AWC ホシが誰かは知っている、が 1   永山 智也


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#3101/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 6/29   1:27  (200)
ホシが誰かは知っている、が 1   永山 智也
★内容
 人混みの中、その姿を認めた私は、懐かしさでいっぱいになった。
「北川君じゃないか?」

           *           *

 私が北川君と初めて出会った季節は、三月の終わり頃だったと記憶している。
 当時の私は、今のように花粉症に悩まされるようなことはなく、いくら杉花
粉が飛び交おうが、平気に外を出歩けていた。
 私は公園を散歩するのが好きだ。いや、実際に公園内を歩くことは滅多にな
い。たいていは、指定席のつもりのベンチに腰を下ろし、ぼんやり、公園の中、
あるいは外の様子を眺めているだけである。
 これがまた、何とも言えず、平和でよろしい。大学での人間関係の煩わしさ
や、遅々として進まぬ研究のことを忘れ、実にのんびりできる。
 花粉症なんかお構いなしなのは、子供も同じらしい。春休みに入ると特に、
小さな子供の姿を、たくさん見かける。あの喧騒には辟易することもあるが、
屈託のない笑顔、つまらない理由による喧嘩、大人には思いも寄らぬ奇想天外
な遊びなんかを見せられると、楽しくなってくる。
 目の前で、また何か、子供達が始めた。
「始めるから、よく見てろよ」
 小柄で、すばしっこそうな子供が言うのが聞こえた。無論、私に言ったので
はなく、周囲の子供達に聞いているのだ。
 小柄な子供はしゃがみ込んでおり、その手前の地面には、どこから持って来
た物か、三つのマッチ箱が置いてあった。三つとも同じデザインだ。どれも空
箱であることを示すと、子供はその一つに、ガムの包み紙の切れ端を入れた。
これが目印になるらしい。
 次に、その子供は、手を素早く動かし始めた。手の動きに合わせて、三つの
マッチ箱は位置を変えていく。間近で見ていても、とても追いきれるものでな
く、でたらめに当てるのと同等である。それほど、子供の手つきはうまかった。
「さあ、どーれだ?」
 手を止めると、子供は顔を上げ、目の前にいた、今一人の子供に聞いた。額
にかかる程度に髪の長い、男の子にしては、生白い肌をしている子供だった。
もっとも、子供は段々と外で遊ばなくなっているから、これぐらい、普通なの
かもしれないが。
「ちょっと待ってよ」
 色の白い子は、軽く目をつむったらしかった。
 今さら、目を閉じて当てる気なのか−−私は興味を持った。
「本当に当たるのか?」
 二人を囲むように立っている子供の一人が、冷やかすように言った。でも、
色白の子供は、意に介していない様子。ただ、じっと目を閉じている。
 やがて、何度かうなずいた。かと思うと、目を開くと同時に言った。
「これ」
 彼の手は、真ん中のマッチ箱を押さえていた。
 演技者−−最初の小柄な子供が目を丸くしているのが、私のところからでも
よく分かった。
「……当たり」
 真ん中の箱を開けると、中から緑色の紙切れが出てきた。
 一斉に、奇妙な歓声が起こる。ため息と驚きと疑いが入り交じったような。
「偶然だよ」
「違うったら。百発百中なの」
 今、気が付いたが、子供の輪の中には、一人だけ女の子がいた。大柄な男の
子の影になって、見えなかったようだ。その女子だけは最初から、色白の男の
子の味方らしい。紫色のリボンを結んだポニーテールを揺らして、必死に主張
している。
 わいわいと、声が一際、高まった。それを収めるべく、何度でもやって見せ
ようとなったらしい。小柄な子供は、またあの見事な手つきを始めた。
 しかし、何度やっても、色白の子は、確実に当てる。正しく、百発百中だ。
 その内、小柄な子の方が疲れたらしく、やめてしまった。
 私の記憶では、色白の子は都合、二十回連続して当てたはずである。でたら
