#3122/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/ 8/29 23:48 (182)
丸文字コンプレックス 2 名古山珠代
★内容
「何も、金箔の浮いてるコーヒーを飲もうって訳じゃないんだから、そんな心
配は無用。ここら辺は詳しくないから、いい店、知らない?」
滝川君は、また笑っていた。
私が、喫茶店なんて、大人なしに入ったことないと答えると、彼は、駅にあ
る案内板を見てから、
「だいたい、こっちがにぎやかみたいだ。行ってみよ」
と言うなり、歩き出した。一瞬間、あっけにとられてしまった私は、出遅れ
ながらも、何とか滝川君の後について行く。こういうのって、どうなんだろ。
私、男子って、変に優しくしてくれるか、意地悪するかのどちらかだけだと思
っていたから、意外。
それでも、彼はゆっくり歩いて、私が追い付くのを待っていてくれたみたい。
なんとなく分かる。
「どうなんだろ?」
いきなり、滝川君が言った。さっき、自分が心の中で思っていたフレーズと
同じだったので、ちょっとどきっとしていると、彼は言葉を重ねた。
「女の子っていうのは、少女マンガに出てくるみたいに、ケーキに紅茶なの?」
「みんながみんな、そういうのじゃないと思うけど……。私はそれが好き」
「ふうん。じゃ、あの店なんかよさそうと思うけど」
滝川君が指さしたのは、「洋菓子のお店・るいすきゃろる」とある看板。「
るいすきゃろる」の文字が、平仮名で丸っこく、可愛らしく描かれている。
「中で食べられるのかしら」
「見て来る」
そう言って、滝川君は走って行く。何だか、随分、ガードレールの近くを行
くなと思ったら、はっと思い当たったの。ひょっとしたら、道路の方は危ない
からって、そちらの方を歩いてくれていたんじゃないかなって。
そんな風に考えを巡らせていると、店の中に消えていた彼の姿が、また視界
に現れていた。そして、両手で大きく丸を作る。私は、小走りに店に向かう。
二人で中に入ると、赤と白のストライプの制服を着たお姉さんが、笑顔で案
内してくれた。窓際の席に座る。さっきまで歩いていた通りは、だんだんと人
が多くなっているみたい。
「チーズケーキだけで、こんなに種類があるのかあ。うーん、あと、ティラミ
スしか知らないからなあ。じゃ、ティラミス。それと紅茶……。あ、紅茶もこ
んなにある! ダージリンって聞いたことがあるから、これを」
メニューを広げていた滝川君は、あきらめたように、そう注文した。
「私は、チーズサンドケーキとロシアンティー」
ウェイトレスのお姉さんが行くと、滝川君が感心したみたいに口を開く。
「やっぱり、選ぶのが早い!」
思わず、クスッと笑ってしまう。
「でも、僕は、写真交換もなしに会うのって、凄くどきどきしていたんだけど、
考えていたとうりの人でよかった、川井さんが。川井さんは−−」
「私も」
相手が聞いて来る前に、言っちゃった。ちょっとあっけにとられていた様子
の滝川君だったけど、すぐに冗談めかして応じてくれる。
「うん、そう答えてくれるってことまで、イメージ通りだ。あ、ところで、あ
の絵、まじで似ていたんだよね。文通の礼儀で誉めてくれているのかと思って
いたけど」
「本当だって、分かったでしょ? それにしても、あんなファンタジーっぽい
絵を描く男の子って、どんな人なのか、楽しみだった」
「一回、僕の自画像を描いて送ったけど、誇大広告じゃなかっただろ?」
「そうね、金髪以外は」
そう言うと、私達は、一緒になって笑った。私自身、だんだんと打ち解けた
口調になって行くのが分かり、不思議だけど楽しい。
「今日、見に行く映画のことだけど」
滝川君が切り出す。そう、人気ファンタジー小説のアニメ映画。
