AWC 棺桶鉄人 4   永山


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#3082/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 5/28   8:48  (200)
棺桶鉄人 4   永山
★内容

−−大丈夫なんだろうな。
−−おまえを信用して、呼んだのだぞ。
 聞きようによっては矛盾をはらむ二つの言葉を、しつこいぐらいに繰り返し
たデガード。卿にできるのは、もはや、娘の部屋に入るコフィンの後ろ姿を見
送ることのみとなった。
「デガード様、お座りください」
 うろうろと歩き回る主人を落ち着かせようと、リイク。
「ああ……。言われんでも、分かっておる」
 ごくりと喉を鳴らしたデガード卿。言葉とは裏腹に、落ち着かないでいるに
違いない。
「今は、信じるしかありません」
「失敗だったら、いい笑い者だ」
 デガード卿が吐き捨てた。
「愛しいアミスが治らないのは、同じかもしれん。だが、デガードの名に傷が
付く。周りを取り巻いておる者共に、嘲笑されるなんて、考えたくもない」
「考えないでおきましょう」
 そっと言い添えるリイク。
「何?」
「失敗なんてありえません。成功したときのことを考えましょう、今は」
 と、リイクは目を閉じ、軽く頭を下げた。
 目を開けると、いくらか和んだデガード卿の表情が見えた。
「……そうだな。おまえの言う通りだ」
 やっと出た主人の安堵に、リイクも一息つけた。
 それからしばらく、静かに考えてみる。−−コフィンは、誰も見ていないと
ころで治療させてくれとの旨を伝えてきた。そして彼は、アミスの部屋に棺桶
と共に消えた。
(誰にも見られたくないとは、どういうことなのだ? 私やデガード様が見て
いては、何かまずい治療行為なのだろうか?)
 リイクは、コフィンがどんな治療をしようと、アミス嬢の容態が悪くなるこ
とはないと踏んでいた。それには自信を持っている。だが、どのような治療が
なされるかについてだけは、若干の不安を拭い切れないでいた。
(やめよう)
 首を強く振るリイク。デガード卿への言葉と矛盾した動揺を抱く自分を、リ
イクは叱咤する。そして立ち上がった。
「お茶を用意しましょうか」