めに答えるのだとすれば、二十回連続で当たる確率は、三の二十乗分の一……。
あとで計算したところ、およそ三十四億八千万回に一度だった。とにかく、相
当に低い確率である。
「ね、すごいでしょう? 本当にできるんだから」
 女の子は嬉しそうにしている。
 それに対して、注目の男の子の方は、かすかに笑っている程度。
「考えられるとしたら」
 懐疑派の男の子達の中で、一番、賢そうなのが言った。単に、眼鏡をかけて
おり、髪がきれいに切り揃えられているというだけで、私の勝手な判断なのだ
が。
「北川君は、すごく目がいいか、とんでもなく運がいいかの、どちらかじゃな
いかなあ」
 色白の子は、北川という名字らしい。その彼に代わって、女の子が抗弁する。
「そんなのじゃないって」
「他に何があるんだい? まさか、『ぐる』じゃないだろうし」
 眼鏡の子は、小柄な子供の方をちらりと見た。それにしても、子供の口から、
『ぐる』なんていう単語が飛び出すとは、違和感を覚える。
「違うさ!」
 大声で、小柄な子供は否定。
「疑うなら、自分でやってみたらいいだろ」
「ようし」
 眼鏡が乗ってきた。小柄な子と場所を交換。
 眼鏡の子も、さっきと同じようにやろうとした。ただし、その手つきは、比
べ物にならないぐらい、ゆっくりだ。
 ところが、私は北川なる男の子の方を見て、首を捻ってしまった。マッチ箱
の動きを、目で追っているのだ。ずっと動きの早い、小柄な子が相手のときは、
そんなことはしていなかったのに。
「さあ」
 挑むかのような眼鏡の子に対し、北川君はすぐさま、向かって右端のマッチ
箱を示した。
 眼鏡は慎重な手つきでそれを取り上げ、中身を確かめた。
「当たってる……」
 呆気に取られた声。だが、さっきの手つきでは、当てられて当然だと思うの
だが。
「ね、本当だったじゃない」
 女の子は、くどいぐらいに念押ししている。
 彼女の横に、北川君が立ち上がった。もういいよという風に、女の子の肩に
手をかけた。
「だめよ。約束、守ってもらわなきゃ」
 女の子の台詞に、北川以外の男子が反応する。
「分かったよ。明日、学校でな」
 そう言い残すと、みんな、逃げるように公園から出て行ってしまった。
 二人だけが残った。何やら、女の子の方が耳打ちしているが、その内容は聞
き取れるはずもない。
 私は興味を引かれていた。女の子の内緒話に、ではない。無論、北川という
少年の、あの力のことだ。
「ちょっと」
 立ち上がりながら、私は声をかけた。
 二人の子供は、びくっとしたようにこちらを振り向いた。
「怪しい者じゃないよ」
 恐がられないよう、無理にでも笑顔を作って、二人に近付いてみる。
「さっきのを見せてもらっていたんだが」
 しかし、女の子の方が恐がって、少年の背中に身を隠すような格好をする。
 このまま近付いても、警戒されるだけだと思い、私は立ち止まった。
 ところが、どうしたのか、北川少年が一歩、私の方に足を踏み出してくる。
そう、大股で一歩だけ。
「……分かりました」
 おもむろに、少年は口を開いた。声変わり前の、子供特有の声。それがやけ
に丁寧な言葉遣いなものだから、おかしくなってくる。
 それにしても、私はその一瞬、彼の言葉の意味が理解できないでいた。何が、
分かったというのだろう?
「おじさんが怪しい人じゃないって、分かりました」
 北川少年はにっこりと笑い、女の子へ、
「この人、悪い人じゃないよ」
 と説明した。
 女の子は、それだけのことで、全てを信用してくれたらしい。元のように、
少年の横に並ぶ。
「……もしかして……」
 私は、閃きをそのまま口にした。
「……君は、人の心を読めるのかい?」
 笑われるかと覚悟していた。だが、実際の反応は違った。
「そうよ」
 答えたのは女の子だった。少し、自慢するような響きがある。加えて、何だ
か楽しそうだ。
「おじさん、分かるの?」
「あ、ああ。マッチ箱を当てる様子を見ていたら、そうとしか思えなくなった。
それに、さっき、私の方に近付いて、君は警戒心を解いたようだったから……。
