AWC ホシが誰かは知っている、が 5   永山 智也


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#3105/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 6/29   1:38  (200)
ホシが誰かは知っている、が 5   永山 智也
★内容
「なるほど。彼女自身が」
 どうやら、被害者が身内でもなければ、殺人事件は友人に自慢できるネタら
しい。片岡が吹聴していないらしいのとは対照的である。
「あの事件、終わったんじゃないの? 名前忘れたけど、外人が捕まって」
「終わっていないんだ」
 必要最小限の答えを返し、この場を立ち去ろうとした。が、相手の女学生は
かまわず話を続けている。
「ふうん、そうなの。オーストラリア人よね? みどり、オーストラリアに行
ったことあるから、その関係かなと思っていたんだけど、実際はどうなの?」
「緑川さんは、オーストラリアに行ったことがあるのかい?」
 少しに気になって、私は再び腰を下ろした。
「そんなこと、言ってたわ。高校の頃の話だって」
「……」
「ねえ、それよりも、あの外人、みどりとは関係ないの?」
「あ、ああ。あの人は亡くなった人の知り合い。緑川さんがオーストラリアに
行ったときの話、他に何か聞いていない?」
 手がかりに乏しいこともあって、私は食い下がった。
「聞いていないわ、そんな詳しくは。直接聞いたらいいじゃない。どうせ、み
どりとも会ってるんでしょ?」
 どうやらこれ以上は無理らしい。まあ、ケーキセットで引き出した情報にし
ては、上出来か。
 私は緑川の友人と別れてから、しばらく考えた。
 緑川がオーストラリアに行ったことがあるっていうのは初耳だ。緑川自身が
話さなかったことを、どう考えるべきか。最近では海外旅行なんて常識で、わ
ざわざ言うほどでもないのかもしれない。でも、気になる。例えば、オースト
ラリアで緑川はデウィーバーと出会っていた。デウィーバー自身は彼女を知ら
なかったが、デウィーバーに対して何らかの恨みを持った緑川が、彼に罪を被
せるために……。
 いや、それではしっくりこない。仮に事件の日、何年かぶりに緑川とデウィ
ーバーが再会して、緑川の眠っていた恨みが呼び覚まされたとしても、どうし
て神取氏を殺して、デウィーバーに罪をなすりつける等というややこしい手順
を踏まねばならないんだ。デウィーバー自身を狙うのが自然だ。
 そうなると緑川が犯人だとしても、その狙いは最初から神取氏にあったはず
……。神取氏がオーストラリアで仕事に当たっていた頃、緑川もオーストラリ
アを旅していたのだろうか。そして偶然、二人は知り合って、緑川が神取氏に
何らかの殺意を抱くに至った……。
 これもおかしい。神取氏の娘の誕生パーティの日に、殺人を決行せねばなら
ない理由が分からない。これは緑川だけでなく、誰が犯人であっても言える。
関わり合いになる人物が多くなるから?
 たとえそういう理由からこんな日に殺人を決行したのだとしても、まだ壁は
ある。繰り返しになるが、緑川は犯行推定時刻、現場たる神取家にいなかった。
アリバイが成立しているのだ。自動的に人を殴り殺し、そのあと消滅してしま
うような機械的仕掛けがあれば話は別だが、実際にそんな物あるはずない。殺
害方法が撲殺なのだ。小細工のしようがないだろう。
 ここは一つ、アリバイのない人物に限定してしまっていいのではないか。そ
うなると、理恵子さんの言っていたように、デウィーバーを含めると容疑者は
三人。デウィーバーから依頼を受けた私としては、被害者の妻・神取幸子か片
岡の二人に絞っていい。いや、依頼者に不実があれば、それを暴いてもかまわ
ないのだが、こと今回に限っては、私はそんな気は毛頭ない。
 が、では残る二人に神取氏を殺す動機があるかというと、全く見当たらない。
警察がデウィーバーを釈放したあと、目立った動きを見せていないことから、
私の調査ぶりがまずいという訳でもないらしい。私のできることは全てやった
つもりだ。関係者全員に当たった上、今度はその関係者らの生活ぶりや態度な
どに変化が見られないかまで聞き込んだのだが、犯人が分からない。手詰まり
だ。今度の場合、動機が皆目見当着かないため、つかみどころがないというの
が正直な印象である。
 人の心が読めたら……。私は研究者時代のことを思い出した。そして次に、
北川君の顔を思い浮かべた。