 枯れ野に着いた火のごとく、噂は瞬く間に広がった。
 噂−−デガード卿の酔狂な行いを笑うものではない。デガード卿の娘が完治
したという噂であった。
 実際には、治りきったのではなかった。死の淵から生還し、快方に向かって
いる段階なのだが、奇病が猛威を奮う現状においては、それだけで充分。コフ
ィンの名も市中に知れ渡り、身近に患者を持つ者達が診てもらいたいと、コフ
ィンを頼るようになってきた。
 いち早く噂を察した市長ら役人は、曖昧にしておいた態度を、急に明確なも
のへと転じる。今になってコフィンの申し出を受け入れた形とし、診療の場を
提供したのである。と言っても、もはや、多くの患者を寝かすためだけの場と
化した公民館を、そのまま診療所としたに過ぎないのであるが。
 ただ、市側が申し出を受け入れたとき、コフィンは困惑したようだった。市
側の態度の急変ぶりと、患者数のあまりの多さとに驚き、困っている。そんな
様子が見受けられた。そこを説得し、コフィンが最初に提示していた額の三倍
の金貨を払うとして、半ば強引に承諾させたのである。
「あんなのが『救い主』とはな」
 救い主という単語を強く言ったのは、市長だった。
「様子はどうかね?」
「相変わらずの混雑でしたね」
 公民館を見回ってきた使いの者は、市長に伝える。
「これまで自宅での治療に固執してきた者も、噂を聞きつけたのでしょう。結
果、市中の奇病患者が集まることになり、いくらコフィンが治療を施しても、
追い付かない模様です」
「そうか。治療したと言っても、すぐに全快、歩き回れるようになる訳じゃな
いからな」
「このままの勢いだと、公民館が満杯状態になって、患者らを寝かせる場所が
足りなくなるかもしれません」
「そのときは、役立たずの医者共に言ってやれ。持っている病院を提供しろと
な。これまで何もできなかった連中に、それぐらいの義務はあって当然だろう」
 市長の決めつけるような口調。いくら奇病騒動に困り果てていたにしても、
配慮がなさ過ぎるのではないか。使いの者は思った。少なくとも、上に立つ者
の言葉ではない……。
「さて、問題は褒美の件だが」
 市長は、いきなり切り出した。
「とりあえず、マイザーを呼んでくれ」
 すぐに、マイザーがやって来た。彼は市の財政を預かる、言わば、経理ない
しは財務担当者である。
「マイザー、捻出できそうかね?」
 必要最小限の語句のみで、市長は質問を発した。
 マイザーは、念のために確認する。
「コフィンの治療行為に対する報奨金のことでしょうか?」
「そうだ。決まっとるだろう」
 こんなことも分からんのかとばかり、鼻息の荒い市長。
「あらゆる部門の予算を削ってみたところで、約束した額は払えないでしょう。
コフィンが示した最初の額なら、何とかならなくもないのですが」
「やはりそうか。くそ、あいつめ、足下を見やがって。忌々しい」
 コフィンに治療を承知させたときのいきさつを思い出したか、市長は口汚く
吐き捨てた。
「患者から金を取る訳にもいくまいしな」
 変な部分で道徳心があるのか、市長は、患者自身に金を払わせるつもりはな
いらしい。いや、道徳心と言うよりも、彼自身の保身のためと言った方が正解
だろう。病気のせいで働き口を失っている患者に治療費を負担させては、支持
を失いかねない。そんな計算があるに違いない。
「……確実に無理なんだな?」
 何事かを確かめるように、市長は低めた声で聞いてきた。マイザーは慎重な
返答をする。
「いくつかの事業を取り止めるのであれば、絶対に無理とは申せませんが」
「それでは、公約違反になりかねない。何よりも、市民らの働き口を潰す結果
になる」
「それはそうです」
「マイザー、君は秘密を守れるかね?」
 秘密めかした問いかけに、マイザーは心の内で、首を傾げた。そして当たり
障りのない返事をしておく。
「……必要とあらば」
「その言葉、忘れないように。……コフィンには金を払わん。これで行くぞ」
「……と、言いますと?」
 内心、騒ぎ立て、市長を問い質したいマイザーであったが、彼は冷静を装っ
て、そろそろと尋ね返した。
「あんながめつい奴に払う金はないということだ」
 自分の方から金額を示したことなど忘れたか、市長は言い切った。
「それでは、あの者も黙っていないでしょう」
「考えがある」
 腰の後ろで手を組む市長。彼はゆっくり、部屋の中を歩き出した。しばらく
経って、その考えとやらを披露し始める。
「簡単に言えば、こうなる。コフィンに何かの罪を着せる。それを理由に金は
払わず、奴を追い出す。もちろん、市全域の患者が治療を受けてからだ」
「……罪とは」
「考えるに……。そうだな、一番いいのは、最初の頃、まことしやかに流れた
噂にあやかることだな。コフィンこそが奇病は流行らせた原因であり、病気を
治してみせて金をせしめようとした悪者。誰もが納得する状況ではないかな」
 うなずく市長。自分の考えに満足したようだ。
「よし、決めたぞ。保安課の上層に手を回し、コフィンを捕まえる段取りをし
てもらいたい。この件に関わるのは、私と君、それに保安課上層だけだ」
「は、はい」
 面倒に巻き込まれたと感じながらも、マイザーは現状を受け入れていた。そ
うせざるを得なかった。
「金の事務は、誰か他の者にやらせておけばいい」
 市長は快活に笑っていた。