私の心を読んで、本当に怪しくないかどうか、確かめたんじゃないのかね?」
「うん」
 あっさりと認める少年。
 私は内心、叫び出したかった。目の前に、超能力を使う少年がいる……。
「あの、ごめんなさい」
 不意に、少年は、すまなさそうに頭を下げてきた。
「何を謝っているんだい?」
「勝手に、おじさんの考えていること、覗いちゃって……」
「あ、ああ、そのこと。うーん。ま、まあ、今はいいよ。しょうがない。それ
よりもさ、どの程度、読めるんだろう? ぜひ、知りたいな」
 私は、相手に何もかも見透かされているかもしれぬことに、微妙な恐怖心を
感じながらも、聞かずにはおられなかった。
「実は、私は、超能力の研究をしている者なんだ」
 そう名乗ると、二人の目の色が変わった。いや、変わったのは女の子の方だ
けで、北川君には分かっていたのかもしれない。
「そうなんですか……。自分の力なのに、自分でもよく分からないけど……だ
いたい、相手の人に二メートルぐらいまで近付けば、いいみたい。それに、何
でも分かるんじゃなくて、『はい』か『いいえ』で答えられるような質問に対
する答を、『心の声』で返してもらえるだけで……」
 なるほど、そうか。だからこそ、先ほど、彼は私との距離を縮めるために一
歩、踏み出したのだ。そして「あなたは僕の能力に興味を持っている」という
主旨の質問を、私の精神にぶつけてきたのだろう。私の精神が「はい」と答え
たから、簡単に信用してくれたに違いない。
「マッチ箱を当てるのも、同じなんだね? 箱一つ一つについて、『紙の入っ
ているのはこの箱?』というような質問を、相手の精神というか意識に聞いて
みて、『はい』という答えが返ってきたら、分かるという訳だ」
「うん。でも、箱を動かす相手が、どれに紙を入れたのか分かっていないこと
もあるでしょう? そんなときは、答を返してもらえないんです。だから、最
後の一回は、じいっと、紙の入ったマッチ箱を見ているしかなくて」
 なるほど。私は納得した。あの眼鏡の子は自分自身、どのマッチ箱に紙を入
れたのか分かっていなかった。それを見越して、北川少年は最初から、マッチ
箱の動きを目で追っていたのだ。つまり、最後に当てたのは、超能力ではなか
った、と。
「まず、自己紹介だ。京極雄嵩、K**大で、超心理学という学問について、
研究をしているんだ。君のことを、そこで本格的に調べてみたいんだが、どう
だろう? もちろん、お父さんやお母さんの許可ももらわないといけないんも
分かるんだけど」
 私は名乗ってから、聞いてみた。そのときの私の目は、きっと、飼い主に取
り残された子犬の瞳に似ていただろう。
 しばしの沈黙。一度、女の子と顔を見合わせてから、やがて、少年は口を開
いた。
「うん、いいよ。僕、北川義治。今度、四年生になるんです」
 思わず、私は北川君の手を握りしめていた。これで、他の連中を見返してや
れる。もう、あいつらに俺のことを馬鹿にさせない。そんな気持ちが、大きく
沸き起こっていた。
 私の気持ちに気付いているかもしれない北川少年は、さらにこう言った。
「でも、もう一つだけ。さっきの続きなんだけど、この子と一緒にいた方が、
ずっとよく当てられるみたいなんだ!」
 少年に手で示された女の子は、ちょっとはにかんだ表情を見せてから、
「篠原涼美……です」
 と、ぺこりと頭を下げた。ポニーテールが上下に揺れる。
 私は、二人で一組の超能力という可能性について、色々と考え始めていた。

           *           *

「北川君だろ」
 背中を向けて行ってしまいかける彼に近付くと、私は相手の肩に手をかけた。
「あ……」
 振り返った表情には、驚きの色が出ている。やや口を開き、目も見開き加減
だ。
「京極さん……ですよね」
「そうだよ。おお、大きくなったんだなあ。いくつになるんだっけか?」
 北川君の身長は、私と変わらぬほどになっていた。

−−続く




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