 事件を嗅ぎ回っている男が、新しく若造を連れて来たのが気になるのだろう。
相手は皆一様に、愛想笑いと共に怪訝な表情を見せる。
「そちらも調査員、ですか?」
 代表する形で聞いてきたのは、片岡。
「そうです」
 北川君が答える。自信に溢れた態度。先日、私が協力を頼んだとき、渋って
いた彼とは別人のよう。人の死に関わることを強調したのが奏功したらしく、
ようやく引き受けてもらったのだが。
 片岡を筆頭に、神取氏の妻・幸子や娘の知子、緑川の四人は互いに顔を見合
わせている。
 私が北川君に頼んだのは、今度の事件で私が怪しいと考えている二人−−片
岡と神取幸子に対して、その心に「神取氏を殺害したか?」という質問をして、
その答を引き出してほしいというもの。動機が分からないし、証拠も自力で見
つけねばならないが、少なくとも犯人が誰かだけは分かる訳だ。
 私は予定通り、その二人を含めた先の四人と雑談−−名目上は聞き込み−−
を始めた。横目で北川君を見ると、彼は唇をきゅっと結んで、意識を集中させ
ている様子。能力を発揮するには、よい状態とは決して言えない。対称となる
人物の他にも人がいるし、静かに意識を集中することもできない。だが、時間
をかければ問題ないと北川君は言う。北川君と初めて会ったときのことを思い
出し、私はうなずけた。
「京極さん」
 雑談を始めて二十分足らずといったところだったか。北川君が小さな声で呼
びかけてきた。
「失礼」
 私は一言断り、立ち上がった。部屋を出て、彼から「結果」を聞くためだ。
 廊下に出、部屋の扉をきちんと閉じたのを確認してから、なおかつ、声を低
くして聞く。
「どうだった?」
「それが……」
 言い淀む北川君。何だか、嫌な予感がした。
「あの人達の中に、犯人はいません。みんな、ノーの返事でした」
「……本当か?」
 嘘のはずがないと分かっていながら、聞き返してしまう。
「はい……」
 重い沈黙。
「片岡、神取幸子の両名が犯人じゃないのなら、残りの二人に。緑川なんかは、
オーストラリアに行ったことがあるみたいだから」
「違うんです」
 私の言葉は遮られた。
「僕、四人とも聞いてみました。全員、殺人なんかやっていません」
「……何だって……」
 声を低くしているのが煩わしくなってきた。
「……心で嘘をつく、なんてことは……」
「できません。相手がそういう能力を持っているのなら、別でしょうが……。
まず、そういうことはないでしょうし」
「だったら、どういうことだろう? あの四人の誰も犯人でないなんて」
 デウィーバーではないと分かっていた。彼については、真っ先に北川君にや
ってもらって、ノーの答を引き出しているのだ。
「クラスメイトがいるでしょう?」
「ああ。だが、いくら何でも動機が……。それにアリバイもある」
 分からない。と言って、いつまでも戻らないでいては、四人に不審に思われ
るだろう。私達は平静を装って、元の部屋に引き返した。

