#3121/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/ 8/29 23:46 (182)
丸文字コンプレックス 1 名古山珠代
★内容
初めて受験勉強というのをやって、昭子お姉ちゃんと同じ中学に入れた私は、
お姉ちゃんにつっつかれるようになっていた。
「もう当分、猛勉強はしなくていいんだからさ、ボーイフレンドの一人でも見
つけたら、成美?」
そうなんです。私、小学校の頃から、男の子が苦手なんです。性格なんだか
ら、仕方ないじゃないの!
「意識過剰なのよ、成美は。フツーにしていれば、向こうから寄ってきて、フ
ツーにおしゃべりしてたら、仲良くなるわよ。なんてったって、あたしと同じ
顔なんだから」
お姉ちゃんと私は、一つ違いの姉妹なのだけれど、顔は双子のようにそっく
り。中学に入ってからパソコンを始めたお姉ちゃんは、ちょっと目を悪くして
めがねを掛けだしたから、今はそれで見分けがつくのだけど、それまでは、私
達を区別できたのは、お父さんとお母さんだけだったの。
「男子としゃべるの、苦手なのよ、私。頭がぼーっとなっちゃって。お姉ちゃ
んには、三枝さんがいるから、そんな風に言えるんだろうけど……」
「彰は関係ないよ。そりゃ、最初に手紙もらったときは、びっくりして嬉しく
て……」
しばらくしゃべり続けるお姉ちゃん。お姉ちゃんは、ボーイフレンドの三枝
さんのことになると、果てしなく脱線して行くの。それがやっと終わったかと
思うと、いきなり声を大きくした。
「そうだわ! 成美、手紙を出しなさいよ」
「手紙って?」
「だからさあ、誰かいるんでしょう? 小学校のとき、A君がいいなとか思い
ながらも、全然しゃべれなかったとか……。そんな子に出すの」
「だめよ。そんな子、いなかったもの」
私は、こんな話題になると、いつも口ごもっちゃう。
「いい? そんなんじゃ、中学生活、面白くないよ。ウチの学校、一応は進学
校なんだから、ボーイフレンドでも作って発散させなきゃ」
そう言うと、お姉ちゃんは、考える風な格好になった。
「……文通、やってみたら? 『ローティーン通信』に、毎回あるから」
お姉ちゃんが言った「ローティーン通信」というのは、中学生が読む情報月
刊誌。お姉ちゃんが買うのを、私も見せてもらったことがある。文通欄という
のが、確か、あった。
「文通って、普通は女の子なら女の子同士でするものじゃない? そんなのに、
男子からのお手紙待ってますなんて、書けない」
「心配無用のこと! よく見てみなよ。文通欄は、女の子同士、男の子同士、
異性、誰でもって風に、四つに分かれてるのよ」
お姉ちゃんは、最新の「ローティーン通信」を持ってきて、ページを開く。
お姉ちゃんの言う通り、文通欄は、「女の子だけで、おしゃべりしよっ」「男
の友情、求む!」「友達からはじめヨ」「贅沢は言いません!」の四つに分か
れていた。やっぱりと言うべきかな、「女の子だけ・」の掲載が一番多く、つ
いで「友達・」「贅沢・」「男の友情・」となっているみたい。
「これなら、いいじゃないの? 頭に血が昇ってしゃべれない、なんてことも、
文字にすればないでしょ?」
「うん、でも……」
「まだ何か、あんの?」
煮えきらない私に、お姉ちゃんはいらいらしているみたい。私だって分かっ
ているんだけれど……。
「私、丸文字だから、男子には嫌われるわ、きっと」
「そーんなこと、ないったら!」
あきれかえって、笑う昭子お姉ちゃん。少しムッときた私は、言い返した。
「だって、小学校のとき、当てられて、前で黒板に書かされるとき、よく読め
ないって言われたもん!」
「しょうがないわねえ。そんなに言うんだったら……」
お姉ちゃんは、なだめるように言ってくれた。
「ワープロならどう? パソコンのワープロソフトを使って、印刷したのを送
ったらいいわ」
「パソコンって、画面から悪い光線が出てるって聞いたわ。それで目が悪くな
ったんじゃないの、お姉ちゃん。めがね掛けるの、嫌だな」
「またこの子はー。……仕方ない、あたしが打ち込んであげる。でも、文章は
