AWC ホシが誰かは知っている、が 2   永山 智也


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#3102/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 6/29   1:30  (200)
ホシが誰かは知っている、が 2   永山 智也
★内容
「十九です。今年、二十歳になるけど……」
「あれ? まだ未成年なんだ。今、大学生かい?」
「ええ」
 彼はそれから、某私立大学の名を挙げた。この付近ではなかなかの難関とさ
れている。
「こっちの大学に来たってことは、当然、越してきたんだ?」
「はい。去年の春先、一人で。両親は向こうに残っています」
 我々二人は落ち着いて話をするため、近くの喫茶店に入った。店内はやや暗
く、決して感じのよい雰囲気ではなかったが、客が少ないのがいい。
「時間、いいのかい?」
 コーヒーを二つ注文してから、彼に念押しする。
「暇な学生ですから」
 彼は笑って、水を飲んだ。その笑顔は、以前とほとんど変わっていない。何
だか安心できた。
「京極さんこそ、こんな時間に一人で街をぶらついていたんですか?」
「おかしいかねえ。超能力で、当ててくれないかな?」
「残念ながら、そっちの方は、さっぱり進歩していません」
 その表情には、少しばかりの影が差したように見えた。
「昔と同じ能力は、まだ残っていますが」
「へえ? そうなのかい!」
 つい、私は大声を出してしまった。客は少なくても、第三者には聞かれたく
ない話だ。すぐに声を落とす。
「すまない。いや、それにしても、あの能力、まだ使えるのかい。他人の心に
『はい』『いいえ』で答えられる類の質問をして、その返事を『心の声』とし
て聞けるという……」
「ええ」
 はにかんだように答える北川君。相変わらずの笑顔だ。
 コーヒーが届いた。ウェイトレスが去るのを待って、私は持ちかけた。
「やってみてくれないか」
「え? ここでですか……」
「ああ、頼むよ」
「むやみやたらと使わないようにしてるんですけれど」
「それは結構な心がけだ。でも、今は特別。昔話でもするつもりで」
 戸惑いを表情に浮かべた北川君がまだ承知しない内に、準備を始めてやる。
マッチ箱はなかったので、テーブルに立ててあるナプキン立てから三枚ほど抜
取り、さらに爪楊枝を一本。それを細かく折り、ナプキン三枚の内の一枚で包
む。他の二枚も、似た形になるよう丸めた。
「悪いけど、しばらく後ろを向いてくれないかな」
「はは……。分かりました」
 北川君がこちらに背を向けたのを確かめて、私はテーブルの上で、三つのナ
プキンの一を色々と入れ換えた。もちろん、爪楊枝が入った物はどれか、自分
には分かるように。
「いいよ」
 北川君はのんびりした調子で向き直り、三つのナプキンを眺めている。
「さあ−−」
 当ててみせてくれとこちらが言う前に、彼は私の左にあるナプキンをつまみ
上げた。
「これです」
 彼の差し出すそれを受け取り、私は中身が分かるように開いた。開かなくて
も、結果は分かっていた。
「参ったな」
 ぽろぽろとこぼれた爪楊枝のかけらを拾い集め、灰皿に落としながら、私は
苦笑した。それから黙って、コーヒーをブラックのまま、口に運んだ。薄かっ
た。
「どうしてあのとき、失敗したのかなあ」
 不意に言ったのは、北川君の方だった。それも、私が口にしようかどうしよ
うか、迷っていた話題だ。
「……不思議だったね。いや、私は不思議がっているどころじゃなかったな。
君を連れてきた責任から、冷や汗たらたらになったよ」
 あのときのこととは、言うまでもなかろうが、北川君が小学生のとき、私の
大学に来て行った実験のことだ。
 超能力の実験を行うに当たって、最も問題となるのは、実験者効果と呼ばれ
るある種の障害である。
 超能力実験として、普通に考えられるのは、超能力を持つとされる人物を被
験者としてある一室に一人にし、外部から観察する実験者がいる、というよう
な状況だろう。他の実験ならこれでいいかもしれないが、超能力の場合はまず
いことがある。実験者自身が超能力を持っている場合だ。実験者が実験の成功
を念じる。被験者に超能力がなくても、実験者の念が影響を与え、実験結果を
飛躍的によくする。これが実験者効果である。