「ずっと書いてきたことだけど、ファンタジーは、ものすごく好きって訳じゃ
ない。どちらかと言えば、地に足を着けたのがいい」
「ファンタジーは下手に書くと、どんな無茶でもできちゃうから、でしょう?」
「今日のは、どうなの?」
「そうね……。いわゆる、今の世界っていう意味では、現実無視のところもあ
るけど、全く違う世界での物語として見たら、無茶はしていないと思う。少な
くとも私は」
「それなら安心。喧嘩しなくてすみそうだ」
滝川君がそう言ったとき、ウェイトレスさんが運んで来た。
「ティラミスチョコレートってあるけど、あれってさ、どこがティラミスなん
だろ?」
目の前に置かれたティラミスを切って、フォークに刺してから言った滝川君。
「そうよねえ。他にもチーズケーキチョコとかミルフィーユチョコってあるけ
ど、全然それっぽくない」
「あのコマーシャル、出てる人はおかしいとは思わないのかな。あ、コマーシ
ャルと言えば、あの納豆のコマーシャル……」
こんな風にコマーシャルネタから入って、どんどん話題が広がっていく。そ
れが一段落したところで、慌てちゃった。もうすぐ、上映時間! 私達は、急
いでお店を出た。
「一言で言えば、面白かった!」
観終わって、映画館を出たところで、滝川君は言った。私は歩きながら見て
たパンフレットから目を上げ、彼の顔を見つめる。
「よかった!」
「論理性はともかくとして……。どこがどうってんじゃないけど、なんて言う
か、物語の世界で完結しているから、完全にのめり込めるんだよねえ」
そうしてから、彼は少し、考える顔つきになった。
「どうしたの?」
「……昼飯、まだだった」
ああっ、そうか。左手首を内に返して時計を見ると、一時半を回っていた。
ファーストフード店を探し、手近なところに入る。思っていたより人は少なく
て、ほとんど待つことなく、注文できた。トレイを持って、窓際の席を選ぶ。
「ハンバーガーは、肉が全体の重さの三割以上を占めていないといけないと、
法律で決められてるって知ってる?」
滝川君が言った。朝、話したときのように、彼の話題のひきだしは多い。
「へぇ、知らなかった。でも、当り前よね。決めとかなきゃ、あくどいお店は、
平気でお肉の量を減らすでしょうから」
私は、声を落として答える。ハンバーガーのお店で、こんな話、大声じゃで
きない! 滝川君の方は、あまり気にしてないみたいで、続けるの。
「ところが、この条件だけじゃあまい! ハンバーグってのは、いくらでも玉
葱を入れることで肉を減らせられる。ま、いくらでもってのは大げさだけど」
「あ、そうよね」
「ところでさ、さっき『あくどい』という言葉、使ったよね」
「え? ええ」
「どんな字をあてるか、知ってる?」
滝川君は、こちらが何も言わない内に、テーブルの端にあったナプキンを一
枚取り、ボールペンと一緒にこちらに渡すの。私、字に自信ないのに……。
「えっと」
私は時間稼ぎをする。字が分からないんじゃなくて、気持ちを落ち着かせる
の。そうして、ゆっくりとペンを動かす。
「こうじゃない?」
「悪どい」と書いて、紙とペンを返す。すると、どういう訳か、相手は笑っ
てるの。字は、そんなに丸文字じゃないわ。
「あー、やっぱり、そう書いたね」
「違うの?」
「『悪徳商法』なんかの影響かな。みんな、誤解してる。『あくどい』は、単
に『くどい』って意味。『あ』は接頭語みたいな物だよ」
「うー、国語の授業みたい」
「そんなつもりはないけど、ただ、川井さんの手紙を見て思っていたんだ。最
初の頃と、最近とでは、ワープロを打った人が違うなって」
え? どういうこと? どうして分かるの? 私は頭の中が混乱して、ポテ
トをつまんでいた手も止まった。
「どちらが川井さん本人かは分からないけど、別人だってことは、分かったよ。