自分で考えるのよ」
そういういきさつで、半ば強引に、文通コーナーにハガキを出す羽目になっ
たのでした。お姉ちゃんは最初、私に誰か選ばせて、直接、手紙を出させよう
としてたみたいなんだけど、こんな数行の文字だけからなんて、判断できっこ
ないじゃない。
「占いとファンタジー小説が好きな、新一年生です。お手紙、待ってます。返
事、確実!」
そんなフレーズで、私の名前が「友達からはじめヨ」に載ってから一週間く
らいかしら。五通、男の子(の名前)の手紙とかハガキが郵便受けに入ってい
た。これが多いのか少ないのか分からないけど、ちょっぴり、いい気持ち。
「どう? 誰かいた?」
お姉ちゃんは簡単に言うけど、問題は中身よ。これだけじゃ、文通欄の男の
子の名前を眺めているのと同じ。
一通はそっけなく、ハガキに「文通の相手になったげる」とボールペンで書
いてあるだけ。お姉ちゃんに見せると、
「ああ、こういうの、よくあるのよ。誰でもいいから、手当たり次第に出す奴。
無視しておくのがいいよ」
だって。何だか不安になるじゃない。
あとは手紙とハガキが二つずつ。手紙の方は、どちらも上手な字で書かれた
便箋三枚くらいのもの。でも、一つは占いとファンタジーについて、やたらと
詳しく書いてあるの。これって、「オタク」じゃないかしら。ちょっと敬遠し
たい。もう一つは、内容は私の程度にぴったりで、いいかなと思ったんだけど、
その人、中学三年生みたいなの。二つも年上じゃ、ちょっと……。ものおじし
ちゃうって言うのかな、私の性格。
ハガキの方は、その点、両方とも同じ学年。中身の方は、ちょっとばかり対
照的で、片方は自筆のきれいな文字ばかり何だけど、もう片方は、鮮やかな絵
の傍らにワープロで簡単な文章があるだけなの。
「こっちの字ばっかりのハガキもいいけど……」
私の横合から、お姉ちゃんが口を出す。
「この絵、最っ高! 上手だしぃ」
実際、その絵は見事の一言。「川井さんのイメージ」ってあって、いかにも
占い師っぽい格好(フード付きの服を着て、水晶をのぞき込んでるっていう、
アレ)をした女の子が、色鉛筆で描いてある。暗さと明るさが一緒になって、
すごく不思議な感じを見せてくれているし、何と言っても私に似ているところ
が多い。瞳はこんなに少女マンガしてないし、髪は茶色じゃなくて黒髪だけれ
ど、あとはそっくり。この人も、ワープロ、使っているみたいだし……。
「あたしだったたら、コイツを選ぶ!」
笑いながら言ったお姉ちゃん。それでって訳じゃなく、自分で決めて、私は
この絵の人にした。裏返して、もう一度、名前を確認する。
「『滝川正大』くん……」
思わず、「正大」を「ショーダイ」って読んじゃったけど、まさかね。
「じゃ、その滝川君への返事と、他の四人にはお断りの返事を丁重にしなくち
ゃ、テーチョーにね」
冗談っぽい口調のお姉ちゃんは、パソコンの前に座って、何だかゴトガタ動
かし始めている。
「で、何て書くの?」
本当は、お姉ちゃんにそうせかされてから、だいぶ時間がかかったんだけど、
なんとかかんとか五つの手紙を書き上げた。内容の方は秘密ね。肝心なのは、
滝川君とうまく行ってるってこと。あ、一つ、言っておくと、「正大」の読み
方は、「まさひろ」でした。
それで、文通をスタートしてから四ヶ月目の今日。初めて、滝川君と会うこ
とになったの。まだ写真のやり取りもしていないし、電話番号も教えあってい
ないのに、一気に! 夏休みということで、何の気兼ねもなく、会いに行ける。
朝早くから目を覚まして、髪の手入れや洋服選びに時間をかけていると、いつ
の間にか約束の十時に迫ってる。
この頃になると、私もワープロができるようになっていた。特殊文字とか印
刷とかはまだ無理だけど、打ち込むのならまずまず。自分で文章を作るように
なって、一層面白くなっていた。
「ガンバレ!」
と私を送り出してくれた昭子お姉ちゃんは、私が振り返ると同時に、ぼそっ
と付け足した。
「暗くなったら豹変する男もいるっていうから、そん時は逃げるのよってか」
もう。おどかさないで!
