると共に、緊張を覚えた。
 弟の方は、すでに話の内容を聞かされているのだろう。うなだれたままでい
る。
 自分一人、緊張して身を固くした。
「進、おまえ、もう一度受験して、合格する自信はあるか?」
「え……?」
 父の言葉を聞いたその瞬間だけ、頭が混乱した。ために間の抜けた声を発し
てしまった。が、直後に理解できた。
 替え玉受験。
 父は、僕が弟に成りすまし、試験を受けることを望んでいる……。
「どうなんだ」
 別の意味で、ぼんやりとしてしまっていたところに、父の声が届いた。はっ
と意識が戻り、父の目を見た。
 −−本気らしい。
「……それは……多分、大丈夫だと思います。正がセンター試験であれだけ取
れたんだから、何とか」
 真実がどうであろうと、合格できないと答えるべきだったのかもしれない。
しかし、父の身体全体からにじみ出る、気迫のような物に圧倒され、僕はいつ
の間にかそう答えていた。
「そうか、さすがだな。大学に入った途端、遊び呆ける連中が多い中で、さす
が私の息子だ」
 かわいそうに、父は自分の言葉というものに乏しい。喋る台詞はいずれも類
型的で、どこかで聞いたような文章ばかり。エリートとして、型にはまった会
話しかしてこなかったせいだろう。
 が、今は、そんな些事を心配している場合でなかった。次の父の言葉が発せ
られれば、受けざる得なくなるだろう。話が急だったこともあり、さすがに良
心がとがめる。
 だが、その一方で、僕の内では計算が働きつつあった。替え玉受験を引き受
け、弟や父に一種の恩を売っておくことは、今後、損ではない。
 それに、まだ他にも、この替え玉は使い道がありそうだ……。
 脳裏のスクリーンに映し出されたのは天秤。ゆらゆら不安定な状態を経て、
それはやがて片方に傾いた。
「言わなくても分かるだろう……。やってくれるな?」
「……ええ。やってみるよ」
 それが僕の結論だ。
 当たり前のようにうなずく父と、びっくりしたような表情の弟を横目に、僕
はこれからの算段をつけていた。

 普通の人間なら誰でも、世の中に一人ぐらい、殺したいほど憎い奴がいよう。
もちろん、罪に問われないならば本当に殺してやる、ぐらいのレベルであるが。
僕には三人いた。一人は父。家族以外の人から見れば、立派な人間なのだろう
が、それは抜け殻だ。中身について、僕はよく知っている。
 一人は僕に外見がそっくりの男、つまり……言うまでもないか。双子になん
て生まれるものじゃない、とつくづく思うことがある。一番よくあるのは、よ
その人から好奇の目で見られること。一人で生まれてきたのなら、こんなさら
し者ような目に遭いはしなかったろう。
 でも、以上の二人は利用できる点も多々あるし、身近にいるからこそ嫌な面
が見えるというあれだと思うので、見逃してやってもいい。
 残る一人は−−吾川修一。赤の他人でありながら、こいつに対してほど殺意
を抱けるターゲットは他にない。ほんの小さな頃、そう、幼稚園の頃から腐れ
縁があったのか、僕の周囲にはこいつがいた。この点、吾川も僕に対して、同
じ感情を持っているのかもしれないが、とにかく疎ましい。
 何かにつけて、僕に対抗心を燃やしてくる。対抗心と呼べる段階にとどまっ
ていれば、いい競争相手と見なせたかもしれない。しかし、中学二年生ぐらい
には、もはや敵がい心とまで表現できそうなほど、あいつは僕と張り合おうと
してきた。強いて挙げるまでもないが、学校での試験の成績はもちろん、運動
能力、昼食の早食い(さすがにこれは小学校で終わった)、家庭科の裁縫の腕、
あらゆるイベントにかこつけての異性からもらうプレゼントの数、そして高校
入試、大学入試へとつながる。
 明白に能力の差があればこうならなかったのだろうが、まずいことに、吾川
と僕に能力の差はほとんどなかったらしい。能力だけに限れば、双子以上に吾
川の方が僕に似ていると言えよう。
 無論、現在も僕と吾川は近い距離にいる。相変わらず、ライバル間系が続い
ている訳だ。全く、ろくでもない話だ。ろくでもない話には違いないのだが、
ここまで来て「もうやめようよ」と言い出せるはずもない。それが即、白旗、
敗北宣言であると見なされる。だが、実際のところ、僕はやめたい。
 そこで−−僕は考えた。向こうが何かにつけて、僕と勝負をする気なら、殺
人もその一つに加えてやろうではないか、と。向こうから抗議される筋合いは
ない。これまで、勝手に向こうから仕掛けてきたのだから、今さら相手に宣戦
布告する必要もない。やった者勝ち、なのである。吾川を殺したあと、僕が逃
げ切ることができれば、それで僕の勝利だ。

