AWC ホシが誰かは知っている、が 3   永山 智也


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#3103/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 6/29   1:33  (200)
ホシが誰かは知っている、が 3   永山 智也
★内容
「いえ、あるにはあるらしいです。ただ、僕の都合だけで涼ちゃんにはるばる
旅をさせるなんて、そんなことできません。それに、僕が向こうの大学に行っ
ていたら、きっと涼ちゃんのことが人に知れて、面倒になっていたでしょうか
ら、わざと離れてみたんです」
「そういうことか……。下世話な話になるけれども、治療費というか世話をす
るためにかかるお金は、足りているのだろうか」
「僕は詳しく知りませんが、彼女のお父さん、お母さんが遺した作品による収
入でやっていけるようです」
 事件で亡くなった両親は、娘を支えるのに充分な物を遺した。画家である父
親は数百点に上る絵を、服飾デザイナーである母親は、いくつかのデザイン案
を。元々実力のあった二人の作品は、皮肉にも、「あの毒ガス事件で唯一生き
残った少女の親」というプレミアにより人気が出、売れるようになった。私個
人としては気に入らない現象なのだが、口出しする領域ではない。むしろ、よ
しとしなければならないのであろう。
「この辺で、もうよしましょう。それより京極さん、あなたのことを聞かせて
ください」
「……分かった」
 私はコーヒーをすすった。ぬるくなったお陰か、苦みが出ていた。
「でも実は、私が今やっていることは、あの事件と少しだけ関係している。そ
の点を許してほしい」
「……ええ、どうぞ」
「あの事件があってから、私は研究をやめた」
「え? どうして−−」
 コーヒーカップを取り落としそうになった北川君を、私は微笑ましく思えた。
 こちらが何も答えないでいると、彼は続けて聞いてきた。
「まさか、僕のせいですか? あのときからしばらく、僕、超能力どころじゃ
なくなったから……」
 不安げな声だった。
 確かにその言葉通り、事件以来、北川君は『精神的』に篠原涼美につきっき
りになり、読心の能力を発揮しなくなった。
「違うよ」
 私がそう答えると、北川君は小学生に戻ったように、安心した笑顔を見せた。
「それならいいんですけど……じゃあ、どんな理由があるんですか」
「私のせいで、篠原涼美ちゃんと彼女の両親はあんな目に遭ったようなものだ
からね」
「あ……そのことでしたら」
「いいんだ。事実は事実さ」
 北川君の言葉を遮り、私は強い調子で言い続けた。
「私が、涼美ちゃんを実験に協力してもらえるよう、ご両親に頼みに行ったの
は九月十二日、日曜日だった。はっきり覚えている。本来なら、この日、涼美
ちゃん達は日帰り旅行に出かける予定だったのに、私が無理を言って日を変え
てもらった。そして三日後の祝日、九月十五日に涼美ちゃん達は出かけて、あ
の事件に巻き込まれた」
「……」
「事件後すぐ、大学に辞表を提出した。それはちょうど五十日目、受理された」
「お葬式のときも、お見舞いに来られたときも、京極さん、そんなこと言って
くれなかったです」
「言ったら、篠原さんの親類の方−−おばあさん一人だったけど−−にとって、
嫌味じゃないかと思ったんだ」
 篠原涼美にとっての祖母は当時、私を責めた。息子夫婦や孫娘が事件に巻き
込まれたのは、私のせいだと。あのおばあさんも今は亡くなっていた。
「私は嫌われていたから、何の知らせももらえなかった。結局、君達が篠原さ
ん達と一緒に東京の方に越してしまったきり、消息がつかめなくなった。でき
れば彼女−−涼美ちゃんの世話をしてあげたかったのだが……。あの当時、私
はぼーっとして毎日を送っていたのだろう。交通事故に遭って、自分が世話を
受ける身になったんだ」
 自嘲の笑いを無意識の内に浮かべながら、真向かいの少年−−やはり少年だ
−−は、心配そうに口を開いてきた。
「事故に遭っていたんですか? どの程度の?」
「おいおい、そんなに心配しないでくれ。十年前の話だ、今、これだけぴんぴ
んしてるんだから、分かるだろう。足の骨を折っただけだよ」
「だけって……それでも大変じゃないですか」
「こんなもの……。ま、そういういきさつで、君達の行き先をたどる糸は完全
に断ち切られた。ただ、涼美ちゃんの治療のためだとだけは、耳にしたがね。
入院して生活費も底をついてきた私は、知り合いのつてを頼りに、職を転々と
して……よそう、苦労話をしてもしょうがない。今は保険会社の調査員だ」
「保険会社? だったら、こんなところでぶらぶらしているのはおかしいんじ
ゃないですか」
「いや、だから、調査員なんだよ。保険会社に縛られてるんじゃない。保険金
の支払いに関して、不審な点がないかどうか調べるのが仕事。言うなれば、探
偵ってところか。現在は調査物件を抱えていないから、こうしていられる訳だ」
「はあ……。だったら、僕のこの力、使えますね」
 冗談のつもりか、含み笑いをする北川君。このとき初めて、私はその可能性
に思い当たった。
「言われてみれば……。卒業したら来ないかな。君なら一発で採用だ」
「履歴書の特技の欄に、超能力とでも書けと?」
 表情がほころぶ。私もつられた。
 若い頃は、二十一世紀になれば超能力についてある程度解明され、超能力者
そのものも社会的に認知されるのではないかと空想していたのだが……実際に
はそうなっていない。履歴書に特技として超能力と書けるようになるのは、ま
だ先のようだ。
 ようやく自然に笑えてから、私と北川君は別れた。お互いの連絡先を教え合
って。