 こういうことが、起こり得ないとは言い切れない。そしてまた、実際にその
ような例が報告されてもいる。つまり、ある特定の研究者が実験者となった実
験だけが優れた結果を残し、他の研究者が同じ被験者相手に行った実験では大
した成果を収めていない場合が存在するのだ。
 かといって、実験の様子を観察する人物は、絶対に必要なのだ。実験の客観
性を保つ意味から、被験者本人が記録する訳にもいくまい。絶対に超能力者で
はない人物が、実験者になればいいのだ。が、その人物が超能力者でないと確
認する方法がない。悪循環である。
 現時点で考えられる方法としては……。実験者は実験プランを立てるだけ。
いつ、どのような実験が行われるかも知らされない。これによって、念の力の
影響をなくそうという訳だ。では、実際に実験を観察するのは誰か? 何も知
らされていない人物が知らぬ間に実験者となり、起こったことをありのままに
記録していけばいいだろう。
 しかし、これも否定される要素が残っている。超能力の中には、時間を越え
て作用する類もあるとされている。つまり、実験者が実験の成功を一度念じれ
ば、実験が行われたそのときに影響を与える、という考え方である。
 このままでは堂々巡りだ。仕方がないので、普通の実験−−被験者がいて実
験者が観察するという形態を踏むしかないのである。このような実験を、実験
者を替えて、何度か繰り返せば、実権者効果による影響があるか否か、判定で
きるのではという考え方である。
 北川義治君を被験者とした実験も、以下のような形式で行った。
 被験者は北川義治。実験者は、現時点では京極雄嵩、真野奈津彦、レオン=
デウィーバーの三名が一人ずつ、この順序で実験を行い、記録する。三人の実
験観察者が交代する間には三十分の休憩を挟むこととした。
 実験室で向かい合ったとき、北川君は緊張していた。少なくとも私にはそう
見えた。これでうまくいくのだろうかと、最初に実験観察を担当した私は不安
になったものだ。
 ところが、案に相違して、実験は上々の出来であった。失敗はただの一度も
なく、彼は百回の実験中、百回とも的中に成功した。
 私は興奮しながら記録を取り、次の真野にバトンタッチした。
 当然、真野の奴も喜色に満ちた顔で実験室から出てくるだろう。私はそう信
じて、疑わなかった。だが、現実は全く逆だった。
「話にならないよ」
 彼は部屋から出てくるなり、吐き捨てるように言ったものだ。
「ど、どうかしたのか……」
「どうもこうもないね。『分かりません』の連発と来た。百回やって百回とも
だ。いい加減にしてくれと怒鳴りたくなった」
「そんな……馬鹿な」
 そのときの私は愕然として、口をぽかんと開けていただろう。実は、よく覚
えていないのだが。それだけショックだった。
「どうなっているんだ?」
「どうなっている? それはこっちが聞きたいよ。あの子に聞いてくれ。最初
の君の実験で疲労してしまったことがないとは言い切れないからな」
 真野は親指で背中越しに、部屋で縮こまった様子の北川君を示した。
 私は急いで駆け寄り、その小さな肩に両手を置いた。
「どうかしたのか、北川君?」
「……」
 何も答えない少年に、私は質問を続けた。
「答えられなかったそうだけど、疲れているのかい?」
 黙ったまま、北川君は首を真横に振った。私はしばらく考え、さらに聞いて
みた。
「……本当に分からなかったんだね?」
「……はい……」
 ようやく聞き取れる小さな返事があった。
「よし、分かった。じゃあ、とりあえず、一時間ほど休もう。そうしたら三人
目のおじさんが入ってくるから、また同じように答えてくれればいい」
「……」
「分からなかったら、分からないと答えていいんだよ。いいかい? 決して当
てずっぽうに答えようなんて思わないで」
 こくりとうなずいた少年の手を取り、私と北川君は外の空気を吸いに出た。
 三人目のデウィーバーの実験は、真野の実験終了から一時間十分経った時点
で開始された。だが、結果はさんさんたるものに終わった。真野のときと同じ
く、百回とも分からないという答えが返ったのみだった。
 このままでは実験者効果の最たる例になってしまう。私は真野とデウィーバ
ーに弁明をした。
「もう一度、チャンスをくれよ」
「同じ実験をやるのですか?」
 わずかにおかしなイントネーションで、デウィーバーは言った。態度はいか
にも西洋人風に肩をすくめている。