気を取りなおして駅に向かう。私と滝川君は、ちょっと離れているとこに住
んでいるから、どちらかが列車を使わないと行けない。今回は、向こうからや
って来てくれることに決まったの。
駅を目前にして、私は目印の緑のベレー帽をなおした。すると、今度は髪が
くずれたような気がして、帽子を取り、手で触ってみる。納得が行かなくて、
コンパクトを取り出して、確かめる。うん、大丈夫みたい。
左手首の内の時計を見ると、約束の時間まで十分くらい。滝川君の方は、目
印として、シルクハットを手にしてるという、奇妙なことを言っていたけれど、
そんな人は見当たらない。確かに、シルクハットなんかを持っていたら目立つ
こと間違いなしだけど、ちょっと恥ずかしいような気も……。
そんなことを考えながら、駅前の噴水に目をやっていると、その視界の中に、
急に黒い壷が飛び出してきた。
びっくりする間もなく、壷の上には手がかざされ、その手が除けられると、
小さな花束がそこにあった。壷は、よく見るとシルクハットだった。
「待たせちゃったかな、川井さん?」
私の背中に、声が降ってきた。声変わりし切っていない。振り向くと、少し
きかん坊な感じの、どちらかと言えば小柄な男の子が立っていた。夏服。
「滝川君……ですか?」
恐る恐る聞くと、彼はあっさりと答えてくれた。
「そう。あ、いいな。私服が着れるのは。ウチはうるさくって、外出時は常に
制服ってね」
「……」
なんて答えていいか、考え込んじゃっていると、滝川君は、最初の言葉を繰
り返した。
「で、何分くらい待った?」
「え? い、いえ。全然」
「本当? それはよかった」
大げさにうなずき、にっこり笑う滝川君。その笑い方が、自然。
「シルクハット……」
私は、やっと思い付いて、そう口にした。
「?」
滝川君は、自分の手にあるそれを見て、小首をかしげる。
「どうやって、花を出したんです?」
「ははっ、これかあ。これは元々、手品用のシルクハットでさ。底に隠せるよ
うになっていて、鍔のボタンを押すことで操作できるって訳」
そう言って、彼は再演してくれた。その動きは、不思議さと子供っぽさがあ
って、何だかおかしい。それから、シルクハットはコンパクトに折り畳めて、
ポケットに収まってしまった。
「目印に決めたときから、ずっと考えていたんだ。川井さんの前に現れるとき
は、後ろからこれをやって驚いてもらおうって」
「ひどい」
私は笑った。そして続ける。
「でも、それって、もし人違いをしたら、どうするつもりだった?」
「あー、そこまで考えてなかった!」
冗談なのか本気なのか、滝川君は頭に手をやった。
「で、どうしよう? 予定では、十時四十分から映画ってなってたけど」
「何か変更があるのですか?」
「そんな、丁寧語で聞かれてもしょうがないけど、もうちょっと、生で話して
おきたいなと思って」
「ナマ?」
「いや、なんて言えばいいか分からないや。直接、川井さんと話したいってい
うか……。とにかく、映画は次の回のを見るとしてさ、どこか、喫茶店にでも
入って……」
「喫茶店て、お金、大丈夫?」
私は思わず聞いていた。喫茶店と聞くと、お金のかかる、中学生だけでは入
ってはいけない所というイメージがある。
−−続く