「依頼が入ってるわよ」
 理恵子さんの目は、私を責めるように射ている。定刻通りに出てきたのに、
どうして非難されねばならないのだ。
「どれ」
 意味のない声を上げて、私は机に向かった。山積みのファイルを押しのけ、
スペースを確保し、理恵子さんから手渡されたメモを落とす。これらのメモは、
理恵子さんが依頼内容を簡潔にまとめてくれた物だ。全部が全部、保険会社関
係の調査依頼という訳ではなく、浮気の証拠探しや素行調査、果ては迷い子の
猫探しまで舞い込む。今朝の分は、昨日一日に届いた依頼にしては件数が多い。
「お薦めの物件はあるかな?」
「私は不動産屋じゃありませんので」
 冷たく言い放たれた。そもそも、彼女は主に経理ばかりやっているから、仕
事の選り好みをしない。実際に調査する私からすれば、何でもかんでも引き受
ける訳にはいかないのだが、それを分かってもらえない。
「支払い条件がいいのだったら、すぐにでも上から順に列挙してみせるけど」
 理恵子さんが言ったが、私はこれまでの経験から断る。支払い条件のよい依
頼は、たいていが無茶な仕事なのだ。
 ぱらぱらとメモを眺めていたところ、ある単語が目に飛び込んできた。
「『殺人事件の犯人探し』だって?」
「ああ、それね。まあまあの支払いが期待できるわ」
 理恵子さんはまだ言っている。
「どうしてこんな依頼が来るのだろうねえ。推理小説に出てくる名探偵と、現
実の私立探偵とは全く違うんだから、こんな依頼をされても、犯人を見つけら
れるはずがないんだよ」
 ぶつくさ言いながら、ふと、依頼人の名を見やる。息を飲んだ。もはや私の
視線は釘付けにされた。
「レオン=デウィーバー……」
「外国の方からの依頼なんてのも、珍しいわね」
 のんきな理恵子さん。私は懐かしい名を目にして、少し興奮気味に言った。
「このデウィーバー……さんは直接、ここに来たのかい?」
「えっと。違うわ。封書」
「見せてくれないか」
「ええ? 本気?」
 目を丸くしている理恵子さんを、私は無言で急かした。やがて手渡された青
っぽい封書には、ワープロかタイプライターの文字で宛名と差出人名が記され
ていた。中から出てきたのは、一枚の便箋だった。こちらは白色、文章は手書
きだ。
 内容はいたって簡潔である。彼が祖国であるオーストラリアで知り合い、親
しくなった日本人・神取道隆宅で何某かの小規模なパーティが行われた。デウ
ィーバーも招かれてそこへ出向いていた。その席上、神取氏が殺されたと言う。
理由は明記されていないが、デウィーバーが犯人ではないかと疑われているよ
うだ。自分には全く身に覚えのないことであり、真犯人を見つけてくれという
訴えが連ねてあった。
「日本人弁護士が相手では意思の疎通が心許ないから、頼んできたと書いてあ
ったわよね、確か」
 理恵子さんが口を差し挟む。
「だけど、うちに頼んできたって、どうしようもないじゃないの。オーストラ
リア人がいる訳じゃないんだし」
「今度、この事件を引き受ける」
「何ですって? 本気なの?」
 さして驚いた風もなく、理恵子さん。どちらかと言えば、私にどうやってあ
きらめさせようか、早くも思案している感じだ。
「何といわれても引き受けさせてもらうよ。彼、デウィーバーはね、私の旧友
なんだよ」
「……ふうん、それで……。でも、手紙にはそんなこと、書かれてなかったよ
うだけど」
 いつ頃の旧友なのかとか、どういう知り合いなのかとかには一切興味を示さ
ず、理恵子さんは私に聞いてきた。
「そこはまあ、白人の生活様式というか習慣じゃないの。ストレートに用件を
切り出しているんだ。事情が事情だし、あれこれと挨拶の言葉をしたためる余
裕はなかったんだよ」
「雄嵩は自分が探偵業をやっているんだと、その人に伝えていたの?」
「伝えたくなくても伝えざるを得なかったんだよ。私が新入りの頃、君は言っ
たよ。客獲得のためにダイレクトメールを二百通出せなんてノルマを課すから、
私は知り合い中に出した。デウィーバーはその一人なんだ」
「男の友情で、どうしても助けたいのね」
 ころっと質問の内容を変えてくる理恵子さん。内心では戸惑いつつも、私は
応じる。
「そういうことになるかな」
「見返りが割に合わなくても? 解決できるかどうか、五里霧中でも?」
「ああ」
「……しょうがないわね」
 肩をすくめる理恵子さん。
「友情なんてものに行動を左右されるなんて、男の考えてることはちっとも理
解できないわ」
「分からなくてもいいよ、私の勝手を許してくれるなら」
「許しますとも。先月分の働きぶりはとても好評、特別ボーナスを弾んでくれ
た依頼者もいたからね。その分をちゃらにさせてもらうわね」
「それでいい。すぐに連絡を取りたい」
「連絡を取るのはご自由ですけど」
 理恵子さんは、私の机の上を指さした。
「残りの依頼、引き受けるか断るか、仕分けしておいてちょうだい」