 キプロスは緊張感を解こうと、深呼吸した。だが、間違っても、大きな音を
立ててはならない。扉の向こうにいる者に、気付かれてはならないのだ。
 扉に当てていた手を見ると、じっとり、汗がにじんでいる。両手をこすり合
わせ、それを拭った。そして扉の取っ手を掴むと、慎重に回した。
 扉はすっと開いた。室内を覗けるよう、細い隙間を作る。必要以上に開ける
と、気付かれかねない。
「……」
 息を飲み、キプロスは部屋の中に目を凝らした。明かりの乏しい室内は、な
かなか判然としない。
(あ)
 でかかった声を飲み込むと、キプロスはさらに意識を集中させる。
 薄明かりの中、展開される光景。それは、コフィンの治療行為である。まだ
誰も目にしたことのないその様子を、キプロスは見届けるよう、命じられた。
そして、例の風評を立てるため、何らかの決定的な「怪しさ」を見つけなくて
はならない。
 コフィンは、寝台に眠る患者−−最後の患者である−−を見守っていた。寝
台のすぐ側に、あの棺桶が寄せてあった。
(あの棺桶が、治療と関係あるのだろうか)
 キプロスの想像は正しいと、すぐに証明された。
 コフィンは棺桶に手をかけると、その蓋をぎりぎりと動かした。見た目ほど
重たい物でないらしく、蓋はすぐに開いた。が、棺桶の中に何があるのかは、
キプロスのいる位置からは見えない。
 コフィンは、キプロスの存在に全く気付いていない。ただただ、治療に没頭
している。彼はやがて、棺桶の中に両手を差し入れた。そして何かを掴むと、
ぐっと引き起こす仕種を見せる。
 ついに、棺桶の中のものが、姿を現す−−。
「げっ!」
 短くではあるが、叫び声を上げてしまったキプロス。慌てて口を押さえたが、
コフィンはまるで気付かない。
 キプロスが叫んだのも無理なかった。棺桶の中から引き起こされたものの正
体は、『怪物』だったのだから。
 手足が二本に頭と胴があるところは、人間に似ていた。しかし、その他の点
は似ても似つかない。全身は真っ黒で、頭とおぼしき箇所に、顔はない。何か
いぼ状の物が覆っていた。顔だけでなく、そのいぼは全身を覆い隠しているの
だ。いくつかのいぼからは、黄色っぽい液がしみ出ているように見えた。正し
く、怪物としか言い様がない。
 キプロスの驚愕を知らず、黙々と作業を続けるコフィン。彼は怪物を支えて
やり、立たせた。怪物はコフィンに促されるまま、奇病患者へと寄り添い始め
る。黒い両手をゆるりと持ち上げると、患者の顔や腕、胸の辺りへと押し当て
始めた。わずかであったが、患者の衣服が、黄色く汚れたようだ。
(な……何なのだ、これは……)
 総毛立つのを感じたキプロス。寒さから身を守るように、ぐっと両手で身体
を抱きしめた。それでも逆立つ毛はそのままだった。それどころか、震えさえ
起こっている。
 もう、これ以上、ここにはおれない。いれば、気がおかしくなってしまう。
キプロスはそう判断すると、扉の隙間もそのままに、忍び足で後退した。それ
もじれったくなり、ある程度、コフィンのいる部屋から離れると、一目散にか
け出していった。

 コフィン追い出しに、保安官十人がかり出された。
 この国の言葉にさほど通じていないらしいコフィンは、治療のために与えら
れた部屋から引きずり出され、ぼろ切れのように打ち捨てられた。雨上がりの
地面には、水たまりがいくつもできていた。
 コフィンその人は簡単に叩き出せた保安官達だったが、棺桶には手こずって
いる。何しろ、中に怪物がいると聞かされている。及び腰になるのも無理ない。
「おい、おまえがやれよ」
「冗談じゃない。何で、俺一人が」
 そんなやり取りを繰り返している合間に、コフィンが全身を使っての抗議を
始めた。両手を大きく振りかざし、彼は異国の言葉でわめきたてる。しかし、
それが誰にも通じないとみるや、
「何故? 悪いことしたか?」
 と、この国の言葉をたどたどしくつないだ。
「うるさい!」
 一喝する保安官。
「おまえにはなあ、今日中にこの市から出て行くよう、強制退去命令が出てい
る。素直に従えば、乱暴はせん。いいな?」
「しかし、することが残ってる。治りかけの人達……」
「詐欺野郎が、一人前の口を利くんじゃねえよっ。てめえで病気の元をばらま
いておいて、てめえで治療して金を巻き上げるとは、いい根性をしているよな
あ! おら、この棺桶持って、どこにでも消えな!」
 いいことを思い付いたとばかり、保安官は棺桶を指差す。コフィン自身に運
び出させようというのだ。

−−続く




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