 電話口に出たその瞬間、松坂美沙子は内心、嫌な予感を高めた。というのも、
相手の口調が相当、慌てているらしく感じられたからである。
「大変」
 切羽詰まったように、ただこの単語を繰り返すだけの相手。他にも何か言っ
ているのだが、意味が取れない。
 何度か声を聞いている内に、美沙子は声の主に思い当たった。
「あなた……江崎さん?」
「あ、そうですそうです」
 少しは落ち着いた様子。それでも、電話向こうの江崎優佳は、全力疾走でも
したかのように息を弾ませている。
 息が整うのを待って、美沙子はゆっくりと聞いた。
「どうしたの? 正の試験、見に行ってくれてたんじゃないの?」
「それが……」
 不意に、彼女の涙声が、送受器から流れてきた。
 美沙子の不安は、一気に頂点に達した。
「江崎さん? 正がどうかしたの?」
 悲鳴のように声を高くする美沙子。意味がないと分かっていても、送受器を
強く握りしめ、何度も揺さぶってしまう。
「松坂のおばさん……正君が、交通事故に」
「……」
 言葉が出ない。
 気が付いたら、息が苦しかった。
「−−交通事故って」
「今、**病院です」
 急に責任感に目覚めたかのように、江崎はしっかりした声を出した。
「すぐに来てください。……あの、危ないらしいんです!」
 意識が飛んでしまっていた美沙子は、その声で覚醒できた。
「……分かったわ。ありがとう」
 何故か、自分でも妙に落ち着いた声でそう言って、送受器を置く。そしてす
ぐさま、財布だけを握って外へ飛び出した。
(お父さんや進に連絡する暇ない)
 そんな思いが、一瞬だけだが、頭をよぎった。

「手を尽くしたのですが……」
 美沙子の耳には、医者の言葉がまるで、太古、祈祷師が唱えた呪詛のように
届いていた。最初の二言三言で全てを悟った美沙子に、あとの言葉は理解でき
ない。
「おばさん、しっかりして」
 江崎優佳の声。我に返ると、床にくずおれた己の姿があった。何人かの手で
引き起こされ、ようやく立ち上がる。
「ご確認、願えますか」
 まだ、医者の言葉をすぐには理解できないでいる美沙子。しかし、ぼんやり
と考える内に、ようやく思い当たる。息子の死の確認……。
 冷たい感じのする廊下を、医者のあとについて江崎優佳と二人で行く。
「あの……きれいなまま、死んだんでしょうか」
 恐る恐る。そんな口調で彼女は尋ねた。死に顔を確認するのが恐い。
「ええ」
 医者は背中を向けたまま、小声をもってうなずいた。
「そのままですよ。……少なくとも、顔だけは」
 最後の単語は、遠慮がちに小さな声で発せられた。
 それからの時間は、美沙子にとって、長くも短くも感じられた。生きていな
い息子との対面、医者からの説明、現場に赴いての警察からの説明、警察署で
の今後のことの説明、そして通夜の準備……。

−−続く




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