 外山優香。この犯人の名前を知ったのは、ちょうど十人目のクラスメイトに
会ったときだった。
 十人目。そう。犯人は神取氏が死んだとみられる時刻に神取家にいた八人の
中にもおらず、午後二時に帰ったあの三人の中にいたのである。
 犯人が分かったものの、五里霧中の状況に変化はほとんどない。むしろ、思
いも寄らぬ方向から光を照らされ、戸惑ってしまう。そんな感じだ。
 私達は公園に足を運び、そこのベンチに腰を下ろした。季節こそ違えど、初
めて北川君と出会った公園によく似たたたずまいの空間を前に、抱え込んでい
る現実を片付けにかかる。
「あの子が犯人なのは、間違いないんだね?」
 私の念押しに、北川君は黙ってうなずいた。
「しかし、あの子−−外山優香にはアリバイがある。二時に帰った者が、どう
やったら午後二時半から三時までの間に、神取氏を殺せるんだ……」
「帰ったと見せて、すぐに引き返していたとか。こっそり隠れていて、隙を見
て現場に侵入したと考えれば、何とかなるんじゃないんですか?」
「それはないな、北川君。外山優香のアリバイは完全なんだ。午後二時に神取
家を辞したあと、他のクラスメイト二人と一緒に、午後四時半頃まで駅前の通
りをウィンドウショッピングしていたとなっている。ちゃんと裏付けもある」
「そうですか」
 やけにあっさりと、北川君は言った。気になったので、目で追及してみる。
すると、彼は続けてこう答えた。
「実は、さっき、あの子が犯人だと分かってから、続けて質問してみたんです。
『アリバイ工作をしたか?』と聞いたら、答はノーでした」
「アリバイ工作をしていない、だって?」
「はい。その他にも、『Dの血文字を書き遺したのは君か?』、『神取道隆を
殺す動機があったのか?』、『神取道隆をブロンズ像で殴ったのか?』、『凶
器に着いた血を拭き取ったか?』という質問をしてみました。答は順に、ノー、
イエス、イエス、イエス、でした」
「何らかの理由があって、神取氏をブロンズ像で殴り、その血を拭ったのは認
めている訳か……。いつ殴ったのか、なんて質問は聞けるかい?」
「そういう形では無理ですが、時間をこまめに区切って聞けば、できなくもあ
りません。『君が神取道隆を殴ったのは午後一時三十分か?』、『君が神取道
隆を殴ったのは午後一時三十一分か?』という具合になりますけど」
「手間はかかるが、やってみる価値はありそうだ。犯行時刻と死亡時刻のずれ
の謎を解き明かすためにも」
 私がそう言うと、北川君は首を振った。
「ただし、いつ殴ったのか、その時刻をあの子自身、自覚していないと、答は
聞き出せません。恐らく、正確な犯行時刻なんて、分かっていないと思います
が」
「そうなのか……。動機の方なら、どうにかなるかな。思い付く限りの動機を
質問していけば」
「実際問題では難しいでしょう」
 北川君に言われるまでもない。動機をでたらめに列挙していき、言い当てる
なんて、飛び回る昆虫を箸で捕まえるよりも難しそうだ。そもそも、それで言
い当てられるような動機なら、今までに判明しているはずなのだ。
 私は無理にでも気を取り直して、北川君へ顔を向けた。
「今日まで協力してくれてありがとう。とりあえず、犯人は分かったんだ。こ
こからは私が一人でやるよ」
「僕の力ではここまでが精一杯ですけど……今後、何かできることがあったら、
言ってください。京極さんの力になれるんだったら」
「ああ、ありがとう。気持ちだけでも充分だよ。じゃ、『彼女』によろしく。
今度の事件が片付けば、一度、見舞いに行かせてもらおうと思っているんだが」
「……いつでも」
 北川君の口調は、どことなく寂しげだった。
 私は気になりながらも、そのまま別れた。

「何度も何度もこんなことで足を運ぶのは、こちらも心苦しいんだけど」
 目の前の少女、神取知子は硬い表情をわずかに崩した。
 今回は、父親を亡くした彼女から話を聞く場として、神取家の外を選んだ。
その方が聞き易いと考えたからだ。喫茶店で、女子中学生と二人きりで話をし
ている大人の男はどういう目で見られるのだろう。そんな不安が頭をよぎる。
が、つまらないことだと、すぐ放てきした。今はとにかく、真相究明である。
「おじさん、レオンさんの友達なんでしょ?」
 比較的高い声で、神取知子が聞いてくる。レオンとは誰かと思い、すぐにデ
ウィーバーのことだと分かった。
「ああ、そうだよ」
「だったら、信用する。おじさんがレオンさんやお父さんのために、こうやっ
て仕事しているんだって」
 私は彼女がデウィーバーに懐いていたという話を想起した。
「それはよかった。早速なんだけど、知子ちゃん。君、お父さんと何か、もめ
ていなかったかな?」
「もめるって?」
「意見の衝突とか……」
「あ、それならあった。中三でしょ、私。進路のことで」
 ある程度、予想していた答が返ってきた。
「お父さんはオーストラリアがお気に入りで、要するに向こうのやり方の教育
法を望んでいたの。具体的には何も言わなかったけど。私が高校に行くのを反
対してたから」
「どういうこと?」
 どうも意味が通じない。
「だから、うちの学校、中学高校大学とエスカレーター方式なの。女子校って
せいもあるけど、特に中学から高校へはよほどひどい成績じゃない限り、その
まま行ける」
 なるほど。ようやく飲み込めた。
「知子ちゃんはみんなと同じように高校に上がりたいのに、お父さんは反対し
ていたんだね」

−−続く




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