 オーストラリア出身のデウィーバーは、祖国で日本語通訳のアルバイトをし
ていたせいもあって、何人かの日本人と知り合いになっている。そんな中の一
人が神取道隆氏だ。神取氏はとある日本企業の社員で、オーストラリアでの任
には二年、着いていた。そして帰国したのが、三年前ということだ。
「だけど、会社関係の人は、そのパーティには来ていなかったんだろう?」
 私が尋ねると、デウィーバーは一層うまくなった日本語で答えた。
「そうだと思う。完璧に把握しているんじゃないけど、パーティとは、神取氏
の娘さんの誕生パーティだったから、そんな場に会社の人を呼びはしないよね」
「娘っていくつだ?」
「年齢のこと? 十五だと聞いた」
「ふむ。そのぐらいの歳なら、ご機嫌取りに部下が来るなんてこともないだろ
うなあ」
 私は一つ、可能性を打ち消した。もしかすると、出世コースに乗っている神
取氏に取り入ろうとする輩がいたのではないかと思っていたのだが、いくら何
でも中学三年生の娘の誕生日に顔出しする奴はいないだろう。
「動機は仕事がらみじゃないってことになる。君の他にどんな連中がいたんだ
ろう……。いや、その前に、デウィーバー、君はどうして呼ばれたんだい、神
取氏の娘の誕生パーティなんかに?」
「オーストラリアに知子さんが遊びに来たとき、観光案内したから、その縁で
しょう」
 それぐらいのことで? 不思議に感じたので、深く聞いてみる。
「知子って子から、君は懐かれているのかい?」
「ナツカレルとは?」
「意味、分からないか。そうだな……親しく接することを懐くって言うんだ」
「おお。それなら、知子さん、私に対して親しく接しています」
 青い目を細めるデウィーバー。
「ついでに聞いておこう。君が疑われたのは、どういった点からなんだろう」
「分からない……。死ぬ間際、神取さんが、Dと書き遺したのが最大の原因だ
と思います。動機は、あとからみんなが勝手に作っているんです」
「まあ、そんなところだろうね。さあ、さっきの質問に戻るか。君の他にパー
ティに出席していた人の名前だ。途中で帰った者も含めて、教えてほしい」

−−続く




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