「まあ、我々の順番を変えてやってみる価値はあるかもしれないが……」
 真野の方も、あまり乗り気でない。
「少し、環境を変える。忘れてた訳じゃないが、北川君はある少女が側にいた
方が、能力をより発揮できるらしいんだ。篠原涼美っていう子なんだが」
 私が、このときの実験に篠原涼美を同席させなかったのには、理由がある。
先に説明した実験者効果の要素をなくすためである。私は、北川君自身が能力
を有していると考えているから、篠原涼美を実験に立ち会わせることに意味が
ない。立ち会わせると、かえって悪影響が出かねないであろう。何故なら、あ
の少女は当然、北川君の読心が成功するよう念じるに違いない。その念が実験
に影響を与えないとは言い切れないからだ。それを防ぐ意味で、私は彼女を参
加させなかった。
 ところが今回、北川君の示した能力は、普段の状態に遠く及ばない。こうな
れば、篠原涼美に来てもらうしかなかった。
 一瞬の間に長い回想を終え、私は北川君に目を向けた。
「彼女は……元気かね」
「ええ」
 短く答える北川君。さすがに表情が曇ったように窺える。
 彼女−−篠原涼美は死んだ。
 正確には生きている。ただし、死んでしまったのとほぼ等しい状態で。
「症状は……?」
「ずっと同じです、十年前と。涼ちゃん、自意識が戻らないまま、身体だけ成
長している」
 北川君は視線を外に向けた。私に泣き顔を見られたくないのかもしれない。
涙してもかまわない。私でさえ、思い出すと感情が揺り動かされるのだから。
 悪夢であればいつかは覚めようが、あの事件は現実であった。
 二十一世紀まであと二年となった年の九月。休日の朝、行楽地へ向かって走
行中の新幹線車両内で起こった毒ガス散布。その車輌にいた者は、犯人四名も
含めて七十五人。うち、七十四人が即死に近い状態で逝ってしまった。唯一生
き残ったのが、たまたまトイレに立っていた篠原涼美であった。
 異変は前後の車輌に伝わっていなかった。故に、篠原涼美は毒ガス立ちこめ
る車輌に戻っている。そして中の惨状を目の当たりにするかしないかの合間に、
瞬時に判断したのだろう。すぐに車輌を離れ、隣の車輌に倒れるように駆け込
み、「助けて、毒が」と言ったきり、しばらく痙攣を続け、やがて意識を失っ
たという。
 毒という一言により、その後、適切な判断と幸運に助けられ、それ以上の犠
牲者が出ることなしに、次の駅で新幹線は緊急停車。乗員乗客並びに駅の関係
者全員が避難したあと、ようやく捜査開始となった。通路に倒れて死んでいた
犯人らは狂信的な宗教家とその仲間と判明したが、犯行の動機について、具体
的な文章は何も遺されていなかった。
 一九九九年という年がもたらした悲劇であった。犯人は多数の信者を前に、
この年の八月に人類滅亡を予言していた。当然のごとくとすべきか、予言は外
れ、犯人の宗教家は信者に糾弾され、わずか三名の側近を残し、他の全信者に
逃げられていた。己の正しさを主張するため、犯人は毒ガスを使って事件を起
こした……と推測されている。
 十年経った今でも、思い出すのも忌々しい、ドブネズミの糞にも劣るような
犯罪。身近な人を失った訳でない人々は忘れられたかもしれないが、私は忘れ
られない。忘れられるものではない。唯一生き残った少女とはもちろん、彼女
の両親にもその三日前、会って話をしたのだから。それまでも何回か会って、
篠原涼美の両親に、娘さんを実験に参加することを許可してくださるよう説得
に当たっていた私は、ようやくその日、理解を得られた。超能力の実験に対す
る理解だけでなく、人間的にも理解し合えたものと信じた。それだけに、この
事件は……。
「僕の両親も、熱心なものです。感謝すると同時に、感心さえしてしまいます」
 不意に北川君が言った。少し声がかすれていた。
「え? ……ああ、君のご両親、今でも彼女の面倒を見ているんだ」
「はい。こんなこと言うのは何でしょうが……両親、特に母は、涼ちゃんが小
学生の頃からかわいがっていました。あのときすでに、本気で僕と彼女を一緒
にさせようと思っていたみたいですから」
「そうだろうね。……君のご両親がこちらに来ていないということは、これだ
け技術が進んだのに、彼女を世話する設備は、まだ東京にしかないのか?」

−−続く




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