多分、今の方が、川井さん……」
もう聞こえていなかった。滝川君に、「ワープロを打った人が違う」と言わ
れただけで、耳はただの飾りになっている。
「あ!」
やっと、滝川君のそんな声が聞こえたとき、私は立ち上がっていた。いたた
まれなくなって……。
店の外に出ると、夏だというのに、風が冷たく感じられる。ふっと頬に手を
やると、濡れていた。こんなことで泣いちゃうなんて……。そう思うと、今度
は咽の奥が痛くなってきたの。いつものこと。悲しくなると、いつもこうなる
の。
不意に肩を引っ張られた。はずみで、帽子が落ちる。見ると、息を切らせて
いる滝川君。急いで追っかけてくれたみたいで、パンフレットやらポシェット
やらを抱えるようにしている。あ、また涙が出てきた。
「どうしたの?」
滝川君は、私の顔を見てちょっとびっくりしたみたいだったけど、私が答え
られないでいると、また言った。
「どうしたの、急に飛び出したりして?」
「だ、だって……。私、隠し事してた……」
それだけを、やっと絞り出して言うと、滝川君の方は、表情が柔らかくなっ
た。
「そんなことかあ。別に責めてるんじゃないよ。気になっていただけ。最初の
頃は漢字だったのが、今では平仮名になっていたり、その逆があったり……。
語彙が違ってたし。自分も字が下手で、ワープロ使っているから、こういうこ
とは気になるんだ。でもさ、僕と文通するためにワープロの勉強をしてくれて
たんだなって思えたから、嬉しくって」
やっと、止まってきたみたい。涙が。
「本当?」
「もちろん。だいたい、隠し事がいけないんじゃ、世の中、全員が悪くなっち
ゃう。ほとんどの人が何か隠してるはずだよ」
「それは分かってるけど……。私が言ったのは、その、す……。想ってる人に
対してのこと」
「それだけ言い返してくれるんなら、もう大丈夫。店にいた客に変な顔で見ら
れて、困ったんだから。女の子を泣かせたって」
「ごめんなさいね」
「うん? いや、こっちが悪かった様な気もしてるんだ、実は。考えたらさ、
あんな時にあんな場所で言うような話じゃなかったかなって。しかも、僕ら、
初対面なんだ」
言われてみて、改めて初対面ということを意識する。けど。
「全然、そんな感じがしないの。変なのかしら、私って」
「変じゃないよ。僕だって、そうなんだから」
滝川君は、笑って私の帽子を拾ってくれた。やっと、分かった。彼の笑顔−
−ちょっと恐い顔が一転して見せる笑顔が、元気づけてくれてるんだって。そ
して、私も笑顔になる。笑顔になれる。
「ありがとう」
「何か忘れ物ないかな」
続いてポシェットなんかを渡してくれながら、滝川君は言った。
「あ! 財布、忘れてる! ちょっと待ってて。すぐに取って来るから」
焦った表情になって、ファーストフードのお店に戻って行く滝川君。その後
ろ姿を見ていたら、また自然と笑みがこぼれた。
それから夕方までウィンドウショッピングみたいにして過ごした後、すぐに
文通を再開することを約束して、別れたの。別れるときになって、一日ってこ
んなに短かったのって思えた。
「どうしたの、その涙の跡?」
私が帰って来るのを待ちかまえていたらしい昭子お姉ちゃんは、こちらが靴
を脱ぐか脱がないかの内に、そう聞いてきた。めざといんだから。
「すっごい、ひどい男だったとか。それとも、何かされたの?」
勝手なことを言う。まあ、妹を心配してくれる気持ちから来てるんだから、
許します。
「えへへっ。ゆっくり話して聞かせますから、落ち着いてね」
そうして私は、お姉ちゃんの背中を押した。今日のことは、お姉ちゃんのお
かげでもあるし、お姉ちゃんのせいでもあるんだ。感謝しつつ、ちょっと文句
も加えるには、どこからどうやって話せばいいかしら?
−−おわり